第二五二話 勇者ヒロシ降臨
「ちょっとヒロシ! あんた今さら現れて、その姿どういうつもりよ! あんたのメイドだって――それなのに!」
ミャウが訴えるように言うとヒロシの目線がセーラに向けられる。
全員が何かしらの反応を期待してみるが。
「魔王様ニ逆ラウ連中、排除排除全員排除ォオォオオオォオオオォオオオオ!」
空気が震えるほどの咆哮。彼はセーラを目にしても既に何も感じないほど邪悪に染まっている。
「ひ、ヒロシュしゃま! りょ! りょうしゃれ、いってゃい、しょの、おしゅぎゃたは――」
そこへエルミール王女が飛び出す。彼女は既に記憶がないため、ヒロシの変わり様が理解できずにいるのだ。
「むぅ! いかん! 今のヒロシに近づいては!」
スガモンの警告の声。
だがその瞬間には王女の目の前にヒロシの姿。
「ヒ、ヒロシュ、しゃ、ぴぎゃ!?」
その膝が容赦なくエルミール王女の腹部を捉え、びちゃびちゃと吐瀉物をまき散らしながら彼女の小柄な身が浮き上がる。
更にそこへヒロシの拳が振るわれ王女の股間を貫いた。
エルミールの絶叫が辺りにこだまし、ピクピクとその身が痙攣した後、股の間から噴出されるソレがヒロシの顔を汚したが、構うこと無くその身を地面に叩きつける。
「てめぇ! 王女になんてことを!」
怒りの声を上げジンがバスタードソードを振り上げヒロシに迫る。
そして振り下ろされたその銀閃は、彼の人差し指と中指に挟まれ止められた。
「なっ!? 馬鹿な! う、動かな――」
パキィイィイン――快音と共に砕ける刃。これまで何度と無く共にし、鍛えにだけ鍛え上げた彼の愛剣は、いともあっさりと指先一つで砕け散ったのだ。
「そ、そん、ぐぇ!」
ヒロシの回し蹴りがジンの首にヒットし骨の折れる音と共にその身体が回転しながら飛んで行く。
そして地面に叩きつけられた彼を見て、アンミが悲鳴を上げ走り始めた。
だがその背後にあっという間に回りこんだヒロシの姿。
「裏切リ者ハ、コロス!」
エクスカリバーがその細首を狙う。容赦の無い一閃は間違いなく首を刎ねるものと思われた。
だがそこへ巨大な影が割り込んで盾でその剣戟を受け止める。
タンショウである。彼のイージスの盾がギリギリでアンミの命を救ったのだ。
そして首を巡らせ肩越しに見えるアンミに頷いてみせる。
するとアンミは急いでジンに駆け寄った。今の彼女は回復魔法が使える。
ちなみにヨイもラオンと共にエルミールの下へ向かった。
ただ彼女は女であったことが幸いして、拳に貫かれはしたが血の量は大したことはない。生理的現象といっていいレベルだろ。
「タンショウそのまま耐えておけ! 後は私が!」
言ってミルクがバッカスの力を開放する。肌の色が赤く染まった。
だがそのタンショウは、ヒロシに片手で盾ごと押され、背中が限界近く反り返っている。
そしてヒロシはそのままタンショウの身を無理やり地面に叩きつけた。
ボキボキという異音があたりに広がって、タンショウは口から泡を吹き出し意識を失っている。
「て、てめぇ! よくも!」
怒りに任せてミルクが斬りかかった。あのガッツでさせ打ち倒した斧と槌による攻撃。
だがヒロシは人差し指一本でそれをいなしていく。
「く! くそ! どうなってんだいこれは!」
ミルクが戸惑いの声を上げた瞬間、エクスカリバーがミルクの槌を弾き、切り返しの刃が彼女の身を捉えた。
ミルクはそのまま吹き飛んで地面をゴロゴロと転がり痙攣したまま動かなくなった。
「そんな――」
「強すぎる――」
周囲に集まっていた冒険者や騎士も、ヒロシが一人戦場に降り立っただけで完全に恐怖で脚が竦んでしまっているが、そんな事はお構いなしにヒロシの一方的な蹂躙は進み、あらかたの人間が片付いたところで、ヒロシが構えを取り力を貯めだす。
その行為によって王都全体が震え地面が鳴く。
「ちょっとヒロシ本気なの! セーラが! セーラがいるのに!」
「あかん! 駄目や! あの目は本気や! こっちの話なんて一切聞いておらん!」
「し、師匠障壁を!」
「む、むぅしかしこの力は強すぎる。こんなものを使われたら王都は間違いなく壊滅じゃ!」
そして振動はピタリと収まりヒロシ持つエクスカリバーからは禍々しい光が溢れ。
その眼に狂気の光が宿った後、ヒロシの口が開かれる。
「ダークネスボンバイ――」
「ちょんわぁあぁぁあああ!」
「グボラァアァア!」
「え? 嘘――おじいちゃん!?」
そう今まさにヒロシの必殺技が発動しようとしたその時、ゼンカイの入れ歯パンチがヒロシの顔面を捉えたのである。
誰もが一歩も動けない状態で、彼だけがヒロシに一撃を加える事が出来たのだ。
だが、かといってそれであっさり終わるヒロシじゃない。くるくると回転しながら地面を蹴り、ゼンカイに一直線に飛びかかって剣を振る。
しかしゼンカイもそれを入れ歯で防ぎ、お互い一定の距離をとって相対した。
「コロス! 邪魔ヲスルナラ、コロス!」
「ふん、どうやらどちらが勇者に相応しいか決める時が来たようじゃのう。まぁ今のお前はとても勇者といえたもんじゃないがの」
そして弾けたように同時にヒロシとゼンカイが飛び出し中央でぶつかり合った。
竜虎相搏つ、まさしくその言葉がピタリとハマる攻防。
ゼンカイの入れ歯による居合をヒロシが躱し、ヒロシの剣戟は入れ歯によっていなされる。
そんな中ゼンカイが奥義満開で勝負に出る。一万発の入れ歯がヒカルの身に降り注ぐ。
だがヒロシはその全てを躱しきり、エクスカリバーによる剣戟をゼンカイの身体に叩きこんだ。
「おじいちゃん!」
ミャウの悲鳴。吹き飛ぶゼンカイ。建物にぶち当たりその衝撃でコンクリートのそれが全壊する。
が、その瞬間眩い光の柱が天を突き、そこから姿を表したのは――。
「あれは、変身! おじいちゃんの変身よ!」
ミャウが歓喜の声を上げ、近くでみていたブルームが細めを見開かせた。
「あれが変身やて? なんやごっつうパワーアップしすぎやろ……」
ブルームにはわかっていた。彼の一見するとレベル0というステータスの低さに隠された真実に。
そしてゼンカイも今回はいきなり二段階目での変身であり――。
「静力流古武術師範――静力 善海参る」
相変わらずの静かな声音と、悠然たる足捌きでヒロシに近づいていく、
だが一見すると遅すぎるとも思える所作ながら、ゼンカイの身はいつの間にかヒロシの目の前に迫っていた。
そして隙だらけの構えでヒロシを見据え、その瞬間彼の剣戟がゼンカイに振るわれるが。
「無駄なこと――」
ゼンカイはその刃に素手で触れ、その勢いを利用し円の動きでヒロシの身体を投げ飛ばした。
その行為によって今度はヒロシがゼンカイが全壊した建物に突っ込む形となった。
「え? やった?」
それから暫く何の反応もなく、ヒロシがやられたのかと目を瞬かせるミャウだが――直後爆発したようにヒロシの飛ばされた位置の周辺が飛散し、巻き上がる土埃の中、強大なパワーが渦を巻き天を破く。
「ダークネス――ボンバイエ!」
刹那の速さでゼンカイに肉薄したヒロシは、闇の光に包まれた刃をゼンカイ目掛けて水平に振りぬいた。
が、その漆黒の一閃も自然な体勢で手を添え、円の動きでヒロシの身体を流し、そのままヒロシを巻き込みながら舞うような動きを繰り返していく。
「やったわ! お爺ちゃんにはどんな技も通じない! 全て跳ね返しちゃんだから!」
「……なるほどのう、完全にカウンターに特化した状態ちゅうことかい」
隣でみているブルームに目を向け、わかるのあんた? と尋ねるミャウ。
「まぁなんとなくやけどな。あの爺さん直前まではレベル0を保っとるしおかしいとは思ったがのう。ようはレベル0で完璧に力を抜いて相手の攻撃に合わせるように身体を流し、攻撃を加える瞬間だけ己のパワーを足すって事か」
「よ、よくわかんないけどそういう事ね」
ミャウは戸惑いながらも再びゼンカイに目を向け直す。
するとその演舞も終わりに向かい。
「静力流、禅――開」
マスタードラゴンの時にもみた、変身したゼンカイの究極奥義、それが今まさにヒロシに向け放たれた。
「これで決まりよ!」
ミャウが勝利を確信したように叫びあげる。
だが――ヒロシはなんとその一撃を剣で受け流し更にゼンカイのような円の動きを再現しそこから己の剣戟を決めにかかる。
だが、これもまたゼンカイが流しその力を利用した反撃――をヒロシがまた受け流し。
「ちょっとこれ……どうなってるの?」
「それがヒロシという勇者の怖いところやな」
「ど、どういうことよ?」
「つまりや。ヒロシは最初にあの爺さんの攻撃を食らった時点で、どんな技なのかを理解したっちゅうことや。もともと戦闘センスのある男や。だからこそ短期間で勇者と言われるまでに成長したともいえる。それにしてもあそこまで完璧とは恐れいったのう」
「ほ! 褒めてる場合じゃないでしょ! これどうなっちゃうのよ!」
ミャウが得々と説明するブルームに抗議に近い声を上げる。
「そう言われてもしらんわ。じゃがな、この戦いカウンターを制するものが戦いを制するで」
ブルームの言葉に、そう、と返しミャウが祈るように二人の戦いに目を向ける。
そしてそれは今立っているものが皆同じであった。
ゼンカイが勝てなければ王都は間違いなく滅ぶのである。
だが、決着はつかない。まるでワルツでも踊り明かしてるかのような動きの中、だが二人のカウンターにつぐカウンターにより地面には亀裂が走り、その余波が広がっていく。
そして大気が悲鳴を上げ、地面が揺れ、そして二人の舞台が陥没しかけたその時、パァアァアアァアアン! という破裂音と共に両者が同時に別々の方向に吹き飛んでいった。
「な!? 何今の!」
「そうか! 反発や! じいさんとヒロシのカウンター力が募り募って、ついに耐えれなくなり一気に暴発したんや!」
「え? え?」
ミャウが理解できないといった具合に目を白黒させる。
「なんやわからんやっちゃのう。あれやゴムを想像してみぃ」
「ゴム?」
「そや、ゴムや。ゴムは伸ばせば伸ばすほど手を放した時の力は上がるやろが」
「そ、そうね」
「じゃが、左右の端をお互いがもって力を込めて伸ばし続けたらどうなるんや?」
「え~と……あ! そうか! 真ん中から裂けて!」
「そや! 両者とも吹き飛ぶ! それと同じや!」
なるほど、とミャウが数度頷くが。
「でもそれだとお爺ちゃんとヒロシは……一体?」
そう呟きつつ、二人の飛んでいった方向を交互にみやるミャウだが。
「ちょんわ!」
聞き慣れた声がミャウの猫耳に届き、かと思えばゼンカイがくるくると回転しながら元の位置へと戻ってくる、が――
「お、お爺ちゃん……」
「元に戻っておるやんけ」
ミャウが不安そうに呟き、ブルームがやれやれと口にする。
そして――
「とう!」
逆側からはもうひとつの影。それは勿論勇者ヒロシの姿であるのだが――
「やるねお爺ちゃん!」
「お前こそ! 流石わしの認めた好敵手じゃ!」
ヒロシも華麗に着地した後、ゼンカイを讃える言葉を吐き出す。
その姿に、え? とミャウが目を丸くさせ。
「だけど! 僕はまだまだやれる! 負けないよ! 勇者ゼンカイ!」
「むぅ! 受けて立つぞい! 勇者ヒロシ!」
お互いがお互いを勇者と呼び合い、今また竜虎相搏つか! と思われたその時――
「ちょ! ちょっと待ってよ! ヒロシ! あんた元に戻ったわけ!?」
ミャウが上げた驚きの声。
それに、ん? とヒロシが反応し皆に身体を向け直し――
「……あれ? 皆どうしてここに? ていうか僕もなんでこんなところに……?」
そんな疑問の声を上げるのだった――。




