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第二十四話 割れた腹筋

 頭を悩まし続ける二人を他所に、アネゴが誰にともなく言葉を発する。


「でもその噂の幼女とやらに私もあってみたいねぇ。ちゃんと教育してあげる必要がありそうだし」

 何故か弾んだ声で述べるアネゴの顔は緩みに緩んでいた。


 確かにあの幼女のやった事は許されるべきことではないのかもしれないが、だからといってこのアネゴに引き渡すのは少々問題がありそうである。


「ミャウえもんや。何か方法は無いものかのう?」


「だから何なのよそのミャウえもんって」

 ミャウは意味が判らないと眉を顰める。


 するとタンショウが、握りしめた拳をお腹にもっていった後上に振り上げた。


「ぬほほ。お主中々おもしろい男じゃのう」

 そのジェスチャーを理解したようで、ゼンカイは一人笑い声を上げる。


 照れくさそうに後頭部を描くタンショウだが、この二人以外全く理解していない。


「どっちにしろこの街でその娘のことが判るのはいないと思うよ。まぁどうしてもっていうならアルカトライズに行ってみることだね」


「アルカトライズ?」

 ゼンカイが頭の上に疑問符を浮かべたような顔をする。


「昨日話したでしょう? あのほうき頭の出身地よ。無法者の集まる街で一般人は立ち寄ろうともしないけど、それだけに他では手にはいらない裏の情報も集まってくるのよ」


「ほう! ならばさっさといかんとのう! のうタンショウ!」


 ゼンカイはすでにタンショウを仲間に引き入れたような顔である。 

 その事にミャウは若干の不満を表情に覗かせながら、猫耳を小刻みに震わす。


「彼もつれていくつもりなの? てかその前にまだアルカトライズに行くなんて無茶よ。お爺ちゃんじゃレベルが足りなすぎ。せめてレベル12、3は欲しいわよ」


 ミャウが眉を広げ右手を振り上げ言う。


「とにかく、今は先にジョブを手に入れることね」


 ミャウの発言にむぅとゼンカイが小さく唸る。


 以前転職については話を聞いていたが、それを行い新しくジョブを身につけることで能力アップも見込める。

 確かに未だジョブを持たず無職というレッテルを張られてるゼンカイにとっては最優先すべき事項であろう。


「とりあえず前も言ったように基本ジョブの習得はレベル5から可能だから、今日も何か依頼を受けるか、どこかのダンジョンに向かうかどちらかね」


「むぅ! ならば善は急げじゃのう! のうタンショウや!」

 ゼンカイは声を大にし、隣の巨人にも誘いを掛ける。


 だがタンショウは、少々困ったような顔をしていた。


「そういえば貴方、今レベルはどれぐらいなの?」


 ミャウの問いに、彼は応えようと身体を動かし始めるが、その瞬間ギルドの正面の扉が派手に開け放たれ、怒声が部屋中に響き渡る。


「おいタンショウ! てめぇいつまでチンタラしてやがんだい! たかが報酬を受け取るぐらいであたしをまたせてんじゃないよ!」


 そう叫ぶや、大股歩きで一人の女がタンショウに近づいてきた。

 肩まであるウェーブの掛かった髪はアメジストのような綺麗な紫色をしていて、彼女の踏み込みに寄る振動で上下に跳ねまわる。


 整った顔立ちをしているが、研ぎ澄まされた双眸に男を寄せ付けない気迫を感じさせた。

 そしてそのぎらぎらした瞳はタンショウに向けられている。


 額に浮かんだ青筋から相当に機嫌が悪いのが見て取れた。

 そして彼女に捉えられたタンショウは、両手を前に突き出しながら、手と頭を同時に左右に振る。


 どうやら何かを一生懸命訴えてるようだ。

 そしてその表情に、明らかな恐れの色を滲ませており――。


「歯ぁ食いしばれぇ! タンショウ!」

 女は声を荒らげ、そのまま【アイテム:スクナビの大槌】と唱える。

 すると彼女の右手に巨大なハンマーが現出し、しかもそれを片手で悠々と振り上げた。


「おいミルク! ギルドでそんなもの――」

 アネゴから飛び出た制止の言。

 だが、そんなものは関係ねぇ、と言わんばかりにミルクと呼ばれたその女は、タンショウの頭目掛け、巨人の頭蓋以上に大きな円形の打部を思いっきり振り下ろす。


 思わずミャウは隣にいたゼンカイを抱きかかえ、後ろに退けた。

 その瞬間には轟音が二人の耳殻を打ち鳴らし、木の破片が四方八方に飛び散らかる。


 あまりの衝撃に、大量の埃も舞い上がり、一瞬視界が妨げられるが、それも直ぐに消え去り、二人の面前には、穿った床に頭を突っ込むタンショウの姿が顕になった。


 カウンターではアネゴが額を押さえ、歯牙をかみしめている。

 目の前でこれだけの惨劇が繰り広げられたのだ、それも仕方ないだろう。


 ギルドの家屋が破壊されたというのもあるだろうが、あれだけの一撃をまともに受けて、タンショウという男が無事とは到底思えないのだ。

  

 ミルクという女はふんっ! と鼻を鳴らし、ハンマーを持ち上げ肩にのせた。

 しかし、これだけの事を行っておきながらまるで悪びれた様子もないのはどういう事だろうか?

 

「ちょ、ちょ、ちょ! アネゴさん! これこれ! た、大変! 大変だよ!」

 ミャウがようやく呆気になった状態から回復し、壊れた床とそこに突っ伏したような状態でいるタンショウを指さして慌てたように言の葉を投げかける。


「あぁ、全く……ミルク! 床の修理代はしっかり報酬から引くからね!」


「えぇえええ! いや! アネゴさんそれどころじゃないでしょ! 彼! タンショウって彼――」

とミャウが困惑した調子でアネゴに訴えるが――直後、巨人の肩がぴくりと動き、周りの床を両手で押さえつけ、むくりと頭を持ち上げた。


 タンショウは後頭部を擦りながら腰を持ち上げ立ち上がる。

 見たところ床の惨状に比べて彼の傷はたいした事はない。いや、というよりは傷そのものを負ってない感じだ。

 

 タンショウの全くダメージを受けていないその様子に、ミャウは目を丸くさせる。


「ほう。中々丈夫な男じゃのう」

「いや! そういう問題じゃないでしょう!」


 ゼンカイの呑気な言葉に、ミャウが激しく突っ込む。


「たく。お前のせいで報酬が減っちまうじゃねぇか」

 ぶつぶつ文句を漏らしながら、彼女はハンマーでタンショウの頭を再度小突いた。

 最初の一撃ほどじゃ無いにしても、並みの人間ならそれだけで頭蓋骨陥没ぐらいはしそうなものである。


「全くいい加減にしなミルク。そいつは平気かもしれないけど店はそうはいかないんだからな」


「へいへい」

 言ってミルクは持っていた武器を消し去り、肩を揉みながら首をこきこきと鳴らす。


「あ、あのアネゴさん」

 ミャウは何かを聞きたげに声を掛けた。

 戸惑いの様子はまだ色濃く残っている。


 するとアネゴは疑問を察したようにあぁ、と一言述べミャウに顔を向けた。


「あいつはそのクソジジィと同じトリッパーだからね。あれだけの攻撃を受けても平気なのは奴のチート能力。確かパーフェクトガードだったかな? どんな攻撃でも95%無効化出来るんだってさ」


 アネゴの説明で、漸くミャウが納得したと顎を上下に振り、ゼンカイは、

「なんじゃと! そんなチートもあるんかい! むむむ羨ましいのう」

と悔しそうに歯を噛む。


「なぁあんたら」


 アネゴと話す二人に、ミルクが声を掛けてきた。

 するとミャウが振り返り、あ、はい? と返事を返す。


「今こいつに聞いたんだが、あんたらも同じ症状に合ってるんだって?」

 

 ミルクの同じという言葉にミャウは何かを察したように、

「えぇまぁ」

と返し。


「ところで貴方は?」


 そう彼女に尋ねる。ふたりともタンショウの事はともかく彼女の事は当然何も知らないのだ。


「あぁそうか自己紹介がまだだったね。あたしは一応こいつのパートナー兼師匠のカルア・ミルクだよ。あんたらと同じ、二人でこのギルドに所属してるんだ。よろしくな」

 

 ミルクは綺麗な容姿をしているが、低めの声と喋り方には少々男っぽさも感じられた。

 そこが至極勿体無く感じられる。


「あ、はいこちらこそどうぞ宜しくお願いします。てそうだ私もまだ紹介まだでしたね。ミャウ・ミャウといいます。そしてこっちは――」

 

 腕の中のゼンカイを紹介しようと視線を落とすミャウ。だが彼の目が彼女のある一点に向けられている事に気付いたのか、その表情を強張らせる。


 ゼンカイの視線は明らかにミルクの胸元に注がれていた。

 確かにそこにあるは見事に盛り上がる物が二つ。

 まるで牛のソレのような巨大な乳房がシャツの上からでもよくわかる。


「ちょっとお爺ちゃん! まさかまた――」

「うん? 何がじゃ?」

 

 なんとゼンカイ、意外にも冷静である。

 これにはミャウも驚き、つい尋ねてしまう。


「え? あれ? 大丈夫なの? ほら目の前に大好きなおっぱいだよ?」

「何言ってるんだお前?」


 ミルクが少し不機嫌そうな言葉を口にした。

 ミャウは慌てたように、あ、いやこれは、と取り繕おうとするが、腕の中のゼンカイが割り込んでくる。


「確かにあれは見事なものじゃがな。みてみぃ!」

 そう語尾を強め、ゼンカイが指差したのはミルクの腹部であった。

 彼女がいま着衣しているシャツは胸から下まで程度の丈しかなく、臍から腰にかけては肉肌が顕になっている。


 その為、ミルクの見事なまでに六つに割れた腹筋が、その姿を露呈しているのだ。


「はぁ。まぁ凄いと思うけど、それがどうかしたの?」


「うむ。つまりじゃのう。あれだけ見事な腹筋をしてるって事はおそらくあれも相当に固い可能性が――」

 

 ゼンカイの話を耳にし、大きなため息をついたミャウは、そのままゼンカイを床に落とした。


「い、痛いのう何するんじゃ!」

 抗議するゼンカイを他所にミャウが改めて、

「この小さな変態お爺ちゃんが一応私のパートナーのジョウリキ・ゼンカイです」

とミルクに紹介するのだった。

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