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第二十話 そして勇者も現る

「ちょっと! お爺ちゃんの事一体なんだと思ってるのよ」

 ミャウが明らかに不快な表情を浮かべセーラに抗議する。


 だがセーラは首を傾げ爺さんはジャーキーに喰らいついた。


「お爺ちゃん……プライド無いの?」

 野良犬のごとくジャーキを咀嚼するゼンカイを、ミャウは残念な物をみるかのような瞳で見下ろす。


「お爺ちゃん?」

 セーラが可愛らしく小首を傾げる。本当に可愛らしい。

 

「いや。本当のお爺ちゃんってわけじゃないわよ。成り行きでね」


「わしらは恋人みたいなものじゃな」

「黙れ」


 そんなやり取りを見ていたセーラは、不思議な物をみるような眼差しでゼンカイを見つめ、そしてミャウに視線を移す。


「いい意味でペットじゃないの?」

「違うわよ!」

 イライラしてるのかミャウの顳かみがピクピクと波打っている。


 するとセーラがゼンカイの顎の下を撫でごろごろし始めた。もう完全に扱いが犬か猫である。


「止めなさいって!」

 言ってミャウがゼンカイを抱き上げた。

 セーラは不満そうに眉を落とし、ゼンカイもどことなく悲しそうだ。


「何よその顔」


 するとゼンカイ徐ろにミャウの胸当てに手を乗せ軽く数度叩くとはぁっと溜息を一つ付く。


「薄くて固いのう」

「はっ倒すわよ。てか固いのは胸当てだからよ!」


 薄いのを否定出来ないのが悲しいところである。


「ニャウは……」

 二人の会話にセーラが割り込んだ。


「いい意味で胸が小さい」

「あんた本当にむかつくわね」


 ミャウはお腹のそこから押し上げた胸声と共に鼻白んだ。

 癇に障るという感情がありありと表情に滲み出ている。


「お前。いい意味で名前なんという?」

 セーラの目線を見る限り爺さんに向けて問われた言葉だろう。


「ゼンカイなのじゃ~」

 

 答えを聞き、顎に指を添え少し考えた後。


「ゼンキチか、いい意味で」

「違うわよ。てかあんた微妙に私の名前もさっき間違えてたでしょう」


 ミャウが言下に突っ込んだ。しかし大分疲れてるのかそれとも辟易してるのか、声の調子が淡々とし始めていた。


「あ、セーラここにいたんだね」


 ミャウの背中側から聞こえてくる声に、彼女の耳がぴくりと震えた。

 そして大きな溜息を一つ吐き出す。


 ミャウが振り返ると、そこには眩ばかりの金色の髪を生やした男がいた。

 頭に装飾が施された額当てを装着している。


 彼の切れ長の瞳は碧眼で、目鼻立ちがしっかり整っていた。一見するとかなりの好青年といった雰囲気を漂わせている。


 するとセーラが男の側まで歩み寄り頭を下げ。


「勇者ヒドシ様。いい意味で申し訳ありません。勝手にお側から離れてしまい」

「何気に酷い間違いかたしてるわね、あんた」


 その突っ込みで勇者ヒロシは軽く目を広げ、ミャウへと視線をずらす。


「君は確かミャウさんだったかな? 前に何度かあってるよね」

 言って白い歯を覗かせた。

 見たところ彼は普通に好青年である。

 一体どこに問題があるというのか。


「お前が勇者ヒロシか!」

 突如ゼンカイがミャウの腕の中で声を荒らげた。


 すると、うん? と勇者ヒロシがゼンカイに視線をずらす。


「これはこれはご老人。そう! 私がこの王国に暮らす皆の味方! 勇者の中の勇者! 勇者ヒロシですよ。サインしましょうか?」


 前言は撤回しよう。

 少し痛そうな青年である。


「そんなものはいらんわい! 大体そもそもお前は一体誰に断って勇者を名乗っ飛んじゃい!」


 ゼンカイが指を突きつけながら、捲し立てる。


「フッ――」

 鼻を鳴らし髪を掻き上げる勇者ヒロシの周りに、キラキラしたエフェクトが浮かび上がった。

 気のせいではなく本当に浮かび上がった。


「勇者というのは誰かに断ってなるものではない。皆が認めてこその勇者なのさ」

 どこか遠くを見るような目で回答を示す勇者。


「そうです勇者ヒドイ様はいい意味で努力しております。各地をまわってご自分が勇者であることを吹聴して回っているのですから」

「何かもう色々と悪意しか感じないわね」


 ミャウは目を細め静かな突っ込みを行った。

 すると勇者がミャウをみやり。


「いやぁ。セーラちゃんも悪気があるわけじゃないんだよ。名前を上手く覚えられないみたいでね。でも勇者たるものそんな事で怒ったりしないよ。いい意味でと付けるのも彼女の優しさなのさ」


「あんた本当にそう思ってるなら、そうとうなお人好しね」


 ミャウがため息を吐くように告げる。


「ふん! どっちにしろお前など真の勇者にあらずじゃ!」


「へぇ。それは何でかなぁ?」

 勇者ヒロシはゼンカイの言い分に対しても余裕の表情で返した。


「ふん! それはのう。わしがお主を勇者と認めておらんからだ! そしてわしこそが真の勇者といえんこともないからじゃぁああぁあ!」

 なんとも中途半端な宣言である。

 せめてきっぱり言い切れよという気もするが流石の勇者もこれには呆れて――。


「な、何だってぇえぇええええ!」

 等おらず寧ろ、ガーン、と言った感じにかなり衝撃を受けたようだ。さっきまでの余裕の表情は完全に消え去り、ゼンカイに対する眼つきが相当に鋭くなっている。


「僕以外に勇者がいるとは……それは中々聞き捨てならない台詞だね! 一体君のどこが勇者だと言うんだい!」


「てか普通信じないでしょう」

 ミャウの両者に対する視線が冷たい。


「ふっ……どこが勇者じゃと? 語るに落ちおったな」


「な、何!?」

 勇者ヒロシは明らかに動揺してる様子だ。


「よく聞くんじゃ! 勇者というのはな! 皆が認めてこその勇者なのじゃぁあぁ!」


「なっ!?」

 勇者はまるで弁慶の泣き所を撃たれたようなそんな表情だが、ゼンカイが使った台詞は元は勇者のもので、更に誰もゼンカイの事を勇者などと認めていない。


「くっ……な、なるほどな。あは、あっはっはっはっはっはぁああ!」

 勇者ヒロシ突然の高笑いである。


 そしてひとしきり笑い終え、額当てに右手を添えながら顔に影を落とし軽くうなだれ口を開く。


「認めたくないものだな。勇者ゆえの過ちを――」


 大丈夫かこの勇者。


「だがしかし! それでも僕は勇者だぁああぁあ!」

 どうやら勇者ヒロシは立ち直ったようだ。


「ふっ。ご老人! ならばここで貴方が真の勇者たるかチェックしてあげよう!」

 ファッションチェックならず、ヒロシの勇者チェックが唐突に始まった。


「望むところじゃ!」

 ゼンカイがめらめらと闘士を燃やす。

 そしてミャウはカチンコチンの冷たい表情でその行方を何となく眺めている。


 更にセーラに関してはこのやり取りの間にもう一つクレープを買ってきたようで、もぐもぐと美味しそうに食べていた。

 素早いなこの娘。


「美味しそうねそれ」

「いい意味であげません」

「いらないわよ!」


「勇者クエスチョン!」

 冷めた二人など気にもとめず、勇者ヒロシとゼンカイの激闘が今始まった。


「貴方の誕生日は?」

 最初の質問それかよ。


「1月1日じゃ!」

 中々めでたいように思える日だが、その影でクリスマスと誕生日とお正月が常に一緒という悲しみをも背負っている事を忘れてはいけない。


「ぶっぶぅぅう~」

 勇者が唇を尖らせ、擬音を奏でた。

 はっきりいってムカつく所為である。


「な、何が行けないというんじゃ! 納得いかんぞ!」

 ゼンカイは猿のように両手を振り上げ怒りを露わにした。


「ふっ。何故なら……私の鍛造日が4月9日だからだ!」

「…………」

 

 ゼンカイはミャウを見上げ、初めて困ったような表情を見せた。


「そんな顔されても知らないわよ。自分から関わったんだからちゃんと処理してよね」


 ミャウと来たら膠もない。

 しかしゼンカイを心から困らすとは。勇者ヒロシ。中々の逸材である。


「勇者ヒデブ様は、いい意味で勇者の日に生まれたそうなんです」


「勇者の日?」

とこれはミャウの質問。

 どうやら名前に関しては突っ込むのをやめたようだ。


「そう! セーラの言うとおり! 4月9日は僕のいた世界では勇者の日と言われていたのだよ!」


「知ってるお爺ちゃん?」

「さっぱりじゃ」


「しかも僕は死んだ年齢も49歳で命日も4月9日! これが偶然と言えるかい? 言えないだろう? 僕はね。生まれた瞬間から勇者である事を示唆されていたのさ! 小学校から僕の夢は勇者一筋だった! どうだい? これこそまさに僕が勇者である事の証だろう」


「それでお主は生前は勇者だったのかのう?」

 ゼンカイは割りと鋭い質問を投げつけた。

 すると、う、ぐむぅ、と明らかに勇者ヒロシの言葉が詰まる。


「そ、そのときは勇者を作っていたのさ僕は! そう勇者の魔法! シーゲンゴーなどを駆使してね!」


 生前はプログラマーだったそうです。


「でも49歳って随分早く死んだのね」


 ミャウの返しに勇者ヒロシは突然青ざめ、身体を震わせる。


「そ、それはこの勇者を陥れようとした呪いのせいでだね……そう呪い……ノウキの呪い……呪いこわい! 怖い! ノウキ! ノウキ!」


 どうやら何か酷いトラウマを抱えてるようだった。


「しかし! それでも僕は生まれ変わった! 神の力で! 勇者として! 呪いを吹き飛ばし今ここにいるのだ! さぁどうだいお爺さん? これでも僕より貴方が勇者に相応しいといえるのかな?」


「寧ろなんでお前が勇者と言われてるのか判らんわい」

 妥当な感想である。


「勇者ウザイ様はいい意味でバカですが。実力はまぁ確かだったりするんです。王にも何度か謁見してます死ね」


「もう文字数以外に原形とがめてないわね」

 ミャウが呆れたように突っ込む。


「セーラ。今気のせいかな? なんか一言二言酷いこと口走ってたような……しねとか」

「いい意味で気のせいです」


 セーラは瞼を閉じながらしれっと言い放った。


「そ、そうか気のせいか。そうだよね。セーラが僕にそんな事いうわけないもんね」


「あなたって結構幸せ(頭が)よね」

 ミャウは瞼を半分ほど閉じた表情で、ため息混じりに述べた。


「コホン――まぁともかく」

 咳払いを一つし、勇者ヒロシは一旦気持ちを落ち着かせる。


「セーラが言ったように僕は王にも認められているからね。ところで貴方は今はどれぐらいの実績を積んでおられるのかな?」


 勇者ヒロシに今度はゼンカイが答える番なのだが、う、ぐ、と彼に続いてゼンカイが口ごもりだす。


「お爺ちゃんは今日ギルドに登録したばかりよ。実績といっても洞窟の魔物退治ぐらいだしレベルも3になったばかり」


 ミャウは有りのままを勇者ヒロシに伝えた。

 するとゼンカイがミャウを振り返り。


「そ、そこはもうちょっと四天王を倒したとかいってくれても――」

と手をばたつかせながら訴える。


「四天王って誰よ? てかこんなところで嘘を言ったって仕方ないでしょう」

 形の良い眉を少し崩し、咎めるようにミャウは返した。


 確かに嘘を言ったところで、その場しのぎの言葉などすぐにボロを出すことになるだろう。

 ミャウの言い分は尤もな事である。


「そうだったのか。いや素晴らしいと思うよ。うん今のうちから勇者を目指すなんて中々できる事じゃない。いやぁ僕は例外中の例外なんだけどね」


 勇者ヒロシは相手を讃えつつ、自賛も折り混ぜてきた。

 表情はすっかり余裕に満ちている。


「でもね。勇者を名乗るならそうだなぁ後せめて二回ぐらいは転職して。それにレベルの高いダンジョンの攻略ぐらいしないとね。そこまでいったら僕も君をライバルと認めてあげるよ」

 

 相当上からな発言である。

 これには流石のゼンカイもぐぎぎと歯噛みし、悔しそうな表情をにじませる。


「勇者シネバ様。いい意味でそろそろお時間が」

「あぁもうそんなになるのか。てか今もなんかさらっと酷い間違い――」

「気のせいです勇者様」


「本当、あんたなんでそいつと一緒にいるの?」

 ミャウは心からの疑問をセーラにぶつけるが返事はなかった。


「それじゃあ貴方も頑張ってね」


「ま、待たんかい! 逃げるのかい!」

 踵を返し去ろうとする勇者にゼンカイが語気を強める。


「あは。いやぁ実は王城に招待されてまして。なんでも宴があるとか。勇者となればこういった事にも参加しなければいけないので中々大変ですよ」


 ゼンカイを振り返りながら白い歯を覗かせる。その姿がまた爺さんには腹ただしかった。


 こうして勇者ヒロシは二人に向け軽く頭を下げた後、セーラを引き連れその場を後にした――。

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