第二十一話 ゼンカイ夢の奴隷……へ?
「本当に腹がたつのう!」
勇者たちと判れた後ゼンカイとミャウは当初の予定通り、夕食を摂りに来ていた。
彼女が案内してくれた店は、赤レンガ作りの中々洒落たお店で、爺さんと二人で来るには少々不釣り合いな感じもとれたのだが……。
店内には子連れの家族や、中年ぐらいの男性など、色々なタイプの客が外食を楽しんでいた為、入ってしまえばそれほど違和感も無かった。
二人が案内されたのは四人がけの楕円形のテーブル。窓際の席の為、外の様子がよく見える。
椅子は流石にソファーとまではいかないが、木製の一人がけで底部にクッションが敷かれていた。その為座っても腰が痛くはならなそうである。
テーブルを挟んで対面になるよう二人は座っていた。
料理はミャウがおすすめのメニューを注文し、程なくして頼んだ品がきたのだが、それまでも、そして出てきた食事を頬張りながらもゼンカイの勇者に対する怒りは収まらない。
とは言え。これはまぁ当然と言えるが、現状では実力にしても実績にしても勇者ヒロシの足元にも及ばないとミャウは言う。
「あいつ馬鹿だけど、依頼もしっかりこなすしね。それに勇者と自称してるだけあって、王族だろうと平民であろうと平等に接するからまぁそれが人気に繋がってるのかもしれないけどね」
そう言った面が中身の痛々さを上手く包隠してるらしい。
「しかし勇者とはのう。それで魔王というのはどこにおるのかのう?」
ゼンカイは料理をフォークでつつきながら、ふと気になったことを聞いてみた。
確か先ほどの話でミャウは魔王の存在を認めていたはずである。
「う~ん、いるにはいるんだけど、居場所はちょっと遠いのよね。それにかなり強いから、まぁだからこそいまだ倒されてないんだけど」
ミャウは窓の外に視線をずらすようにしながら、ゼンカイに返す。
「何を悠長な! 居場所が判るなら急がねば勇者に遅れをとるぞい!」
米を口に含んだ状態で叫ぶものだから、数粒が宙を舞う。
それにミャウは汚いなぁっと怪訝な顔つきを示した。
ちなみにここネンキンではパンもあるが、米も主食として人気らしい。
「遅れるって言ってもねぇ」
「ミャウちゃんや! わしは決めたんじゃ! あのエセ勇者にやられるまえにやらねば!」
ゼンカイの決意にミャウは目を一度見広げた後、軽く笑ってみせる。
「その気持は立派だけどね。まぁでも大丈夫よ。さっきもいったけど、そんな簡単に倒されはしないから」
「そうなのかい? しかしなんでそんな事がわかるんじゃ?」
「え? あ、うん。だから、ほら魔王強いから」
ミャウの回答はなんとも歯切れの悪い感じだ。これはゼンカイも当然納得いかず……。
「なるほどのう! 確かに魔王ちゃんは強そうじゃからなぁ」
あっさり納得しました。なんなら魔王は友達ぐらいの感覚です。
「そうそう。まぁどっちにしてもお爺ちゃんは冒険者としてもっと頑張らないとね。まずはとりあえず転職かなぁ」
ミャウの言葉にそうじゃ! とゼンカイがテーブルを叩いた。
皿の上のステーキが軽く跳ね上がる。
「転職じゃ! 気になってたんじゃ! 転職とは一体なんなのじゃ? ぼうラーマの神殿とかがあるのかいのう?」
「ラーマじゃないけど確かに神殿はあるし、転職はそこでするわね。レベル5になったらとりあえず一次職になる資格が得られるの」
ゼンカイは、おお! と興奮し、
「レベル5じゃったらもうすぐじゃな!」
とうきうきした表情をみせる。
「そうね。だからとりあえずは明日にでも今日回収した戦利品を買い取ってもらいつつ、レベルを上げれそうな依頼を探そうか」
「楽しみじゃのう」
こうして食事を終え、店を出たあと広場に戻り、そこでミャウはゼンカイに別れのあいさつをした。
どうやらミャウの住んでるところはゼンカイがとった宿とは方向が異なるらしい。
「それじゃあまた明日ね」
とミャウが手を振り、そそくさと離れそうになったところで、ゼンカイが、あ! と声をあげた。
「思い出したぞい! 奴隷じゃ! 奴隷商人じゃぁあああ!」
その叫びにミャウは一人額を押さえ、思い出しちゃったか、と呟くのだった。
ゼンカイの頭上には魔灯で装飾されたキラキラの看板。
その板には生前暮らした地でいうところのポップな書体で、【奴隷屋メルシィ】と明示されている。
ミャウによって連れてこられたのは食事を摂ったところから一つ外れた地区。
俗にいう風俗街にあたる場所である。
ゼンカイはその綺羅びやかな看板を、うきうきした表情で眺め、
「奴隷じゃな! これでわしも奴隷持ちじゃな!」
と年にそぐわない興奮ぶりをみせている。
「いらっしゃいませ」
ふと開きっぱなしのドアの奥から、黒服の男が姿をあらわした。
そしてミャウの前に近づき、上から下まで値踏みすように眺め。
「貴方だったら面接なしでも大丈夫ですよ」
と指でOKのサインを示す。
どうやらこの男はなにやら勘違いしてるようである。
「何言ってるのよ。私はただの付き添い。お客さんを連れてきたのよ」
「お客さん?」
目を丸くする黒服にミャウが指で指し示す。
黒服がその方向に身体を向けるとゼンカイが鼻息を荒くしながら、
「おお! お主が奴隷商人か! 早く! 早く奴隷をみせてくれ!」
とせがみはじめる。
「これは失礼しました。お客様がいらしたとは気づかず」
黒服は恭しくゼンカイに頭を下げる。が、そこでミャウが一つ耳打ちした。
すると黒服が再び目を丸くさせる。
「なんだけど大丈夫かな? 本人はその気まんまんなんだけど厳しいでしょ?」
「う~んまぁ確かにそうですが。私達はお客様を第一に考えてますから」
そう言って一つ頷き、黒服は再びゼンカイに顔を向ける。
「それではお客様。お連れ様によると奴隷制度をご利用されるのは初めてという事ですので、とりあえず当店のシステムの方を説明させて頂きます。どうぞこちらへ」
黒服に案内され、ゼンカイは店の中に入った。奥の扉を抜け広めの部屋に通され、革張りのソファーに座らされる。
「わしのう! おっぱいの大きい子が好みなんじゃ! 年齢も十代がえぇのう。若ければ若いほうがいいのじゃ!」
テーブルを挟んで向かい側に黒服がすわると、ゼンカイが堰を切ったように捲し立てた。
興奮からか、やたらと大きな身振りで自分の好みを並び立てる。
とりあえず話に耳を傾ける黒服は終始にが笑いだ。
そして話を全て聞き終えた後、黒服は浮かべた笑みを若干和らげ、聞き取りやすい落ち着いた口調で説明をはじめる。
「まずゼンカイ様。当店は王国から正式な許可を頂いて運営しておりますので、こちらでご準備させて頂いております奴隷も、正規なものとなります」
これに、ほう、とゼンカイが返す。だがどこかそわそわしてるようで、膝は小刻みに揺れ動いていた。
「さて、そこで正規な奴隷に付いてのご説明になりますが――まず当店では18歳以下は奴隷の登録をさせておりません」
何じゃと! とゼンカイが目を剥いた。
だが黒服はゼンカイの反応を他所に説明を続けていく。
「奴隷については更に何点か注意点があります。まず当店の奴隷に関しては、契約後であっても故意に傷つけたり性を強要したりといった事は禁止としております。また――」
次々と黒服から発せられる奴隷の話はゼンカイの思い描いていたものとは似て非なるものであった。
例えば契約にしても、完全な買い取りなどではなく、あくまで期間をきめての雇用契約みたいなもので、最低1ヶ月から最長でも1年までとなっており、さらに1日の内奴隷として扱えるのは最大でも10時間である。
おまけに月に10日はかならず休みを与えなければいけなかったりと色々と成約があったのだ。
しかもそれでありながらも、例えばゼンカイの望む10代で巨乳の女の子(勿論美人であること)と契約となると最低の1ヶ月契約てあっても、100万エンは掛かるという。
つまり、そもそも予算からして論外なのである。
たった一人の奴隷を手にする事でさえこれなのだ、ハーレムなど夢のまた夢だろう。
黒服に付いて店に入っていった時のどこかワクワクしたような表情から一変し、トボトボと出てくるゼンカイの表情は悲しみに満ちていた。
「どう? 思ってたのと大分違ったでしょう?」
外にはまだミャウがいた。表情を見る限りどういう結果になるかは判っていたようだ。
まぁ例えゼンカイの思い描いたような奴隷制度であったとしても、手持の金額でどうにかなるものではなさそうだが。
「トリッパーは大体これでがっかりするのよね。思ってたのと違うって。それで聞いてみれば随分昔の奴隷制度の話をしてるし」
ミャウの話では今の奴隷は身売りされるような事は基本的になく、希望者のみを雇う形になってるそうだ。
奴隷なんかに、わざわざなるのがいるのか? という気もするが、実はかなりの好待遇で給金もよく特に女性に人気だとか。
一時期は女性のなりたい職業でベストスリーにも入ったらしい。
なんともどこの世界でも水商売が儲かるというのはかわらないようだ。
ちなみにこういった奴隷ビジネスが流行っている背景には、ネンキン国の臣民男子の弱体化が背景にあるらしい。
弱体化というのは女性に対して積極になれないという事だ。特に親に甘やかされてそだった貴族の男子に多く見受けられるらしく、しかし親の脛かじりでお金だけはあるため、奴隷を雇う余裕があるというわけである。
どちらにしてもゼンカイにとってみれば面白みの無い制度であった。
仕方がないのでミャウと共に、ゼンカイは一旦あの広場に戻る。
噴水の前に二人は立ち、ミャウがゼンカイを振り返った。
「じゃあ私こっちだから宿までは道わかるよね?」
ミャウの問いにゼンカイは何も応えず腕を組んで神妙な顔をしている。
「何? まだ奴隷の事を考えてるよ?」
「いやそうじゃなくてのう。実はなミャウちゃん」
言ってゼンカイが真剣な表情でミャウをみやった。
その真っ直ぐな瞳に只事ではない何かを感じ、ミャウは次の言葉に集中しピンと猫耳を張る。
「実はのう。もうわしこの際だからミャウちゃんでもいいと思ってるんじゃ。だからやっぱり今日はミャウちゃんに夜伽を――」
「それじゃあ折角だから明日はここで待ち合わせにしましょう。宿には時計もあるし、時間は8時でいいわね」
パンパンと埃を払うように両の手を打ち鳴らし、ミャウが言った。
周囲からは、
「何あれ?」
「え? 脚?」
という声が囁かれている。
噴水には、これまで見られなかった水の底に突き刺さった爺さんのオブジェが出来上がっていた。
水面から突き出た両の脚が前衛的な風格を感じさせるが、それはきっと気のせいだろう。
「今日手に入れた戦利品も明日売りに行くからね。それじゃあお休み」
そう言ってミャウは噴水に突っ込まれたゼンカイを尻目に、広場を去ったのだった。




