第二三八話 港の攻防
「マスタークラスになったアルか? だけど無駄アル! それはクニがとっくの昔に到達した場所アル! クンフーマスターのクニを舐めるなアル!」
体中に血管を浮かび上がらせ、クニを野獣の如き双眸で睨めつけるタンショウ。
だが、それにもお構いなしでクニは前に出て拳や蹴りによる乱舞を決めながら、止めとばかりに内破功を決めた。
マスタークラスであるタイタンに目覚めたタンショウではあったが、クニの技にはやはり対応しきれていない。
派手に吹き飛びポセイドンの街をゴロゴロと転がった。
しかしタンショウはそれでもなお、立ち上がり、クニに視線を合わす。
その眼はまだ死んでいない。
「アイヤー、つまりタイタンとやらはよりしぶとくなったという事アルか? 内側からの攻撃にも耐えるタフさは少しは評価してもいいアルが、それじゃあ勝てないアルよ」
少女が無い胸を張りながら同等と言い放つ。
しかしタンショウはクニと距離が離れた状態から盾を構え、かと思えばその場で盾を拳を振るように打つ。
左右の盾による連続ラッシュだ。
そしてその盾が突き出されると同時に衝撃波が発生し、強力な圧がクニへと襲いかかる。
シールドラッシュプレス――タンショウが新たに覚えたスキルである。
盾で攻撃すると同時に衝撃波を起こすこのスキルは、中から遠距離戦においても役に立つ技であるが――
しかしクニはその多くを軽快な足さばきで躱し、さらに攻撃の隙間を縫うように前に出てタンショウとの距離を詰めてきた。
「そんな程度じゃ何発撃っても無駄アルよ!」
懐に入り込み、タンショウの構える盾に片手ずつ添え力を込める。
パァアアアアァアアン! という快音が鳴り響き、タンショウの身体が空中高く舞い上がる。
そして巨体は軽々と数十メートルの距離を浮遊し、石造りの建物の塀に背中を打ち付けた後に落下した。
が、タンショウはそこでバランスを崩すこと無く、両足で地面を踏み抜き、不動の構えをとってみせる。
「アイヤー。お前なんか生意気アル。いい加減腹が立ってきたアル!」
声を尖らせ、不機嫌な表情を顔に滲ませ、少女が地面を蹴りつけ再びタンショウに迫る。
だがタンショウは壁に背を貼り付けたまま動こうとせず、右手に持った盾の一枚をクニに向かって投げつけた。
ブンブンと回転しながら進む盾。それをヨイは嘲笑混じりに、ヒョイッと躱す。
「こんな苦し紛れの戦法しか取れないなんて終わってるアルね!」
即座にタンショウと密着するクニ。タンショウの残った盾を身構える暇も与えない。
「喰らうアル! 内破功・連!」
クニの右手が先ずタンショウに添えられ、刹那――衝撃にその身が揺れた。
かと思えば間髪入れずに左の掌が添えられ更なる衝撃。
クニはそれを右、左と交互に繰り返す。
その度にタンショウの身体がズシリと揺れ動き、背中側の壁にも衝撃が突き抜けているのか、亀裂が入り罅も勢い良く広がっていく。
「さぁ! もう観念するアル!」
クニの掌底がタンショウの腹部にめり込み、その度に血反吐が舞い、鼻血も滝のように流れ見開かれた瞳は、眼球が零れ落ちそうな程。
しかしタンショウは諦めない。肋が折れ内臓への損傷さえも疑われる程のダメージの蓄積。
チートの効果がない内側へのダメージに持ちこたえられているのはその気力のなせる技だろう。
タイタンのジョブを得られた事で精神的には相当に強くなっているようだ。
「いい加減に倒れろアル! そして――死ぬアル!」
これだけのダメージを負っても倒れないタンショウに、いよいよ苛立ちを隠しきれなくなったのか荒々しい口調でクニが叫びあげる。
そして両手を腰の前まで引き力をためた。
「双龍激咆!」
両の掌底を同時にタンショウの身に叩きつけ己の気を爆発させる。
突き抜けた気は背中の壁を粉々に破壊し、膨張した気が爆轟を残して弾け飛ぶ。
その衝撃の余波でクニの身も滑るように後方に流される。
両手を振りながらじっとタンショウの姿を睨み据える。
するとタンショウの片膝がガクリと折れた。
クニの口角が不敵に吊り上がる――が、その時クニの背中が後ろに大きく反れた。
笑みから一変して苦悶の表情。少女の口から僅かにうめき声が漏れる。
「な!? こ、れ――」
クニが思わず首を後ろに回し視線を下げる。
そこに見えるは背中に叩きつけられた一枚の盾。
それはイージスの盾であった。先ほどタンショウが彼女に向けて投げつけたものである。
そしてその攻撃は決して苦し紛れなものなどではなかった。
恐らくゼンカイの攻撃からヒントを得たのであろう。
タンショウは盾に回転を加えて投げることで、ゼンカイのぜいはと同じ効果を生み出したのである。
名付けるならタシブといったところであろうか。
「く、ぁ、こんな、ことで、クニは、負けない、ア、ル――」
言ってクニが顔を前に戻したその時、大きな影が少女を覆った。
タンショウの身体が既に目の前まで迫っていたのである。
そして彼の左腕は振り上げられ、クニの頭上に盾が光る。
「そ、んな、う、うぁあああぁあああ!」
必死に身体を動かそうと、逃れようとするクニ。
だが彼女の背中にめり込んだ盾のダメージは予想以上に大きかったようで、その動きも鈍く。
その時――地面を揺らすほどの渾身の踏み込み。そして肩を回し上から下に叩きつけられるタンショウの盾。
それに抗うすべもなく、クニの小さな身体は体重の乗ったタンショウの圧力に屈しそのまま地面に押しつぶされた。
クニの声はもう聞こえない。ピクピクと動くその様子から死んでいないのは判るが、戦える状態でも無いであろう。
大きく息を吐き出しタンショウは正面の霧をじっと見据える。
すると段々と霧の濃度が薄れ消えていくのが見て取れた。
七つの大罪が意識を失ったことで、チートの効果が消えたのだろう。
その様子に満足気な表情を残し、そのままタンショウは前に倒れこみ、完全に気を失った――。
ガントレットを嵌めた鋼鉄の拳がミルクに迫る。
咄嗟にバッカスの戦斧とバッカスの巨槌を胸の前で交差させ彼女はその一撃から身を守った。
だが、やはりその破壊力凄まじく、ガードの上からでもビリビリとミルクの身体を揺らし、地面を滑るようにその身が後ろに流された。
「クッ! やっぱあんたただもんじゃないね!」
歯噛みし、ミルクはその姿を睨めつけながら語気を荒らげる。
「ふむ。なるほど。いや我は少し驚いているぞ。この短期間で貴様は随分と腕を上げたようだ」
そりゃどうも、と返すミルクの顔に笑みは無い。
緊迫の色をその顔に滲ませ、あいての一挙手一投足にその眼を光らせる。
一ミリたりとも集中力を途切れさすわけにはいかない。
真剣な顔で目の前の化け物と対峙する。
「いい顔だ。今回は少しは楽しめそうだな」
ガントレットを嵌めた腕で器用に顎を擦り、そしてそして更に言葉を紡ぐ。
「しかしこの霧は少々邪魔だな」
「……これはあんたがやったんじゃないかい?」
気を張ったまま、ミルクがガッツに問いかける。
すると彼は首を横に振り。
「我ではない。だが仲間だ。お前たちも知ってる七つの大罪のな」
「七つの大罪……」
ミルクが呟くようにいうとガッツが一つ鼻を鳴らし。
「だが安心しろ。全ては無理だが闘いに邪魔にならない程度には我が今直ぐ消し飛ばしてやる」
何だって? とミルクの右の眉が跳ねる。
するとガッツがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「だが、こんな事で死ぬんではないぞ、勇敢な女戦士よ」
そんな言葉を言い残し、ガッツは一瞬腰を落としたかと思えば勢い良く跳躍した。
立ち並ぶ屋根をあっさり越え、更に大きく上昇し、最高点まで達した所で両の拳を腰で構え空中からミルクを見下ろした。
「て、おいおいいきなりかよ!」
それを認めたミルクが緊張の声を発した。
ガッツが目標に向けて急降下し、グングンと増す速度に拳を乗せ――刹那。
「ブレイクインパクトーーーー!」
巨大な拳が二つ、隕石が落下したかの如く勢いで地面を撃ち抜き、爆轟が広がり大地が放射状に裂けそして地面が抉れ波が逆側に海原を攻め立てた。
そして衝撃の余波も終わりを告げ――彼の宣言通り汚染の霧は完全に消え去った。
が――。
「チッ、あんたむちゃくちゃだよ。港がメチャクチャじゃないかい」
ミルクが呻くように言った。
ミルク自身は、その攻撃からはなんとか耐え切った様子だが、周囲の景色は一変していた。
ガッツの落下した地点はそもそも足場が残っているのが不思議なほどに大きく陥没し、港全体が大津波にでも見舞われたような状態に変わり果てていた。
そして――港に沿うように立ち並んでいた倉庫も全てが粉々に砕け吹き飛んでしまっている。
その様子を満足気に眺めながらガッツがいう。
「うむ、これで大分やりやすくなったぞ」




