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第四十五話 立ち塞がるもの

 その日、太陽の上る様を全員が無事見届け、二日目の旅は始まった。

 

 道程はかなり順調だ。空には雲ひとつなく、天気が崩れる様子も無い。

 崖沿いの道も抜け、今は山間部に入り向かって左側には原生林が広がっている。


 馬車が進む途中では魔物に出会うこともない。これに関してはゼンカイも、

「ここには魔物はいないのかのう?」

と思わず口にしてしまうほどであったが、その後のミャウの説明によると、魔物は存在しているが恐らく竜馬匹を警戒して出てこないのだろうという話であった。


 竜馬匹に交じっていると言われている竜の血が、魔物たちに恐れを抱かしているのだという。


 その為、下手なレベルの魔物は近づいてすらこないのだろうという話であった。

 

「しかし何もないというのも退屈なものじゃのう」


 馬車に揺られながらゼンカイはそんな言葉を口にした。言葉の通り退屈という文字が顔に浮かび上がっている感じである。


「何も無ければそれに越したことはないよ」


 ヒカルが両手を左右に広げながらいう。レベルも高くリーダー風を吹かせる事のある男だが、あまり戦いとかは好きではないのかもしれない。


 特に賊というものには、過去嫌な目にあった記憶が重なるようで、出来れば出会いたくないというのが本音なのだろう。


 ミャウとミルクに関しては朝の軽い挨拶のみで、それからは一言も発していない。更にいえば二人はお互いには挨拶をしていない。


 未だ昨日の事を引きずっているのだろう。男同士であればこういうとき、次の日にはケロッと忘れてしまったりするものだが、女性同士というのは一度こじれると中々修復されにくかったりと、かくも面倒なものである。


 そんな二人を気にして一生懸命なんとかしようと話しかけるのはプリキアだ。

 彼女はマンサに対する態度こそキツイが、いつもコロコロとした可愛らしい笑顔を絶やさず、この中では最年少という事もあってかマスコット的キャラに近い。


 そんな少女に話しかけられてはミャウもミルクも無視というわけにはいかない。が、その力をもっても二人が直接言葉を交わすことはなかった。


 そんなプリキアの姿をゼンカイは真剣な眼差しで見つめている。プリキアの懸命な行いを感謝の気持ちで見守っているのだろう。


 その眼は孫を愛でるようにも思われ、恐らくは生前の思い出を――。


「プリキアちゃんは本当にめんこいのう。なんとか一度ぐらい抱きしめたいのう」


 なんて事を思うことはなく、小さな女の子に対してとんでもない欲望を抱いていた。

 そう忘れてはいけない。彼は紛れも無く変態なのである。


「それは認める!」

 ヒカルが鼻息荒く同意した。ゼンカイに限らずトリッパーには変態が多すぎるのである。


「ノーグッド! このままじゃミーのソードテクニックをマイハニーにショーアップ出来ないじゃないかYO!」


 そう言ってマンサは鞘から剣を抜き、垂直に掲げた。ミスリルという特殊な鉱石で出来た自慢の剣らしい。


「こんなところでそんなもの抜かないでよ。邪魔臭い」

 ミャウが不快そうに眉を顰める。


「本当ですよ。全く非常識です」

 瞼を閉じプリキアが咎めの言葉を重ねた。するとマンサはしゅんと肩を落とし、あっさり刃を鞘に押さめる。


「ソ、ソーリー……」


 謝辞を述べ表情にズーンと影を落とす。この男、意外とメンタルが弱いようだ。


 と、その時であった。順調に思えた道程に変化が現れる。馬車が止まったのだ。


「すみません皆様ちょっとよろしいですか?」

 御者の声が車内に届くと全員が幌を捲り外に出る。





「何これ? 土砂崩れでもあったの?」


 ミャウが怪訝そうに疑問の声を上げた。

 それは他の皆も同じ思いだったようだ。


 動きを止めた馬車の数メートル先には土と砂、そしていくつかの岩石によって壁ができ完全に塞がれていた。


 コウレイ山脈を抜ける街道は現状進んでる道一本なので、当然このままでは先に進むことが出来ない。


「妙だな。ここ最近は大きな天気の崩れもなかった筈なのに土砂崩れなんて」


 ジンが数歩前に出て、不可解そうにその様相を眺めた。


「これってもしかして誰かが――」


 ヒカルが発した言葉と同時に皆の顔が引き締まる。誰に言われたわけでもないが全員が馬車を囲むような配置に付いた。

 

 勿論ゼンカイも同じで即効で位置取りを決める。その並びは丁度パーティ毎にまとまる形であり、ゼンカイの側にはミャウとミルク、そしてタンショウが立ち身構えていた。


 一方ヒカルを始めとする魔術師系の面々は少し離れた位置から前衛を見守る形である。


 特にプリキアに関しては取り出した紙を地面に敷き、いつでも召喚が出来るよう構えている。


 サモナーは魔法陣を介して召喚獣を呼び出すが、戦闘の最中にいちいち地面に陣を描いてはいられないので、予め魔法陣を記述しておいた紙を常に持ち歩いているらしい。


 空気はピリピリと張り詰めていた。数秒が何分にも感じられるような緊張感が漂っている。

 

 ふと林の中からがさごとそ音がした。皆の眼が尖る。ミャウの両耳がピンと張る。そしてゼンカイも口元に手を添えた。


 ガサササッ! と木々が揺れ大きな黒い影が各地から飛び出した。身構える一行の前方側方、後方の三面からだ。


 彼等を囲むように姿を晒したのは、上顎と下顎から突き出た鋭利な牙が特徴的な獅子のような怪物。さらに空中に飛び上がりこちらを俯瞰するは、蝙蝠のような飛膜を備えた白猿の魔物。


 そしてその中で特に異彩を放っているのは緑色の巨大な化物。

 上背はタンショウを縦に二人並べたぐらいか。いかにも膂力に優れたような肉体を有し、灰黒い長髪が顔全体を覆っている。


 魔物は強大な緑の怪物が三体、残り二種は少なくとも其々十体以上はおり前、横、後ろで其々隊を組むように集まっている。そして唸り声を上げ瞳を光らせ、明らかな敵意を一行に向けてきている。


「まさかこれって……魔獣?」

 彼等の姿を視認したミャウが目を見開き疑問を口にした。


「なんで、こんなところにこんな奴等が!」

 唇を噛むようにしながら、ミャウの語気が強まる。


 このコウレイ山脈の魔物の推定レベルは本来10程度である。そしてミャウの説明にあるようにその程度のレベルの魔物では竜馬匹の前には姿を晒さないはず。だが、ミャウの反応を見る限り、どうやら現れた魔物はそれ以上の強さを有しているらしい。


「優れた知を持ちし書物の精霊よ、我が盟約に従いその姿を現したまへ。召喚【ブックマン】!」


 後方に控えていたプリキアが召喚の魔法を唱えた。すると眼鏡を掛けた小さな学者風の妖精が姿を現す。


「ブックマンお願い! 魔物達の能力を教えて!」

 プリキアが捲し立てるように述べると、妖精は眼鏡をくいっと押し上げ、了解! と一言発しその手に持たれた本を捲りだす。


 だが魔物たちはそれを待ってくれるほど甘くはない。緑色の怪物と獅子の姿を表した魔獣が天に向かって叫びあげる。


 それが開戦の合図となった、まず前方のマンサ達に陸と空から二体ずつが襲い掛かる、しかし深泥の魔物は黙ったままだ。


「大地を源とせし――ノームよ――」

「蒼き二体の狼よ――」

 

 プリキアは更に紙を広げ、続けて鼻の長い妖精ノームと蒼い毛で覆われた二体の狼、ブルーウルフを召喚した。


「ウンジュ!」「ウンシル!」

 あの双子の兄弟がお互いに声を掛け合い、華麗にステップを踏み舞を決める。


「【勝利の舞】」「【勇気の舞】」


 二人の言葉が重なり、大地に刻まれたルーンが光りだす。と、同時に仲間たちの身体も光に包まれた。


「うぉお! なんじゃ! 何か熱いものがこみ上げてくるようじゃ!」


 ゼンカイが拳を差し上げながら感嘆の声を上げる。


「勇気のルーンは体力を」「勝利のルーンは腕力を」「それぞれ」「あげるよ」


 ウンジュとウンシルが交互に台詞をつなげた。そしてその直後、何かの弾ける音が戦いの場に木霊する。


 空中からの敵の一撃をマンサが盾で受け止めたのだ。そしてその横では獅子の突進を躱しハルバードを振り下ろすマゾンの姿。


 更に残りの魔物は其々ウンジュとウンシルに飛びかかるが、二人は其々が両手に曲刀を構え、立ち向かう。


 プリキアに関しては、彼女を守るようにノームが土の壁を作り敵の攻撃を防ぎ、その隙を狙ってブルーウルフが鋭い牙をその肉に食い込ませた。


「そっちの魔物はレベル16のサーベルライガ。こっちはレベル18のデビルモンキー。残り一体はちょっとまってね」


 プリキアの召喚した書物の妖精はプリキアの質問に対する回答を示す。

 獅子の顔を持った魔物がサーベルライガ。空中を飛びまわる白猿がデビルモンキーとのことだ。


「こっちもくるわよ! ヒカル! 呪文でサポート!」


「判ってるよ!」


 ヒカルがそう叫んだ直後、ミャウ達の方にも敵の毒牙が迫る。


「ぬぉ! 危ないのう!」


 デビルモンキーによる空中からの攻撃を、間一髪でゼンカイが避けた。だが再び空中に飛び上がった魔物は、直様旋回し、次の攻撃に移ろうとしている。


「キャッ!」


「ミャウちゃんや!」


 ゼンカイが視線を巡らすと、ミャウが地面に倒れていた。その前方にはあの獅子の魔物、サーベルライガの姿。おそらくその体格を活かした体当たりで弾き飛ばしたのだろう。


 そして獅子の魔物は身体を屈めミャウへの追撃を開始する。


「【サンダースピア】!」

 だがヒカルの叫びあげた声と同時に、雷で出来た槍が魔獣の身体を貫き、ミャウへの追撃を退けた。


 だが獣は鬣を激しく揺らしながら一旦は地に伏せるが、すぐ起き上がり警戒するように距離を離した。


「ミャウちゃん大丈夫かい!」

 ゼンカイが慌てるように駆け寄ると、頭を振りながらミャウが、大丈夫と応え立ち上がる。


「全く情けないね」


 ミャウを振り返りながらミルクが馬鹿にしたように顔を歪めた。その足元には一刀両断にされたデビルモンキーが転がっている。


「この程度の魔物にすら苦戦するのかい? そんなんだったら足手まといだよ。馬車に戻ってた方がいいんじゃないのかい?」


「な! 何よ! 今のはちょっと油断しただけよ! あんな奴等……」


「はぁ? 油断? 何甘いこといってんだろうね。そんなんじゃ……」


「いい加減にせい!」


 再び始まった二人の口論を遮るようにゼンカイの激が飛ぶ。


「こんな状況で何をくだらない事で言い争ってるのじゃ! そんなことじゃ二人共ここに立っていても邪魔なだけじゃ! 揃って馬車で待機しておれ!」


 そう叫んだ後、タンショウに首をめぐらし、

「行くぞタンショウ! 前と同じ戦法じゃ! ただいがみ合っていてもこやつらには勝てん! 協力して挑むんじゃ! ヒカルも援護を頼んだぞ!」


 その言葉にヒカルは、あ、あぁ、と目を丸くさせながら応えた。


 タンショウは気合をいれるように両腕を振り上げたあと、両盾を前に突き出し、ダンプカーの如く勢いで敵に向かって突き進む。


 そしてその後ろをゼンカイが続いた。


 そんなゼンカイの後ろ姿を眺めながらミャウとミルクの二人は呆然と立ち尽くす。


「二人共どうすんのさ」

 ヒカルは更に追加の魔法を敵の何体かにくらわした後、彼女たちに尋ねた。


「……なんか癪よね。お爺ちゃんにあんな事いわれて」

 

 ミャウがミルクに向かって言う。


「あたしは、そんな、ただ、ゼンカイ様のいう事も尤もだな――」


 そう呟き、ミルクはミャウに身体を向け、一つ頭を下げた。


「ごめん。あたしちょっと意固地になってた」


「……私もごめんね」


 ミャウも軽く頭をさげ、そして二人とも軽く微笑み合う。


「じゃあ」

「そうと決まれば」


 二人は魔物の方へ顔を向け、瞳を尖らせ、

「いっちょ!」

「暴れるか!」

と声を上げ、魔物に向かって突撃するのだった。

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