第三十九話 依頼と決意
執事風の男に案内されて部屋に入ってきた人物を見るなり、ミャウは目を丸くさせ、えぇ! と一言叫んだ。
そこに現れたのはミャウの、いや皆が良く知る人物。いつもギルドの二階でのんびりしているテンラクその人であった。
「え? え? 依頼主ってテンラク?」
ミャウが困惑した表情で尋ねるが、テンラクはいつもどおりの朗らかな笑顔でお腹を伸縮させ、はっはっはと笑い上げた後。
「いやいや。流石に違うよ。ただ依頼者が依頼者なだけに私も事前にお話をお伺いしていたんです」
なんだとミャウだけでなく他の皆も納得したように額を広げる。
すると、テンラクの後ろから、失礼するよ、と低くどこか威厳の感じられる声が響き、熟年の男性が姿を表した。
齢でいえば50代半ばといったところか。色が抜けグレーに染まった毛髪は、顎まで伸び外周を覆っている。
しかしその眼光は鋭く、引き締まった骨太の肉体はその年を感じさせない迫力を滲ませていた。
「け、ケネデル公卿!」
ミャウはテンラクが現れた時よりもさらに驚いたように目を見張った。
ゼンカイ以外の周りの反応も似たようなものである。
そしてこの状況でぼーっとした顔つきのまま鼻をほじってるのも当然ゼンカイであり、当然ミャウも慌てたように、お爺ちゃん! と叫び上げその手を叩いた。
そして直様背筋を伸ばし、目の前に立った公卿に深々と頭を下げる。
その時、ゼンカイの頭を抑え一緒に頭を下げさせた。
「いやいや、そのような堅苦しい挨拶はいらないよ。何せこちらから皆さんに依頼をしているわけだから」
公卿はそう言って笑い身体を揺する。見た目には厳格そうな人物であるがその話し方は割りとフランクであった。
「まぁとりあえず立ち話もなんだ。皆さん席に付いてくれたまえ」
ケネデル公卿に促され、全員部屋の中ほどにある円卓に腰を掛けた。
流石に宮廷の椅子とだけあってすわり心地は抜群である。
円卓の上にはミャウ達が来た時からティーポットとカップが置かれていたが、公卿が部屋に入ってからメイドたちが新しいものに変え、全員のカップに暖かい紅茶を注ぎ一人を残し部屋を後にした。
ゼンカイはそんなメイドの姿を彼女たちが立ち去るまで、物欲しそうに眺めていたが、流石にこれ以上失礼があっては目も当てられないのでミャウが鋭い眼つきで監視し続けていた。
その為、流石にゼンカイもそれ以上の事はしようとはしなかった。
公卿はテーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、先ず自分が中身を啜った。
そして全員に目を向け、皆様もどうぞ、と笑顔で促した。
その薦めで全員がカップに手をやった。
その直後、ズズズッと品のない音がした。
ゼンカイである。しかも中身を一気に飲み干し、ぷはぁもう一杯! 等と言い出すのでミャウは炎が吹き出さんばかりに顔を真っ赤にさせ、ちょ! お爺ちゃん! と叱りつけようとする。が、ケネデルは愉快そうに口を広げた。
「いやいや。いい飲みっぷりですな。君、彼にお代わりを」
ケネデル公卿の言葉に、メイドが恭しく頭を下げ、ゼンカイのカップにお代わりを注ぐ。
だがミャウは、少しは遠慮しなさい、とゼンカイの耳元で囁き注意する。
「上手いお茶なんじゃがのう」
ゼンカイはそう小さく呟きながらも、今度は一口だけ含み、カップを皿に戻した。
「さてケネデル公卿。落ち着いたところで依頼のお話を――」
ゼンカイの行動後、一瞬の沈黙が場を支配してたが、テンラクが本題を切り出すように口を開くと、ケネデル公卿もうむ、と一つ頷き、真剣な眼つきで皆をみやる。
「此度の依頼、皆も簡単には聞いていると思うが、さる貴族の姫君の護衛をお願いしたくてね――」
そして公卿は依頼の詳細を話し始めた。
今回の護衛の対象となる公女は、毎年一度、北の神聖都市オダムドの大聖堂に出向き、神に祈りを捧げているらしい。
しかしその為には、ここ王都ネンキンとオダムドの間に位置するコウレイ山脈を超える必要がある。
コウレイ山脈の街道は長さ150㎞に及び、旅には危険も伴う。
その為、護衛として冒険者の力を借り受けたいというのが依頼の詳細であった。
「確かコウレイ山脈は、最近になって山賊達も現れはじめたって話じゃなかったかい?」
公卿の説明がひと通り終わったところでミルクが問いかける。が、ミャウは目を見開き、ちょ! ミルク! と口を出した。
あまりにその口の聞き方が普段(ゼンカイに対する以外)と変わらなかったからであろう。
「何だい? わるいけどあたしは媚を売ったりというのは苦手でね。話し方はこのままでいかせて貰うよ」
「……お爺ちゃんには違うくせに――」
「それは媚ではない――愛だ!」
恨めしそうな表情をみせながら、反論するミャウにミルクがはっきりと断言して答えた。
「いやいや構わないよ。皆もどうぞいつもどおり接してくれ」
ケネデルは全員に向かって述べ、さて、と一つ発したあと。
「確かにあの場所では商人も何度か被害にあっていますな。まぁだからこそ冒険者の護衛をお願いしたいというところでもあるんだが」
ケネデル公卿のその言葉に、ホワット! と延べ今度はマンサが口を開く。
「ノーグッド! ミーもいろいろクエスチョンがありますYO!」
ケネデルは遠慮はいらないと言ったが、流石にその口ぶりには、公卿も目を丸め、隣に座るテンラクが表情を歪ませた。
彼の場合いつもどおりが普通とは違いすぎるのである。
「あ、あの! マンサが言おうとしているみたいに、私も疑問が」
プリキアは立ち上がり、マンサの口を塞ぎながら、彼の言わんとしてる旨を引き継ぐ。
いくらなんでも失礼すぎると思ったのであろう。
「折角の依頼なのにこういう事を言うのは不躾かもしれませんが――コウレイ山脈を越えるような危険な旅をされなくても、例えば転移石や転移魔法で直接向かえば危険もなく到着できるのではないでしょうか?」
プリキアの問いにケネデルは苦笑して見せ、そしてその質問に答える。
「確かに言われているとおり、そうすれば安全ではあるな。しかし姫君は祈りを捧げるまでの道程も練磨する上で必要と考えておる。実際これまでも一度もそういった物に頼った事はない」
朗々としたその物言いに、プリメラも、そ、そうなのですか、と一応の納得を示した。
「で、でしたら――」
すると今度はミャウが公卿に向かって、おそろおそろと口を開く。
「例えば西側の森から回りこむように向かわれたらいかがでしょう? 勿論それでも護衛は必要と思われますが山賊が出るという山脈を抜けるよりは安全ではないかと……」
ミャウの発言に、ケネデルは、うむ、と顎を引き、だが――と言葉を紡ぐ。
「知っての通り今回は急な道程でな。姫君もなんとかお忙しい中時間をとっての出発となる。確かに西側の道のほうが安心かとは思うが、それではコウレイ山脈を超えるのと比べ倍以上の時間を有してしまう。それだと流石に日程的に間に合わないのだよ」
日程ですか――とミャウは眉を落とす。
するとテンラクが苦笑いを浮かべながら、
「何だい君たち。もしかして今更になって不安になったのかい?」
と言って全員の顔を見回した。
すると、馬鹿言うな、とミルクが口をはさむ。
「たかが護衛ぐらいで怖気づくわけがないだろ。ただこの依頼には腑に落ちない点も多い。例えばあたし達はまだ肝心の護衛相手の情報も貴族のお嬢様ということ以外聞いていないのだからね」
ミルクは"お嬢様"というフレーズは少々皮肉っぽくして言を放った。
「残念だが――」
ケネデルは一旦紅茶で喉を潤し、カップを皿に戻した。静けさの中でカチャン――という陶器の音が耳に残り。
「テンラク殿には既に話しているが、姫君についての情報は明かすことが出来ないのだ。その点だけは何卒ご理解頂きたい」
口調は穏やかであるが、瞳に宿った光は有無を言わさぬものも感じさせる。
「大事な事は秘密ってかい。お偉いさんの考えそうなことだな」
ミルクは右手を差し上げながら、呆れたようにいった。
「悪いな。別に冒険者の皆の事を信用していないわけではないのだが、万が一ということもある」
「つまりそれだけ、重要な身分のお方ってことかい」
ミルクは何かを探るように述べるが、
「悪いがそれも皆の想像に任せるとしかいいようがないかな」
とケネデルは口にする。
公女の情報は、少しも開示する気がないようである。
「ふん。別になんだってかまわねぇじゃねぇか。ようはその姫君ってのを護衛すればいいんだろ?」
ムカイが皆に対して言うように口を開いた。
するとゼンカイもうんうん、と納得したように頷いてみせる。
「こやつの言うとおりじゃ。我々は冒険者じゃろう? 依頼者から与えられた仕事を全うするのがその勤めじゃ。それなのにこんなところでびびっていても仕方ないじゃろう」
思いがけないゼンカイのまともな意見にミャウは目を丸くさせた。
そしてミルクは慌てたように、
「ゼ! ゼンカイ様! あたしはこの仕事に不満があるとかではなく! 勿論ゼンカイ様がそう申されるならそれに従います!」
と掌を返したように態度を変えた。
「勿論わしはミルクちゃんの事を信じておるよ」
「ゼ、ゼンカイ様――」
両手を口に添え涙を浮かべるミルクを、やれやれといった表情で眺めるミャウ。
「それでミャウちゃんはどうするのかのう?」
ゼンカイがミャウに話を振った。
「も、勿論受ける気持ちにかわりはないわよ! 当たり前でしょ!」
その応えに流石にミャウちゃんじゃ、とゼンカイが顔を綻ばす。
「ソーグッド! ミーたちだって勿論二言はないさ! 受けたミッションにはマックスパワーで挑ませてもらうYO!」
マンサもそう言ってやる気を示し、他のものも同調する。
「勿論俺達もだぜ」
ムカイが左右の二人を交互に見た後、自信ありげに言い放った。
こうして全員が依頼を正式に受けることを決意したことで、ケネデルも満足そうな表情を浮かべ口を開く。
「いや流石テンラク殿にお聞きしていた通りだ。急な依頼だったのにも関わらずこれだけの人材が集まるとは――これで何かあっても安心だ。頼りにしてるぞ」
ケネデル公卿はそう言って豪快に笑うのだった。




