第三十六話 とある洞窟にて
ネンキンの街から北へ数十キロ進んだ先に位置するコウレイ山脈は、標高1,000mから2,000m程度の山々が連なる山脈である。
そしてそこには、比較的傾斜のゆるやかな西側を抜ける街道が敷設されていた。
この街道は王都ネンキンと北の都市とを最短で結んでおり、ネンキンを拠点とする商人や旅人らにとっても重要な役目を担っているのだが――。
「その情報に間違いはないのか?」
「なんや。わいの持ってきた情報が信じられんと言うんか?」
街道より東に外れた山岳部。そこにぽっかりと開かれた洞窟内で、ホウキ頭のその男は、多くの漢達のみている前で情報を開示していた。
「しかしブルームとか言ったな。あんたは冒険者ギルドに登録しているんだろ? そんな奴がなんでわざわざ俺たちにそんな情報をよこすんだ?」
目の前の厳つい漢の問いにも、ブルームはへらへらとした表情を変えようとしなかった。
ほうき頭とその背後に隠れる幼女は、洞窟の中心部にあたる位置で屈強な漢たち数十人に囲まれるようにして立っている。
天井から側面、地面とごつごつした岩に囲まれた場所であるが、岩に付着したヒカリゴケと、ゆっくりと発光しながら徘徊するストロボゴブリンのおかげで、ある程度の光源は保たれていた。
しかしそのおかげで、周りの漢共がその手に思い思いの武器を握りしめているのもよくわかった。
その様子を見る限り、二人共手放しで歓迎を受けているようには感じられない。
もし何かおかしな事をしたなら、すぐにでもその首を跳ねられても仕方のない状況である。
そして、ホウキ頭の目の前では、盛り上がった岩場を椅子代わりに、ふんぞり返るように座る雄。
彼は先ほどホウキ頭に問いを言した漢で、周囲の連中をまとめ上げる頭でもある。
「判ってないおっちゃんやなぁ」
ブルームがその特徴的な髪を撫でながら嘆息をつく。
すると周りの連中から、
「てめぇ頭になんて言い草だ!」
「冒険者風情が調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
といった罵声が浴びせられ、一部のものは武器を握る手を強め始める。
だが、いきりたつ連中を、右手を広げて抑え、頭がぎろりとブルームを睨みつける。
そして皆が静まったのを確認し、その手を壁に立て掛けられた物々しい得物に伸ばした。
それは大柄な体格の頭に見合った、見た目にも豪快な湾曲した剣である。
両手で扱うことを前提としたグレートソードは大体180㎝から200㎝のものが多いが、この武器はそれよりも更に一回りほど大きくみえる。
鍔は幅が短く、柄には獣の皮をすべり止めとして巻きつけてあり、刃が厚く頑強な作りで、斬るというよりは叩きつけるといったほうがふさわしそうな代物であった。
そんな厳かな剣を手に取り、頭は野獣のごとき双眸をほうき頭へ向けている。
だが、ブルームは両手を前に晒し、左右に振りながらその軽い口を開いた。
「そんなもの握りしめて、随分と怖いおっちゃんやなぁ。ほんまかなわんわ。でもなぁおっちゃん。判ってないってのは別に悪く言うたつもりはないんやでぇ堪忍してや」
最後の一言は一オクターブ程上げて発していた。戯けた様子は変わらない。
だが、漂う空気に若干の鋭さを滲ませ、そのまま次の言葉を発する。
「冒険者ギルドなんてものはわいにとっては只の隠れ蓑や。登録さえしておけば、表の貴重な情報もいろいろ入ってくるやろ? そしてその情報は裏の人間にとっては喉から手が出るほど欲しいものでもあるはずやでぇ。今回のようになぁ」
普段は閉じているか開いているか判別が付かないほどの細長い眼を、ブルームは限界までこじあげた。そのおかげで鋭くそして冷たさの宿る銀色の虹彩が顕になる。
「それにわいはアルカトライズ出身。しかもザロックのおっさんにも良くして貰っている。この意味あんたなら判るやろ?」
ブルームの言葉に頭の肩がピクリと動いた。
「それが本当だと証明できるものはあるのか坊主?」
ドスの効いた口調で頭が問う。
するとブルームはズボンのポケットからペンダントを一つ取り出し彼に向かって放り投げた。
頭は空中漂うソレをごつごつとした手でキャッチし、顔の前まで持って行きみやる。
「くくっ、なるほどな。確かにこれなら信用してもいいかもしれねぇ」
含み笑いを見せた後、頭は得物から手を放し、ブルームに視線を向けたまま、但し、と一言述べ、
「その情報がデマだったときの担保は用意してもらうぜ」
とホウキ頭に代償を要求する。
「それやったら、もし何かあったらこの子を好きにしてくれてかまへんで」
言ってブルームは背後で怯えるように彼の足に抱きついていた幼女を掴み、頭の前に突き出した。
「ち、ちょ! そ、そんなブルームさん!?」
幼女はブルームを振り返り、狼狽した顔で叫びあげる。
「なんや不満かいな? 大丈夫やって。何かあったらって事やしなぁ。それにヨイちゃんかてわいと一緒に行動するからにはこれぐらい覚悟してもらわんと困るで」
ブルームの返答に、そんなぁぁ、と涙目になるヨイ。
「その餓鬼を好きにしていいってか? まぁそれぐらい可愛ければ何かしら使い道はあるがな」
「へへっ頭! これは受けるしかありませんぜ! こんな、こんな可愛らしい子を好きにできるなんて――」
周囲の一部の連中は興奮したように騒ぎたて始めた。
「わ、わたし、ど、どうなっちゃんですかぁ」
半べそのまま不安そうに口を開くヨイ。だが、周囲の連中はその姿に、より湧き上がる。
「その顔たまんねぇぜ!」
「くぅ! 俺はこのヘアバンドを付けてもらいてぇぇえ!」
そう言って一人の漢が猫耳の飾りがついたヘアバンドを取り出す。
「俺はだんぜんこれだぜ! これを着てご主人様とか言われた日にゃもう死んでもいい!」
更に興奮しながら別の男が取り出したのはピンク色のメイド服だ。
「そ、それを、き、着させられるんですかぁ?」
数歩後ずさりするヨイの顔に不安の影が宿る。
「何やそんな事でえぇんかい。わいてっきりxxxやピーやチョメチョメみたいなことをさせる気かと思っとったわ」
後頭部を擦りながら、しれっとブルームはとんでも無いことを言い出す。
あまりにとんでもないからここは自主規制を課す必要があり、ヨイに関しては目をぐるぐる回しながら額から湯気をまき散らしている。
どうやら幼女には刺激が強すぎたようだ。
「こ、こいつ!」
「幼気な娘になんて事を言うんだ!」
「頭! こいつは間違いなくとんでもない悪党ですぜ!」
手下たちのそんな訴えに、頭は戸惑いの表情を浮かべながら、お、おう……とだけ答えた。
「いやぁしかし本当かわいい子だなぁ。こうなったら手付金代わりにこれだけでも――」
言って一人の手下がヨイに近づきヘアバンドを装着しようと手を伸ばすのだが、その行為はブルームの手で遮られ瞬時に手首を捻り上げられる。
「ぐわっ! い、痛ててててててぇえぇえ!」
「お客はん先走ってもらったら困るでぇ。踊り子にはお手をふれないで下さいって注意受けたことあらんのか?」
ブルームは捻り上げた漢を連中の方へ突きとばし、冷たい視線を彼等に向ける。
「言うておくが、この子を好きにしていいんはあくまでわいの情報に誤りがあった場合のみや。その前にもし何かしたら」
そこで一旦口を閉じ、右目だけを力強くこじあけ殺意の篭った光を宿し、
「狩るでぇ――」
と語尾をねっとりと纏わりつくような低さで、怖気を起こす音程で、そして言葉の意味をはっきりと全員の耳に残した。
瞬時にして鎮まりかえる洞窟。
だが、ブルームは再び表情を一変させ、にやりと口端を吊り上げる。
「ほなわいらは一旦これで失礼するわぁ。また明日くるさかい」
そう言い残し、踵を返す。ヨイもとりあえずは気丈を取り戻しその後ろに付く。
漢達に塞がれた人の壁は自然に割れた。その間を二人は悠々と歩き去ろうとする。
だが、
「待て! お前ら仕事が終わるまでここから出ることは許さん! てめぇらも何当然のように道を空けてんだ!」
頭のがなり立てた声で、手下達は、はっとした顔になり数名がブルームの歩みを立ち塞いだ。
一瞬眉を顰めるも、ブルームはまっすぐに天井へと突き上がったその髪を左右に揺らしながら頭を振り返る。
「じゃったらわいらが快適に眠れる場所は用意してもらえるんやろか? わいベッドじゃないと眠れんたちやで?」
飄々とした物言いのブルームに、ふん、と一つ鼻を鳴らし、頭が回答する。
「安心しろ。快適とは言わねぇがこんな洞窟でも部屋とベッドぐらいは用意してやる」
ブルームはへらへらとしながらも、両手を後ろに回し、そりゃどうもすまんこって、と言葉を返した。
その後ふたりは案内人に連れられ更に洞窟の奥へと脚を進めた。
「うん?」
ふとブルームが顔を横に向ける。
「ど、どうかしたんですか?」
その様子を後ろからみていたヨイが彼に尋ねるが。
「……いや。なんでもあらへんわ」
そう言ってブルームは顔を戻す。
「おい何してる? こっちだぞ」
前を歩く案内人が眉を顰め言ってくるので、へいへい、とだけブルームが応え二人は彼の後に付き従った。
洞窟内は所々が隧道によって分岐されており、その道沿いに盗賊たちの暮らす部屋が数カ所設けられている。
部屋といっても当然ブルームが頭に求めたような快適な部屋であるはずもなく、比較的柔らかそうな壁面を掘って作られた空洞が、部屋として利用されていた。
しかしこのような部屋を何箇所も作っていられないようで、一つの部屋に多くの手下が割り当てられている。
当然せまい空間内では、すし詰め状態に近い。
しかしブルームとヨイの二人に関しては大事なお客である事を考慮して、特別な部屋を用意してやるとの事であった。
こうして到着した部屋は木製の格子で入り口を塞がれた一室であった。
部屋の中には確かにベッドも二つ用意されているが快適とは程遠い部屋である。
「まるで囚人みたいな扱いやな」
「贅沢言うな。数少ないベッドまで用意してやってるんだぞ」
案内人の男が眉を顰めた。この洞窟内ではベッド一つとっても貴重なものなのだろう。
彼等の仕事を考えればそれぐらい手に入ってもおかしくなさそうなのだが、例え手に入ったとしてもすぐに金に代えてしまっているのかもしれない。
ブルームとヨイの二人は男が開けた格子の一部から部屋に足を踏み入れた。
鼻孔を突く土の匂いはあまり気持ちの良いものではなく、二人は土竜にでもなったかのような気分になっていた。
ブルームがベッドに腰をかけるとギシリと軋む音がした。
当然まともなマットなど期待できるはずもなく、薄い布が敷かれているだけである。
「あ、あの、お。お手洗いは、ど、どうしたら?」
ヨイが両頬を紅潮させながら、案内人に問いかける。
だが入口の前に立つ彼はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、ヨイの身体をみつめながら返事する。
「そこの壁は天然の便器みたいなもんだぜ? まぁどうしてもっていうなら排便用の器ぐらい用意してやってもいいがな」
彼の返しに、そ、そんなぁ、と再び涙目になるヨイ。
「ま、諦めるんやなヨイちゃん。まぁ少しの間の辛抱や」
言ってブルームはごろんとベッドに横になる。
そして赤茶けた天井を眺めながら、
「ところで鍵とか掛ける気やないやろな?」
と問う。
「あぁ。別に捕まってるわけじゃないんだから安心しな。今はまだ、な」
どこか含みのある風に漢は返してくる。
「ま。それでも俺みたいな見張りだけは付くけどな」
「信用されてないんやなぁ」
「ふん。お前の生まれ故郷じゃ信用なんて言葉自体が信用できねぇ筈だろ?」
案内人兼見張り役の彼に、それは確かに違いないのう、と返しブルームは、かっかっか、と笑い声を上げた。
そんなブルームの姿をヨイは心配そうな表情でみつめていた。
何か言いたそうな雰囲気も感じさせるが見張りがいることで口にできずにいるようである。
だがブルームはそんなヨイの感情を察したように、ごろりと身体を彼女の方へ向け瞳を開き。
「安心しいな。わいらがしっかり仕事すれば酷い目にあう事はないからのう」
そう囁くように言いながらニヤリと口角を吊り上げるのだった――。




