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第二四一話 その笑顔が――

 ガッツの鋼拳がミルクの顔面を捉えた。

 だがミルクはそれに怯むこと無く、バッカスの大槌を反撃とばかりに叩き返す。

 

 左拳のボディーブローが続きミルクの大斧が顎を撃ち上げる。


 お互いがお互いの射程距離で、武器を、拳を、振るい続ける。


 一撃一撃がぶつかり合い、衝撃が弾けては消えていった。

 永遠のような時間。しかし実際は瞬きしてる間の殴り合い。

 その数は一〇を超し、五〇を越し、一〇〇に達した瞬間ついに反発するように互いの身が剥がれ下がる。


「チッ。こんだけやってるのに化け物かよ」


「人のことは言えんぞ娘」


「といってもね。大体あたしのはこっちは刃がついてんだけど」


「そんな小さなことは大して問題ではない」


 ミルクは大きく嘆息を付く。斧で切られることが大したことないなど聞いたことがない。


 だが、ミルクの顔もガッツの顔も、自然と笑みが溢れていた。

 ただ恨みしかなかったはずのミルクは、どことなく満たされている様相でガッツをみやる。


「……正直言ってあんたには恨みしかなかった。みんなの敵を取るために絶対ぶっ殺してやるって、そう思ってたさ」


「それで構わぬがな我は。だが……今は違うと?」


「よく判らないのさ。今はあんたと戦えるのがとにかく楽しい」


 ククッ、とガッツが含んだように笑い。


「結局馬鹿の相手は馬鹿にしかつとまらんという事か」


「女相手に失礼な話だね」


 両目を閉じ、ミルクは微笑を浮かべる。


「けれど。一つだけ確認さ。あんたが町を襲ったのは――あのイシイってのに操られていたからかい?」


 瞼を開き、真剣な顔でミルクが問う。

 ガッツもまた真顔でその黒い瞳をミルクに向ける。


「判らんな。今の我にとってイシイ様は主以外の何物でもない。操られているなど考えてもおらん」


 そうかい、とミルクは残念そうに応えた。


「……だが、勇者と言われていた時代から我の考えは変わらぬ。前にも話したであろう。誰からも受け入れられなかった我は、闘いの中に身を投じている時のみ生きがいを感じられる。勇者と呼ばれたところで、我を恐れるものこそいれ、勇者として受け入れてくれるものなどいなかったのだ。それが我だ。例えどんな状態であれ、命じられれば町の一つや二つ滅ぼすのに迷いはない」


「……よく喋るようになったじゃないかい」


「――確かにな。不思議なものだ。何故かお前にだと話してしまう」


「本当にいなかったのかい?」


 ミルクの問いに、何? とガッツが顔を眇める。


「あんたに心を開いたのは本当に一人もいなかったのかいって話さ」


「……おかしな事を訊く女だ。そんな事を知ってどうするというのか」


「ただちょっと興味をもっただけだよ」


「……そうだな、お節介な少女は一人いたか。戦が終わり傷つき戻った我を助けてくれたものがな」


 遠い昔の記憶を思い出すようにガッツはいう。


「ふ~ん。いたんじゃないかい。で、その子はどうしたんだい?」

「死んださ。殺された」


 ミルクの目に僅かな動揺が走った。


「……かつての魔王軍にでも殺されたのか」


「くくっ。魔王軍か。そんな単純な話なら良かったがな。あぁだが、所詮人間など魔物となんら変わらぬか」


 ピクリとミルクの眉が跳ね、ガッツを見る。


「――殺したのは人間だ。その娘は奴隷の少女だった。住んでいた町の領主のな。理由は屋敷に髪の毛が一本落ちていたから、ただそれだけだ。それがその娘の物とされた。だから首をはねられ町の真ん中でさらし首にされていた。それをみて町のものは嘲笑い、楽しそうに石をぶつけていたものだ」


「……胸糞悪い話だね」


「そうだな。我もそう思ったものだ。だからその町は潰した」


 ガッツの言葉にミルクは目を丸くさせ、そして喉奥から押し出すように笑い声を上げた。


「そんなにおかしいか」


「あぁおかしいね。でも安心した」


「安心だと?」


「あぁそうさ。古代の勇者だ武王だなんて偉そうな肩書がついてるけど、あんただって結局あたしと変わらない人間だって判ったからね」


「……」


「だってそうだろ? 一人の女の為に怒る事ができる。やってる内容はともかく、それは間違いなく人間の感情だろ。そして相手が人間なら――勝てない理屈はない」


 ふむ、とガッツが腕を組み。


「中々面白い考え方だ。それで我が人間としてどうする?」


「決まってるさ。決着をつける。ここからは人間と人間の闘いさ。恨みとかは関係ない、あたしもひとりの人間として全力であんたをぶっ飛ばす!」


 面白い! とガッツが拳を構え。


「化け物と畏怖され続けた我を人間とみるとはな。本当に楽しませてくれる娘だ。こんな気持になったのは初めてだ。だからこそ我は純粋に力を振るう!」


 引いた右拳に力が集まる。腕が倍以上に肥大化し、それに合わせてガントレットも膨れ上がる。


「全ての力をこの一撃に集約する。この時点でもレベル190に達する威力だ。抗えよ人間!」


 吠えあげ、両の脚で地面が爆発するほどに踏み抜く。

 そして瞬時にミルクに肉薄し――。


「ブレイクインパクトーーーー!」

「うぉおおぉおお!」


 ガッツの必殺技がミルク目掛け放たれる。

 それを両方の武器をクロスさせる形で彼女は防ぐ。


 ぶつかるパワーとパワーが波動となり、大陸の壁を刳り、大海原を押し戻す。


 そして混ざり合うふたつの波動が渦を巻きながら上昇し天空を突き破った。

 

「ぬぅうううぅうぅう! この拳をここまで防ぎよるとは。だが、まだだ! まだ出せる! ゆくぞ! これでレベル200だ!」


 更にガッツの出力が上がり、激しい拳圧にミルクの表情が歪み、奥歯を噛みしめる。


 だが、まだ目は、生きていた、諦めてはいなかった。


「確かにすげぇよあんた。こんなの前のあたしじゃ防げなかった。だけどね。何故か今のあたしは――負ける気しない!」


「むぅ!」


 ガッツの瞳が驚愕に見開かれた。

 拳で必死に打ち砕こうとしているミルクの背後に、決していないはずのそれが見えたからだ。


「……バッカスか――そうか酒神の」


「はぁああぁああ!」


 ミルクが吠えあげ、ガッツの拳をふたつの武器で弾き返した。

 その勢いで巨体のバランスが僅かに崩れる。


「今だよ! これで決める! 【バッカスラッシュ】!」


 その時をミルクは逃さなかった。

 一瞬にして間合いを詰め、バッカスの意志を引き継いだような、怒涛の攻めをガッツに浴びせていく。


 その全てを――ガッツは抵抗を見せず全て全身で受け止めた。その表情はどことなく満ち足りたものに思えた。


 彼は自らの敗北を知り、そして全てを甘んじて受け入れたのだろう。


 ミルクの最後の一撃で彼の主張ともいえる両腕のガントレットが粉々に砕け、宙を舞い、そして大地に倒れた。


 大の字で仰向けに倒れ、空を仰ぐガッツに、ミルクがゆっくりと近づいていく。


「――霧は完全に晴れたようだな」


 ミルクが近づくとガッツがぽつりと呟いた。

 彼女も空を見上げ、そうだな、と返す。


「あたしの仲間もやってくれたみたいだ」


「そうか――敗北だ。完全に、な」


 ミルクが改めてガッツをみやる。

 すると彼の肌にぴしぴしと罅が入っていくのが見て取れた。


「逝くのかい」


「あぁ、そうだな。だが後悔はない。最後に存分に戦えた」


「そうかい――」


 ミルクはそういうと、ひとつ酒を取り出し一口含むと、ガッツへと差し出した。


「まだ一口残ってたさ」


「……我にか?」


「そうだよ――最高の酒さ。冥土の土産に飲んでいきな」


 ガッツはゆっくりと手を伸ばし、それを受け取り口に含んだ。


「ガントレットがなきゃ意外と手は小さいんだな」


「…………」


 ゴクリと一つ喉を鳴らす。


「旨いな……あぁそうだ。旨い」


「だろ?」


 ミルクの満面の笑みが、消え去ろうとしているガッツの身に降り注ぐ。


「……あぁ、そうか。お前は、あの娘に――ふふっ、本当に最後にいい思い出が……で」


「……どうせなら最後まで言ってから逝けよ馬鹿野郎」


 粉々に砕け完全に消失したその姿を眺めながら、どこか寂しそうにミルクはぼそりと口にするのだった――。

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