第二十五話 女戦士ミルク
「ふ~ん。爺さんが冒険者だなんて随分と珍しいねぇ。てかこんなんがこいつと同じ症状ってただの歳なんじゃないのかい?」
ミャウから紹介を受けると、ミルクは整った顔を眇め、その巨大な果実の下で腕を組む。おかげで豊かなそれが更に強調された。
ミルクは女性にしては背が高い方だ。ミャウより頭一つ分は高い。
その為、丁度斜めしたから見上げるゼンカイからみれば、腕の前まで張り出た胸はあまりに壮大な絶景であった。
そしてゼンカイは、その見姿に何かを思い出したように奇声を上げる。
「め、女神様じゃぁああぁあ!」
ゼンカイ。やはり暴走モード突入。しかもミャウは完全に油断していた。
戸惑いの感情が表情に表れている。
「え?」
そのゼンカイの突撃に、疑問の声を上げ目を丸くさせるミルク。
だがその瞬間には上空高く浮き上がったゼンカイが広大な山脈へまっしぐら。
その谷間へと、光り輝く頭を突っ込み、両腕で挟みこむように揉みしだく。
「え? な! ちょ!」
「むほぉおおおっ! 固いかと思えばこの弾力! なんたることじゃ! これは至高の出来栄えじゃ! ぬほぉお! さいこ……」
その瞬間、ゼンカイの頭上に多量の星々が浮かび上がった。
完全に油断しゼンカイの突撃を許してしまったミャウだが、彼の破廉恥な所為を黙って見過ごすわけもなく、現出させた剣を鞘に収めたまま叩きつけたのである。
その一部始終を見ていたタンショウはおろおろしたまま立ち尽くし、アネゴは、はぁ、と一つため息をついた。
こうしてとりあえずはゼンカイを床に沈めたミャウだが、ミルクの様子を確認しようと、ちらりとその顔を覗き見る。
ミャウの表情には不安という二文字も浮かんで見えた。
何せ先ほどのタンショウへのお仕置きを見る限り、一度怒らせてしまえば、正直ゼンカイの身が危ない。
そして、ミルクは揉まれてしまった胸を両腕で覆いながらぷるぷると肩を震わせていた。
「あ、あのごめんなさいミルクさん! 謝って済むことじゃないかもしれないけど。これはお爺ちゃんの発作みたいなもので――」
必死に頭を下げるミャウだが、ミルクはその声が聞こえてないかのように倒れたゼンカイまで歩み寄る。
「ちょ! 本当! 乱暴なまねは、こ、こうみえてもお爺ちゃんにも、ちょっとはいいところが――」
今にもその手にハンマーを出現させ、倒れるゼンカイにでも振り下ろすんじゃないかという心配がミャウからは見て取れる。が――。
ミルクはゼンカイの前で脚を止めると、その姿を見下ろしたまま何もする気配を見せない。
「い、痛いのうミャウちゃん。まったくそこにおっぱいがあれば揉むのが男の性というものだろうに」
そんな性聞いたこともない。
だがゼンカイのタフさは相変わらずである。
ミャウの一撃ぐらいであれば、そく立ち直れる強さをもっているのだ。
とはいえ、ミルクが本気で殴ったなら流石にそうはいかないだろうが――。
「うん?」
頭を擦りながら、ゼンカイが顔をもたげた。その先にはミルクの顔がある。のだが、彼女は急に顔を林檎のように真っ赤にさせゼンカイから顔をそむける。
「…………あのミルクさん?」
ミャウが訝しげに声を掛ける。
すると、な、なんだい! 一体! とどこか慌てたような返答が発せられる。
「いや、あの……怒ってないんですか?」
「怒ってるわけが無いじゃろう。わしの指のテクニックはすごいんじゃ。寧ろ気持ちよすぎて感謝したく――」
「ちょっと黙ってろ」
ミャウの殺気のこもった声にゼンカイ押し黙る。
「お! 怒ってるに決まってるだろう! こ、こんな事されて! で、でもごみょごみょ……」
最後の言葉はあまりにか細く、何を言ってるか判別不可であった。
ミャウは眉を顰め、アネゴを振り返り、そばまで近付くと、
「これって一体?」
と耳打ちする。
「……ミルクちゃんってね美人なんだけど、あぁいう性格だからこれまで男がよりつかなかったのよ」
同じく耳打ちで返すアネゴにミャウは頷いて返す。
「だから……あのクソジジィみたいに欲望の赴くままな行為にあったことがないからね――だからもしかしたら……」
アネゴは最後の言葉を濁らしたが、ミャウはそれを察したように目を丸くさせる。
「えぇ~! でも相手があれですよ!」
眉を顰め、ミャウがそっとゼンカイを指差すが、
「いや。だからさ。生まれたてのヒナは見たものを親と思って付いて行くって言うだろう? だから男性経験の乏しいミルクちゃんもそんな感じで……」
とひそひそ話し合う二人を他所に、ゼンカイはゼンカイでミルクに質問を始める。
「しかし大きいのう。何カップぐらいあるんじゃ?」
とんだセクハラ爺さんである。
「え? か、カップって。い、いきなり何いって――」
頬を紅潮させながら、ミルクはもじもじとさっきまでとはうってかわった小さな声を発する。
「何どさくさに紛れて変な質問してるのよ」
呆れ顔でミャウが後ろからゼンカイを踏みつけた。
「お! お前何してんだ!」
そのミャウの所為にミルクが抗議する。
「え? あ、いやだってあまり失礼な事をミルクさんに言うから」
顎を掻きながらミャウは脚をどかした。
「べ、別にあたしはそんなことで怒ってなんか……」
「う~ん痛いのじゃ~」
ゼンカイ。床に這いつくばるようにしながら、ミルクに腕を伸ばす。
「だ、大丈夫かい?」
「駄目なのじゃ~その胸で癒して欲しいのじゃ~」
え? とミルクは頬に左手を寄せ、
「そ、そんなこと……いきなりそんな、だってぇ」
とぺたりと床に座り込み、ゼンカイの後頭部に人差し指を突き付けた。
「ぬぐぉ! い、痛いのじゃ! 痛いのじゃ! え、えぐれる! 出る! 何かえらいものがでるのじゃあああぁあ!」
ミルクが頬を赤らめながら、ぐりぐりと指を回すと、まるでドリルの如き勢いでゼンカイの後頭部にめり込んでいく。
「み、ミャウちゃん! 助けてなのじゃ! 助けてなのじゃ!」
「あら。良かったじゃないお爺ちゃん。ミルクさんにかわいがって貰えて」
にっこりと微笑むミャウとジタバタと暴れるゼンカイ。
するとタンショウが身体を震わせながらジェスチャーで何かを伝える。
「ふむふむ。あぁミルクちゃんって興奮すると力の制御がとれなくなるんだって」
しれっとアネゴが述べた。
「そうなんだ。ふ~んまぁでもお爺ちゃんには良い薬ね」
そう言ってミャウはゼンカイの事を放っておいて、壁に貼られてる依頼書の前まで歩み寄った。
「うん? え? お! おい大丈夫かい!」
ゼンカイが完全に気を失ったのをみてミルクが心配そうに声を上げ、ゼンカイを抱きかかえた。が、その膂力も凄まじくボキボキという凄まじい音が店内に響き渡る。
「ぐ、ぐぎぇえぇえええ、ぎひいぃい、あ、ぎゃぎゅ……ぎょ!」
哀れゼンカイ。ミルクの力で天界に召され……てはいないようで、ぴくぴくとまだ動いてはいる。中々丈夫な爺さんである。
「全くひどい目にあったわい」
なんとか意識を取り戻したゼンカイにミルクが必死に頭を下げていた。
まぁ元はといえばどう考えても爺さんの方が悪いのだが。
とはいえ、流石にゼンカイもミルクには警戒心を抱いたようで、少し距離をおいている。
折角こんな爺さんを好いてくれる相手がいたというのに、もったいない話だ。
「おかげで三途の川がちらりと見えたぞい。婆さんのところまで行くところじゃったわい」
「婆さんって?」
とこれはミャウの質問。
「うん? 勿論わしのこれ、ワイフじゃよ」
ゼンカイが小指を立てて返した。
するとミルクが、
「えぇえぇえ! あ、あんた結婚してたのかい!」
と興奮したように叫ぶ。
「勿論じゃよ。まぁ生前の話じゃがな」
「お、お爺ちゃんトリッパーだからね。元の世界で結婚しててもおかしくはないよ」
これは一応ミャウがフォローし、ミルクが、そ、それもそうか、と一応は納得を示した。
だがあまり釈然としていない様子は表情からみてとれた。
「奥さんってどんな方だったの?」
何となく興味を持ったようで、ミャウが質問すると、ゼンカイはどこか遠くを見るような瞳で口を開く。
「そうじゃのう。綺麗な女じゃった。気立ても良くてなぁ。わしなんかによくついてきてくれたものじゃよ。だがのう、わしよりずっと早く逝ってもうた。爺さん不幸な奴じゃよ」
その言葉にはどこか物哀しい物が漂っていた。ミャウは眉を落とし、
「ご、ごめんなさい。何か――」
と喉を詰まらせた。
隣のミルクの表情も少し悲しげだ。
「な~に。もう昔の話じゃよ。気にすることないわい」
そう言って大口を開けて笑った後、
「おお。そういえば婆さんもわしの影響でゲームが好きじゃったのう。よく一緒にプレイしたものじゃのう懐かしいわい」
と紡ぎ、再び楽しそうに肩を揺らすのだった。




