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第四十八話 激戦

 まるで爆発のような轟音と衝撃が辺りを駆け抜けた。大地に刻まれた爪痕は、大きな口を開け広げ、砂と土の混じった息吹を吹き上げる。


 巨人の落撃によって出来たソレは、ミルクがスキルを使って作り上げた窪みより更に一回り程大きかった。


 勿論そんな一撃を喰らっては、例えミルクといえど無事では済まなかったであろう。


 視界を妨げていた、土砂の包みが少しずつ捲れていく。そして完全に霞散した穴の中には、緑色の柱。


 しかしその柱は完全には埋まっていなかった。土と柱の間で支えとなるは鉄色の双璧。


 そう巨人の脚による強襲をいち早く察知し、タンショウはミルクを守るため自ら壁となったのである。


 彼は、あの多くの者が身を竦ませるきっかけとなった睨みと奇声を受けても殆ど影響を受けていなかったのである。


「タ、タンショウ――お前……」

 その背中を見上げながら、ミルクが細い声を発した。


 タンショウは両手の盾で巨人の地踏みからミルクを守ろうと必死に堪えていた。

 肩が震え、血管が波打ち、これまで見せたことの無いほどの形相をその顔に浮かべている。


「畜、生、動け! 動け!」

 その背中を見つめ、ミルクは、強く、強く、歯噛みし、叫び上げながら武器を持つ手に力を込めた――。





 マンサとマゾンの二人は危機的状況に陥っていた。いや二人だけではない。彼等のパーティの内、三人は完全に意識を失い地面に伏せているのだ。


 その中で、唯一意識だけは保っていたマンサとマゾンも、その身は自由を完全に奪われてしまっていた。


 まるで心が悪魔にでも鷲掴みにされたように、ギリギリと締め付けられるがごとくといったところか。顔は蒼白、恐怖の色が如実に表情にあらわれていた。


 そしてそんな彼等に迫る緑色の狂気。その豪腕は明らかな大振りで、彼等がまともに動ける状態であれば、きっと躱すのぐらいはわけもなかったであろう。


 だが、今の状況ではそれも敵わない。ただ呆然と面前に迫る脅威に身を任せるしか無い。


 マンサの双眸は恐怖によって見開かれていた。前に突き出た歯もガクガクと震えている。


 殺られる! そう感じたのか、見開いた瞳をキツくマンサが絞ったその瞬間だった。


 小さな影が拳とマンサの間に割って入り、刹那――ドヴォン! という低い打音が響き、同時にマンサの身体が吹き飛ばされた。


 だが、それは彼が想定していたよりは遥かに弱い衝撃であり、浮き上がった身体はその影とともに地面に落下するが、それほどのダメージは負っていない。


「大丈夫かのう?」

 瞳をゆっくりとこじ開けたマンサの目に飛び込んだのは、禿げた爺さん……ゼンカイの姿であった。


 彼は頭を軽くさすりながらそう声を掛け起き上がる。みたところ、その動きに淀みは感じられない。


「ユ、ユーはコンディショングッド? ホワット?」


 疑問の表情を浮かべながらマンサが問う。だがゼンカイは小首を傾げるようにしながらマンサを見下ろし。


「全く一体何がどうなってるのじゃ? 皆して急に動けなくなるなんてのう」


 そう言って腕を組み眉を広げた。


「グゥオウ……」

 喉の奥から声を漏らし、巨人がゼンカイに顔を向けた。


 その姿をゼンカイもまた視界に収める。


 彼の所作からは多くのものが陥った心の異常はみられず、いつもと何一つ変わらない様子であった。


 そう、確かにゼンカイは、最初の巨人の睨みをその目にし、咆哮も耳にした。が、それは彼にとっては精々なんか危ない目をしてる奴じゃのう? 程度の事であり、発せられし奇声もまた、黒板を指でギィイイィイっと引っ掻いた程度の不快感でしかなかった。


 その為、その音を聞いた直後こそ耳を塞ぎ若干慄いたものの、すぐに気持ちを取り直し、状況を見極めようと周囲に視線を巡らしたのである。


 まずゼンカイが目にしたのは護衛の馬車の近くの仲間達であった。だがその中のジンはゼンカイと同じくそれほど影響を受けていなかった。


 その上、勇ましく緑の化物に突進する姿をみてとりあえずは大丈夫かと判断し、今度は自分の側の方をみやったのだ。


 だがそこにうつるはミルクを守ろうと動き出すタンショウの姿。そして彼もまた化物の技の影響を受けてない一人であった。


 その姿をみたあと、ゼンカイが最後に目を向けたのはマンサ達のパーティ。


 そして彼等の状態が正常でないことは、ゼンカイからみても火を見るよりも明らかであり。


 その為ゼンカイは即座に彼等の援護に駆けつけたのである。

 

 そして巨人の振るった豪腕は(善海)(入れ歯)(ガード)によって防ぎ、とそこまでは良かったが流石に全ての衝撃を受けきることは叶わず、マンサを巻き込んで後方へと吹っ飛んでしまった。


 とは言え、大方のダメージは回避できたので、結果は上々といったところか。


 そしてしばらく睨み合い対峙するゼンカイと巨人。


 ゼンカイの表情にも緊張の色が見えた。いくら状態異常には至っていないとはいえ、相手は未知の力をもった化物である。

 

 これまで戦った魔物とはレベルが違う事などゼンカイからみても明らかであった。


 先ほどまでの魔獣たちとの戦いで相当にレベルは上がってるものの、それがどこまで通じるかはやってみなければ判らないといったとこである。

 

 その時――巨人が動きを見せた。両手を顔の前で交差させ息を大きく吸い込む。


 巨人のみせる謎の動作を、ゼンカイは直感でやばい、と感じていた。即座に彼もまた真横へと脚を踏み出し、動きをみせる。


「こっちじゃ木偶の坊!」

 挑発の言葉を敵にぶつけ、ゼンカイはマンサたちから離れるように疾走した。その動きに巨人も反応し首を動かし交差していた両手を解き一気に腕を下ろす。


 刹那――巨人の口から放たれし豪炎が吹き荒れた。まるで扇のように広がる巨大な炎である。


 ゼンカイの目の前に迫るは紅い波、まだその身に到達していないというのに、異常なほどの熱を肌に感じる。


「う、うぉおぉおおおおぉお!」

 ゼンカイは必死に脚を前後に動かし、終いには進行方向にむかって思いっきり飛び上がった。その瞬間ゼンカイの脚の裏からジュッ! という焼け焦げたような音が耳に届く。

 

「ぬぐぉ! 熱い! 熱いのじゃ!」

 地面をごろごろと転げまわり身悶えるゼンカイ。そのまま地面に尻を付け、ふぅふぅと自分の脚に息を吹きかけている。


 その様子を見る限り、大した怪我ではないだろう。





「ゼンカイ様!」

 ミルクが、炎をぎりぎりで躱したゼンカイをみやり叫んだ。心配そうに眉を寄せ唇を噛む。


 そのミルクの前ではタンショウが両手の盾で荒れ狂う炎を防いでいた。ゼンカイがマンサの援護に向かった後、巨人は一旦踏む力を弱め、距離を離した後、ゼンカイ側の巨人と同じように口から炎を吐き出してきたのである。


 しかし炎はタンショウの盾により中心で割れ左右に広がるように吹き荒れていた。相当な熱が二人の肌をじりじりと焼くが、そこまで大きなダメージには至っていない。


 これだけの豪炎を防ぐことができているのは勿論タンショウのチート能力のおかげである。彼の力はダメージの95%を無効化できるのだ。


 しかし、それでも残りの5%というダメージは少しずつ彼の身体に蓄積していく。その大きな身体によって守らているミルクとは違い、矢面に立たされているタンショウは盾では防ぎきれていない炎をその身に喰らい続けているのである。


 だが、現状タンショウには他の選択肢がない。炎は定期的に収まるが動けないミルクを守るためにはその場を離れるわけにもいかない。彼には自らを盾とし、その炎を受け続けることぐらいしか出来ないのである。


 とはいえタンショウにもいずれは限界がくるかもしれない。このままではジリ貧なのも確かであった。そして彼一人では守ることは出来ても攻撃に転じる術がない。


「ぐ、うぁ、ぐあぁああぁああ!」

 タンショウの表情に焦りの色が見え始めた時であった。後方のミルクが魔獣の咆哮に近い雄叫びを上げ、一気に立ち上がった。

  

 そして、ふぅ……ふぅ、と息を荒ぶかせながら、その瞳に獣の光を宿す。その表情は完全に心の支配から解き放たれたものであった。


「タンショウ! 10秒堪えろ! そしたらあたしがあいつを――ぶっつぶす!」

 言ってミルクは腰を落とし【パワーチャージ】で力を溜めはじめた。このスキルは溜めた時間に応じて次の攻撃の威力を上げていく。


「ミャウ! しっかりしろ! いつまでそんなところで呆け続けてる気だい! ゼンカイ様はあんたのパートナーだろ! さっさと助けにいきな!」


 力を溜めながらも吠えあげるミルクの声に、虚ろな表情で顔を落としていたミャウがゆっくりと首を擡げた。


 そして顔を巡らせた先に視界に捉えるは、巨人に抗うゼンカイの姿。


「お、じい、ちゃん?」

 細く、弱々しい声で呟く。そして段々と萎んでいた黒目が開いていき、項垂れていた両耳も起き上がっていく。


「そうだ、わ、たし……」

 そう呟いた直後であった。


 巨人の口から吐出された炎が再びゼンカイの身に迫る。


「ほわっと!」

 妙な奇声を上げながらゼンカイが上空へ飛び上がった。そのおかげで一旦はソレを躱すも――その炎はすぐに収まり。


「グルゥ――」

 短く唸りながら、巨人が頭を擡げた。其の眼は完全にゼンカイを捉えている。


「こ、これはまずいかもしれんのう」

 ゼンカイの額からタラリと冷や汗が滴り、その直後、化物の口が大きく開かれた。


 まるで活火山が噴火したかのような、ゴゴゴッという音を口内から湧き上がらせ、そして紅い噴煙が勢い良く吹き上がる。


 だが空中漂うゼンカイにはそれを防ぐ手立てが無いのだ。


 わし、これで死んでしまうのかのう――迫り来る炎を眼にしたゼンカイの心中に、そんな不安が頭を擡げたのだった――。


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