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第六十一話 裏技

「ちょっと大技すぎるわね。視界が悪くても落下位置さえ掴めておけば攻撃をあてるぐらいわけないわ」


 まるで欠点を指摘しているかのような説明を受け、悔しそうにミルクが唇を噛んだ。


「フフッ、いいわぁその顔。そそられる――だけどね。そろそろもっと苦痛に歪む顔がみたいかも……ね!」


 パンッ! という大気の弾ける音と共にミルクの肌が更に一つ裂けた。


「ほ~ら、ほらほら!」


 イロエの繰り出した攻撃は、ミルクの装備する防具の隙間を見事に狙い撃ってきた。

 ミルクの装備は守るべきところの装甲は厚いが、動きを阻害されないよう関節部や、また絶対の自信を持つ腹筋はあえて顕にしている。


 そしてイロエのスネークソードによる撓る斬撃は肩口を肘を脇腹を、太腿から膝まで的確に斬り刻んていった。


 勿論ミルクも黙って攻撃を受け続けているわけでもなく。

 なんとかその首に喰らいつこうと必死に距離を詰めようとするが、彼女の素早い動きに翻弄され上手くいかないでいる。

 

 その上イロエの武器は鞭化してしまえばミルクの得物より遥かに射程が長い。

 それを移動しながらも巧みに操り振るってくるので、ミルクの傷は増えていくばかりだ。


「あら。中々頑張るわね」


 その眼を大きく見開き、イロエは感嘆の声を上げる。


「へっ、こんなの大した事ないよ。あんたはさっきあたしの指摘が間違っていると言っていたけどそんな事はないね。やっぱり合っていたよ。だっていくら剣の形が変わったって、そんなヘボい攻撃じゃ精々あたしの皮膚とそのちょっと下を裂くぐらいさ」


「なるほどね。そんな口をきけるようならまだまだ元気そうね? でもこれならどうかしら!」


 イロエの放った刃の鞭がミルクの脇腹に肉薄した。が、ギリギリのところで彼女はそれを躱す。


 すると脇を通り過ぎた刃が、シュルシュルと正に蛇が獲物を捕らえに掛かるような音と動きで、ミルクの腹部に巻き付いた。


「な、これは――」

「さぁ、斬り裂くよ!」

 

 狂気の笑みを表情にあらわし、イロエは柄と刃を強く引いた。当然、ミルクの身体に絡みついて締め付けていた刃が一気に引き抜かれる事で、その傷は今までと比べ物にならないぐらいに深く刻まれる事となった。


「グッ……クゥ――」

 流石のミルクもこれには堪らず呻き上げ、苦悶の表情を覗かせる。


「どう? 少しは効いたかしら?」


「な、何言ってやがる。こんなの屁でもないよ」


「あら強気ね。でも……いいわ。貴方って凄くいい。ゾクゾクしちゃう」

 イロエは身体をくねらせ両腕を交差させ自らの肩を強く握った。


「き、気持ち悪いねあんた」


「そう? でも貴方は少しずつ気持ちよくなって来てるんじゃないの?」


「ば、馬鹿いえ!」

 ミルクは眉を顰め声を荒げるが、覇気が大分薄れてきているように感じられる。


「無理しなくたっていいわよ。だって当然なんだから。平静を保とうとしたってもう顔にも出てるわよ。それに随分と疲れているようじゃない」


「……確かに」「顔が青いね」


 イロエの発言を聞き、ウンジュとウンシルの二人は交互に言った。

 確かにミルクの顔は血の気が引いたように青ざめてきており、更に肩を上下させ呼吸も荒くなってきている。


「ねぇ? おかしいと思わない? その傷――」


 イロエが指差す方姿を眺めながら、傷? と復唱し、改めて自分の傷を確認する。


「判るかしら? 貴方の傷。明らかに出血量が少ないと思わない? 特にその腹部はかなり深いはずなのにねぇ」


「何が言いたいんだい?」

 荒息を何とか抑えながら、ミルクが問いかける。


「フフッ、これを見て」

 言ってイロエが剣を持った腕を前に伸ばした。鞭状の刃が地面に向けて垂れ下がる。


「……どうなってやがんだそれは」

 ミルクが思わず目を見張った。


 イロエのスネークソードの刃は元の銀色から一変し真っ赤に染まりあがっていた。

 その色は紛れもない血の赤。

 返り血によってそうなったかとも思えるが、だからといって完全に色が変わってしまう事は無いだろう。


「これはね。私のスキル『ブラッド・ドレイン』によるもの。この力は武器を通して相手の血を吸い上げる」


「そういうこと」「おかしいと思った」

 ウンジュとウンシルが合点がいったという顔で納得を示す。

 ミルクは彼等のスキルで体力も向上していた。にもかかわらずこれだけ疲れているのは本来はおかしい。

 だがブラッドソーガである彼女のスキルによるものであるとなれば納得もいく。


「フフッ。ついでにいうと私のジョブ、ブラッドソーガの力はここからが本番――ところでそこの二人、ただ見ているだけじゃ退屈じゃない?」


 その誘うような声に、二人の眉がピクリと反応する。


「私がその退屈解消してア・ゲ・ル。さぁ【ブラッドナイト】!」

 叫び、イロエがその剣を二度振る。すると刃から溢れた血潮が地面に二つ血溜まりを作り、かと思えば血溜まりが血柱と変わり段々と紅い鎧に包まれた騎士の姿を様していった。


「フフッ。このブラッドナイト(血の騎士)は仕様者のレベルと血の性質で能力が変わるのよ。この出来なら少しは楽しめると思うわぁ」


 出来上がった二体の騎士を恍惚とした表情で眺めそして紹介する。


「どうやら」「いい退屈凌ぎに」「なりそう」「だね」


「チッ。次から次へと――」

 

 双子の兄弟が曲刀を抜き、ミルクが吐き捨てるように言う。


「さぁ、遊んであげなさい!」

 イロエの命令にブラッドナイトの二体がウンジュとウンシルに襲いかかる。


 その血塗れた紅い剣と振り上げられた曲刀が重なりあい高い金属音が波紋のように広がった。


「さぁ、こっちも続きといきましょうか。フフッ。本当に楽しいわ。最近私にここまでさせる相手も少なかったから」


「……気に入ってもらえてありがたいね。でもいいのかい? こっちにはそのナイト様を呼んでおかなくて」


「あら。そんな事したら勿体無いじゃない。折角こんなに気持ち良いのに」


「やっぱりとんだ変態だねあんた。それでまたその剣て血を吸っていたぶろうってかい? いい性格してるよ」

 

 ミルクは額に汗を滲ませながらも皮肉交じりの言葉を吐きだす。まだまだ強気な姿勢は崩していない。


「そんなに褒めてもらえると照れるわ。でもね血ならもう十分だわ。ここからは更に激しくいくわよ。楽しんでね」


 浮かび上がった不敵な笑みに、ミルクは全神経を集中させるよう身構えた。

 体力の消耗が激しく、気を張っていなければ相手の行動に対処できないであろう。

 

 ミルクの面前の敵が腕を振り、鞭状と化していた剣を元の状態に戻す。

 そしてぎらついた瞳をミルクに向けスキルを発動させる。


「【ブラッドランス】!」

 イロエの握る剣に纏わりついた血が腕にも伸び更に鋒を上回るほどまで伸び固形化した。その見た目は文字通り巨大な槍である。


「覚悟はいいかしら?」

 イロエが問うように言を発すが、その応えを待つつもりはないらしい。

 軽くステップを踏み、そして一気に加速しミルクの眼前に迫った。

 

 槍の大きさはミルクの持つ戦斧や鎚に負けないほどであるが、にも関わらず彼女の動きは先ほどと全く変わっていない。


 その鋭い突きが、ミルクの自慢の腹筋を抉った。脇腹の方ではあるがその傷は深いだろう。だが出血は無い。

 槍と化したソレであっても吸血の付与は失われていないようだ。


「あら中心に風穴を空けてあげようと思ったのに残念」

 

 ミルクはギリギリのところで身体を捻り、なんとか難を逃れたが、決して無事とは言えない怪我だ。

 しかもその後方に回ったイロエは、瞬時に槍から刃に戻した上で鞭状にし更に【ブラッドサイス】と唱えその形状を大鎌へと変えた。


「その首も~らい」

 甘ったるい声と共に、イロエの鎌がその首を狙う。


「チィイイィイイ!」

 奥歯を噛み締めミルクが左手で斧を立てた。その刃に鎌が辺り既のところでその首は繋がった。


「あらあら本当にしぶとい。でも、まだよ!」

 イロエの声音が尖る。すると刃を重ねていた鎌の形状が解かれ、元の鞭状と化す。

 そして蛇の如き靭やかな動きで、ミルクの首と腕に巻き付いた。

 

 ミルクはイロエの剣が変化したことに気付き、咄嗟に右腕を入れていた。だが、ミルクのその手に鎚は握られたままだが、ギリギリと締め付けられ身動きは取れそうにない。


「本当しぶとい……でももう無駄よ。私のスキルは吸った血の量で武器の鋭さも増すのよ。このまま力を入れていけばいずれ首と胴体は離れ離れになるわよ」


 そう言いつつ悪魔の笑みを浮かべ、少しずつその引く力を強めている。

 ミルクの腕と刃の接した首の部分はイロエのその所為で鞭状の刃が引き締まっていき、その肉肌に痛々しい跡が刻まれていく。


「ウフフ、貴方の首が千切れる瞬間を想像するとゾクゾクしちゃう」

 言ってイロエはその身を捩らす。苦しそうに片目を瞑りながらも、ミルクはその姿を睨めつけた。


「本当くじけないわね貴方」


「あ、当たり前だ。だけどね、流石にこのままってのもね――し、仕方ないか――」


 ミルクのその言葉に、仕方ない? とイロエが疑問調で反問する。


 するとミルクは握っていた斧を一旦地面に下ろす。刃が下に柄が上に来る形にしてあるので倒れることはない。


「あ、【アイテム:ファイヤースピリット】……」

 その手にアイテムが現出した。それは見るからに酒瓶である。ラベルにはミルクが口にしたとおりの名称が刻まれている。


「……なにそれ? まさか最後にお酒でも飲もうってわけかしら? 私はどっちかというとワインの方が好きなんだけど」


「へ、へへ、似たようなものだよ……でもねこれは――」

 言ってミルクが酒瓶を真上に放り投げた。そして斧を握り直し、宙に舞う瓶を斧で叩き割る。するとその中身が溢れミルクの身と其々の武器に降り注いだ。


「……どういうつもり?」

 怪訝な表情でイロエが問う。


「ふ、ふふふ、これはねアルコール度数が高くてね。飲むとそれこそすぐに燃え上がるように身体が火照ってくる代物さ。そしてあたしが装備してるのはユニークセットの【スクナビシリーズ】。こ、これはにぇえ。お酒の力りぇえ、性能がぁあアップしゅるるるぅう」


 段々と呂律が回らなくなるミルクの姿にイロエが目を見張った。


「しゃぁ、斬っちゃおうかにゃぁあ、斬っちゃおうかにゃぁああああ!」

 満面の笑みで叫びあげ、ミルクが自らを締め付けているソレに刃を立てた。


「む、無駄よ! 言ったでしょ! 血の力で性能がアップしてるのよ! 勿論耐久力もね!」

 しかしミルクは構うこと無く力任せに何度も何度も戦斧の刃を叩きつけていく。

 そしてソレが振り下ろされるたびに明らかに纏われた血の装甲が軋み、そしてついにはヒビが入り始め――。


「くっ! そんな!」

 悔しそうに歯噛みしながらイロエがその刃を首から解き手元に戻した。

 その結果ミルクの一振りは空を斬り地面に激突した。


 すると、刃はストンと大地にめり込み、そしてその衝撃で地面に太く長い亀裂が駆け抜ける。


「な1?」

 イロエの顔色が変わった。


「ありぇえ? どこぉ? ありえぇえ」

 顔を左右に振り目標を探す。そしてイロエの姿を視認すると、据わった瞳でその顔をみつめ。


「へへっ、みつけたぁあ。うふふふ。それぢぁあ、あっそびぃまあしょ!」


 言うが早いか瞬時にミルクがイロエに肉薄する。あまりの事にその顔から初めて余裕という二文字が消えた。


「そ、そんなこんな速いなんて――くぅ! 【ブラッドソード】!」

 刃を剣に戻し。更にその上に血の装飾で大剣と化した。

 

 そこにミルクの振るう斧や鎚の連撃が繰り出される。それをイロエが大剣で防ぐが今までとは明らかに立場が違う。


 そうイロエは完全に防戦一方で、凄まじいまでのミルクのラッシュに攻撃に転じる隙を見いだせないでいるのだ。


 そして――ミルクの斧が横から迫る。思わず舌打ちし後ろに下がろうとするが――そのイロエの背中に触れたのは土の壁。


「そ、そんな……何時の間に壁際に――く! くそっ!」

 イロエはその一撃を身を屈めギリギリで躱す。だが直様ミルクの右手に握られた鎚が右上から左下に振り下ろされる。


「こ、こんなとこで!」

 イロエは大剣の形状を解きつつ右に転がるようにして何とかその追撃も躱した。その額には汗がにじみ出ている。


 そして躱してすぐ腰を上げ一旦距離を離そうとするイロエであったが――甘かった。ミルクは振り下ろした槌の軌道を途中で無理矢理変え、もう一方の頭が距離を離そうとするイロエ目掛け加速したのだ。


「あ、ぐぅぅう!」

 イロエの脇腹に渾身の槌の一撃がついにヒットした。骨の砕ける鈍い音がその場に鳴り響く。


 そしてミルクが鎚を振り切ると、イロエの身体は見事なまで放物線を描くようにしながら、反対側の土壁に激突する。


「あっらりぃいい! ふへへぇ。やっだぁ。これれぇあだしのぉか、ちぃい――」


 ミルクは吹き飛んだイロエの姿を満足そうに眺め、再び満面の笑みを浮かべるとそのまま地面に大の字に倒れ――そして鼾をかき眠りについてしまった……。





 ミルクが完全に眠ってしまった後、双子の兄弟と戦いを続けていたブラッドナイトの姿も元の血溜まりに戻った。


 そして双子の兄弟は横倒しになっているイロエの側まで近づきその様子を探った。


「驚いたねウンジュ」「そうだねウンシル」


 イロエは咳き込み、血の泡をごぼごぼと噴き出しているが、まだ何とか息はあった。


「しぶといね」「そうだね」


 二人が交互にそう話すと、イロエが兄弟に顔を向ける。


「ふ、フフッ。私としたことが飛んだざまだね。クッ、それにしても、私を相手にして、そのまま寝るなんて……本当、面白い子」


「ただ酔っ払った」「だけだと思うけどね」


「……私は酔っぱらいにやられたってわけね。な、なんとか血の装甲で守ろうと思ったけど、完璧にはいかなかったわ……骨もぐちゃぐちゃだし、内臓も多分やられてる、もう、長くないわね……」

 

 ウンジュとウンシルは黙って彼女を見つめた。


「ねぇ? どうせ長く無いんだし、もう、その剣で、トドメを刺して……最後に、楽しく戦えて、もう、未練は――」


「ウンジュ」「ウンシル」

 兄弟はそれぞれに頷きあい、そして軽やかにステップを踏んだ。


「命の舞い!」「癒しの舞い!」


 兄弟が発動したルーンの効果でイロエの身体が優しい光に包まれる。


「これで」「もう症状は悪化しないよ」

「痛みも引いたはず」「回復魔法のような即効性は無いけどね」


 彼等のいうように、光に包まれたイロエの顔に血の気が戻り息も整い始めている。


「――どういうつもり? まさか同情のつもりとかかい?」


 命を助けてもらったにも関わらず、イロエは明らかに不機嫌な表情で言葉を尖らした。


 だが――。


「同情?」「何を言ってるのかな」

「このままあっさり死を選ぶなんて」

「都合が良すぎだよね」

「悪い子には」「色々お仕置きしないとね」


 言って双子の兄弟がニヤリと口角を吊り上げる。


「ちょ、ちょっと待ちなさい……あんた達なに考えて……」


「ミルクちゃんが眠ってくれて助かったねウンジュ」「そうだねこれで気兼ねなくできるねウンシル」


 言って二人が唇を舐めイロエの身体に手を伸ばし――。


「ちょ! やめ! いやだ! どこ触って――」


「僕たちは――」「二人で一つ」


「な! ひぅ、そ、ん、に、ほんなんて――ら、らめぇえぇ!!――」


 ミルクが高鼾をかいて眠る中、洞窟内にはイロエの淫靡な声が木霊したという――。



 



 


 

 


 

 

 


 

 

 


 


 


 



 

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