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第三十一話 酒場へGO

「ありがとうね。お爺ちゃん」

 

 ゼンカイの前に立ち、お礼を言ってくるミャウの笑顔が何故か怖かった。


「あ、あののうミャウちゃんや。わしも本当はもっと早くに助けたかったんじゃが……」


「うんうん判ってるよ。本当に私感謝してるんだからね」


 そう言いながらミャウが腰を落としゼンカイの頭を撫でてきた。

 しかし、かなり力が入っているのか、指が頭蓋までめり込むほど食い込んでいる。


「ミャ、ミャウちゃん、しょ、少々痛いのう。やっぱり怒ってるのかのう?」


「べ・つ・に」

「ふぎぃいい!」


 ゼンカイの喉奥から悲痛の声が絞りでた。

 そしてその横ではミルクがタンショウを思いっきり槌で殴りつけている。


 少なくとも彼は終始何とかしないと! と気遣っていたのにとんだとばっちりである。


「さて。まぁお仕置きはこのくらいにするとして……でも妙よね。こんなところにトレントが現れるなんて」

 ミャウは件の燃えカスを眺めながら、神妙な顔つきで呟いた。


「確かに……レベル10のトレントが出るとなると、この森の推奨レベルも6じゃ足りないしね。既に調査済みとは言っていたけど――」

 同じくミルクも顎に手を添えながら不可解だと言わんばかりに眉を落とす。


「とにかく出来るだけ早くギルドに戻って報告する必要あるわね」


 ミャウとミルクは顔を合わせ一つ頷いた。

 そして倒れてるゼンカイを眺めながらも、まぁ何はともあれ、と発し。


「とにかく目的も達成できたし、街に戻るとしますか」


 ミャウがそう言うと、ふとミルクが何かを思い出したように口を開いた。


「そういえばゼンカイ様のレベルはまだ4よね。レベル5まで持って行くのも目的だったんじゃないかい?」


 確かにミルクのいうように、ゼンカイを転職可能なレベルまで導くのが今回の目的でもあったはずだ。


「大丈夫よ。このまま帰り道でも魔物に出会えるでしょう? それに直前まで倒した魔物でもそれなりに経験値稼いでるでしょうし。ねぇ、お爺ちゃんちょっとステータス見せてよ」


 未だ地面に伏せ続けているゼンカイの事など気にもとめずミャウが自分の用件を告げる。


「うむむ。爺さん使いが荒いのう」

 漸く爺さんはゆっくりと立ち上がった。

 もはや多少ミャウのお仕置きを喰らったところで大した影響は無いのである。


「ゼンカイ様だ――」

「大丈夫よ。心配しすぎ」


 ミルクの定番の気遣いをミャウが阻止する。

 尖った視線がミャウに送られるが彼女はそれも気にしない。


 そして後ろで倒れてるタンショウも誰も気にしていない。


 ゼンカイはステータスを唱え現在の経験値を確認した。85%であった。確かにこれであれば戻る途中の戦いでレベルも上がりそうである。


 ゼンカイの状況も判ったところでミルクが、

「いつまでも寝てるんじゃないよ」

とタンショウを叩き起こし、四人は帰路に付いた。


 そしてミャウの予想通り、帰りにラビットベアやホーンラビットに再度遭遇し、ゼンカイに倒させたことで、無事レベルが5に達した。


「よっしゃ! これで転職が可能になったぞい!」

「おめでとうございますゼンカイ様」


 ゼンカイと共に喜ぶミルク。

 ミャウもやれやれと一息付き。


「じゃあ後はさっさと街に戻って依頼完了の手続きを済ませましょう。そして明日は神殿にいって転職よ」

とゼンカイに今後の予定を告げた。

 そして一行は無事森を抜け、街へと引き返していくのであった。




 一行はネンキンの街に戻った後、すぐにギルドに向かい、アネゴに依頼が完了した旨を伝えた。


「はいご苦労様。じゃあこれが報奨金ね」

 アネゴから渡された封筒を受け取りゼンカイが中身を確認する。


 その姿をチラリと一瞥したあと、ミャウはアネゴに森で出会ったトレントの事を話した。


「あそこにトレント? おかしいねぇ。こないだの報告じゃレベル6の魔物以外特に変更は無かったはずだけど」


「だとしたらその調査の後に魔物がまた増えたって事かい?」


 アネゴの返事を聞き更にミルクが質問を重ねる。


「そういう事になるけど……でもそれだと進化じゃなくて完全に新しい魔物が住み着いたって事になるからね。おまけにトレントだろ? あの魔物はそう遠い距離は移動できないはずなんだけど――」


 眉間に谷を作り、アネゴが怪訝な表情を見せる。


「まぁどっちにしてもテンラクさんに伝えておいた方がいいかもね」


 その言葉にアネゴも一つ頷く。


「だけどそれも明日かな。今日はギルドの定例会に呼ばれていていないんだよ」


 そっかぁ。じゃあ仕方ないね、とミャウは肩をすくめた。


「むぅ。しかしこれでわしの懐も結構暖かくなってきたのう」


 ミャウ達の会話の外では、ゼンカイが随分呑気なセリフを吐いていた。

 するとミャウが彼を見下ろし思い出したように口を開く。


「そういえばお爺ちゃん。そこからミルクさん達にも分け前を渡さないと」


 ミャウの言葉に、おお! そうじゃのう! とゼンカイが言うが。


「ゼンカイ様そんな分け前なんて結構ですよ」

とミルクが両手を振って遠慮を示す。


「でもそれじゃあ流石に悪いわよ」


 ミャウが口を出すが、ミルクは首を横にふって言う。


「先に言ってあるとおり私が好きでやってるんだからいいんだよ」


 結局二人共それを受け取ろうとしなかったので、せめて夕食だけでもという話で片が付いた。

 勿論料金を支払うのはゼンカイがという話であるが。


「夕食奢ってくれるのかい?」


 そこで食いついてきたのはアネゴであった。

 ゼンカイ達がギルドを訪れた時間は閉める直前だった為、一緒にお呼ばれしようという魂胆なようだ。

 

 そのせいか、アネゴはいつも以上に胸を強調させた姿勢でゼンカイに甘い言葉を囁いた。


「ちょ、アネゴ! ゼンカイ様に何を!」

 ミルクが息巻くが、

「まぁまぁ別にいいじゃんか、食事と酒は大勢で行った方が盛り上がる」

とアネゴが見当違いな返しではぐらかす。


「よっし! こうなったらわしがひと肌脱ぐわい! 転職祝いじゃ!」

 力強く胸をたたき、アネゴの参加も認めたゼンカイ。

 

 しかしミャウは心配そうに眉を落とし。


「ちょっと、そんな事言って大丈夫なの?」


 そう小さな声で確認する。

 だがゼンカイは前の稼ぎも残ってるから大丈夫と余裕を見せた。


 仕方ないなと一つため息を付き、結局タンショウも含めた五人はアネゴの知っているという店に向かうことになった。


 だがそこはどちらかというと酒場に近い店であり、夕食のつもりであったのがすっかり飲み会にかわってしまった。


「ミャウも飲むだろ?」

「あ、いえ私は……」

「わしは日本酒をもらおうかのう」

「日本酒? 何それ? うん? あぁ米酒の事か了解了解」

 

 アネゴは一人納得し更にミルクにも注文を聞く。が、

「あ、いえ、えと、あたしは――」

と妙にゼンカイを意識して注文をためらっている様子が見て取れた。


「遠慮することはないぞい。それにわしはお酒を嗜む女の子も大好きじゃ」


 その言葉が命取りであった。


 それじゃあ遠慮なく、と言って酒を頼んだミルクにやたら慌てるタンショウをみてゼンカイも気付くべきだったのである。


 なぜならアネゴもミルクもかなりの酒豪であり――一度酒が入った瞬間、ふたりはまるで獣のように変貌し、全員(ミャウも含め)に酒を強要していったのである。


 そこにはゼンカイに惚れたミルクの姿もなく――寧ろ無理矢理口を広げ酒を注ぎ込みだす始末であった。


「も、もう無理じゃ……限界じゃ――」

「らぁにぃらさねぬぁいこといってるんれすかぁぁせんかい! さぁろめぇ! ろめぇ!」


 呂律の回っていないミルクに、酒を浴びせ飲まされるゼンカイ。毛穴からもたっぷりアルコールが染み渡り、つぶらな瞳がぐるぐるとうごめいている。


「うらぁ! タンジョウ! おめぇもろむんだよぉ!」


 ゼンカイの次は標的はタンショウに代わり、完全に落ちていたその頬を殴りつけ馬乗りになり、酒瓶を押し付けていく。


「あ、アネゴさん、わだじぃもうのめま……」

 一方アネゴの隣では、猫耳と顔を揺らし完全にグロッキー状態のミャウ。だがアネゴは、

「何言ってるんだい! まだまだこれからだよ!」

と解放などしてくれず。


「むりぃ……ですぅ。も、うらめぇ――」


「ふぅ全く仕方ないねぇ」


 アネゴ、酒を一旦口に含むと、床に倒れダウン寸前のミャウをそっと抱きかかえ、そのまま口移しで無理矢理酒を飲ませ始めた。


「ん! うぬぅ! んぐぅ、ん――」


 どうやらアネゴ。酔うと中々見境が無さそうである。


 こうして酒乱二人に支配されたその飲み会は結局夜が明けるまで終わることは無かったという――。





「お客様。お客様」


 誰かの手で揺らされ、ゼンカイがその眼を開けた。

 するとそこには酒場の店主と思われる男の姿。しかし頭ががんがんし記憶がおぼつかない。


「もう朝ですよお客さん。そろそろお勘定頂かないと」


 店主のその声でようやくゼンカイは状況を把握した。


「お、おおそうか。ふむ、金額はいくらかのう?」


「はい。合計で58,600エンです」


 その瞬間、ゼンカイの身体が凍りついたのは言うまでもない――。

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