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第四十七話 謎の化物

 戦いを繰り広げるミャウの表情はなぜか優れなかった。


 戦況は悪くはない。上空を舞うデビルモンキーも、地上で牙を剥くサーベルライガーも、護衛の冒険者たちの攻めに押され着実にその数を減らしていっている。


 そう戦いは順調の筈――なのだが。


 あの巨人の姿がどうしても気になって仕方がないようである。


 先ほどからあの怪物は一切動きをみせていない。


 その為、今のうちに倒しておいた方がいいかもしれないという話は、この戦いにおいても何度かあったが。


 それは他の魔獣達が許してくれなかった。彼等はあの巨人に向かおうとすると、それを察知したかのように立ち塞がる為、上手く行かなかったのだ。


 そしてそれは他のパーティも一緒だったようで。


 その為、今はとにかく巨人以外の魔獣たちを片付けようと皆が必死になってるところである。


「タンショウいくよ!」

 ミルクが声を荒げると、タンショウは目の前の獅子の魔獣を両手の盾で押し進み、後ろにいた別のサーベルライガー達に押し付けた。


 その合間にミャウは【パワーチャージ】というスキルで力を貯めた。

 そして一塊になった魔獣目掛け突き進み、ミルクはタンショウの背中を蹴り空中に飛び上がる。


「グレネード! ダンク!」


 ミルクの持つ二本の得物が光に包まれ、落下すると同時にそれを振り下ろす。


 激しい轟音と共に舞い散る土塊。周囲に衝撃波が広がり、大地にはまるで隕石でも落ちた後のような円形の窪み(クレーター)が出来上がる。

 

 そしてその穴の中には土砂に埋もれた無数の遺骸。


 その即席の墓標を見下ろすは、空中に逃げたデビルモンキー達。

 だがそこに現るは一つの影。


 それは猫耳を持った女剣士の姿。


「ミャウの奴、あたしの技を利用したね」


 上空を漂うミャウの姿を見上げながら、ミルクが一人呟く。

 彼女のいうようにミャウはミルクの起こした衝撃波を利用し、更に武器にまとわせた風の力をも重ねる事でより飛躍したのだ。


 そしてその先で羽を羽撃かせ続ける、デビルモンキー達の中心でその細身を畝らせ刃を振るった。


「【ウィンドスラッシュ】!」


 スキル名を発したと同時に、風の斬撃が円状に広がる。


 周囲にいた魔獣達はその斬撃を受け、一文字に広がった傷口によって白い体毛を瞬時に紅く染めた。悲痛な叫びを空に残し、力なく件の窪みへ落下していく。


「キ、キィイィイイ!」


 唯一生き残った猿が一匹、悔しそうに声を上げた。その姿をミャウは、ゆっくりと地上向けて落下しながら眺めていた。

 

 体勢からみるに、一見無防備な彼女に襲いかかる気なのかもしれない。


 だが、その心に秘めた魔獣の野心は、その横から聞こえてくるシュルルルルルッ、という音によって阻まれる事となった。


 空中を回転しながら突き進むそれは程なくして、デビルモンキーの身体を捉えた。と、同時に魔獣の身体がくの字に折れ曲がる。


 それはとても小さな武器であったが、威力はこれまでの戦いで折り紙つきである。


 当然デビルモンキーはその一撃を受けたことで、口外にだらしなく赤茶色の舌を伸ばし、飛膜を動かす力さえも失い、地面へと落下した。


「おお! またレベルが上ったぞい!」

 戻ってきた入れ歯を見事キャッチし、それを口に含み戻したあと、ゼンカイは嬉しそうに握りこぶしを突き上げた。


「随分とレベルも上がってきたようね」

 風に包まれながらふわりと着地したミャウが、ゼンカイに向けて言う。


「ゼンカイ様さすがです! まるで見違えたようですわ!」

 ミルクもゼンカイに駆け寄り、まるで自分の事のように喜んだ。


 だが見た目には対して変化は感じられない。おそらく彼女には脳内補正が色々とかかっているのだろう。


「それにしても大分片がついたわね」


 ミャウが辺りを見回すと、他の三組も殆どの魔物を倒し終えている。残ったのは件の二種が合わせて数匹といったところか。


 しかも残った敵も完全に恐れをなしたのか、間合いをあけ、一歩引いた場所から其々のパーティの様子をみている。


 ただ、それでも魔獣たちが立つのはあの巨人の前方であり、まるで守護するように一行に向け睨みを効かせていた。


 それもあってか、ミャウの顔には安堵どころか、不安の色が根強く残っていた。


 その理由は勿論あの緑色の化物だ。遠巻きから静観を続け、一切戦いには参加せず直立不動の姿勢を撮り続けている。


 だがそれが殊更不気味であり――更に段々と肩の上下の動きも激しくなってきているようにみえる。


「プリキアちゃん。あの緑の化物の詳細は!」


 ミャウの声音は自然と大きく尖ったものになっていた。どこか焦りが含まれている。


「そ、それがわからないんです。ブックマンに探して貰ってるんですが、情報が見当たらないって――」


「情報が見当たらないだって? そんな事があるのかい?」

 ミルクが怪訝な表情で尋ねる。


「僕の本には古今東西全ての魔物が載ってるはずさぁ。だからみあたらないなんて本来はないはずだよ」


 これはプリキアが召喚したブックマンの言葉だ。


「だったらわからないってなんだよ。矛盾してるじゃないか」


 ヒカルが眉を顰めいう。


「お前ら。呑気にそんな話してる場合じゃなさそうだぞ」

 護衛の馬車から一番近い位置を守る、ジンが緊張感漂う口調で述べた。


「フー……フー……グフゥウウウ!」

 全員が妙な唸りが聞こえる方へ目を向けると、巨人が肩だけではなく全身を激しく上下に揺さぶっていた。いつのまにか怒張した身体は只でさえ大きい身をより巨大に感じさせる。


「何じゃ。不気味な奴じゃのう」

 ゼンカイの言葉にミャウが頷く。


「確かにね。それにちょっとやばそうかも」


「同感だね。タンショウ!」

 

 ミルクの上げた大声に即座にタンショウが反応し、盾を前に構え突進を始めた。無理矢理魔獣を押しのけ、巨人との間合いを詰めようという考えなのだろう。


 そしてその後ろからはミャウとミルクが続いていた。ヒカルも魔法の為詠唱を始めている。


 だが――。


「な、何かが始まるYO!」


 どこか怯えた声音でマンサが叫んだ。


 その瞬間、巨人の顔を覆っていた灰黒の髪がまるで生き物のように左右に広がり、中で潜んでいた巨大な一つ目が顕になる。


「グギェッ! ギェッ! ギャギャギャギャギャアアアア!」


 その一つ目が妖しく輝き、鼓膜が破れそうな程の高音の奇声が三匹同時にその口から発せられる。


 その瞬間皆の身体が凍りついたかのように固まった。額から多量の汗が滲み、息遣いが荒くなっている。

 

「こ、これは、一体……」

 ミャウがぺたりと地面に跪いた。


「ち、畜生、力が抜けて――」

 ミルクも片膝を付いた状態で、手持ちの武器で辛うじて体重を支えている様子だ。


 だが、それでも意識があるだけまだ良いのかもしれない。何故なら二人の後方ではヒカルが地面にうつ伏せに倒れ全く動きをみせないからだ。


 いやヒカルだけではない。サモナーのプリキアも、双子の兄弟も、リリガクという名のメイジも、同じように倒れぴくりとも動かない。


 その為、プリキアによって召喚された召喚獣達も完全に消え去っってしまっている。


「ノーラック……ミーはバットライフ」

 力なくマンサがつぶやいた。彼と、相棒のマゾンはまだ意識はあるようだ。

 どうやら特に影響を受けているのは魔法を得意とした仲間たちのようだ。


 そういう意味ではミャウも意識はなんとか保っているものの状況は芳しくない。ぎりぎりで精神を保っているといった具合だ。


「てめぇらしっかりしやがれ! 精神を強くもて! こんなんで全滅とか冗談じゃねぇぞ!」


 叫んだのはジンだ。彼は地に根をしっかりとはり、その意識を保っている。


 見るとその後ろでは祈るようなエールの姿。どうやらそのプリーストとしての力がその効果を弱めたようだ。


「グォオォオオ!」


 再び巨人が天に向かって咆哮した。それはあの不気味な声とは違う。まるで鬨の声だ。そして一つ咆哮を上げ終えると、化物はついに動き出し、予想以上の速さで一行に向け駈け出した。


 それはまさしく怒涛の勢いであった。巨人の奇声は、仲間であるはずの魔獣をも巻き込んでその身を竦ませていたが、この化物はそんな事は意に介さず、残った魔獣達を踏み潰し、弾き飛ばしながら迫ってくるのだ。


「うぉおおおお!」

 何処かから別の咆哮が響き渡る。その声はあのジンのものであった。

 彼は迫る巨人にも怯えることなく、果敢にも立ち向かっていったのだ。


「クソ! あたしだって!」

 ミルクは悔しそうに歯噛みしながら、立ち上がろうとした。心配そうにミャウにも目を向ける。


 だが彼女の瞳はどこか虚ろで、ただ地面を呆然と眺めているだけだ。


「ミャウ! しっかり――」


 ミルクがそう言いかけた時であった。

 巨大な影がその頭上を覆う。


 ハッとした表情でミルクが頭をもたげると――そこに見えるは巨人の双脚。


「マジかよ――」


 落下してくる緑の岩石を、ミルクはただ為す術もなく見つめるだけであった――。


 


 




 

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