第二〇〇話 エルフ族の敵
「は、はったりだこんなのは!」
ワニ顔のアリゲールが、若干の困惑の色を残しながらも、全てを否定するように声を張り上げる。
「ケケッ……はったり?」
「あぁそうだ! どうせこいつら何かステータスを誤魔化す力かなんかで俺たちを騙そうとしてんだ! そうに決まってる!」
バットメンズの問いかけに、アリゲールが必死の様相で言い返す。
その様子を一行は、どこか呆れ返るようにしながら眺めていた。
「確かにアリゲールのいうとおりだぜ。こんな奴らがレベル50超えなはずがないし、疑うわけじゃねぇけどよ、この目ももしかしたら調子が悪いのかもしれないぜ?」
アルマージは自らの側頭部を叩き、細長い頭を振るようにしながら仲間に向かって告げる。
不調であればその行動で直るかもしれないと思っての事か。
だとしたら見た目通り頭が悪い。
「ふん! なんだそういう事か。そうだなそうに決まってる。全くおかしいと思ったぜ。たく、調子が悪いなら後でそれとなくオボタカ様に伝えて置かねぇとな」
アリゲールの言葉にミャウの耳がピクリと反応し。
「てかお主ら、さっきから余裕でフラグを立てまくりじゃな」
「全くだね。これでもう負ける気がしないよ」
ゼンカイが眉根を落としつつヤレヤレといった調子で言い、それにヒカルが同調する。
すると魔物たちが、あぁ? なにわけのわかんねぇことを、と怪訝そうに返してきた。
「いや、てかあんたらオボタカって奴のことを知ってるわけ?」
なんでこいつらが? と疑問符を浮かべるようにしながら、ミャウが魔物たちに問いかける。
オボタカという人物が、勇者ヒロシをさらった七つの大罪というトリッパーの一人であることを彼女も覚えていたからだ。
「ふん。そんなの知ってて当然だろう。俺達はあの方によってこの命を授けられたんだからな」
アルマジロ型のアルマージが背中を強く丸めるように前のめりになりながら言い、そしてククッ、と下卑た笑いを忍ばせた。
「おいおいアルマージ喋り過ぎだぜ」
「あぁ悪い。だが構わねぇだろ? こいつらはどうせ今ここでくたばる」
やれるものならやってみなさいよ、とミャウが、現出させたヴァルーンソードを鞘からスラリと抜いた所で話は終わった。
彼らの殺気を感じたのだろう。まだ聞きたいことはあるのだろうが、敵の様子を見るにこれ以上は話してくれそうにもない。
一行の実力を紛い物だと踏んだ魔物たちは、再び余裕をその身に漲らせ、お互い間隔を置くように広がった。
それに合わせて一行も、自然と近くの仲間と組になるようにしながら広がる。
だがエロフだけは孤軍奮闘の姿勢を見せ、アリゲールとひとり相対する。
「このワニ野郎は私がやる。エルフ族を見下してるその態度が気に食わない」
しょうがない、とミャウは嘆息をつきつつも、ゼンカイと組になりバッドメンズを睨めつける。
「ケケッ! よぼよぼの爺さんと野良猫女かよ。だが、女の方は美味しく頂けそうだ」
「おいバッドメンズ、唯一の女だ。俺達にも取っておけよ。あの村にも野郎しかいやがらなかったしな」
アリゲールを挟んで反対側に立つアルマージが、ゲスな台詞を吐き、細い舌をチロチロと覗かせた。
「下品な奴だね」「全く僕達だって」「味見してないのにね」「魔物には勿体無いよね」
「え? いまなんかとんでもないこといわなかった!?」
ギョッとした顔で双子を振り向くヒカル。しかし二人同時に、気のせい気のせい、と軽い感じにその手を振る。
「お前ら俺の分も忘れるなよ。女は肉が柔けぇからな――こんな骨ばってそうなエルフ野郎よりは美味そうだ。勿論食う前にも色々楽しめそうだが」
チラリと視線を向けてくるワニ顔へ、ゲス野郎、とミャウが吐き捨てるようにいい、相方のゼンカイは表情を険しくさせた。
「わしの女に指一本触れさせんぞ!」
「一体誰が誰の女よ! ドサクサに紛れて!」
「馬鹿なことをいってないでさっさと始めるぞ!」
ゼンカイとミャウのやり取りに一瞥くれた後、エロフが引き絞っていた矢を、アリゲールへと向けて射出した。
辺りは既に暗く、神殿に設けられた魔灯の光以外にはこれといった光源もない。
だがそれでもエロフの放った矢は、確実な軌道でアリゲールの首を狙った。
エルフ族は夜目が効くため多少の闇など問題としない。
そして矢は今まさに魔物の首を捉えようとしたが、ふんっ! とアリゲールがその大口を開け、飛んできた矢弾を口内におさめ飲み込んでしまう。
「むぐむぐ――ふん! マズイ矢だ!」
その姿を眺めながら、チッ、悪食野郎が、とエロフが表情を眇ませた。
「なんと! あのワニめエロフの矢を食べおった!」
「一体どんな胃してるのかしら――」
目を丸くさせるふたりに、ケケッ! と不快な声。
「アリゲールはあの口でなんでも食っちまうからな。鉄だろうと岩石だろうとそれこそどんなものでもだ! だから鎧なんか着てる戦士でも鎧ごと噛み砕いちまう。あんなひょろいエルフが勝てる相手じゃないのさ!」
得々と話しだすバットメンズに、瞼を薄く閉じた状態でミャウが問う。
「ふ~ん。それで、あんたはどうなのよ?」
「うむ、みたところあんまり強そうにもみえんしのう。最初の洞窟にいた金色の蝙蝠の方がキラキラしてるぶんなんかレアっぽいのじゃ」
「まぁあれは実際ユニークでレアだったしね。こんなしみったれた魔物と一緒にするのは気の毒よ」
いい連ねられた侮辱とも挑発ともとれる言葉に、バットメンズのただでさえ尖った双眸がより鋭く吊り上がる。
「チッ! ジジィと野良猫が生意気な! 見てろよ!」
バットメンズは腹ただしげに口にすると、皮膜を広げ一気に上昇、そして夜の帳と重なった。
「ケケッ! 俺の得意なのは空中殺法さ! この鋭い爪でテメェらを斬り裂いてやる!」
魔物の四肢に生え揃った鋭い爪が倍近くまで伸びる。
携帯用のダガーぐらいは長さがありそうだ。
そしてそれが全部で十本。急降下しながら鋭い一撃を決めに来る気なのだろう。
「ケケケェエエエエ!」
怪鳥のような鳴き声を上げ、バッドメンズが急角度で滑降し、そして地面スレスレを滑走しながらゼンカイとミャウの間を飛び抜け、そして再び一気に上昇した。
ゼンカイとミャウが逆側に飛び上がった魔物を振り返ると、バットメンズも空中で身を反転させふたりを見下ろした。
「ケケッ! どうだてめぇら! 今の俺の動きに少しも反応できなかっただろう? それがてめぇらの実力だ! 何がレベル50超えだ! いいか! 今のは敢えて何もしなかったが次はてめぇらの身体をズタズタに斬り裂いてやる!」
胸の前で腕を組み、高笑いを決めるバットメンズ。
その姿にミャウが、はぁ、と呆れたような吐息をつき。
「ミャウちゃん、あれわしがやっていいかのう?」
「出来るのお爺ちゃん?」
「あの程度なら全く問題ないわい」
言ってゼンカイは魔物の軌道上に単身立ち、腰を落として抜刀の構えを取る。
「なんだぁこのじじぃ? まさかテメェ一人で俺をやる気とでもいうのか? ケケッ! 馬鹿が! まぁこっちは雌を後に残して置ける分願ったり叶ったりだけどな!」
「わかったわかった。いいからはよこい。全く口だけは減らない奴じゃのう」
キキーーーーッ! と金切り声を上げ、バットメンズが勢い良く皮膜を振る。
「だったら望み通りてめぇから殺してやるよ!」
「それもフラグじゃな」
魔物の叫びにポツリとゼンカイが呟くと、その瞬間――巨大な影がゼンカイに迫る。
「シキェエエェエエェエ!」
「抜刀術――千抜き!」
その瞬間数多の剣風がゼンカイの周囲を縦横無尽に駆け抜け、刹那、キギャアアァアア! という悲鳴を上げながらバットメンズが地面にその身を預け、そのまま滑りながら藪の中へと突っ込んでいく。
「凄いわねお爺ちゃん。あの一瞬で何回抜いたの?」
「千回じゃ。でもやはり剣はまだまだじゃのう。精度が今ひとつじゃ」
そういって残念がるゼンカイの足元には、無数の斬撃の跡が残されていたという――
気がついたら200話まで達成してました。
皆様ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!
今後もお付き合い頂けますと嬉しく思いますm(_ _)m




