第二三一話 狙われた街
「ぐは~~、どうだ! 私は戻ってきたぞ! この街に! このアルカとライズに!」
ゼンカイとミャウがキンコックの知らせを受け、建物の外にでると、空中で黄金のドラゴンに乗ったエビスが顔を歪めに歪め、猛った声を街なかに落として笑いあげていた。
「なんじゃあれは! まさかマスタードラゴン?」
「いや、違うわね。そもそもマスタードラゴンは首が三本もないし」
そう、エビスが騎乗し操るドラゴンは全身が黄金色に輝いているが、その首は三本。
そして、ドラゴンはどことなく生気の感じられない作り物のような目をしている。
そのドラゴンは口から金色の液体を放出させ空中から撒布していた。
すると液を浴びた建物も、そして人も瞬時にして黄金に姿を変え固まり動かなくなった。
「あれって前に見たゴルベロスって魔物の攻撃と同じ効果みたいね――」
「むぅ! どっちにしろそのままにはしておけんのじゃ!」
確かに、エビスの操るドラゴンの攻撃は広範囲に及び、このままではアルカトライズの街が趣味の悪い黄金色に染まり上がってしまう。
更に人々とて無事では済まない。
「きゃぁぁあ」
「ママぁ!」
ふとその時、ゼンカイの視線の端に小さな娘を庇う人妻の姿。
その上からはあの竜から放たれし金色の洗礼。
「させんのじゃ!」
「あ、お爺ちゃん!」
猛ダッシュで助けに向かうゼンカイにミャウが叫び上げるが、目の前で幼女と人妻が危険な目にあっているのを黙って見過ごせるゼンカイではない。
「ぜいせじゃああぁああ!」
そしてゼンカイ。マスタードラゴンの鱗で作り上げた入れ歯を、目の前で扇風機のように回転させ風を起こし、迫る液状のそれを見事拡散させた。
「あ、ありがとうございます」
「なに、大したことないのじゃ。それよりふたりともここから早く離れるのじゃ」
ゼンカイが首を巡らせ、微笑みを浮かべそう伝えると、
「お爺ちゃんありがとう」
と幼女がお礼を述べ、母親に連れられふたり一緒に逃げていった。
「むぐぐうう! 貴様! 覚えているぞ! 貴様のせいで私は、私はぁああぁあ!」
と、上空からゼンカイの耳朶を打つ怨嗟の声。
「ふん、全く喧しい男じゃのう。大体全て自分の行いが招いた事だろうに」
そういってため息を付くも、表情を真剣な物に変え、ドラゴンの頭に乗るそれを睨めつける。
「じゃが、何の罪もない幼女と人妻を殺めようとした事は看過できるものではないのう」
「お爺ちゃんいつの間にあんな技を――」
ゼンカイが新技で親子を助けたのを目にし、ミャウが驚いたように呟く。
「でも……助かってよかった」
そして安堵し、瞳を動かした先に見えるは逃げる幼子とそのお母さんの姿。
だが直後、上空からエビスの声。
「あいつお爺ちゃんの事を恨んで……でもお爺ちゃんだけに任せるわけにはいかないわね!」
そう口にした後、ミャウは刃に精霊神の付与を与えゼンカイの下へ急ごうとするが――その時ミャウ頭上から雷が落ちる。
「な!?」
しかし間一髪のところで躱し、距離をとるミャウ。彼女のいた場所は地面が広範囲にわたって焦げ付き炭化していた。
「ほう、これを躱すとは少しはやるようになったという事か――」
聞き覚えのある……そうあの島でも出会っている男の声がミャウに向けられ、その耳がピンっと立ち、緊張の色をその顔に宿す。
「ラムゥールあんたもきていたのね……」
「げほっ、済まねぇ――身体の自由が……」
「おっ、おい爺さん大丈夫かよ!」
その場に蹲るように倒れたギルに近づき、ミルクが声を掛けた。
だが顔色が悪く、息も荒くなっておりとても無事とはいえない。
「くそっ! ちょっと装備を見てもらいに来ただけだってのにどうなってんだこりゃ!」
ミルクはバッカスの装備を手に入れた後、サントリー王国を出てネンキン王国まで戻ってきた。
そしてその脚で王都のギルドに立ち寄ったミルクだったが、そこでゼンカイが見事新しい入れ歯を手にしたこと、そしてその入れ歯を作り上げたポセイドンの鍛冶師の話を聞き、ゼンカイを追いかける前に装備品を手入れしてもらおうとこの店を訪れていたのだが。
「……あぁ、どうやらこの霧みたいのが原因なのは間違いないようだねぇ」
タンショウのジェスチャーにミルクが応える。
そう、ふたりはギルの店を訪れゼンカイとの話やバッカスの装備を手にした話ですっかり盛り上がっていたのだが、そこへ突如街中が灰色がかった霧に覆い尽くされ、かと思えば人々が次々に倒れ――ギルも見ての通りの有り様というわけである。
「どうやら身体に支障を来すものが霧に含まれているみたいだね。あたしはバッカスの装備による効果で大分マシだけど……それでもやっぱいい気分はしないよ」
するとタンショウがジェスチャーでミャウに何かを告げ。
「あぁそうだね。とにかくこの霧の原因を突き止めないとね――とりあえず二手に分かれて調査するとしようか」
ミャウの提案にタンショウが頷いて了解を伝える。
「よし、じゃあ、あたしはここから港の方に向けて調べてみるから、あんたはギルド側の方を頼んだよ」
ミャウはタンショウにそう伝えるとギルの店を離れ駈け出した。
その姿を見送った後、ギルに、頑張れ! と目で訴え、タンショウも原因の究明の為、動き出した――
「と、言っても怪しい物なんて何もなさそうだけどな……」
ミルクはやれやれと嘆息をつきながらも、慎重に街なかを見て回る。
だが、その脚が港に近づいた時――彼女の顔色が変わり、この感じ、と呟くと同時に自然と脚が早まり、何時の間にか全速力で駆け出していた。
ミルクの脚は淀みなく港に向けられた。
そして目的地に到着した瞬間、港の船が全てばらばらに破壊される。
「な!?」
驚愕し目を大きく見開くミャウ。
船が一瞬にして大破したことへの驚きもあるだろう、だが、それよりも驚いたのは船を粉々にした存在に対してた。
「うぬ? これはまた見覚えがある顔がやってきたものだな」
その両方の腕に嵌められし巨大なガントレット――忘れもしない、そこにいたのは古代の勇者がひとり武王ガッツであった。
「なんと驚いたアルね! まさかこの汚染の中で動けるものがいたとは信じられないアル!」
タンショウが突然の霧の原因を突き止めようと街なかを探しまわっていると、突如そんな声が頭上から降り注いできた。
タンショウが即座に声の方を見上げるとギルドの屋根の上に小さな影。
それに目を凝らすと――髪の毛の両サイドを団子型にさせた少女がその上に立っていた。
「お前面白いアル! お前の相手はこの環境汚染のナカノ クニアルがしてやるアルよ!」
「そ、そんな教会があの方に襲われるなんて――」
プリキアはまるで信じられないものをみるような目でその姿をみやり、落胆のあまり膝を落とした。
「プ、プリキアさん、し、しっかりして、く、下さい!」
そんあ彼女にヨイが声を掛け必死に立ち直らせようとする。
それは教会の鐘の音が昼を示した瞬間の出来事であった。
空を大量の悪魔の羽が覆い尽くし、オダムドの街を暗色にそめあげた。
そしてその悪魔たちの中心にいたのは――かつて髪に愛されし戦乙女とさえ謳われし古代の勇者、聖姫ジャンヌであったのだ……。
突如来襲せし悪魔たちは、ためらうこと無くオダムドの街に総攻撃を仕掛けてきた。
今も教会の司祭や神官戦士、聖騎士などが必死に抗おうとしているが、悪魔側についたジャンヌの影響とそしてあまりの数の違いから苦戦を強いられ続けている。
「いやぁ凄いなぁ。流石古代の勇者様。これは僕まで一緒に来る必要なかったかな?」
「――油断してる、と、痛い目、み、る」
「ふ~ん、随分慎重だねぇ~。まぁいっか僕は僕なりにこの街を落とせるよう尽力するよ。じゃあねぇ~」
ジャンヌと話していた青年は、随分と軽い感じでそう言い残すと、闇色の羽を羽ばたかせ街なかへと降りていった。醜悪な笑みをその顔に湛えなから――。




