第六話 ネンキンで爺さん頑張る!
「おお! おおぉおおお!」
爺さんの驚き癖は相変わらずであった。
ミャウと共にやってきた、【王都ネンキン】の盛況振りに興奮が冷めやまない。
そこはゼンカイの夢見たファンタジーをそのまま具現化させたような街並みであった。
城郭を有す広大な土地。
そして道に敷き詰められるは甃。
通りを沢山の人びとが行きかい、その姿も蒼髪やピンク髪から、更にミャウのような獣耳を持つ人種も数多く見受けられた。
格好一つ取っても、少し淡い黄色の半袖シャツ一枚の者から、豪奢なドレスに身を包まれた者。更に如何にも戦士といった鎧を装着し熟練の風格を漂わせる者などetc。
「ほら、あんまりきょろきょろしてると田舎者だと思われるわよ」
ミャウは腰に手を当て咎めるように言う。
確かに右往左往しながらきょろきょろと首を巡らすゼンカイは、始めて都会に出てきた田舎者といった様相である。
「のう。あれは何じゃ」
ゼンカイが指さした方向には相当の高さを誇る塔のような物がうっすら見えた。
ここ王都はかなり栄えた街であるが、と言ってもゼンカイのいたニホンのように高いビルが立ち並ぶわけではない。
建設されているのは煉瓦やコンクリ作りの建物が多いようだが、それらは平屋か精々2階建て程度しかないのだ。
しかしだからこそ遠目からでもソレが目立つ。
「あぁ、あれはアマクダリ城の門塔ね。ここからだと塔しか見えないけど、ここネンキン王国のアマクダリ王が居住する城があそこにあるのよ」
ミャウの話によると、ここ王都も正式名称は【王都ネンキン】との事であった。
「うむ! なるほど! ならばちょっと出向いて王ちゃんに挨拶せねばならんのう」
「いや、王ちゃんって……」
ミャウは呆れたように目を細め言を吐き出す。
「言っておくけどね。城の出入りは自由だけど、流石に王様にはそう簡単に会えないわよ。何か特別な事情でも無い限りね。それと王ちゃんなんて見張りの兵士に聞かれたら即刻牢屋行きになっても文句は言えないからね」
「何だそうなのかい。王ちゃんもつれないのぉ」
ゼンカイはまるで十年来の親友の如き話し方だが、当然全くの他人である。
「さてっと。とりあえず最初に行くべきところは決まってるわよね」
「そうじゃな! 奴隷商人じゃ! 奴隷商人んからおっぱいの大きなおなごを買うのじゃー」
「違うでしょ! まずは冒険者ギルド! 冒険者になりたいんでしょ? 大体商人ってお金とかどうする気よ」
ミャウの言葉を聞き、ゼンカイはぽんっと手を打つ。
この爺さんは、とりあえず自分の状況をもう少し理解した方がいいだろう。
結局ゼンカイは一旦奴隷商人なるものを探すことは諦め、ミャウの案内で冒険者ギルドに向かうことにした。
ミャウとのこれまでの話で何となく奴隷商人自体はいるのだろうとゼンカイは予想していたが、ミャウはその質問には一切応えない。
まぁ女性相手にその問いを繰り返すのもどうかとは思うが。
王都はとにかく広い。区画も住宅区など何箇所かに分けられている。
その為、街中には馬車の走る専用道が敷設され、各地区への移動手段として役立っている。
ミャウが言うには冒険者専用とも言える区画もあるらしく、ギルドの施設もそこに建設されているらしい。
更にその地区では装備品の揃う店から、情報集めの要とも言える冒険者御用達の酒場までひと通りの店が揃っているとの事だ。
王都の入り口から歩き始め西へ三十分程進んだ先に、目的の冒険者ギルドはあった。
2階建ての石造りの建物で形は箱型。
大きさは、ゼンカイが生前住んでいた家とそれほど変わらないぐらいのようだ。
ギルドの入口は建物の左側、地盤より少し高い位置に設けられている。
扉の手前には踊り場と木製の階段が設置され、入り口の上部には冒険者ギルドである事を示す紋章が刻まれた看板が掛かっていた。
羽を広げた鷲に似た鳥がコンパスに重なった形の紋章である。
ゼンカイは初めて立ち入る事になるので、ミャウが先に扉を開け中に脚を踏み入れる。
扉の内側には鈴が付けられていたようで、カランカランと心地良い響きが施設の中に広がった。
「こんにちわ~」
中に入るなりミャウが快活な声を発した。
部屋の奥にはL字型のカウンターが設けられ、その中で頬杖を付いている一人の女性がミャウをみやる。
背中にまで達しそうな眩い黄金色の髪と、そこから顔を出した狐のような獣耳が印象的であった。
「ミャウか。何だもう依頼完了したのかい?」
彼女は女性にしては若干低めの妙に気だるそうな声で、ミャウへ確認するような言葉を投げかける。
「あ、うん。それも終わったんだけどね。実は――」
カウンターの女性にそう言いながら、ミャウは数歩脚を進め後ろを振り返った。
そこには当然ゼンカイの姿があるのだが、何故か爺さん入り口の近くで固まったまま動かない。
そんなゼンカイの状態を目にしミャウが眉を顰めた。
心配になったからである。爺さんの次の行動が。
ゼンカイは入り口の前で立ち尽くしたまま、両目を限界まで見開き、ある一点を凝視している。
勿論それがミャウで無くもう一人の女性に向けられている事は明らかであった。
カウンターの彼女も、ゼンカイの姿と自分に向けられた視線に気付いたのだろう。
首を傾げるようにしながらその小さな存在に目をやる。
そしてその瞬間――。
「おっぱいじゃああぁああぁああ!」
暴走モード発動! ゼンカイは一瞬腰を屈めたかと思えば板床に一歩踏み込み、更に次に続く蹴り足でターゲット目掛け人間弾頭と化し突っ込む。
見事な螺旋を描きながらも目を回すこと無く、その瞳は彼女のデカメロンを捉え続けていた。
簡素なタンクトップの黒シャツ。そこからはみ出んばかりの上乳。
ラフな格好でありながら、頬付を付くことでカウンターの上に積み重なった存在の証明。
しかも見る限りツンと先端が二つ、シャツの中から浮き上がっている。
これはつまり、ノ・ー・ブ・ラ。
その破壊力は王国全土を消滅させうる最上級の魔法を持ってしても、けして敵わないだろう。うん間違いない。
そして今正しくスパイラルするゼンカイの頭が、その夢の谷間に達しようとしていた。
「静力 善海! いっきまーーすじゃああああ!」
世界よ、これがニホンのゼンカイだ!
だが、そんなゼンカイの夢はミシッ、という非情な音と共に砕け散った。
爺さんの顔には小さな拳、そして後頭部には振りぬかれた剣(鞘入り)。
そんな麗しい女性のサンドイッチ攻撃によってゼンカイの理想郷は、遠く、遠く、離れていったのだった。
「一体なんなんだこいつは?」
切れ長の瞳に不快感を乗せ彼女が問う。もちろんその相手は床に沈み込んだゼンカイでは無く猫耳娘のミャウだ。
「はぁ。アネゴさん実は――」
ミャウはアネゴと呼んだ彼女にこれまでの経緯を説明した。
「う、う~ん。ふたりとも酷いのぉ」
手痛い迎撃に会い、若干意識が飛んでいたゼンカイが頭を擦りながら起き上がった。
見たところ怪我は無いようだが、この男が頑丈だからか二人が加減したからかは判らない。
「お爺ちゃんが悪いんだからね」
胸の前で腕組みし、ミャウが咎めの言葉を述べる。先ほど爺さんを懲らしめた剣は既にその手には無かった。
用が済んた為、アイテムボックスの中にしまったのだろう。
「なんじゃいなんじゃい! 何が悪いと言うんじゃ! おっぱいは男のロマンじゃろうが!」
独自の持論を展開するゼンカイだが、今この場に支持者などいるはずもない。
「これがトリッパーねぇ」
アネゴは爺さんをカウンターから見下ろし、若干の疑問を含んだ声でつぶやく。
ゼンカイはその声が聞こえたのか、一人腕を組み首を捻った。
「のう。確かさっき会った可愛らしい幼女も言っていたと思うたが、トリッパーって何なんじゃ?」
ゼンカイは気に掛かっていた事をミャウに尋ねる。
すると彼女は、あぁ、と一言発しゼンカイに身体を向け応えた。
「トリッパーというのはお爺ちゃんみたいに異世界からやって来た人を指して言うのよ。確か昔、ニホンからやって来た男が『俺はトリッパーだ!』て言い出したのがきっかけらしいけどね」
それが本当ならば最初にそんな事を言い出した男は相当に痛々しい。
「ほう成る程のぅ」
ゼンカイは納得したようにうんうんと一人頷いた。
「ねぇ。て事はもしかしてあんたも何か特別な力持っているの?」
アネゴがゼンカイに質問する。
表情からは何となく聞いてみたという程度の感情しか伺えないが、そのキツネ耳はぴょこぴょこ小刻みに動いている。
実はかなり興味があるのだろう。
「力?」
再びゼンカイが小首を傾げた。
「えぇ。確か彼等は【チート】とかって言ってたと思うけど」
とこれはミャウの言葉。
「チー……あぁああぁあああ! そうじゃ! そうじゃった!」
突如ゼンカイが発狂したように叫びだすものだから、聞いていた二人も若干の驚きを見せる。
「チートじゃ! わしのチートは! 一体何なのじゃ! 何なのじゃ!」
ゼンカイは、ミャウのスカートの裾をグイグイ上へ下へと引っ張り回し質問をぶつける。
おかげで危なくスカートが捲れ上がりそうになるが、咄嗟に左手で抑え難を逃れた。
だが、すると何故か爺さんの裾を引っ張る力が強まる。何だこの光景。
「そ、そんな事わたしが知るわけ無いでしょ! てかいい加減にしろ!」
こんな爺さんに大事な中身を見せてなるかとミャウも必死だ。
うぐぐと顔を真っ赤に染め上げ遂に両手で引っ張りだした爺さん相手に、同じくミャウも両手でしっかりスカートを押さえ抵抗する。
「全く何してんだか」
アネゴは切れ長の瞳を少し落とし、呆れ顔で呟く。
その気持ち判らなくもない。
「いい加減に、しろ!」
歯牙を剥き出しに、ミャウが切れ、握った右手でゼンカイを殴りつけた。
静力 善海、これで二度目のダウンであった――。