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第二三〇話 急変

「ああ! あんたあん時の不埒な変態じじぃ~~~~!」


 ブルームに通されマオのいる部屋に入ったミャウとゼンカイを眼にするなり、マオが大声で叫びあげた。


 以前あったときは、すっかり大人しくなっており可憐な幼女といった雰囲気だったのが、今はそれもない。


「おお! どうやらわしの事を思い出してくれたのじゃな?」


「う~んそうみたいだけど、あんまり歓迎されてる風じゃないわよね」

「てか爺さん一体この子に何したんや?」


「まぁ何時もどおり抱きついただけよ」

「なんや平常運行やないかい」

「そうね」


「そうねじゃないわよ!」


 マオが大声で叫びあげた。可愛らしい八重歯を覗かせながら、険の篭った瞳で睨み指を突きつけてくる。


「大体お前らトリッパーとかいうののせいであたいは、あたいは、うぅ……絶対に! 絶対に許さないんだから!」


「て、ちょっと待って。前もそんな事をいっていた気がするけど、あなたトリッパーに何かされたの?」


 マオが悔しそうに漏らした言葉をミャウが掬い取り、そして疑問をぶつける。


「されたなんてもんじゃない! あのエビスとかいう男……あたいの、あたいの身体を――それに! イトウとかいう男だって!」


 その返しに全員が何かしらの反応を見せる。

 当然彼女のいった名前には聞き覚えがあったからだ。


「ちょっと待つのじゃ! という事はお主七つの大罪の事を」

「あたいに近づくな! 近づいたら今度はもっとひどい目にあわせてやるんだから!」


 マオはゼンカイに対し尋常ではない拒否感を示している。

 その様子にミャウが嘆息をつき、

「お爺ちゃんは下がってて」

と自身が前に歩みだした。


「く、来るなといってるだろう!」


「どうして? 私はトリッパーじゃないわよ?」

「でもそいつの仲間だろ!」

「そうね。でも貴方を酷い目に合わせた連中は敵よ。私もそいつらを追ってるの」


 ミャウの言葉に、て――き? とマオが両目を大きくさせ呟く。


「そ、そんなの信じられるもんか!」


「本当や。わいもそいつらの情報を集めとるしな。それにもしおまんに何かする気やったらとっくにしとるやろ?」


 後ろからブルームが擁護のセリフを投げかける。

 その言葉にマオが狼狽し――。


「酷い目にあったのね……ごめんね助けてあげられなくて」


 すると何時の間にか彼女の目の前に近づいたミャウは、そういってマオの身体を優しく抱きしめた。

 勿論ミャウはマオがどんな目にあったかなど知るはずもない。

 

 だが自分が過去に受けた事を思い出し、その影をマオに見たのだろう。

 ぎゅっと包み込むミャウの表情は、まるで家族のそれのような優しさに満ち溢れていた。


「う、うぅ、ママァ! ママァ!」


 そしてマオはミャウの胸の中で堰を切ったように涙を流し泣き声を上げるのだった。





「少しは落ち着いた?」

 

 ミャウがマオの頭を撫でながら優しく尋ねる。

 すると、

「あ、あたいを子供扱いするな!」

とマオが文句を口にするが、照れくさそうに頬を染めるだけで抵抗する様子はない。


「それでね、私達もその連中の事は探しているの。マオちゃんはあいつらが七つの大罪というのは知っているの?」


 その質問にマオはこくりと頷いて返す。


「そう、それじゃあマオちゃんの知っていることを教えてもらってもいいかな? あ、でも辛いことは無理して話さなくてもいいからね?」


 ミャウが尋ねると、マオは大きな瞳を彼女にじっと向け、そして決心のついた表情でぽつりぽつりと話し始める。


「あの、あの七つの大罪って連中は急にあたい達の前に現れて、そしてママとパパに襲いかかってきたの……パパはママとあたいを逃がそうとしてくれたんだけど結局捕まって……ママもあたいの目の前で――そしてあたいもあの、エビスって奴に、う、うぅ……」


「いいの。つらいことは話さなくていいからね……」


 ミャウが再度頭を撫でるが、マオは大丈夫、と気丈に振るい。


「それでもなんとかあたいは隙をみて連中から逃げ出した。ママやパパも助けたかったけど……そこにはもういなくて――だからあたいは逃げ出してその情報を集めるために――」

 

「トリッパーを狩っていったってことね」

 

 マオはそれに首肯する。


「でもお主、わしに会った時は特に何も聞いてこなかったじゃろう?」


 ふたりの話にゼンカイが口を挟む。だがマオには既に嫌がる様子はない。

 ミャウの事を信用したことでゼンカイへの警戒心も解けた形だ。


「それは、あたいは目を見れば相手が知ってる情報を覗けるのさ。だからあえては訊かなくても良かったんだ」


「なるほどね……でもトリッパーの事は許せなかったから、呪いは手当たり次第かけていったって事か」


「……ご、ごめんなさい」


 マオはしゅんとした表情で素直に謝ってみせた。


「いいのよ。誰だってそんな目にあえばね」

「うむ! そうなのじゃ! それに判ってもらえたなら後は治して貰うだけじゃからのう」


 ゼンカイが満面の笑みでそう告げる。本当に嬉しそうだ。

 確かに最初に情報を集めだしてから随分時間が経つが、これでようやく念願の息子が取り戻せるのである。


 ただ、ミャウはどことなく不安そうな表情をみせていた。

 この爺ぃはこのままのほうがいいんじゃないだろうか? とも思ってる表情である。


「そ、その事なんだけど。ご、ごめんよ! あたいじゃ解除の方法がわからないんだ」

「な、なんじゃとおぉおおおぉおおお!」


 ゼンカイ、瞳が飛び出て地面を転がるぐらいの勢いで驚いてみせる。


「あ、でも方法がないわけじゃないんだ。家に戻れればあるとは思うんだけど……」


「だ、だったら戻るのじゃ! すぐに!」


「そんな事よりマオちゃんは何であの時逆に追われてたんや? 今の話だと一度は逃げたんじゃないんかい?」


「どうでもいいとはなんじゃ! わしにとっては大事なんじゃい!」


「それはあたいもよく覚えてないんだ。ただあたいが情報を集めてるうちに逆にあの大罪とかいうのの一人が現れて、あたいなんとかそいつからママとパパの事を訊きだそうと思ったんだけど……甘かったんだ。あたいの力じゃとても太刀打ち出来無かった」


「つまりそこでまた捕まってしもうたということかい」


 思わず出たと思われるブルームの言葉に、ミャウが睨めつけ抗議する。

 するとこれにはブルームも申し訳なさげに両手を振った。


「とにかく、ここでも七つの大罪が絡んでいたのは間違いないわね」

「全く難儀なこっちゃな」

「てかわしのポルナレフ……」

 

 そんなゼンカイに、もうそのままでいいんじゃない? と意地悪な笑みを浮かべ返すミャウ。

 なにもよくないわい! と拳を振り上げゼンカイが声を張り上げると、ふとブルームのポケットからベルのような音が鳴り響く。


 するとブルームがポケットの中から通話型の魔道具を取り出した。

 ベルの音はその魔道具から聞こえてきている。


 そしてブルームはその魔道具に手を触れ音を消した後、それを耳に押し当てしゃべりだした。


「なんや? いま取り込み中なんやが……て、あんたかい。あぁいまふたり来とるで。て、え? なんやて!? おいどういうこっちゃそれは! て、おい! おい!」


 魔道具に向かって叫びあげるブルーム。

 その只事でない様子に、ミャウとゼンカイの表情が変わる。

 

「くそ! 切れとるやないけ!」

「ねぇ、何かあったの?」


 荒い口調で文句を言った後、魔道具をしまうブルームにミャウが問いかける。

 

「何かやない。ジンからやったんやが、なんでもエビスの奴がいなくなったそうや」

 

 え!? とゼンカイとミャウのふたりが同時に驚きの声を上げる。

 するとブルームは、それに、と言葉を紡ごうとするが――。


「た、大変です頭!」


 突如ドアが叩きつけるように開けられ、部屋の中にキンコックが雪崩れ込んできた。


「なんやねん騒々しい。第一頭はやめい言うとるやろ」

「へ、へい、すみま――て、そんな事をいっている場合じゃないんです! 街が、街が襲われとるんですよ! あの、あのネンキンに捕まってる筈のエビスに!」

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