第六十話 女戦士
「あんただけなのかい?」
ミルクが視線の先の女に向かって問いかける。
そのすぐ後ろにはウンジュとウンシルが控えていた。
三人は、皆と分かれた後、正面の隧道を辿った。途中には襲ってくるような敵の姿もなく、トラップも仕掛けられていなかった。
道のりはそれほど長くなく、1時間も掛からず、この空洞に辿り着いた。
中は結構広く、やけに露出の高い女が瞼を閉じて壁際に寄りかかっていたが、ミルクの声で辿り着いた三人に気がついたのか、女はそのどこか妖艶な左目を覗かせる。
紫色の虹彩が悩ましい。右の目にあたる箇所には、琥珀色の髪が顔の半分を覆い隠すように垂れ下がっている。
女は褐色の肌を持ち、纏う空気は戦士のソレだが、ミルクは明らかに自分とはタイプが違う事を直感的に理解した。
女は壁から背中を外し、そしてその靭やかな脚で歩みを進める。
その歩き方一つとっても、妖婦のような雰囲気を感じさせた。
「役に立たない仲間なんて必要ないわね。貴方達を相手にするのは私一人で十分だし」
女というものを曝け出したような滑らかで肉感的な声を発し、空間の真ん中でその脚を止める。
「随分と自信あるんだな」
獅子の如き鋭さを持つ瞳を女へ向けミルクが言う。
褐色の女はミルクの瞳を見つめながら、指を口元に添えて軽く微笑んだ。
「……プルームって奴に聞いたが、あんたがレベル40超えのイロエとかいう女戦士で間違いないかい?」
「フフッ。確かにイロエは私だけど……レベルねぇ――40は超えてるのは間違いないかしら。でも詳しくは忘れてしまったわ。最後に見た時には41とか42だったかしらね。ステータスとかあまり興味がないのよ」
余裕の笑みを零すイロエをみて、ミルクは地面に鍔を吐き捨てた。
「貴方、中々綺麗な顔してるんだから、もう少し女らしくしたら?」
「余計なお世話だね」
そう返した直後、ミルクはその手に愛用の武器を現出させる。
「へえ。凄いわね貴方。そんな物々しい武器を二つも持つなんて。本当。同じ女とは思えない」
「――いいからあんたも構えな。あたしは早くやってみたくてウズウズしてるんだ。全くゼンカイ様と一緒になれなかったのは残念だったけど、こっちのルートを選んでおいて正解だね」
するとイロエは、フフッ、と微笑を浮かべ、自らも右手に一本の剣を現出させた。
刃が長く、その為細長く感じられるが、レイピアやエストックなどのような突きに特化した剣ほど細いわけではなく、ミャウの持つ小剣程度の幅はあるだろう。
柄にあたる部分には蛇を象った意匠が施されており、鍔の部分は頭部が巻き付いたような形をしている。
「……本当にそんな格好でやるんだね」
「おかしい? この方が動きやすくていいのよ」
そう言いながらイロエは鋒をゆらゆらと揺らす。
直後、今まで静観を保っていた双子が曲刀を抜き身構え始めた。
「待って。あんたらは手を出さないで貰えるかな? あたし一人でやってみたいの」
視線を相手に向けたまま、発せられたミルクの言葉に、双子の兄弟は一度顔を見合わせるが、彼女の意志を尊重してか刃を鞘に収めた。
そんな二人にありがとう、と述べるミルク。
「でもね」「これだけは」「やらせて」「もらうよ」
言って二人はステップを踏み地面にルーンを刻む。
「戦いの舞い!」「活力の舞い!」
ウンジュとウンシルが同時に発動させたスキルにより、ミルクの身体が燃え上がるように熱くなった。
隠されていた力が開放されたような、そんな感覚である。
「お、おい! 余計な事は!」
「駄目だよ」「甘く見たら死ぬよ」
断言するように言い放たれた言葉に、ミルクはやれやれと嘆息をつく。
「そんな風に思われるなんてあたしもまだまだだね。でも、ありがとう――」
双子の兄弟にお礼を述べ、そしてミルクが再びイロエを睨めつける。
「それじゃあ……やろうか、ね!」
言うが早いかミルクがイロエ目掛けて飛び出した。瞬時に肉迫し、その肩甲骨が唸りを上げ、腕の筋肉が肥大する。
そして右手の鎚を高々と振り上げ、容赦なくその頭目掛け叩きつけた。
一切の鎧を身に纏わず、有り有りと肌を露出させたその身では、一撃でも喰らおうものならその命は無いだろう。
だが、激しい轟音と共に砕けたのは彼女の頭ではなく、岩と土の織り交ざった地面であった。
後には土塊の混ざった煙が上がり、鎚の衝撃による爪痕を残す。
だが、ミルクの肩の上にそれはいた。右手が置かれ顔の上に顔があった。
不敵な笑みを浮かべて。琥珀色の髪を揺らめかし――。
イロエがそのままミルクの後方に降り立つ。
僅かな音すら響かなかった。まるでその身体全体がやわらかなクッションのようだ。
そして着地後ミルクの振り返りとイロエの振り返りはほぼ同時であった。細い刃が風を斬る。
だがその刃は丁度ミルクの防具の部分にあたり、肉肌に達することはなかった。
「あら。硬い」
ミルクは軽く腰を落としていた。彼女の剣の軌道は、ミルクのむき出しになった脇腹に向いていたが、彼女の動きでそれが阻害されたのだ。
だがミルクはそれを狙っていたわけではない。次の攻撃の為に行った予備動作がたまたまその軌道に重なっただけだ。
ミルクはなんなら斬撃の一発ぐらい喰らってもよいと思っていた事だろう。
肉を切らせて骨を断つといったところだ。
イロエの呟きとミルクの左腕の斧が横薙ぎに振るわれたのもほぼ同時であった。
空気を破壊するがごとく勢いで身体ごと回転し、その勢いで得物を振るう。
それをイロエは剣を引くのと同時に後方にステップバックし躱す。
あと僅かリーチがあれば見事な切り株が出来てたのでは? と思われるほどのギリギリの線を斧は通りすぎていったのだ。
そして斬撃が残していた暴風がイロエの髪を激しく揺さぶる。
だが彼女の顔にはまだまだ余裕がみえた。既のことで躱したのと、狙ってギリギリで躱したのでは意味合いが全く異なってくるが、イロエは間違いなく後者にあたることだろう。
「チッ! すばしっこいねぇ!」
「あら? 貴方だって中々のものよ。そんな物騒なものを二本も使ってそれだけ動けるんだから」
ミルクを中心に円を描くような軽いステップを披露しつつイロエが褒め称えた。
だが、その言葉を純粋に喜べるような状況でもない。
ミルクはフンッと短く発し、より眼つきを尖らせた。
「あんたのその余裕が腹立つね」
「あら? そんなに余裕だとも思っていない――わよ!」
語気を強め最後の言葉にイロエが身体を乗せた。その素早さは確かに本物だ。ミルクでも一瞬彼女の姿を見失ってしまったぐらいである。
ミルクが気付いた時には、体勢を低くしたイロエが眼下に迫っていた。
そして目にも留まらぬ速さで彼女の腹部に突きを何発も繰り放つ。
だが、ミルクは怯まない。鍛えに鍛えた自慢の腹筋は、その程度の突きでは揺るがない。
再び攻めの順番がミルクに回ってきた。先ずは頭上に掲げた鎚を振り下ろす。
しかしやはり彼女は相当に素早い。バックステップで躱し距離を取る。
そこへ今度はミルクも追いかけるように前方へ飛び出した。鎚を振り下ろした直後の動きにもかかわらず、常人では考えられない程に切り替えが早い。
更に左手の巨大な戦斧は既に振り上げられている。
彼女の目が、捉えた! と告げていた。再びミルクの上腕二頭筋が盛り上がる。左上から一気に袈裟懸けに振り下ろす。が、しかし、イロエは更に加速し、瞬時に今度はミルクが追撃出来ない位置まで距離を離した。
「……ふぅううぅう。参ったねこれは長引きそうだ」
ミルクが肺に溜めた空気を一気に吐き出し述べる。その眼はしっかりとイロエに向けられていた。
そんなミルクの顔を見つめながら、細くしなやかな指を口元に添え、そうかしら? と一言返す。
「そうさ。確かにレベルはあんたの方が上だし、その動きもあたしなんかよりよっぽど練られている。だけどね。火力が弱いのさ。その剣じゃこの身体に傷ひとつ付けられないよ」
「……成る程ね。でもそのかわり貴方の攻撃も私にはあたらないから長引く、とそういうわけね?」
イロエの問いかけのような確認に、ミルクは頭を振って返した。
「確かにあんたの素早さは本物だ。時間は掛かるかもしれない。でもだからってずっと避けられっぱなしとは思わないね。いずれは絶対にあててみせるさ。そして体力面でも破壊力でもあたしが圧倒してる。この差は大きい。何せ一撃でも喰らえばあんたの命は無いだろうからね」
そこまで言って今度はミルクが余裕の笑みを浮かべた。
「僕達の」「ルーンの効果もあるしね」
双子の兄弟がミルクの説明に言葉を付け足した。
確かに二人のスキルの効果により、ミルクが言った体力も破壊力も格段に上がっている。
「へ~なるほどね。……まぁ確かに貴方のほうが体力も膂力も優れているのは認めるわ。でもね、あたしの火力が足りないっていうのだけは見立てが甘すぎるわよ」
ミルクの蟀谷がピクリと波打つ。
「いいわ。見せてあげる。この剣の本当の使い方をね」
言ってイロエが剣を構えた。ミルクもその動きにあわせ身構える。
すると――イロエはその場で強く剣を振った。何のつもりだ? とミルクが顔を眇める。だがその瞬間その首筋を黒い蛇が通りすぎた。
「何!?」
表情を強張らせたのと鮮血が宙を舞ったのはほぼ同時だ。
首筋が何かに切り裂かれていたのだ。
そしてその正体は、彼女の手元に戻ったソレで明らかになる。
ジャラジャラという不快な擦れ音がその剣から漏れていた。
「あれは」「スネークソード」
双子の兄弟が交互に言った。
「あら。よく知っているわね」
イロエは刃が完全に分裂した剣を弄びながら感心してみせた。
彼女の持つ剣は先程までとうってかわって、正しくその名の示す通り蛇腹状に刃が分かれた形状に変化していた。
感覚的にはもはや剣というより鞭に近い形である。
「成る程ね。それが余裕を見せていた理由ってとこかい」
「どうかしらね? 女は多くの秘密を持つものよ。でも流石ね。首も相当に鍛えられているのかしら? あれで致命傷にならないなんてね」
「ふん! こんなのかすり傷さ」
言って首の筋肉を締め、ミルクは無理矢理出血を止めた。
「面白い。貴方本当に面白いわ」
イロエは微笑を浮かべ、カチャカチャと刃を鳴らした。
「イライラする音だね。流石にずっと聞いていたくもないし、こうなったら一気に勝負を決めてやるよ!」
ミルクは腰を屈め、ウンジュとウンシルに目配せした。
そして、はぁあ! と腹から押し出すように、気合のこもった喚声を上げ、イロエの頭上目掛け飛び上がる。
「『グレネードダンク』!」
それはミルクの得意としているスキルであった。発動と同時に両手の得物が淡い光を発し、一気に目標目掛け急降下しその左右の刃を振り下ろす。
爆音が広がり、衝撃波がミルクを中心に放射状に駆け抜けた。地面を刳り大小様々な土塊が弾丸の如き勢いで飛び散る。
それらはウンジュとウンシル目掛けても飛んできたが、事前にミルクの目配せで何かあるなと察していた二人は特に動揺もみせずそれらを躱した。
空洞内はその驚異的な一撃によって巻き上がった土煙により支配された。
濛々と滞留する土煙で視界がかなり制限されている。
そしてその情景がミルクの放った一撃の威力の高さを物語っていた。
これであれば例え直撃を避けられていたとしても、ダメージは免れない――きっとそう思っての行動だったのだろう。
だがそれは彼女に対しての選択肢としては、悪手であった。
煙がまだ残り視界が悪い最中、風と煙を斬り裂く音がミルクの耳に届き、そしてその肉肌に裂傷の跡を残す。
「グッ! そんな!」
呻き混じりの声を発し、刃の飛んできた方へミルクが振り返る。
そしてその所為の直後には立ち込めていた煙も霧散し視界が顕になった。
そこには、ミルクが放ったスキルの射程範囲から逃れたイロエの姿。
薄笑いを浮かべ、鞭とかした剣を左右に揺らし、まるでダメージを受けること無く立ち続けていた――。
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