第三十二話 ジョブチェンジは神殿から
「――全くだから言ったのに」
額を抑えながら文句をいうミャウに、ゼンカイは頭を下げっぱなしであった。
「すまんのじゃ! 本当にごめんなのじゃ!」
「ゼンカイ様! あたしの方こそつい調子に乗ってしまって――ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
ミルクも一生懸命謝っているが、結局のところ料金はミルクとミャウが殆ど出すこととなった。
「まぁまぁ楽しかったからいいじゃない」
ケラケラと愉快そうに笑うアネゴ。
皆と違って酔いは全く残っていないようだ。
そして料金に関してはびた一文払っていない。
「で、皆はこれからそのクソジジイの転職に付き合うのかい?」
「えぇまぁ一応そのつもりです」
「そうか。いよいよ転職かい。一体何のジョブになるのかねぇ」
するとゼンカイが興奮気味に、
「わ、わし勇者になるんじゃ!」
と口にするが。
「勇者? あははは、そうなんだ。まぁ頑張ってな」
アネゴは愉快そうに笑った後、手をひらひらさせながら、じゃあまたねん、と言い残しその場を後にした。
その後姿を三人は眺め。
「さてっとそれじゃあ――」
「いよいよ転職ですねゼンカイ様!」
「レッツラゴーじゃな!」
そう頷き合い、神殿へと脚を進めた――。
て、はて? 何かを忘れているような気もしないでもないが――とにかくゼンカイこれより初の転職である。
ネンキンの街から少し外れた西の地にその神殿はあった。
入口前には見上げる程高い柱が何本も聳え立つ。柱には柱頭が施してあり天使を模したデザインが印象的であった。
そして柱の先にギリシャ神話を思わせる、三角屋根の神秘的建造物が大口を開けている。
これがメインとなる神殿なのであろう。
「ぬほほ。まるでクロスでも祭られてそうな立派な建物じゃのう」
入り口まで伸びた三十段程の階段をのぼり終えると、ゼンカイが関心したようにそう言った。
「お爺ちゃん時折、よくわからない事いうわね」
「何を言う。ゼンカイ様は博識であられるのだ」
ミルクはとかくゼンカイを称えたがるが、新聞もロクに読まないゼンカイが博識であるはずがない。
何はともあれ三人は、大理石で出来た床を踏みしめながら神殿の中へと入っていった。
内部は中々の広さを有しており、真ん中には台座が設けられている。
神殿は二階建ての建物で外側に上に繋がる階段が設置されているが、転職は一階のこの台座の前で行うらしい。
そしてそこには高貴な雰囲気を感じさせる、神官衣をまとった者が立っていた。
ミャウの話では彼こそが転職の儀式を行う神官らしい。
「ところで何じゃ? あれは?」
そう言ってゼンカイが指さした方には、地べたに座り込んでひっしに食べ物を詰め込んでる男の姿があった。
なんともこの場所にそぐわない雰囲気であり、とても罰あたりなようにも感じられる。
「あれ? なんかどこかでみた事あるような――」
ミャウが顎に指を添え思い起こすようにかるく目線を上げた。
するとゼンカイ、とことこと男の前に近づいてく。
しかしこの男、随分とでかい感じだ。と言ってもタンショウのような逞しいというものではなく、肉団子といったような――つまりデブなのである。
「のう? これ頂いていいかのう?」
ゼンカイはそう言って彼の返事もまたず、脇においてあったおにぎりに手を伸ばした。
「何するんだ!」
男は怒鳴り、そしてゼンカイの手を思いっきりはたく。
「い、痛いのう! なんじゃい! これだけあるんだから少しぐらいいいじゃろうが!」
ゼンカイも語気を強め文句を言う。
しかし見ず知らずの人間の食べてるものをもらおうとはいやしいにも程があるだろう。
まぁしかし、アネゴとわかれてから、この神殿までは結構距離もあった。
そのせいでおなかを空かせてしまっているのも確かだったのだが。
「あ! そうかお前スガモンのところのヒカルだろう!」
ミルクのその言葉にミャウもはっとした顔になり。
「そうだヒカルだよ! 思い出したわ。……てかあんたまた随分と太ったわねぇ」
どうやらミルクもミャウも、このヒカルという青年と知り合いらしい。
「ふん! ほっといてくれよ」
ヒカルは不快そうに鼻を鳴らすが、食べる手は止まない。
「二人共知っておるのか?」
「えぇ。彼ここネンキンいちと名高い魔導師の弟子だからね」
ミャウが応えると、ゼンカイは、ほぉこやつがのう、とまじまじと彼に視線を送る。
「ふふん。もっと尊敬していいんだぞ。何せ僕はあのスガモン・ジィの一番弟子なんだからな」
と言われてもゼンカイにはあまりピンとこない。
「てかこんなところで食事なんてしていいの?」
ミャウが眉を顰めると、はっはっはっと台座側から笑いが響き。
「構いませんよ。ここではそのような事で文句をいうものはおりませんから」
そう神官が声を発した。フードを目深に被せてるため顔は確認できなかったのだが、低めの男性の声であった。
ソレに対し、はぁ、とミャウが気のない返事を返す。
「てかあんた一体何しにここに?」
「もぐもぐ……何しにって、もぐ、ん、ごくん。ふん、そんなの転職しに決まってるじゃないか」
その言葉にゼンカイが、おお! と一言口にし。
「わしもじゃ! わしもこれから転職するところなんじゃ!」
と腕を上下にふり話した。
「てか、なんで転職目的なのに食事してんのよ」
ミャウの疑問も尤もである。
「ふん。僕の場合は転職したからこそ食事が必要なのさ」
そう言いつつふたたび数個のパンを口に押し込んだあと。
「てか爺さんが転職って何の冗談だ? 婆さんにでもなる気か?」
誰が好き好んで爺さんから婆さんに性転換するというのか。
「何をいうか! えい! そういえばこんな事してる場合じゃないのう! みておれ!」
息巻きながら、ゼンカイは神官の前まで歩み寄り、
「さぁ転職をお願いするのじゃ! 勇者に転職するのだ!」
とゼンカイが神官に願い出る。
「え? 勇者……ですか?」
神官は疑問の言を発した。
「ちょっとお爺ちゃん――」
「ゼ、ゼンカイ様」
ミャウは呆れたようにため息を吐き、ミルクは心配そうな面持ちである。
「はは! 爺さんが勇者になんてなれるわけないだろう!」
「な、何をいう! わしだってなろうと思えば……」
「無理よ」
ミャウが言下に否定した。
「無理?」
「そう無理」
ミャウがあっさり言い切るのでゼンカイは肩を落とす。が、すぐ頭を上げ。
「じゃ! じゃったら勇者は今はあきらめるわい! だからわしを魔法使いにしておくれ!」
とわりと妥協を示す爺さんだが。
「いや、だから無理なんだってば」
ミャウが両手を腰にあて、やれやれといった感じに告げた。
「な、なんでじゃ! なんで無理なんじゃ!」
ゼンカイは納得出来ないと両手をぱたぱた振った。そこにミルクが近づき眉を落としながら、
「あ、あのゼンカイ様。そもそも転職できるジョブはご自分では選べないんです」
と伝える。
当然ゼンカイ、な、なんじゃとぉおおぉお! と雷にうたれたような驚きの表情で立ち尽くす。
「ゼンカイ様と申されましたね」
しかし打ちひしがれるゼンカイの後ろから神官が声を掛けた。
「転職とはあなたの持つ可能性を引き出すための儀式です。ですから魔法使いになれないというのは正しくはありません。可能性は誰にでもありますからね」
するとゼンカイ嬉しそうに、そうなのかい! と振り返った。
「えぇ。ですからまずは転職の儀式を始めるとしましょうか」
神官のなんとも温かみのある笑顔に絆され、わかったぞい! とゼンカイは転職する決意を示す。
「では始めるとしましょう。どうぞこちらへ」
神官に促され、ゼンカイが彼の前に立つ。
すると彼が手に持った杖を振り上げ、
「それではいきますよ。さぁ神よ彼の持つ可能性を示したまえ! 【リクルート】!」
と唱えるとゼンカイの身体全体が青白い光に包まれた。
「おお! なにか胸が熱くなってきたぞい!」
「それこそがあなたの可能性を引き出した事の証明です。さぁそれでは――【ジョブチェンジ】!」
「ぬぉぉおおおおお!」
青白い光が一気に強まりまるで炎のように膨らむと、直後光は弾けて消えた。
「はい、ではこれで転職終了です」
神官の口元が緩み、無事儀式を終わったことをゼンカイに伝える。
「お、終わったのかい? しかし何も変わったところはないような気がするのう……」
ゼンカイが首を傾げるとミャウが近づいてきて口を開く。
「じゃあお爺ちゃん。ちょっとステータスを見せてみてよ」
ミャウのその言葉にゼンカイが従い、ステータスを唱えてみせた。
名前:静力 善海
レベル:5
性別:爺さん
年齢:70歳
職業:ファンガー
生命力:100%
魔力 :100%
経験値:20%
状態 :良好
力 :普通よりちょっと高い(+16%)
体力 :超絶倫(+20%)
素早さ:エロに関してのみマッハを超える
器用さ:針の穴に糸を通せるぐらい
知力 :酷い!ゴブリン以下!
信仰 :何それ?
運 :かなり高い(+1%)
愛しさ:キモ可愛いと言えなくも無い
切なさ:感じない
心強さ:負けないこと
「ファンガーって何!?」
ミャウ大いに驚く。
「流石ゼンカイ様! このようなジョブ聞いたことありません」
二人共随分驚いているあたり、どうやらかなり珍しい職業のようであるのだが……。
何故かとうの本人はなんとも微妙な顔つきなのであった――。




