第二一五話 マスタードラゴン目指して洞窟へ
「皆様方に何から何までお願いしてしまってもうしわけございません」
エルフの長老が深々と頭を下げた。
その姿にミャウが両手を振り頭を上げてくださいと述べ。
「いいんですよ。どっちにしろマスタードラゴンには会いに行くつもりだったのですから」
そういってミャウはにっこり微笑んだ。
あの地震の後、長老は声の主がマスタードラゴンである事を確信させ、村人もその話を信じて疑わなかった。
理由としては、以前ミャウが聞いた勇者ヒロシがマスタードラゴンやエルフ達との関係を築いた理由に起因する。
かつてマスタードラゴンが掛かったという混竜病、そしてその時も同じようにマスタードラゴンがけたたましい吠え声を上げこの島に地震を引き起こしたのだという。
そして今の状況もその時によく似ていると、いや寧ろ以前より影響が大きいほどだと長老は語ってきかせたのだ。
そしてその話を聞いては当然一行も黙ってはいられず――結局休息を取るのも中断し、長老と数名のエルフの案内で森を抜け、マスタードラゴンが塒とする山の麓までやってきたのだ。
「マスタードラゴン様はこの洞窟を進んだ最奥にいられます。洞窟は山の頂上近くまで続いていると聞き及びます。中にはマグマの煮えたぎる泉も存在するらしく距離もかなりあるようですが――」
長老のいうように、山のすそに当たる部分には巨大な扉で封じられた洞穴の入り口が鎮座していた。
この扉は、精霊神から預かった鍵を使用することで開けることが出来るようである。
そして、長老が口を一旦閉じ一行の顔を覗き見る。だが、ヒカル以外の表情は決然としており、不安などは一切感じられない。
「危険なのは最初から覚悟の上なのじゃ! それに元々はわしの入れ歯の為でもあるしのう」
「あ、あとはほら勇者ヒロシの為というのも勿論あるからね」
ゼンカイの言葉に付け足すようにしてミャウがフォローする。
「マスタードラゴンとは」「知らない仲じゃないしね」「まぁなんとか」「解決してみせるよ」
ウンジュとウンシルも任せておいてと言わんばかりに笑って口にする。
だが、そんな中ヒカルだけは――。
「はぁ全く休憩もなしご飯もなし! 本当信じられないよ~ねぇ? 本当に行く気~?」
とこんな感じにここに来る間も不満をのべ、愚痴を零し弱音も吐きと、いい加減慣れてるとはいえ皆も呆れんばかりの体たらくである。
「あのあんまり時間もなくて大したものはご用意できませんでしたが、よければこれを――エルフの村に伝わる携帯食で、疲れを多少はとる効果もあるようです」
一歩前に出てきたエリンがそういって、弁当箱のようなものを差し出してくる。
彼女は村で待っていたほうがいいと言われても、せめて洞窟まではと無理言って付いてきたのである。
「え、エリンちゃん僕のために――」
そして皆を代表するかのように、それを受け取り感慨深そうに口にするヒカルであったが。
「あ、いえ皆様の為なんですが……」
「ありがとう! 僕エリンちゃんの愛に勇気が湧いてきたよ!」
急にやる気になるヒカル。かなり現金な男である。
そして否定するように首を振るエリンだが、ミャウがそういうことにしておいてと耳打ちし、とりあえずヒカルのやる気を維持することを優先させた。
「それでは我らエルフ一同皆様のご武運をお祈りしております」
「絶対に絶対に無事に帰ってきてくださいね!」
長老とエリン、そしてエルフたちの見送りを受け、ミャウは精霊神の鍵で扉を開け、そして一行は洞窟の中へと脚を踏み入れた――。
「結構中は広いのね」
それが洞窟に入ったミャウの第一声であった。
確かに彼女のいうとおり、天井は見上げるほど高く横道も中々に広い。
また壁から天井までが青白く光っており、わざわざ光源を用意する必要もなさそうである。
ただ頂上まで続いているとだけあって傾斜は中々急な上り坂であるが、それでも狭苦しい洞窟よりは遥かにマシにも思えた。
「う~ん、あんまり美味しくはないな……」
そんな道を数百メートルほど進んだ先で、最後尾を歩いていたヒカルが呟く。
皆が振り返ると、早くもエリンからもらった食料に手を伸ばしてるヒカルの姿。
「はぁ……あんたもう食べちゃってるわけ?」
「仕方ないじゃん! ずっと食べてなかったんだから!」
「本当に」「食い意地がはってるよね」
「じゃが確かにわしもお腹がすいたのじゃ――」
ゼンカイはそう口にするとヒカルの方へ近づき、箱の中身をひとつ取る。
それは、どことなくおはぎにも似た食べ物であった。
「うむ、中々いけるではないか。エリンちゃんの気持ちのこもった優しい味じゃ。もちもちしとるし食感をもっと楽しむべきじゃな」
そういって咀嚼するゼンカイをみて、他の皆もどれどれと手を伸ばす。
なんだかんだとやはり皆もお腹は減っていたのだ。
「あぁ皆で食べたらすぐなくなっちゃうじゃん!」
「当たり前でしょ。ひとりで食べるきだったのあんた? てかうん確かに結構いけるわよ」
「これに文句をいったら」「バチが当たるよね」
「そ、それじゃあ僕が悪者みたいじゃん! 別にマズイとはいってないからね!」
ヒカルの訴えに全員が、はいはい、と素っ気なく答え。
「さてお腹も満たされたし」
「こっからが本番じゃな」
「まぁ何が出てきても」「元気が出てきたから」
「も、もう大丈夫だよ!」
皆が後ろを振り返りぱちくりと瞬きをする。
その視界には拳を握り決意の顔を見せるヒカルの姿。
どうやら彼も決心がついたようである。
「よっし! じゃあ張り切っていくわよ!」
ミャウの声に、お~! と応え、再び歩みを再開する一行。
そして歩くごとに傾斜がキツくなっていく。なるほどやはりそう甘くはない。
更に道も段々とゴツゴツとしだし、足場も決して良くない状況が続いた所で――。
「グォオーン!」
ふと四方八方からの咆哮が重なりあい、一斉に全員が顎を上げると、天井近くを旋回する皮膜を備えた空飛ぶ蜥蜴。
「ワイバーンね!」
ミャウが緊迫した声を上げる。
そして全員が臨戦態勢に移った。
やはりマスタードラゴンまでの道のりは甘くはない。
空中を舞うワイバーンの数は全部で五体。体長は二メートルを超え、四肢から伸びた鋭い鉤爪で獲物を狙う魔物である。
そしてワイバーンが纏めて全員を目標に強襲してくる。
鋭い角度で迫るその勢いは、猛禽類のそれにもよく似ていた。
「「飛剣の舞!」」
だがその襲撃にも恐れることなく、まずウンジュとウンシルが同時に飛び上がり、見事にワイバーンの鉤爪を躱しながら、一体のワイバーンの周りをふたりで舞うような動きと剣閃でズタズタに切り裂く。
更にミャウも風の女帝の付与を纏い、地上でワイバーンの斬撃を避けつつ一振りで数十発の風の刃を発生させ獲物を斬り刻んだ。
ヒカルに関しては瞬間移動で危なげなく攻撃を避け、一瞬で離れた場所に移動し、魔法で作った巨大な槍で同時に二体のワイバーンを貫き骸にかえる。
そして残りの一体もゼンカイの剣戟に首を狩られ、緑の血をまき散らしながら地面に墜落した。
「ふぅ無事片付いたわね」
「もうワイバーンぐらいなら」「苦労することもないよね」
「まぁ僕にかかれば楽勝だよね!」
ウンジュとウンシルが余裕の表情で口にし、ヒカルもさっきまでの様子はどことやら、得意になって鼻を指でこする。
「あまり油断するもんじゃないぞい。まだまだ始まったばかりじゃ、調子にのってやられましたじゃ目も当てられないからのう」
ゼンカイは意外にもまともな事をいった。思わず皆も目を丸くさせるが。
「お爺ちゃんの言うとおりね。油断大敵よ常に警戒心を持って慎重にいきましょう」
ミャウもゼンカイに同意し、皆も真剣な面持ちで頷いた。
そして一行は更に億へと脚を進めていく――。




