第三十八話 三組の冒険者達
「マンサじゃない。あんたがなんでここにいるのよ?」
腕を組んだミャウの表情は不機嫌そうであった。
しかしここにいる理由などは一つしかなく彼女にも予想はついているのだろうが、それでもつい聞いてしまったという感じである。
「マイスイートハニー。そんなのは決まってるじゃないか。ユーたちもそうなんだろ? 麗しきプリンセスの護衛のミッションをオールオッケーしたのSA!」
「あいかわらず、よく判らんしゃべり方をする男じゃのう」
ゼンカイが眉を顰め呆れたように言った。
しかしゼンカイに呆れられるようじゃ終わりである。
「ミルク久しぶりだな」
そう言って彼女の側に近づいていったのはマンサのパートナーであるマゾンである。
「……誰?」
ミルクは眉間にしわを寄せ、顔を窄ませながらいった。
本気で判らないといった風である。
「お! おい! 忘れちまったのかよ! 前に酔っ払って俺を散々殴りつけておいて!」
しかしミルクは頭に疑問符を浮かべたような表情で首を傾げている。
ただミルクの酒癖の悪さはたった一度一緒に飲んだだけでゼンカイもミャウも判っていたので、可哀想にと密かに同情したりもした。
「で? それがどうかしたのかい?」
ミルクが面倒くさそうに言葉を返した。
するとマゾンは鼻息を荒くさせ、
「いいか! 俺はあの時の事を一度だって忘れたことはなかったんだ! ここであったが100年目!」
息巻くマゾンに嫌な予感がしたのか、ミャウが、ちょ――、と口にし手を伸ばすが。
「さぁ! もう一度好きなだけ俺を殴れ!」
そのどうしようもない一声に、手を伸ばしたまま思いっきり大理石の床に獣耳ごとヘッドスライディングをかましてしまった。
「なんかここにきてから変じゃのうミャウちゃんや」
「う、うるさい!」
爺さんに心配され悔しそうに大理石に握りこぶしを置くミャウ。
すると後ろからあどけない声が聞こえてくる。
「もう。二人共あまり馬鹿な事やってないで大人しくしなよ」
その声にミャウとゼンカイが振り向くと、見た目にも小さな女の子が立っていた。
少女は鮮やかな黒髪を丸いボンボンの付いた髪留めで纏めツインテールにしてあり、くりくりっとした大きな瞳がお人形みたいで可愛らしかった。
ただ眉をへの字にしながら、腰に両手をあてているあたりあまり機嫌はよくなさそうである。
そして当然だが、このような少女を目にしてしまった以上、彼もまた自分を抑えきれず。
「なんと! 可愛らしい少――」
「はいはい」
ミャウはいち早く察したように剣を取り出し、盛るゼンカイをいつもどおり床に叩きつけ制した。
そしてこれまたご多分に洩れずミルクが、あたしというものがありながら! とゼンカイを抱きしめ彼の意識は一瞬だけ途絶えていくのだった。
「うちのリーダーがいつもご迷惑をおかけしてます」
双方が互いに簡単な自己紹介を済ませた後、少女(名はプリキアという)は本当にすまなさそうにミャウに謝罪をしてきた。
どうやらマンサの言動は少女の耳にも届いていたらしい。
その為、自己紹介の時もミャウの事は事前にプリキアは知っていたのだ。
「何を謝っているのさぁ。マイハニーとミーはハートとハートで結ばれて――」
「リーダーはちょっと黙ってて!」
二人のやりとりにミャウは思わず苦笑いを浮かべてしまっていた。
他人の気がしないと感じていたかもしれない。
「しかしめんこいのう。本当にめんこいのう」
隣でしきりそんな事をつぶやくゼンカイをミャウがジト目でみやる。
そう、ミャウも普段はゼンカイの行動に中々手を焼いているから少女に親近感を抱いてしまうのだ。
「全くプリキアちゃんは……」「いつも大変だよねぇ」
彼女の後ろでリズムよく言を奏でるのは、ウンジュとウンシルという双子の兄弟である。
とちらともスラリとした細長い脚を持ち背も高い。
頭には二人共にターバンを巻き、背格好もまるで一緒である。
「それにしてもあんたよくこの依頼受けられたわね。いつのまにレベル20に達成してたの?」
するとマンサは両目を右手で覆い、身体を逸らしながらAHAHA! と笑い。
「ミーはマイハニーと経験値の量さえも全く同じ! レベル16のままさぁ! 本当気が合うよNE!」
ミャウは肩と猫耳を同時にぶるると震わせる。
「リーダーキモいです」
心底気持ち悪そうな表情でプリキアが言った。
リーダーに全く威厳が感じられない。
「じゃあプリキアちゃんがレベル20?」
ミャウはにっこりと微笑みながらそう問いかける。
「あ、いえ私はまだ15です。うちではウンジュとウンシルの二人が揃ってレベル20なんです」
「そうそう」「僕たちは」「見た目も」「職業も」「レベルも」「一緒なのさ」
リズミカルに話を繋げていく双子に、だったら、とミャウが語りかけ。
「あなた達がリーダーをすればいいのに。こんなのに任せるよりずっといいんじゃない?」
顔は向けず親指だけでマンサを指し示しミャウは言葉を紡げた。
「僕達は」「リーダーなんて」「柄じゃ」「無いのさ~」
透き通るようによく通る声が印象的な二人である。
「ベストマッチ! このパーティーでリーダーが務まるのはミーしかいないのさぁ。マイハニー! 皆もそれを望んでいるんだYO!」
「仕方なくって感じですけどね」
しれっとプリキアが呟く。
「しかしそんなパーティーでこの依頼大丈夫なのかい? まぁその点うちはこの僕がリーダーだから安心だけどね」
胸を張り突如リーダー発言をするヒカル。
しかしミルクが眉を顰め、
「何勝手な事をいってんだ! うちのリーダーはゼンカイ様に決まってるだろ!」
と怒りを露わにして吠えた。
「は、はぁ? だってその爺さん一番レベルが低いだろ? それなのに――」
「ふん! お前はわかっていないな。ゼンカイ様はレベルなどでは計り知れない広く精錬されたお心をお持ちなのだ」
ミルクはやたらとゼンカイを持ち上げるが、精錬された心を持っているなら幼女や少女を視て見境なく暴走したりしないだろう。
「おい! てめぇらちょっとやかましいぞ! 全く。少しは静かに待ってられねぇのか!」
会話を続ける一行達に、急遽がなり声が投げ込まれた。
皆が声のした方を振り返ると、そこには黒光りする肌を持った中々逞しい男が不機嫌そうに立っていた。
そして男の両隣にはそれぞれ、禿げた男と、随分と痩せこけた男が立っており――。
ミャウは、あれ? と小首を傾げた。
そしてその男達もミャウとゼンカイを交互にみやり、あぁあぁああ! と素っ頓狂な声を上げる。
「お、お前らあの時の!」
人差し指をミャウ達に突きつけ、男は驚いたように目を見張る。
だがミャウは、頭に手をやり、必死に思い出そうと唸っている。
「のう。ミャウちゃんの知り合いかのう?」
「いや、なんか見たことある気がするんだけど、はっきり思い出せないのよ」
「ムカイだよムカイ!」
二人の会話にイライラしたのか、ムカイと名乗る男が再度叫んだ。
「ムカイ……」
「ムカイ……」
ゼンカイ、ミャウ共にその名を呟き首を傾げ唸った。すると周りの皆も一緒になって首を傾げ、ムカイ……? と呟く。
しかしミャウとゼンカイ以外は当然知る由もない。
「くっ! だったらこれで思い出させてやる! いくぜ! 【マキシマムアーム】!」
するとムカイの腕が突如肥大化した。
そしてその様相をみた事でゼンカイがポンと手を打ち、思い出したわい! と叫ぶ。
「あの時の卑猥な男じゃ!」
「元獣耳触り隊のムカイだよ!」
たまらずムカイが自分から正体を明かしてしまった。なんとも堪え性のない男である。
「で。その元獣耳触りたいの面々がなんでこんなとこにいるのよ?」
ミャウは怪訝な顔つきでムカイに問う。
すると彼は一度大きく息を吐き出し、それがなぁ、とぽつりぽつりと理由を話し始めた。
「なるほどのうAV男優も中々大変なんじゃのう」
ゼンカイは何度も頷き、同情の言葉を口にする。
「いや! まだ何も言ってねぇよ! てかなんだよAVって!?」
まだ何も話してなかったのだ。
というわけでムカイの話に耳を傾けた一行。
成る程どうやらミャウとゼンカイに徹底的に打ちのめされたあと、彼等は考えを改め脚を洗い、冒険者家業に手を出し始めたというわけである。
「でも本当に辞めたの? 触り隊?」
「そうじゃのう。人間中々欲情を抑えきれんものじゃからのう」
この爺さんを見てるとそれも納得である。
「あぁ。三人で話し合って決めたんだよ。それに獣耳は無理矢理嫌がる相手に触ってもふもふするより、遠くから眺めて愛でるほうが紳士的だしな」
本当にそれが紳士的だと思ってるなら一度医者にみてもらった方がいいだろう。
「それにな――」
そう述べ、ムカイは急に真剣な顔つきになった。
何事かとミャウとゼンカイも表情をかえ次の言葉を待った。
「……いや。ぶっちゃけ、獣耳触ったぐらいで死刑って割にあわなすぎだろ?」
「今更それかよ!」
ミャウが綺麗に突っ込んだ事でゼンカイが嬉しそうに一人頷いた。
これでいつもどおりのミャウちゃんじゃな、と満足気な笑みを浮かべている。
「ふぅ……まぁとにかくこれが依頼を受ける面子ってわけね――てあれ? そういえばあんたら三人しかいないじゃない。もう二人は?」
確かにミャウの言うとおり、ムカイの他にはハゲと痩せ男の二人いるのみであった。
先に聞いていた話では、五人のパーティーが三組だったはずである。
「あぁそれは――」
とムカイが言いかけた時だった。
部屋の扉が開き、執事風の音が姿を見せ、
「皆様お待たせいたしました」
と恭しく頭を下げたのだった。




