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第二十ニ話 ゼンカイの大事な物が失われてました

 ミャウの容赦のない仕打ちを受けながら、その身に別れの言葉を受けたゼンカイ。

 ミャウが完全に広場から去った後、やれやれと噴水の中からその身を戻し、頭を擦った。


「寂しいのう――」

 すっかり広場にいた人々の姿もまばらになってきていた。

 皆きっと家路に付いているのだろう。


 嘆息を一つ付き、仕方ないか……とゼンカイは漸く諦め、宿に戻ろうと脚を進めた。が、その時であった。


「ねぇお爺ちゃん。いいところを知ってるんだけどどう?」


 背中を撫で付ける声。何じゃ? と振り返ると水色の髪をした青年が、人の良さそうな笑顔を浮かべ立っていた。

 青年は黒スーツに見を包まれており、一見するとどこぞのホストのような雰囲気を匂わせる。


「お爺ちゃん、さっき奴隷のお店にいたでしょう? もしかして奴隷に興味があるのかなって思って」


 ゼンカイは青年の顔を見上げながら、一つ溜め息をつく。


「そうじゃが、ちと思ってたのと違ってのう。おまけに予算が足りんのじゃ」


 ゼンカイの言葉に青年は、あっはっは、と顎を上げ笑い出す。


「何がおかしいんじゃ!」

 その態度に腹がたったのか、ゼンカイは右手を振り上げぷりぷりと怒った。


「いやいやお爺ちゃんごめんね。でもそれはしょうがないよねぇ。あそこは特に値段の高い店だしおまけに最低でも月契約で、同意が無ければおさわりも出来ないでしょ?」


「おお! そうなんじゃよ! 全く! 奴隷でハーレムがわしの夢じゃったのに!」


「へぇ~。ハーレムってお爺ちゃん若いね。すごいよ本当に。その心の若さが格好よさの秘訣なんだねきっと」


 明らかに見え見えのおべっかなのだが、ゼンカイはどこか照れくさそうに頭を擦り、

「わ、わし格好いいのかのう?」

と青年に問いかける。


「うん。格好いいと思うよ。それだったら僕の知ってる店ならもう放っとく女の子がいないね」


「お店?」

 ゼンカイが首を傾げる。


「そうそう。お爺ちゃんのさっきいた店ほど大きくないけど、その代わり契約が短期の時間制で安く済むんだよ」


「何! 本当か!」

 途端にゼンカイが目を輝かせる。


「本当、本当。僕、嘘付かないからね。おまけに――」

 青年はしゃがみ込み、ゼンカイに耳打ちする。


「なんじゃと! 可愛いおなごがあんな事からこんな事まで!」

 鼻息荒くゼンカイが興奮した。

 むほー! むほー! とまるで発情したてのモンキーのようである。


「し、しかしのう。本当に安いのかのぅ」


「もちろん! まぁはっきり言っちゃうと、一人24,000エンで90分間はもう好きなだけ楽しめちゃう奴隷が手に入るんだよ!」


 それだと奴隷というよりは風俗である。


「に、24,000エンじゃとぉぉおお!」

 ゼンカイは身を少し仰け反らすようにしながら、驚愕の表情を浮かべた。


「そ、どうお爺ちゃん? 行ってみない?」


「む、無理じゃ! そんな持ちあわせ無いわい!」


 すると青年は、じゃあ予算はいくらなの? と笑みは残したまま尋ねる。


「そ、そうじゃのう。5,000エンぐらいじゃな……」

 少し上目を覗かせ、ゼンカイが答えた。

 一応反応を伺っているようだ。


 青年はゼンカイの返しに、顎に指を添え、う~ん、と空を仰ぎ見てから、

「それじゃあちょっと厳しいかなぁ」

と苦笑いを見せた。


「なんじゃい。やっぱ無理かい。期待させおって」

 言ってゼンカイはくるりと青年に背中を見せ、とぼとぼと歩き出す。


「あ、待ってお爺ちゃん!」

 そんなゼンカイを青年が引き止めた。


「なんじゃ? 無理ならわしはもう行くぞい」


「まぁまぁ。ほら折角こうやって出会えたのに、このまま返すのは忍びないし。う~ん。あ! そういえばお爺ちゃんってもしかして冒険者?」


 その問いにゼンカイは得意気に顎を擦り。


「ふふん。やっぱり判ってしまうかのう」

と自慢気に応える。


「やっぱりそうなんだね。じゃあお金足りなくてもなんとかなるかもよ」


「何! 本当か!」

 興奮のあまりゼンカイの見開かれた瞳が血走る。


「うん。冒険者なら当然ギルドカードも持ってるよね?」


「もちろんじゃ!」

 ゼンカイは何の躊躇いもなくギルドカードを出して見せた。


「OKOK。これなら大丈夫。じゃあさお爺ちゃん僕と契約してよ。そうすればお店の代金は全部僕がなんとかしてあげる」


「契約?」

 

「そう。契約が完了すれば、それと似たようなカードを発行するからね。そうすればお店の代金は後払いでもよくなるんだ」


「なんとそんな便利なものがあるのか!」


「そうそう。ちなみに今回の場合契約後、2400PTが付くんだよね」


「PT?」

 ゼンカイはいまいち理解できてないようだが、青年は話を続ける。


「そ。1PTは10エンね。それでお爺ちゃんは契約後は冒険者としてお金を稼いだらポイント分を返してくれたらいい。2,400PTぐらい、なんて事無いよね?」


「う、うむ、そうかのう」


「だよね。あ、ちなみに10日以内に払わないとちょっとPTが増しちゃうけどそれでも精々240PT増えるぐらいだからね。楽勝でしょ?」


 矢継ぎ早に飛び出す言葉にゼンカイは混乱した。頭から煙が浮かび上がりショート寸前である。


「ち、ちょっとまってくれんかのう……少し考えて」


「あぁ。ごめんもうそろそろ時間だ。そっかぁ無理かぁ残念だなぁ。まぁ他にも契約したいって人は多いからね。何せ今うち大人気で八人に一人が契約してくれてるぐらいだから」


「むむむ!」


「しかも、今なら初回手数料も年会費も無料なのになぁ。残念。じゃあ縁がなかったってことで」


 そう言って今度は青年が、踵を返す。と同時にひらりと地面に一枚の紙が落ちた。


 ゼンカイはそれを手に取り、むほぅ! と鼻息を荒くした。


「あっと。ごめん落としちゃって」


「こ、これは誰じゃ!」


「え? だからこれから紹介しようと思ったお店の奴隷ちゃん。可愛いでしょう? 胸も大きいしサービスも抜群。人気が高くて中々入れないんだけど、今日はなんと珍しくあいてるんだよねぇ。あ、でもお爺ちゃんには関係ないか。残念だなぁ本当に」


「入る!」


「え?」


「わし入るぞい!」


 すると青年は満面の笑みを浮かべ、

「そっか! さすがお爺ちゃん。いやぁ僕はそうなると思ってたよぉ。じゃあさ善は急げだね! ささ! お店へ!」


 言って青年はゼンカイの背中を押した。


「むふぉ! 楽しみじゃのう。しかしのう。あれじゃのう。修正とかしとらんじゃろうな?」


「大丈夫大丈夫。もう寧ろその絵より可愛いし。あ、そうだお爺ちゃん折角だからもうこの際ハーレム満喫しない? 今回だけ特別にそれも何とかしてあげるよ! お爺ちゃんだけに特別に……」


「何! ご、五輪車じゃと! む、むふぉおおぉ! むふぅおおっふぉおおお!」


 こうして二人は夜の街へと消えていき――。





「はい。じゃあハーレムコースはこれで契約完了だね」


 青年に連れていかれたお店の前で、ゼンカイは彼と契約を結んでいた。


「それじゃあこれは契約完了のカード。大事に持っててね?」


 にこやかに出されたどす黒いカードを、ゼンカイは受け取り、

「こ、これでハーレムじゃ! ハーレムじゃ!」

と興奮する。


「ふふ。そんなに喜んでもらえると僕も嬉しいよ。それで一応確認だけど今回はハーレムコースで本来30,000PT発生するけど僕とお爺ちゃんの仲だからね。特別に6,000PTおまけして、24,000PTね。まぁ元々が24,000エンだからこれは全く問題ないよね。むしろ超お得? みたいな?」


「うむ! ハートちゃん様々じゃな!」

 笑顔で親指を立てるゼンカイ。


 因みに店に来る途中青年は名をハート・ブラックと教えてくれた。

 しかし名前からして不安要素が大きそうである。


「それじゃあこれで契約は終了。ほらもう女の子もお待ちかねだよ。楽しんできてね」


 ゼンカイ、当然じゃ! と気合ばっちり、係の人間に連れられ、特別に用意されたという扉に王様と刻まれた部屋に案内される。


「ようこそ! ゼンカイ様!」


 部屋に入るなり沢山の奴隷嬢がゼンカイを出迎えた。

 あの絵の女の子は実際は確かに絵よりも可愛く胸も大きい。

 

 他にもミャウを連想させる猫耳(スタイルはこっちのほうが上)や狐耳(アネゴのように巨乳でツンとした感じ)に幼女風の娘や、お嬢様系などもはやよりどりみどりである。


「むほう! 最高じゃ! 最高じゃぁああ!」


「いやだぁ。お爺ちゃんってばくすぐったいぃい」


「あん、だめよまだそこは」


「むほ! 柔らかい! 柔らかいぞ! 最高じゃぞ!」


 女体の海に飛び込み、楽園を満喫するゼンカイ。

 そしていよいよ、興奮するゼンカイの下半身にあの絵の子の手が伸び……そして。


「え、え~と。こ、こっちはやっぱりお爺ちゃんのままなのかな?」


 その言葉にゼンカイは稲妻を撃たれたような衝撃を受けた。


「そ! そんな筈はないわい! わしは140歳まで現役だったんじゃ! なのに70も若返ったわしがこんな事は!」


 そう言って奴隷嬢たちにあれやこれやと試すゼンカイだったのだが――。


「そ、そんな。わしの。わしのポルナレフがぁああぁあああ!」

 そうゼンカイの息子は結局立ち上がることはなくマットに沈み込んだままだったのだ。

 

 こうして彼の悲痛な叫びは、奴隷嬢たちの耳を駆け抜け夜の街に響き渡ったという――。

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