第四十三話 出発
気絶していたところをミャウにたたき起こされ、ゼンカイはまるで母親から言われているような叱りを受けていた。
ただ、その声に目覚めたミルクが、猛烈に反論してみせたので、結局咎めはそこで収まった。
ただし、朝から険悪な空気が二人の間を滞留してしまっている。
「ハーレムの伏線がたちおった!」
「馬鹿な事言ってないでさっさとギルドにいくわよ! 時間が無いんだから」
昨日の話で、明朝は皆ギルドに集まる事になっていた。
今回は公卿からの依頼である。遅れるような失礼な事があってはいけない。
それだけにミャウの口調も刺々しくなってしまっていた。
一行は結局朝食も取らず、宿を出た。
太陽はまだ東から顔をあらわせ始めたばかりであり、街なかはまだ薄暗い。
この時間、本来であればギルドもまだ開いてはいないのだが、今日だけは特別であった。
ギルドに到着すると、中には明かりが灯っており、部屋にはいると既に全員が顔を連ねていた。
「宿が近くてよかったわね」
ミャウはゼンカイ達に皮肉るように言った。
「あ、いえ私達も今きたばかりですよ」
ミャウの不機嫌さをどことなく察したのか、プリキアが遠慮がちに述べる。
「グッドモーニング! マイハニー。どうだい? よかったら一緒にここでモーニングコーヒーでも」
マンサはギルドに設置されたテーブルにポットとカップを置き、一人ゆったりと寛いていたようである。
因みにポットやコーヒーは自前だそうだ。
「全く朝から元気なもんだねぇ」
カウンターのアネゴが両手を伸ばし欠伸をしてみせる。
羞恥心の欠片も感じさせない大口を開けての所為であった。
「うぉおおぉおおお! 眠そうなアネゴも最高だ! もっと! もっと欠伸を! そして胸を! そうもっと胸を揺らして!」
カウンターに近づいたマゾンが、相変わらずの変態的な台詞を吐いた。
だがアネゴはウザったそうな瞳を見せるだけで、拳を飛ばすことはなかった。
どうやら朝は苦手そうである。もしかしたら低血圧なのかもしれない。
「おいお前。なんか食うもんは無いのかよ」
ムカイが、マンサの側までよって行き、低めの声でいった。まるで恫喝してるようにも聞こえる。
「ノーグッド。ミーはモーニングをいつも軽く済ませてるんだ。それにユーみたいな、ゴリラフェイスに与える餌は持ち合わせてないYO」
マンサの返しは傍から見れば挑発にしか思えない相手の神経を逆撫でるものだ。
そして当然、ムカイはテーブルを強く叩きつけ、マンサを睨みつける。
「俺様にそんな口を聞くとはいい度胸してやがるな」
「俺様? ホワット? ナイスジョーク。たかだかレベル10程度のモンクでしかない癖に、随分と偉そうだね。『大海の中の蛙井の中を知らず』って言葉を知らないのかYO」
「…………それは知らねぇな」
「A-HAHA! 全く知能が足りないね。そんなことでこの護衛の任務が務まるのかYO!」
「いや、その言葉そのままお前に返すぜ」
そう言って呆れたように嘆息した後、ムカイはテーブルを離れた。
マンサは勝ち誇ったような顔をしているが、皆の表情は冷ややかである。
「こういっちゃなんだが、お前んとこのリーダーはアホなのか?」
「……返す言葉も無いです」
プリキアに近寄りムカイが告げると、彼女は瞼を閉じ頬をひくつかせながら、呟くように返した。
「さぁもうすぐ時間だ。皆も公女様の前では失礼がないようにね」
鼻息を荒くさせ、ヒカルが仕切るようにいった。
「なんでヒカルが偉そうにいうのよ。それにあの感じだと公女様は姿を見せないと思うわよ」
「なんじゃと! ならば公女様のおっぱいやおしりや綺麗な(願望)顔も見れないというのか!」
ゼンカイはやたら興奮したように言う。
「……僕は思うんだが、この爺さんは置いていったほうがいいんでないのかい?」
瞼を半分ほどとじ、心配そうにヒカルが言った。
「お爺ちゃんお願いだから、護衛中はそんな馬鹿な事いわないでよね」
「うむ。ミャウちゃんも手厳しいのう。大丈夫じゃよ。わしでもそれぐらいは判っておるわい」
と言っても今までが今までだけに皆の心配は拭い切れない。勿論一人を覗いてはだが。
「ゼンカイ様がこう言っているんだ。問題は無いだろう」
「ミルクは呑気ね。お爺ちゃんの事が好きなのは判るけど、仕事なんだから少しはその辺の事も真面目に考えてもらわないと。それぐらい判るでしょ? 私なんかより経験豊富なはずなんだから」
「は? あたしが遊び半分で仕事を請けているとでもいうのかい!」
ミャウの刺のある台詞に、ミルクが眉間に皺を寄せ語気を強める。
この二人、今日は朝から反りが合わなそうである。こんな事で護衛の任務が務まるのか心配なところでもあるが――。
「皆様お待たせいたしました」
ミルクとミャウの空気が再び険悪なものに変わりつつあるその時、件の御者が姿を表したため、その話は一旦棚上げとなり全員はギルドの外にでる。
「ほぉ、これは格好良いのう。格好良いのう」
用意されていた馬車を眺めながら、ゼンカイはその言葉を連呼した。
と言ってもゼンカイが感動しているのは馬車本体というよりはそれを引っ張る馬である。
今回の任務で用意された馬車は二台。一台は昨日と同じような赤色で、綺羅びやかな飾り付けを施した豪奢な馬車。
もう一台はキャラバンを思わせる大型の幌馬車である。
この二台に共通するのはゼンカイが感動して止まないその馬である。
いや初見でいえば、馬とも思えない生物であった。確かに細長い四肢や靭やかな身体は馬を思わせるものだが、皮膚は固い鱗で覆われ、鋭い歯牙の生えそろった長い顎門と獰猛そうな双眸は猛禽類のソレである。
「これはね竜馬匹といって、竜と馬の混血種って言われているのよ」
ほう、とゼンカイが関心を示す。
「ゼンカイ様。竜馬匹は一頭で通常の馬二十頭分の体力と膂力を持ち、走る速さも倍ぐらいあるのです」
「この身体中を覆う鱗は竜と同じぐらい強固で、ちょっとした攻撃ぐらいなら簡単に弾けるほどなのよ」
「ゼンカイ様。竜馬匹はとても希少な生物で――」
ミャウとミルクは交互に持ってる知識を語っていく。それはまるで張り合っているようにもみえた。
「お、おかげで竜馬匹の事はよくわかったぞい。二人共ありがとうのう」
まるで押し問答のような状態の二人を宥めようと、ゼンカイがお礼を述べる。
「あたしの知識がお役に立てて幸いですゼンカイ様」
ミルクは最初の四言を特に強調して言った。
「全く。まるで子供ね」
ミャウがため息のようの言を吐くと、ミルクの目が尖る。が、まぁまぁ、とゼンカイが一生懸命宥めてみせる。
「皆、本日は宜しく頼むよ」
姿をみせたケネデル公卿に、全員が恭しく頭を下げた。今回に関してはゼンカイも流石にそれに倣う。
「ケネデル公卿は皆に期待してくれているみたいだから頑張ってね」
いつの間にか公卿の横にいたテンラクが皆にむかって激励する。
そして、ふとミャウが顔を巡らせた先に更に二人見慣れない顔があった。
一人は肩当てのついた銀燭鎧を身にまとった戦士風の男であった。腰にはバスタードソードタイプの剣を固定させた戦士風の男。
もう一人はフードを目深にし、神官衣を身にまとった人物である。性別はそのフードのおかげで判別が付かない。
二人はムカイ達の側により、何かを話していた。それをみて、ミャウは一人納得したように頷いた。
きっと彼等二人が残りのメンバーなのだと察したのだろう。
「プリーストかしら? どちらにしても回復薬がいるのはありがたいわね」
フードの人物を見ながらミャウが誰にともなくいった。
その彼女の声に気づいた者は誰もいなかったようだ。だがそれとは別にミルクが眉間に皺を寄せながら公卿に向かって言う。
「やっぱり護衛される側は姿も見せないんだね」
腕を組んだ状態で、ミルクは不機嫌さが滲みでている。その言葉遣いは下手したら昨日より口調がキツイぐらいだ。
「済まないな。そこだけは理解してくれ」
彼女の言葉に対し、公卿は前と同じ台詞を繰り返した。
「あの一つ宜しいでしょうか?」
ミャウは軽く手を上げ公卿の許可を仰いだ。するとケネデルは一つ顎を引き問題ない胸を示す。
「公女様の護送を行う馬車ですが……少々目立ちすぎるのではないかと思われます。これから出向くコウレイ山脈は昨日のお話にあったように山賊が跋扈しております。出来れば一般の馬車と違わない程度のものに変えられた方が――」
ミャウの進言を聞き終え、公卿は一度は頷いてみせる。が、しかし、と口にし。
「姫君の話によると、この旅は毎年こういった体制で行われてるそうだ。馬車も愛着があるもので向かいたいらしくてな。それに竜馬匹などを使っていては、馬車本体だけ変えたところでそれほど意味があるとは思えん」
確かに先ほどのミャウとミルクの話では竜馬匹というのはとても貴重な種であり、その為価格は勿論の事、維持費も一頭で馬百頭分に匹敵するほど喰うとの事であった。それを馬車の馬として使用するのは一部の貴族かそれこそ皇族ぐらいだと言う。
そうなると確かに馬車を変えたところで、馬の違いでその地位は簡単に露見してしまうだろう。
「――というわけだ。納得してくれたかな?」
「は、はい! 私のようなものが浅はかな考えで不躾な物言いをいてしまい、申し訳ありませんでした」
公卿の説明を受け、慌てたようにミャウが深々と頭を下げると、公卿は笑いながら、
「いやいや。任務の事を思っての発言だ。そういった意見は貴重なものだからな。ありがとう」
と返す。その顔をみやり、ミャウはほっと胸を撫で下ろした。
するとテンラクが、さて皆さん、と発し、
「それではそろそろ出発の時間ですね。よろしくお願いしますよ」
と皆に告げる。
そのテンラクの言葉で一行は大きな幌馬車へと乗り込んだ。護衛する馬車は一台、それを見守る馬車も一台である。
こうしてケネデル公卿とテンラクに見送られながら、二台の馬車は小気味の良い蹄の音を奏でながら、王都ネンキンを後にした――。




