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第二十九話 格上との戦い

「なんともむごいのう」


 先ほどまで敵対していたウルフの亡骸を目にし、ゼンカイが眉を顰めた。


「別に森の中じゃそんなの日常茶飯事よ。それより気をつけて。間違いなくそいつより強い魔物が近づいてきてる」

 ミャウは、ゼンカイの気持ちが削がれないよう厳しい口調で述べる。

 その声に合わせて、ゼンカイも表情を厳しくさせ、がさごそと音のする方へ視線を向けた。


「キュリリリリィィイ」

 

 頭蓋に響くような、高域の音と共に、恐らくはウルフルズを食したであろう魔物達が姿を表した。


 森の中から出てきたのは二体。一体はタンショウ並みの体躯を有し人のように二足で歩く魔物。

 もう一体は四肢を地面に付けていて、大きさは片割れの腰ぐらいまである。


 その内、音を発してるのは四肢を地面に付けた魔物であった。頭に一本の角を生やしている。長さはミャウの持つ小剣よりも若干長いか。


 両方の魔物は、各々の見た目がウサギに近く体毛が白い。更に縦に長い耳が印象的であった。


「これがラビットベアとホーンラビット。ベアの方は推定レベル6、ホーンの方は5。間違いなくどっちもお爺ちゃんより強いけどどうする?」


「勿論わしが片を付けるぞい!」


 ミャウの問いの意図を汲み取り、ゼンカイが強固な意志を示す。

 目の前に並び立つ強豪の魔物を負けてなるかと視線を尖らせ睨みつけた。


 するとその視線に反応したラビットベアが、低い唸りを発し体重を前に乗せる。

 相手も臨戦態勢を取り出しているのだ。


「あたしも手伝うよ!」

 言ってミルクがゼンカイの元へ向かおうとするが、ミャウが右手でそれを制した。


「駄目よ。ミルクじゃ強すぎる。そうねタンショウくんはさっきみたいにフォローお願い」


 タンショウはこくりと頷き、ゼンカイの前に付いた。


「でもねお爺ちゃん。さっきのは多分もう無理よ。肩に乗ってもベアは普通に攻撃できちゃうもの」


 確かにベアほどの体格であれば先ほどの戦法でも余裕で攻撃は届くだろう。


「安心せいミャウちゃん。あの体格なら動きはにぶそうじゃ。じゃったらわし一人でも――」


 そう言ってゼンカイが折角タンショウによって出来た壁から横にずれる。そしてそこに若干の油断が生じた。

 その隙をラビットベアは決して見逃さず。

 

「ぐぉおおぅおぉお!」

 咆哮を上げたかと思えば、身を低め一足飛びでゼンカイとの距離を詰める。


「な、なんじゃとぉ!」

 ゼンカイの顔色が変わった。魔物の爪が飛び込みと同時にその顔に伸びる。

 しかし思いがけない一撃に反応が追いついていない。


 すると、ガキィイイィイン! という鉄の音。

 タンショウである。ゼンカイを貫こうとした爪を防ぐ為に盾を重ね、間一髪その攻撃を受け止めた。


「た、助かったぞい。ありがとうのう」


 例を述べるゼンカイの前に、更に彼は身体を滑り込ませ、ベアと正面で向き合う形を取る。

 

 すると邪魔をされたベアラビットは怒りに任せて、タンショウの盾に爪の乱打を浴びせてきた。だがタンショウには例のチート能力がある為、それらの攻撃では彼の身体はびくともしない。


「うむ! ならばタンショウが惹きつけてくれてる間に」

 そう呟きながらそっとラビットベアに近づこうとするゼンカイだが、その時、耳殻をパートナーの声が打つ。


「お爺ちゃん油断しないで! 魔物はもう一体いるのよ」


 そこで、そうじゃった! と思い出したようにゼンカイが魔物のいた方に身体を向けた。 だがそこに今度は一本の槍が迫り来る。


 ホーンラビットの突進攻撃だ。

 しかもタンショウはラビットベアの攻撃を受けており、彼の補助は期待できない。


「むぐぉ!」

 角の突進が対にゼンカイの心の臓を刺す!


「ゼンカイ様!」

 ミルクが両手で口を押さえ、叫声を上げる。が、ゼンカイは肩を小刻みに振るわせ、ふぁいろうふふぁいろうふ、と言葉にならない声を発した。


「大丈夫大丈夫って言ってるのね」


 二人の言葉にほっとミルクが胸を撫で下ろす。


 ホーンラビットの角は確かに淀みなくゼンカイの心臓辺りに突きこまれていた。だがその角が彼の身を貫く直前、ゼンカイは入れ歯を外し、僅かな一点を補強したのである。


 そう、これは最初にゼンカイが編み出した技、(善海)(入れ歯)(ガード)による防御。

 ゼンカイの入れ歯は攻撃面のみならず、防具としても相当に頑強な代物だったわけである。


 それから少しの間、ラビットホーンは角で入れ歯を押し続けていたが、貫けないと諦めたのか、四肢で器用に後方に飛び跳ねた。


 そして今度は角を左右に揺らしながらゼンカイの様子を窺ってくる。

 次の攻撃の機会を図っているのだろう。


 そしてゼンカイはゼンカイで入れ歯をその手にもったままラビットと睨み合う。


「ふぁて。じょうしゅるきゃのう――」

 ゼンカイは一人呟きながら考えを巡らせた。

 一つ判っているのはこのまま守ってるだけでは勝てないという事だ。


 次の突進を例えまた入れ歯で防いでも、ラビットは再び後ろに飛び跳ね間合いを取るだろう。

 ゼンカイの欠点は明らかなリーチの無さだ。


 確かに入れ歯の威力は強力だが、相手に攻撃を当てるには相当に近づく必要があるのだ。

 しかも入れ歯は盾としてみると小さすぎる。

 いつまでもあの素早い攻撃を防ぎきれるものではないのだ。

 

 そしてそうなってくるとゼンカイに取れる手段は限られてくる。


「くあんゃい!」

 何かを叫び、ゼンカイがぶらりと両手を垂らした。

 これはゼンカイが初めて戦いを繰り広げた時の戦法であった。


 そう相手が獣である以上、こちらが隙を見せれば本能で乗ってくると思ったのだ。

 そしてそれはゼンカイの思惑通りとなり、ラビットが勢いをつけ、その身を槍と化した一撃を繰り出してくる。


 だが、ゼンカイは思いっきり身体を反らしそれを躱した。

 確かに速いが、来るとわかっていれば躱すのは造作の無いことであった。


 そして意外にもゼンカイは身体が柔らかかったことも新たに発覚した。

 爺さんのボテンシャルはわりと高いのである。


「ぬぅふぉうると!」

 よく判らない奇声を発しながら、ゼンカイは上に見えたホーンラビットの腹を入れ歯で思いっきり殴りつけた。


 すると魔物の身体はくの字に折れ曲がり、ボキボキという音を奏でながら空高く舞い上がった。

 ゼンカイは体勢と入れ歯を戻し。ホーンラビットには一瞥もくれる事なく、残った一体の側まで近づいていく。


 ラビットベアは未だ頭に血が上ってるのか、タンショウ目掛け激しい乱打を仕掛け続けていた。

 それだけ腕を振り続けて疲れない体力は見事だか、注意心は少々足りないようである。


 そしてゼンカイから、(善海)(入れ歯)(居合)、と言が発せられたと同時に、ラビットベアの攻撃は収まり、代わりに巨木をへし折る音が森に響き渡った。

 ゼンカイの一撃を喰らい、魔物の身が派手に吹き飛んだのが要因である。


 勿論ゼンカイの一撃を喰らった二体の魔物は二度と起き上がることは無かった。


「おお! 力が漲ってくるぞい!」

 ゼンカイが嬉しそうに述べる。

 するとミルクも一緒になって、おめでとうございます! ゼンカイ様! と彼を称えた。


 タンショウもジェスチャーでおめでとうを伝えてきて、ミャウも良かったわねと軽く微笑む。


「これで転職まであと1レベルなのじゃあああぁああ!」


 ゼンカイが張り切り勇んで拳を突き上げる。

 

「ゼンカイ様の実力ならそれぐらいすぐですよ」

 手を小さく叩きながらミルクがいう。

 少々過大評価な気もしないでもないが、レベルが上ったことでこの先は多少戦いも楽になることだろう。


「まぁタンショウくんの助けも大きいことを忘れないようにね」

 ミャウはゼンカイがあまり調子に乗らないよう敢えて厳しい口調で述べているようだった。


 確かに、先ほどの戦いでもそうだが、ちょっとした油断が命取りになることもある。

 ラビットベアの強襲一つとっても、タンショウが近くにいたから大事には至らなかったのだ。


 ゼンカイはミャウの厳しさをしっかり受け止め、神経をより尖らせた。

 とりあえずは戦利品を回収し、アイテムボックスへと送ったあと更に先を行く。


 そしてレベルが上ったことからか、気合を入れなおしたからか、その後現れる魔物たちは完璧に近い形でゼンカイが片付けていった。


 タンショウの壁も相変わらず役にたったが、それはあくまで補助としてであり、攻撃面ではゼンカイが上手く立ちまわったのである。


 こうして、更に何度か戦闘も終え、歩き続けた先でミャウが、止まって、と皆に告げ、指で目的の物を示す。


「ほぉあれが魔草なのかのう」


「えぇ。魔法薬の材料として使われてるマグナリーフよ」

 

 ミャウの指し示すそれは一見すると他の草と大差ないように思えるが、よく目を凝らすと形と色が若干違うようである。


「あれは私が摘んでくるわね」


 言ってミャウが草の生える方へ近づいていった。

 区別の付くミャウが行ったほうが早いと思ったのかもしれない。


 そして、ミャウが魔草の側に寄り、腰を屈め摘み始めたとき――事件は起こった。


「え?」


 ミャウが疑問の一言を発し、顔を上げた時、しゅるしゅるしゅるという何かが蠢く音と共に、森の奥から伸びてきた樹の枝が、ミャウの足に巻き付いたのだ。


「ちょ! 何これ!」

 そう叫んだ時には枝はまるで生き物のようにミャウの肢体に幾重にも絡みつき、彼女の細い体を持ち上げる。


「ミャウちゃんや!」

 

 ゼンカイが慌てて助けに入ろうとするが、その動きをミルクが止めた。


「待ってゼンカイ様! あれはトレント! 推定レベル10の魔物です。迂闊に近づいたら危険です!」


 ぐむぅ! と思わずゼンカイが唸った。

 そして顔を擡げ、樹の枝に捉えられたミャウをみやる。


「ちょ、ん……は、放しなさいよ!」


 ミャウは強気に抗議するが、魔物がそれでやめる筈もない。

 むしろ更に枝は伸び、彼女の太ももや腕に巻きつき、剰えシャツの裾の中にも枝が侵入しはじめる。


「ちょ、ん――ば、ばか! どこ触ってんのよ!」

 怒鳴るミャウだが、絵的には少し悩ましいものも感じられ。

 するとゼンカイ、両拳を強く握りしめ、ミャウちゃん! と再び声を大にし、

「これはこれで――いい!」

と鼻息を荒くさせた。

 

 いや、早く助けてやれよ爺さん。

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