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第二五〇話 いよいよ本番!

「結界が解けたね! 野郎ども! ここからが本番だよ! 冒険者の力と維持、見せつけてやろうじゃないか!」


 アネゴの周囲から鬨の声が上がる。そして長剣空手に魔物の群れへ切り込んで行くアネゴに、他の冒険者も続いていった。


 今でこそ受付嬢として冒険者の相手をする毎日を過ごすアネゴだが、少し前までは凄腕の女剣士とも称される冒険者であった。

 そんな彼女が何年かぶりに剣を取るも、その腕は決して衰えておらず、群がる魔物たちをバッタバッタと切り倒していく。


「やりますねアネゴさん。だったらこの私も……本気を出さねばいけないようだな! うおおおおぉおおお!」


 すっかり腹も出てきていたテンラクの身体が、一気に膨張し、筋肉むきむきの戦士のそれに変化した。

 手には柄の先に丸いトゲ付き鉄球を備えた武器を構え、魔物どもを気合の声に合わせて捻り潰していく。


 今でこそ穏やかな毎日を暮らすテンラク。しかし彼もまた当時は鬼のテンラクとして知られた冒険者であった。


 そして結界が解かれた事で、街中の冒険者や兵士たちが決起し、暴徒の鎮圧と魔物の駆逐に乗り出す。


 そんな最中――王都の北部ではマスタークラスの冒険者達と七つの大罪率いる魔王軍とのあいだで熾烈な争いが続いていた。


「いくわよ! ブレイクスパイラル!」

「「聖騎士の舞い」」

「バーンワイドブレイド!」


「グフェエェエエェ!」

「ギヒヤァアァアァア!」

「アビェエエェエエエ!」


 アフローに群がる魔物は復活した彼のスキルによるブレイクダンスに巻き込まれ吹き飛んでいき、ウンジュとウンシルの創りだした聖騎士が次々と魔物を斬り殺し、ジャスティンの剣戟に合わせて広がった炎の波が数多の敵達を飲み込み燃やし尽くした。


 先ほどまで劣勢にも思えた彼らの態勢は、しかし結界が解かれた事で一気に息を吹き返し立場は逆転しつつある。


「ハリケンブリザード!」

「オールレンジマジックミサイル!」


 そしてスガモンの魔法により周囲の魔物は完全に氷付き、ヒカルの放った魔法のミサイルは上空から拡散し見事魔物だけを狙い撃ちにした。


 そしてそんな中でも暴徒に関しては気を失わせる程度に抑えている。


「へへ~んだ。どうだい! もう魔物は殆ど残ってないぞ~~そんなところで高みの見物決め込んで本当はビビってんじゃないの~? へいへ~い」


「ヒカル……お前は調子に乗りすぎじゃ」


 左右の指で唇を広げてベロを出し、更に続けてアスガに尻を向けおしりペンペンと挑発するヒカルに、呆れ顔で師匠が零す。


 だが、そんなヒカルを、いや戦況を眺め続けていたアスガの表情は徐々に真剣なものに変わっていっていた。


「なるほどな。結界が解けて少しはやるようになったって事か。俺の出番はないかと思ったがここまで来たら仕方ねぇ。見せてやるさ俺の力を!」


 アスガは黒いコートを翻すようにした後、内側から注射器を取り出し、己の腕に刺し始める。


「ふぁああ、ふぁああぁ、キタぜ、これが、この感覚がたまらねぇ、やめられねぇ、しびれるぜ! 頭のなかにいい詩でも浮かんできそうだ! 逝っちまいそうだぜ! さぁ! こい! こい! キッタァアアァアアァアアァア!」


 その瞬間アスガのコートが弾け飛び、筋肉が盛り上がり肌色が紫色に変化し、更に竜のような鱗が全身を支配した後、手には長大が爪が備わっていく。


「これじゃあまるで魔神じゃのう」


「くかかっ! その通り! しかもロキのような名前だけの魔神じゃねぇ! 正真正銘の魔神の力が俺に溢れてきやがる!」


 奇声を上げ、そして全員を見回すようにした後。


「まずは、てめぇだ!」

 

 叫びあげ広げた口から歯牙をのぞかせながら、アフローめがけて飛びかかる。


「師匠!」「危ない!」


「判ってるわよ!」

 

 アフローは逆立ちの構えを取り、そのまま大きく両足を広げスピンさせていく。


「サークルブレイク! ライトニング!」


 足に紫電を纏わせ、アフロの両脚がアスガを捉えた、が、その瞬間アフローの身体が吹き飛び、遥か後方に見える屋敷の屋根を突き破った。

 アフローのダンスも魔神化したアスガには全く通用しなかったのである。


「てめぇにはバックダンサー程度がお似合いだ!」


「貴様! よくもアフローを!」

 

 その光景に怒りの声を上げ、ジャスティンがアスガに挑みかかる。

 靡く銀髪は美しくもあるが――


「雷爆氷嵐剣!」


 ジャスティンは高速付与チェンジを利用したコンビネーションで、魔人化したアスガに電撃、爆破、氷結、嵐の攻撃を叩き込んでいく。


 だが、その全てを受けてもアスガは薄ら笑いを消さず、ジャスティンの肢体を舐めるようにみやる。


 その様子に彼女は嫌悪感を露わにし自らの細い肩を抱いた。


「ククッ、中々いい女じゃねぇか。どうだ俺の物になるなら手荒な真似はしないでおいてやるぜ?」


「ッ! だ、誰が貴様なんかに!」


 身を捩るようにして声を張り上げるジャスティン。

 すると、そうかよ、と呟いたアスガが背後に回り、ジャスティンの銀色の髪を乱暴に掴み振り回した。


「うぁ! あぁああぁあああぁ!」

「けけけけっけけけ! どうだ痛いか? 痛いだろぅ? ほ~らトドメだ!」


 アスガは掴んだ髪を振り上げるようにし、そのまま地面に彼女を叩きつける。

 あまりの衝撃に地響きがおき、ジャスティンが叩きつけられた地面には、人型の跡が残る。


 そしてアスガはねっとりとした笑みを浮かべ、その手に何本も纏わりついた銀髪を口に持って行き美味しそうに咀嚼する。


「女の子の髪は命だよ!」「許せないね!」「旋風の舞い!」「烈風の舞い!」


 ウンジュとウンシルがアスガを中心にステップを踏む。

 するとアスガを巻き込むように竜巻が起き、更に竜巻の中に無数の風の刃が生まれ二重螺旋を描きながら舞い上がる。


 本来であればその竜巻の中にいるだけで逃げ場なく、ズタズタに切り裂かれるところだが。


「ふん。涼しいねぇ」


「そんな……」「全然聞いていないなんて――」


「カァーーーーーー!」


 裂帛の気合によってアスガを襲う風の刃は弾けたように拡散し、術者である双子に襲いかかり兄弟纏めて吹き飛ばした。


「そ、そんな……マスタークラスだっているのに、あんなにあっさり――」


「……ヒカルよ。あの修行で見せたあれは完成したかのう?」


 あまりの光景に困惑するヒカルへ、師匠であるスガモンが問いかける。


「え? あれは80%ぐらいは……」


「だったらここで100%まで持っていくのじゃ。それまであやつは……わしが食い止める!」


 ヒカルに全てを託すように告げた後、スガモンは自ら前に出て声を張り上げる。


「ふん! 薬に頼るしか脳のない愚か者が調子にのりおって! このスペルマスターが目にもの見せてくれる!」


「ほう? 老いぼれごときがどこまで出来るか見せてみろ!」






「いい意味でお掃除――完了です」


 結界が解かれた事でメイドスキルが使えるようになったセーラは、その箒魔法によって群がる魔物を全て殲滅した。

 まさしく綺麗さっぱりお掃除したのである。


「まさかこんなに早く結界が破られるとは思わなかったのだよ。それにしてもその腕よくこの短期間でそこまで回復できたのだよ」


「いい意味で一流の魔導義肢のおかげ。いい意味でその期待に応える!」


 真剣な目つきでロキを睨み据えるセーラ。

 その姿に鼻を鳴らし、

「威勢だけはいい。だがそれだけだ」

と右手を差し出しその瞬間セーラの立つ地面が凍てつき始めるが。


「ほぉ、いい反応なのだよ」


 ロキが顎を上げ、跳躍したセーラを見上げた。

 そんな彼女の手に握られた箒は強大化しそして魔導義手とは思えないスムーズな動きでロキに向けて振り下ろされる。


「ふん!」


 だがロキは右手で生み出した障壁によりその一撃を防ぎきる。

 更に無詠唱で発せられるは雷の蛇が大群であり、その牙がメイド服のセーラに伸びる!


「いい意味でこの程度!」


 セーラは空中で力強く回転し、箒も一緒に振り回し雷蛇の群れを薙ぎ払った。

 バチバチという音が箒の頭から鳴り響く。


 そしてセーラは再び石畳の上に着地し、ロキへと身体を向けた。


「ふむ、少しはやるようになったのだよ。だがそれでもまだその程度ではな。正直あの爺さんの方が面白そうだったのだよ」


「……いい意味でその爺さんとはテンカイ?」


「あぁ確かそんな名前だったのだよ。まぁ実際は彼の変身に興味があったのだよ。あれは中々面白い。それに比べたらお前のどれだけつまらない事か」


 するとセーラは目つきを尖らせ、ロキの姿を捉えたまま、手にもつ箒で地面を叩きだした。


「それはなんのつもりなのだよ?」


 しかしセーラは答えず、更に二度、三度と箒で殴り続け、そして……。


――ズシーン、ズシーン、と箒の動きに合わせて重苦しい音が響き更に地響きまで起こし大地を揺らす。


「いい意味で私はメイドマスター、もう負けない」


「……なるほど。マスタークラスに化けたのだよ。一体何がきっかけか知らないが、少しは楽しめそうなのだよ――」

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