第二〇三話 四大精霊王
「フンッ! 雑魚が!」
全ての蝙蝠を射抜き切り裂き、その姿を認めた上で、エロフが吐き捨てるようにいった。
しかしそれをみていたミャウは軽くため息を吐き出し、そして口を開く。
「あんたそれだけの力があったら、もしかして一匹ぐらい生け捕りに出来たんじゃないの?」
ミャウの言葉にエロフは振り返り、不可解そうに眉を顰める。
「なんでわざわざ生け捕りにする必要がある?」
「いや、だってヒロシの情報がつかめたかもしれないでしょう?」
眉を上げ、あっ、と気づいた顔を見せた。しまった、と罰の悪さも滲ませる。
「こいつ完全に」「失念してたね」
「勇者ヒロシ様とか言ってたくせにね」
ウンジュとウンシル、更にヒカルにまで小馬鹿にされたような言い方をされ、エロフの顔が曇った。
「まぁまぁ過ぎてしまった事は仕方がないじゃろう。それよりもこれからどうするかじゃ」
予想外なゼンカイの大人な対応に皆目を見張るが、ミャウも、そうね、と同意し。
「とりあえず、ウンジュとウンシルの目的もあるし神殿にいきましょうか――ただ、あのラムゥールのいってたことは気になるけど……」
語尾は声を落とし、顔を伏せ考察するように指を顎に添える。
「精霊神様が倒されるなんてありえん! あの男がデタラメを言ってるに決まってる」
エロフは精霊神が倒されたという事は一切信じていない様子だ。いや信じたくないといったほうがいいのかもしれない。
しかし他の面々は、ラムゥールがそんなデタラメな事をいうとは信じられないといった空気を表情に滲ませている。
だが、あえてそれを口にすることはなかった。エロフに気を使ったのもあるかもしれないが、それを認めてしまうと神殿に行く理由がなくなってしまう。
「とにかく神殿に」「向かってみようよ」
ウンジュとウンシルの発言に皆が無言で顎を引いた。それが承諾の合図となり、案内のエロフを先頭に一行は神殿の内部へと向かった。
「なんと! もう行き止まりかのう?」
ゼンカイが神殿内に足を踏み入れるなり、驚いたように言い上ぐる。
確かに神殿は入ってすぐ青白い壁に囲まれた空間となっていて、屋根を支える円柱以外にはこれといったものは見つからない。
「皆私の周りに集まってくれ。ここから精霊界への入り口を開く」
精霊界? とミャウが不思議そうに尋ね返した。
「そうだ。この神殿はここ人間界と精霊界を繋ぐ役目を担っている。この神殿の中心で魔力を注ぎ祈りの言葉を唱えることでその扉が開かれる」
そこまでいった後、エロフは、フッ、と口元を緩め。
「私が、あのラムゥールのいってることがデタラメだと口にしたのはこれがあったからだ。この扉を開くには魔力の波長を合わせエルフ族しか知り得ない詠唱が必要だ。古代の勇者か何か知らないが、あいつに開けられるはずがない」
そこまで聞いて皆も、なるほど、と多少の納得を見せるも、どうしても楽観視は出来ない様子だ。
「さぁいくぞ、私から離れるなよ」
いわれて皆も中心に立つエロフに寄り添うような形をとる。
「※§βπαΣ*Α」
エロフの発した言葉は、確かに彼以外の全員には耳馴染みのない言葉であった。
どうやらそれが、エルフ族に伝わるという独自の言語なのだろう。
そしてエロフが全ての詠唱を終えたその時、辺りの壁や柱が青白く輝きだし、かと思えば周りの景色がぐにゃりと歪み始めた。
「な、なんか変な感じなのじゃ~」
「うぇっぷ……僕酔いそう」
「これできっと」「精霊界にいけるんだね」
「精霊界……初めて行くけど一体どんなとこかしら」
「ふん! 自分の目で確かめるんだな。さぁもう着くぞ」
「これが……精霊界?」
先頭を歩き神殿の外に出たエロフに付き従い、その光景を目にしたミャウが感激に眼を見開いた。
その景色は、一目見て明らかに人間界と違うと理解できるものであった。
頭上には空一面を包み込むような七色に輝くオーロラが、そして空の色も美しいアメジスト色。
地面は、一面が光沢のあるガラスのような床で覆われ、辺りには水晶で出来た樹木が散在し枝には宝石のような果物がたわわに実っている。
正直溜め息が出るほど美しい光景であり、ミャウだけでなく全員がその景色に目を奪われているようなのだが――。
「おかしい……」
エロフがひとり呟く。その声はどことなく緊迫感の感じられるものであった。
「どうして……精霊がいない? 馬鹿な! いつもならこの辺り一帯に溢れるほど漂ってる筈なのに――」
慌てた様子で首を左右に巡らせ、精霊の姿を探してる様子。だがそれらしき姿はエロフだけではなく、一行からしても見当たらない。
「そんな――くそ!」
歯噛みし、悔しそうな声を発したと同時にエロフが前に飛び出し一目散に駈け出した。
一行の事など最早気にしてる暇はないといった感じだ。かなり緊迫した雰囲気を感じる。
「ミャウちゃん、わしらも急いで追うのじゃ!」
ゼンカイの呼びかけにミャウがハッとして、そうね! と駈け出した。他の皆もそれに習い後を追う。
「そんな……門が開かれているなんて――」
ミャウやゼンカイ達がエロフに追いついた時、彼は愕然とした様相でそこに立ち尽くしていた。
彼の見ている方向には、天まで届くのでは? と思えるほどの巨大な門がそびえ立っている。
だが、その門はエロフのいうように扉を開け放ちその大口を広げ続けていた。
エロフの言葉でいうなら、きっとこの重厚な門は普段は閉じているものなのだろう。
「この門は一体何なのじゃ? そんなに重要なものなのかのう?」
ゼンカイが問う。エロフはいまだ動揺の色を隠せずにいるが、ゼンカイを振りかえることなく口だけで返事する。
「この門の向こうにこそ精霊神様がいらっしゃるのだ。そしてこの門以外では精霊神様のもとにたどり着くのは不可能」
その言葉に皆は、言葉に出さないまでも疑問の空気を発した。
確かに巨大な門ではあるが、門の左右には特に移動を遮るものがない。
「この門以外は、抜けようとしても何処か別の場所に移動してしまうよう、結界が張られているのだ」
だがエロフは、皆の疑問を払拭するように言葉を続ける。
「そしてこの門は、本来であれば四大精霊王の手によって守られている。門を開けてもらうには、精霊王の試練を乗り越える必要があるのだ。だがその門が開けられ精霊王の姿も見えないなど――くっ! 精霊神様が!」
再び思い出したようにエロフが門に向け走りだす。ミャウが、ちょっと! と声をかけるがお構いなしだ。
「ウンジュ僕達も!」「ウンシルそうだね追おう!」
精霊神のルーンを授かるのが目的であった双子も、気が気ではないようだ。
エロフが走りだしたと同時にふたりも駆け出す。
「ミャウちゃんわしらも」
「うん! お爺ちゃん!」
「あ、じゃあ後は皆で頑張ってね。僕はここで待ってるから」
ヒカルのやる気のない言葉に、ふたりがずっこけかける。
「あんたこんな時に何ふざけたこといってるのよ!」
「失礼な! 僕は至って真面目だ!」
「それはそれでどうかしてるのじゃ」
ミャウが速攻でその胸ぐらを掴んで怒鳴り、ヒカルも真面目な顔で言い返す。
ゼンカイは呆れて眉を落とし、ヒカルの不甲斐なさを嘆いた。
ゼンカイにここまで思われるのだから、彼は相当ダメ人間である。
「そこに――誰かいる、のか?」
「この匂いは……人間?」
「猫耳族もいるわね」
「あぁ、だがそっちは悪くない……」
ふと耳に届いた声に、ミャウはヒカルから手を放し辺りを見回した。
ゼンカイも気づいたようで顔を巡らせている。
「こっちだ。この門の横まで……」
何かに導かれるように、ミャウが門の柱にあたる位置まで歩み寄る。後ろからはゼンカイとヒカルもついてきていた。
「え? 何これ……精霊?」
柱の影で、寄り添うようにもたれ合っている小さな者達にミャウは目を見張らせた。
ゼンカイとヒカルもミャウの肩越しにそれを覗き見、眼を丸くさせている。
「我々はこの門を守っていた精霊……だ」
その言葉にミャウが驚き、
「え!? それってもしかして……四大精霊王ってこと!?」
「随分と小さいのう」
「あ、でもこっちの子可愛いかも」
三人が思い思いの言葉を口にすると、その中の一体が立ち上がり口を開く。
「我は炎の王フレイムロード」
そういった精霊王は、小さいながらも逞しい身体を誇り、灼熱の色の肌を有していた。
腰には炎の腰布を巻き、そして髪にあたる部分からもメラメラと炎が燃え上がっている。
「私は水の女王アクアクィーン」
炎の王の次に自己紹介をしてきたのは、美しい女性の姿をした精霊であった。肌は海のように蒼く、ボブカットの髪色は更に濃い。
そして小さいながらも中々に豊かな乳房を実らせており、貝殻で大事な部分を隠している。
だが腰から下は人のそれではなく、無数にうごめく触手であった。
「妾は風の女帝エンプレスウィンド」
そう名乗ったのは、地面に届くぐらいまで伸びたエメラルドグリーンの髪を讃える風の精霊。
肌の色は淡いイエローグリーン。
胸は控えめで全身に羽衣のようなものを纏っている。
眼はパッチリと大きく、そして自ら創りあげた竜巻の上に腰を落としていた。
「そして儂が土の皇帝エンペラーアースじゃ」
最後に口を開いたのは、筋骨隆々という言葉がピッタリとハマる、浅黒い肌をゆうした精霊であった。この四体の中では一番年上のようにも思える姿をしており、灰黒色の髪の毛はまるで槍のように天に向かって突き上がり、顔は厳つい角型で口ひげが八の字型に伸びていた。
手足が短く、ずんぐりむっくりといった雰囲気も感じられるが、その分筋肉がより際立ち、巨大な岩石のような様子を滲ませている。
三人に正体を名乗ると四人は一斉に視線をミャウに向けた。彼らはまるで人形のように小さく、注目されたミャウも戸惑いを隠し切れないでいた――。




