第二四四話 純粋な力
「クッ! 確かにその剣から感じるパワーは大したもんだが、だが! それでも納得できん! 何故だ! お前の中には俺が増幅した電撃が!」
「消えたわ」
何? とラムゥールは怪訝に眉を顰める。
「消えたのよ。貴方の創りだした電撃は、私の中にはもう存在しない」
「馬鹿な! ありえん! 例えそれで一つ消えたとしても、貴様の中の電撃力を再度増幅させることも可能だ! それなのに何故!」
「純水化――」
ミャウの言葉にラムゥールの眉がピクリと跳ねた。
「ナチュラルアクアボディこれが私の新しいスキル。体内の水分を全て純水に変えたわ。更に水分は身体全体にも広げている。これで貴方の雷は発動しない」
ラムゥールの表情が驚愕に染まる。
「馬鹿な! 貴様何を言っているのか判っているのか? 全身の水分を純水にだと? あり得ない! そんな事をしてはとても生きてはいられないはずだ!」
「そうよ。だから私は同時に身体の全機能を停止させて仮死状態にしている」
「か、!? ば、馬鹿らしい! 貴様は今こうして話しているだろう!」
ラムゥールがあり得ないといった様子で叫びあげた。
「オールソウルドライブ――魔力を糸状に変化させ精神と魂縛を直結させるスキル。これで仮死状態であっても肉体を動かすことは可能だし、会話も出来るわ。まぁそんなに永くは維持できないけどね」
「魂と精神を直結だと……? クッ! 無茶苦茶すぎるな貴様!」
「そうね。でもそれぐらいしないと貴方には勝てないだろうし」
ふんっ! とラムゥールは鼻を鳴らし、目つきを改めて鋭く尖らせた。
「随分調子にのってるみたいだがな。その状態を保つだけで貴様は精一杯の筈だ! 防御だけじゃ勝つことは」
「貴方こそ強がりはやめるのね」
なに? と顔を眇めるラムゥール。
「貴方には判るはずよ。今の私にはまだ精霊王の力が残ってる事を。確かにアクアクィーンの力は完全に防御に回してしまってるけど――」
そこまでいって一旦瞑目し。
「私にはまだ使える属性が三つあるわ。一つしか持っていない貴方と違ってね」
「黙れぇええぇええぇ!」
突如激昂し、ラムゥールが雷化しミャウへ迫る。 両手に握りしめられたカラドボルグを薙ぐ。
しかしその瞬間には分厚い土壁がミャウのまわりを囲んだ。
カラドボルグの斬閃はそれに阻まれ重苦しい音が広がった。
「雷化は確かに厄介だけど、くるのが判っていれば防ぐのは容易いわ」
ミャウの声が壁の中からラムゥールに届き、刹那轟音と共に土壁が爆散し雷帝を襲う。
チッ! と舌打ちしつつ雷化でそれを避けるが――
「パワーウィンド!」
スキルが発動し暴風がラムゥールの身を押し戻す。間合いが離れた所へ更に続けざまにミャウのスキル、ミリオンエアリアルが発動。
精霊剣から百万の風刃が生まれ、雷帝に襲いかかる。
広範囲に及ぶ散弾は、例え雷化であっても躱しきれず、被弾したラムゥールの身が空中高く舞い上がる。
「くそが! この程度ダメージはない!」
宙空で一回転し地面に着地したラムゥールが怒りを露わにしミャウを睨めつけた。
「でしょうね。私だってこの程度で勝てるとは思わないわ。でも――これならどう!」
ミャウが精霊剣を地面に突き立てた。
すると、ゴゴゴッ、と大地の底から呻き声のよな響き。
そしてラムゥールの足下が崩れその下にマグマ溜まりが姿を現す。
「マ、マグマだと! くぅ! 雷放出!」
雷帝の両手から野太い電撃が放出され、その勢いでラムゥールの身体が浮き上がる。
しかしそこから逃れようとしたところで外側に風の壁が発生し、マグマの収まる範囲に閉じ込めてしまう。
「な、なんだこれは!」
「風の力よ。マグマは炎と土の組み合わせ、そして貴方を閉じ込めた風の力。これに働かけて風の力を強めたらどうなるか――」
「ま、まさか貴様!」
「終わりよ雷帝ラムゥール! 【ボルケムトルネイド】!」
ラムゥールを取り囲んでいた風の壁が螺旋状に回転を始め、その風力が一気に上昇し彼の真下で煮え滾る溶岩の海を巻き込む。
そして一気に吹き上がると回転するマグマが口を開き、ラムゥールの全身を飲み込んだ。
「ぐおおおぉおあおがぁああぁ! 馬鹿な俺が雷を操る俺がこの程度でぇえぇええええ!」
断末魔の悲鳴を上げ、雷帝の身はマグマに飲み込まれたまま大地に引き込まれ、遥か地下深くまで引きずり込まれ――そして完全にマグマの海が消え去ったその場には元の地面だけが残った。
「はぁ――はぁ、これで終わりね……さ、流石に魔力を使いすぎたわ」
肩で息をし、瞬時に疲労の色が浮かぶ。汗を拭い、その身はどうやら完全に元に戻ったようだ。
全身の純水化は消費がとてつもなく大きいスキルだ。しかもタイミングを誤ると死の危険すらある。
だからこそ決着は最速でつける必要があった。
容赦の無いスキルの連続もそれ故。
後先などとても考えてはいられなかったミャウだが。
「――これでやったのね……」
ラムゥールの消えた地面を見つめながら思わず一言。
だが、その瞬間地面が激しく揺れ始め、広範囲にまで亀裂が及び、更にその亀裂を辿るように電撃が迸る。
「……感謝している」
すると広がる静かな響き。
地面が弾け純粋な白に包まれたラムゥールが少しずつ浮かび上がり、その姿を見せ――そしてその変化にミャウの目が見開かれた。
「貴方、一体それ――」
「目覚めたのだ」
ミャウの言葉に反響音の混じった声が重なる。
ミャウはそんな雷帝の姿に動揺を滲ませ見上げ続ける。
雷帝ラムゥールの身体は真っ白な雷そのものに変化していた。
これまでの雷化とは明らかに違う。肉体を超越した存在。
「純雷――」
え? と今度はミャウが疑問の声を上げる。
「君に教えられた。純粋な雷、それが今の俺の力。雷を信じ雷に生き、そして雷と化した」
「純粋な雷――凄いわね。でも貴方、それ永くは持たないわよ。私と違って貴方は肉体そのものを完全に変化させている」
「この俺が純粋に信じ続けた雷の最終形だ。それぐらいのリスクは覚悟の上。そして――この生命と引き換えにお前を討つ!」
雷帝の右手を差し出され、雷の槍がミャウへと放たれた。
それを残った力を振り絞り、純水の盾を作り防ごうとするが、白雷は純水の盾を透過しミャウの身体を直撃した。
「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"あ"ぁ"い"ぎぃ"!」
感電したミャウの身体が空中高く舞い上がる。
「例え純水でも純雷と化したこの攻撃は防げない。これで終わりだ――ライトニングクロスエッジ!」
純雷と化したラムゥールが空中のミャウに向け、瞬時に大きな十字を刻むように雷撃を交差させる。
ミャウの全身を白い稲妻が踊り狂い、完全に白目を剥いた細い肢体が地面に落下した。
「これでもまだギリギリで生きているか――だが聞こえるぞ弱まる心音。お前の命もまもなく尽きる。だがもう俺はお前を弱いなどと言わないさ。お前は強かった。俺の最後の相手として相応しいほどにな――」
どこか淋しげな瞳で言葉を連ねるラムゥール。
その視線の先に倒れるミャウはピクリとも動かず、トクン、トクンという弱々しい心音が聞こえるのみ。
だがそれも消え入るように細く儚く、そして次第に弱まり完全に音は途絶えた。
その最後の瞬間ミャウはひとつ思い出していた。
あのレイド・キチクランス将軍に利用され続けた日々。
だがある日、冒険者になるよう勧められた。
それは何故だったか? 勿論素質があったのもその理由の一つだ。
だが、同時に彼女自身も知らなかった理由がそこにはあった。
彼女にはいずれ目覚める力が眠ってるかもしれないと。
そしてそれは冒険者として活動を続けることで芽生える可能性が高くなるかもしれないと。
そして――心臓が完全に止まったかと思えたその瞬間。
彼女の身体に雷が迸った。その光は今の雷帝と同じ――。
「馬鹿な……純雷だと! なぜ! 何故お前が!」
「【コピーワンス】。それが私のチートみたいね」
「チート……だと?」
雷帝の疑問に顔を伏せ、そして応える。
「正直半信半疑だったんだけど、私の祖父、いや曽祖父さんだったかな、それがトリッパーだったとかでね。もしかしたらってことだったんだけど、まさかここで目覚めるとは思わなかったわ」
その言葉にラムゥールの肩が震え――そして大声で笑い出した。
「全くお前は俺をとことん楽しませてくれる。コピーかなるほど。いいだろう! だが所詮コピーじゃ本物には勝てんぞ!」
「それはどうかしらね? まぁいいわ、これはせめてもの手向けよ。勝負を再開させましょ!」
その瞬間、雷と雷が激しくぶつかり合い、そして宙を舞い、まるで激しく舞いあってるような攻防が暫く続いた。
だがミャウはきっと気づいていたのだろう。この時点で勝負が決まっていたことを――。
「結局オレの負け、か――」
「いえ引き分けよ。ただ貴方の命が先に尽きただけだもの」
ラムゥールとミャウの攻防はその後結局五分もしないうちに終了した。
その時点で雷帝の力が尽きたからだ。
自らの生命をすり減らす彼の力と、あくまでスキルとしてラムゥールの力を発揮したミャウでは、当然そのリスクも大違いであり――。
「……気休めだな。まぁだが最後にいい勝負が出来た。これで漸く悔いなく眠れそうだ」
「そう。良かった。私あんたのことは大嫌いだけど、その雷一本に全てを捧げる姿勢は嫌いじゃなかったわよ」
「ふん。気が合うな。俺もお前は大嫌いだが、決して諦めなかった姿勢は評価す、る」
その言葉を最後にラムゥールの身体が弾け、迸り、そして消え去った。
その姿を少し淋しげに見送った後、ミャウは呟くように言った。
「全く最後まで偉そうだったわね――」




