第二二ニ話 黄金の舞
その様子を眺めていたオボタカには若干の狼狽の色が溢れていた。
そして噛み付くようにロキに顔を向け、
「どういうこと? レベル0であれはありえないじゃない!?」
と問いただすようにいう。
「ありえないという意味では、レベル0の時点で既にありえないのだよ。ただあの男確かに今はレベル0だが――」
そういってロキは口に指を添え思考するように黙る。
「何よ。何かあるの?」
その様子にオボタカは、苛立ちを隠せないといった様子で眉を顰め訊き返す。
「……あの男、マスタードラゴンに触れたその一瞬だけレベルが信じられないほどに上昇してるのだよ……」
「グルゥ……」
起き上がったマスタードラゴンの瞳に怒りの炎。
だが、ゼンカイは気にする様子もみせずその姿を視界に収め口を開く。
「悔しいか? だがそれは私への悔しさにはならない。自分自身の未熟さが撒いた種だ」
瞑目しゼンカイがきっぱりと言い放つ。
まるで師が弟子に教えるように――。
「今の貴方は力に溺れている。心を保てず邪悪な力に支配され、そして我を失い仮初めの能力に振り回されているに過ぎない」
諭すように告げるその声音はとても静かなものだが、にもかかわらず周囲の皆にしっかりと響き渡る。
「グォオオオオオオオォオオ!」
ゼンカイの語りに応えるは憤怒の咆哮。
地面を揺らすほどの猛りが辺りに木霊する。
「どうやらまだ理解してはいないようだな。良かろう、ならば――くるがよい。その全力の術をもって私を倒せるか試してみるのだな」
眼光鋭く相手を射抜く。その挑発とも挑戦ともとれる響きに再度竜声が響き、その顎門が開かれた。
「あれは――駄目! お爺ちゃん!」
思わずミャウが声を張り上げる。悲鳴に近い声だ。
彼女はその息吹の恐ろしさを知っている。
それをまともに喰らっては命がいくつあっても足りないのだ。
だが――ゼンカイはただ見据えていた。
マスタードラゴンの中で渦巻く邪悪な炎を――全ての力が集約しそして渦をまき、吹き荒れるその全てを見開かれた瞳に焼き付け。
そして今放たれし、ダークゴールドブレス。
闇を纏いし邪悪な炎が地面を刳り、大気を蹂躙しながらゼンカイに迫る。
しかし――ゼンカイは避けない。微動だにしない。不動の如く構えで一切の躊躇いなく、その迫り来る炎に手を添えた。
「え? 嘘――」
直後――ミャウの瞳が驚愕で見開かれる。
「こんなの、あり?」
ヒカルは呆けた様子でそれを眺めた。
「これってまるで――」「舞ってるみたい……」
双子の兄弟は寧ろお株を奪われたと言った感じに見惚れている。
「何なのよあれ――」
「くくっ、これは……面白いのだよ」
そして遠巻きにみていたオボタカとロキも驚きを隠せないでいる。
彼らの視線が集まった先。そこに映るのは、まるで炎を掴むように舞うように、軽やかに回転を続けるゼンカイの姿であった。
そう、炎はゼンカイの手によって受け流されたかと思えば引き寄せられ、それを交互に繰り返すゼンカイの動きは華麗な演舞を魅せるが如く。
ゼンカイを中心に、竜の炎が轟々と音を立て舞い踊る。
そしてその炎は、ゼンカイと輪舞を繰り返す内に刻々と変化を見せていく。
黒く染まった金色が、段々と元の神々しい輝きを取り戻しているのだ。
そう、まるでメッキが剥がれるように、舞に合わせてピキピキと、そして溢れるは黄金の炎。
金色に包まれしゼンカイは、更に華麗に舞い、そしてマスタードラゴンの元へと近づいていく。
「お爺ちゃん……綺麗――」
目を輝かせ恍惚とした表情で呟くミャウ。
そして一方マスタードラゴンの顔には明らかな狼狽。
それもそうであろう。
何故なら己が吐き出した筈の炎は、既に己のものでないからだ。
近づくそれは、竜が内に秘めしものとは全くの別物。
だが、それでも今のゼンカイならこう言ってのけるであろう。
これも紛れも無い貴方の力なのだ、と――。
そしてゼンカイの舞はいよいよ激しさを増し、黄金の衣をその身に纏いクライマックスへと突入する。
「グゥ――」
困惑の唸り、双眸に反射し金色。
そして――いつの間にか懐に侵入していたゼンカイが、その竜の鱗に手を添えて静かに告げる。
「静力流、禅――開」
その瞬間金色の光が弾け、瞬刻の間に空洞内の全てを包み込む。
あまりの眩さにほぼ全員が目を閉じ――その瞬間マスタードラゴンの悲鳴のような咆哮が響き渡った。
そして何かが砕けたような音も――。
光が収まり、全員の視界がはっきりとしてきた時。
ゼンカイの目の前で寝そべる竜は元の姿を取り戻していた。
そう禍々しい程に邪悪だった漆黒の鱗は、まるで洗い流されたかのように消え失せ――以前となんら変わらない荘厳たる黄金の輝きを取り戻していたのである。
「や、やったわ! お爺ちゃん! マスタードラゴンが元に戻った!」
ミャウが思わず歓喜の声を上げ、傷の事など忘れたかのように彼の下へ駆け寄った。
そしてそれはヒカルと双子の兄弟も同じであり。
「お爺ちゃん! よかった――本当に……」
恐らく意識したわけではあるまいが、ミャウはゼンカイの道衣に抱きつき、すっかり自分より背の高くなったその顔を見上げウルウルとした瞳を向ける。
そんなミャウの頭を、ゼンカイは何も語らず静かに撫でた。
その所為にミャウははっとした顔に変わり、ミャっ! と腕を離し一歩はなれ顔を朱色に染める。
「自分から抱きしめといて」「何を照れてるんだか」
ウンジュとウンシルが誂うようにいうと、ミャウが瞳を尖らせ睨めつけた。
兄弟は、冗談冗談、と手を左右に振り戯けてみせる。
その姿を微笑ましそうにみやるゼンカイ。
「でもマスタードラゴンは大丈夫なのかい?」
すると横からヒカルが心配そうに尋ねるが。
「……大丈夫だ、時期目覚めるだろ」
ゼンカイの発言に皆がほっと胸を撫で下ろす。
そしてその様子を面白くなさそうに見ているのは、高台の上から静観していた白衣の女。
「どうする気なのだよ? オボタカ?」
その横からロキが尋ねる。
「……仕方ないわ、一旦引き上げましょう。このまま私の実験が続けられるとも思わないしね」
「いいのか?」
再度のロキの確認。だがオボタカは首肯し。
「この借りは近いうちにでも返させてもらうわ」
首を巡らせロキをみやり薄ら寒い笑みをみせる。その瞳は邪悪な光で満ちていた。
そしてロキは、判ったのだよ、と返事し、そしてマントを大きく翻すと――既に二人の姿はその場から消え失せていた……。
あけましておめでとうございます!
今年初更新となります!どうぞ2015年も宜しくお願いいたしますm(__)m




