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第ニ話 ネコ耳と街道と悪党と

 突如何もない空間に穴が空き、一人の男が放り出されるような格好で地面に衝突した。


「う、う~ん。痛いのぉ。あのおなご、今度あったらもう少し教育する必要があるのぉ」


 頭を左右に振りながら男はゆっくりと立ち上がる。そうこの男こそ、先ほどまで天界ですったもんだしていたゼンカイその人である。


 さてやっとの思いで、異世界に到着した彼であったが、よくよく考えてみれば一体どこに送られたのかさっぱり見当も付かない。


「ここは一体どこかのぉ」


 取り敢えず、少しでも情報を得ようと、ゼンカイは辺りを見回した。

 異世界に来たら先ずはやらねば行けないことである。


「むむむ!」


 ゼンカイは思わず唸りを上げる。目の前に広がるは遥か地平線まで続いた草原。


 ゼンカイはそこにファンタジーを見た。瞳を輝かせ、あの頃の無垢な少年の表情で感動を――。


「なんじゃ。なんにも無いところじゃのう」


 覚えていなかった! 感動なんてこれっぽっちも覚えていなかった! そうであるゼンカイはこういう男なのである。


 さて、そんなわけで何もない草原に一人佇むゼンカイ。手持ち無沙汰なので鼻を穿ってみるが、それで何かが生まれるわけでは無い。


「どうしようかのぉ~」


 瞳を細め、ボーっと辺りを眺めながら一人呟く。と、その時。


「げっへっへっへっへぇ~」

「待ちなよお嬢ちゃん」

「俺達にちょっと触らせてくれよぉ~」


 唐突にそんなありがちな声が聞こえてきた。勿論ゼンカイも直ぐに反応し、首を巡らせた。

 視界に捉えるは草原に伸びた一本の道。


 その道の奥。声のほうをゼンカイは更に凝視する。


 するとそこにはなんと、猫耳を生やした赤髪の少女と、その周りで指をわきわきさせる如何にも悪人といった風貌の男たちの姿。


「こ、これは!」

 思わずゼンカイがその小さな瞳を見広げる。

 異世界に辿り着くなり目にした狼藉。


 斯様な視界の開けた草原で、しかも街道らしきものが敷かれた目立ちそうな場所で。

 かよわい少女相手に傍若無人な振る舞いが平気で行われるとは……一体この世界の治安はどうなっているんだ! とゼンカイはこの地を憂いはじ――。


「これぞ異世界のお約束じゃぁああぁああ!」


 めて等はいなかった! そうゼンカイはそんな細かいことは関係ない。

 心はいつだってフリーダム! テンプレの事をお約束と行ってしまう辺りに、寄る年波と何事にも縛られない自由奔放さを感じさせる。


「あいや待たれよぉおぉお!」


 ゼンカイはさっそうと狼藉者と少女の間に割って入り、歌舞伎役者宜しくの睨みを効かせてみせる。


 しかし慣れていないのか、寄り目が中途半端でまるでヒキガエルの如きである。


「何だてめぇは!」

「何なんだお前は!」

「何処のどいつだお前は!」

 三人は揃いも揃って似たような頭の悪い台詞を吐き、ゼンカイを睨みつけながら正面に並び立った。 


 その内の一人は筋骨隆々で黒光りした肌がどこか卑猥な男だった。

 もう一人はそれとは対称的に骨と皮で出来てるんじゃ無いのか? と思えるほど痩せこけた細身の体躯をしている。

 そして後はハゲだ。


「あの……」

 ゼンカイの後ろから少女が声を掛けた。

 その瞳には戸惑いとも、懸念とも言える感情が浮かび上がり折角の猫耳がふにゃっと倒れてしまっている。


「ふっ、お嬢ちゃん。わしが来たからにはもう心配はいらないぞい」


 猫耳少女を振り返り、ゼンカイはニカッと歯と歯茎を覗かせ、人生で一度は言ってみたかったという台詞を吐き出す。

 得意気なドヤ顔がどこか腹ただしい。


「はぁ、それはありがたいけど……あの、大丈夫なんですか?」


 首を傾げるようにし、明らかに心配そうな問いかけ。

 自分の為に誰かが傷付くのが堪らないのか……だとしたらかなり心根の優しい娘と言えるだろう。


「心配ご無用!」


 ゼンカイが語気を強めた。

 猫耳娘の心配など気にも留めず。その姿は自信に満ち溢れている。

 

 そんなゼンカイの強気な振舞に、暴漢たちも思わず戦いてしまう。


「くっ、こ、この! てめぇ一体なにもんだ!」


 黒光りする卑猥な男が、奥歯を噛みしめながらゼンカイに問う。実は最初の一言で同じ質問をしているのだが、そんな事は最早関係ないのだろう。


「ふん! 愚かものが! この静力 善海。お前達のような不埒な輩に教える名など持ち合わせておらんわ!」


「…………」「…………」「…………」


 沈黙が支配したその場を、一陣の風が通り過ぎた。えっへんと胸を張るゼンカイを除いた皆の表情がどこか冷たい。


「てか、名前言っちゃってるし……」

 

 可愛らしい猫に似た瞳を細め、ゼンカイの後ろの少女が呆れたように言った。


「ふっ……さぁお前たち覚悟するんじゃ!」


 カッっと両目を見開き、息巻くゼンカイ。呆れた表情から一変し、黒光りの卑猥男が前に出た。


「舐めるなよ。お前なんざこの俺一人で十分だ」


 男は自らの筋肉を誇示するように、胸筋をぴくぴく波打たせる。

 確かにゼンカイが相手にするには明らかに分が悪そうだ。


 一応はどちらも素手だが、卑猥な男はゼンカイの倍近い体格を有している。

 今更だが、一体どうやって勝利を収める気なのかと不安になる程である。


「頑張れよムカイ!」

「任せたぞムカイ!」


 後ろの二人が黒光る背中に声援を送った。 しかしいかにも頼り無さそうな二人とムカイが何故一緒に行動してるのか謎である。


「さぁいくぜ! 強化魔法【マキシマムアーム】!」


 ムカイが意気揚々と何かを唱えた。

 すると黒光りする卑猥な腕が膨張し、より猥褻で逞しいモノに変化する。

 その様相は、まるでサラブレットのソレなのであった。


「ま、魔法じゃと! 嬢ちゃんあれはもしかして! 魔法なのかいのぉ!」


 ゼンカイが猫耳少女を振り返り捲し立てる。 言葉と一緒に唾まで飛んでくるので数歩少女が後ろに下がった。


「えぇ。意外だけどあいつ魔法使えたみたいね」


 猫耳少女の回答に、

「おお! 流石異世界じゃ! わしなんかわくわくすっぞ!」

とゼンカイはどこかで聞いたことあるようなないような台詞を吐き出す。


「戦いの最中によそ見するとはいい度胸してやがる。まぁいい覚悟しろ!」


 言うが早いか、ムカイは少し頭を下げた格好でゼンカイに突っかかる。

 肥大した左腕で顔をガードし、右腕は既に大きく振りかぶられていた。


「おらぁ!」

 声を猛らせムカイの右ストレートがゼンカイの顔に迫り――直後ミシリと腹の底に響き渡る重音が其々の耳に届いた。


 ムカイの口角がニヤリと吊り上がる。完全に勝利を確信した顔だ。

 しかし――直後、ムカイは気付く。自分の拳に触れる感覚が人の肉肌と何か違う事に。


 そして……目の前のゼンカイが不敵な笑みを浮かべてリング(草原)の上で立ち続けている事に。


「馬鹿な!」


 ムカイは驚愕の色を浮かべ、どういうことかとゼンカイをよく見る。

 そして気付いた、彼がその手に構えたソレに。

 外側は多数の白い枠で囲まれ内側は薄紅色。


「こ、これは!」


「くぅろえずお、ずえくぁいうぁれぶあぐあるど! ずぁくじてずぇいが!」


 何やらゼンカイが得意気に話すが、さっぱり何を言っているのか判らない。


「いや、それじゃあちょっと良く判らないから」


 猫耳少女に言われ、ゼンカイはそれを装着しなおし再度口を開く。


「これぞ、善海入れ歯ガード! 略して【ぜいが】じゃ!」


「…………」「…………」「…………」「…………」


 急に押し黙るゼンカイ以外の四人。


「ふっ。お嬢ちゃんわしに惚れるなよ」


 髪を掻き上げるような仕草を見せながら、爺さんがウィンクを決めた。

 背中に悪寒でも走ったのか、少女は小さな両肩を自身の腕で抱きしめる。


「てか何だよその略!」


 ムカイが堪らず叫ぶ。


「何じゃ! 格好良いじゃろう! 必殺技ぽくて!」


 ちなみにゼンカイが行ったのはその名のとおりだが、相手のパンチに対する入れ歯を使ったガードである。


「くそ! ふざけた奴だ」


 苦々しくムカイが言う。するとその腕が事が終わったアレみたいに急激に萎みだす。


「くっ。馬鹿な事やってる間に魔法の効果が切れちまったぜ!」


「魔法とか羨ましいのう」


 ゼンカイは物欲しそうな目でその腕を見た。指を口に咥えたりと行儀が悪い。


「チッ。あと一回が限度だが仕方ねぇ。【マキシマムアーム】!」

 ムカイが魔法を唱えると再びその腕が肥大化する。


 しかし、自分から魔法がこれ以上使えない事を示唆するとは中々親切な男である。

 ナイスなムカイ。略してナイスカイといったところか。


「言っておくが次はもうその変なガードは通じないからな!」


 肥大化した腕を真っすぐ伸ばし指を突きつける。黒光りするソレはやはりどこか卑猥だ。


「ふん。だったらこうじゃ!」


 ゼンカイは叫び、そして構えを変えた。


「ば、馬鹿な!」

「あれは! ノーガードだと!」


 ムカイの後ろの痩せと禿げが同時に叫んだ。もはや只の観客と変わらない二人だが、彼等の言うようにゼンカイは両腕をだらりと下げたノーガード状態である。


「馬鹿が! そんな奇抜な事した所で俺に勝てるわけが無いだろう!」


 ムカイは、明らかに仕留めに掛かる猛獣の如き覇気を全身に漲らしていた。

 次で決める気満々である。


 それに先程の流れを考えると、魔法の持続時間に限りがある事は明白だ。

 そうなるとムカイとて効果が切れる前に勝負を決めたいところであろう。


「今度こそ覚悟しろ!」

 

 ムカイが再びゼンカイへ突撃した。先ほどと同じように左腕でガードを固め右手でパンチを放つ。


 しかも今度は只のストレートではなく、緩やかな曲線を描いたフック気味のパンチだ。

 ゼンカイの【(善海)(入れ歯)(ガード)】を警戒しての事であろう。


 しかしゼンカイは迫り来るパンチを見ても動じない。

 その瞳でじっと彼の動きを見据えている。 

 だがリーチの差は歴然だ。

 只でさえ魔法によってムカイの腕は肥大化しているし、そうでなくても腕の長さに明らかな差があるのだ。


「貰った!」


 ムカイは、今度こそ勝利を確信した! と言わんばかりに口角を吊り上げる。

 負ける要素が見当たらないと言った所か。

 するとゼンカイの瞳がキラリと光った。

 

 そしてその瞬間、お互いの顔面を打ち付ける激しい重音が辺りに広がる。

 そして二人は……。


「ば、ば、かな――」


 ムカイは最後にそう言い残し、リングもとい草原にゆっくりと崩れ落ちた。

 一方ゼンカイは頬に拳の後は残っているものの、背中に杭を打ち込んだようにしっかりとその場に立ち続けている。


「あれは……クロスカウンターだと! いやそんな! あれだけのリーチの差をどうして……」

 痩せ型の男が驚愕の表情を浮かべ疑問の念を言葉に乗せる。


「そ、そうか!」

 ハゲが何かを閃いたように口走る。


「何か判ったのかハゲ!?」


「あぁ。あの男――自らの入れ歯をその手に持つことで、足りないリーチの差を補いやがったんだ!」

 

 ハゲは独自の持論を展開し爺さんを指さした。

 その説明に雷を撃たれたかの如く痩せが驚く。


 そんな二人に顔を向け、ゼンカイがにやりと不敵な笑みを浮かべた。そして、

「ふぉるぇらうぁいしの……」


「いや、だから全然何言ってるか判らないから」

 猫耳少女があっさり突っ込んだ。二度目だけにその視線はかなり冷たい。

 

 ゼンカイはトコトコと倒れてるムカイに近づき、転がっている入れ歯を拾って再び口にはめ直した。

 拭こうともしない辺りがゼンカイらしい。


 そして元の位置に戻り、改ためて得意気に言う。


「これぞ必殺! 【(ぜんかい)(入れ歯)(カウンター)】じゃ!」


 再びドヤ顔で決めゼリフらしきものを吐くゼンカイ。

 しかし略称がひらがなではどうにも締りが悪い。

 因みにさっきのは【(善海)(入れ歯)(カウンター)】】最初のは【(善海)(入れ歯)(ガード)】である、濁点の有る無しに注目だ。


「な、【(善海)(入れ歯)(カウンター)】だと!」

 

 残った二人が揃って驚きの表情を浮かべている。


 時に先程はムカイ相手に入れ歯を投げつけたのが正解であるので、カウンターかどうかはちょっぴり微妙である。


「くっ! やはりクロスカウンターだったのか!」

  

 違います。


「さぁ。どうするんじゃ? まだ続けるのかいのぉ?」


 ゼンカイは、まるで沢山の修羅場をくぐり抜けてきた達人のような空気をそこらに撒き散らし問いかける。


 勿論そんなゼンカイを、明らかにムカイより弱そうな二人がどうにか出来るわけもなく――。


「ふっ。なめるなよ。所詮そこに転がってるのは一番の格下。パセリに付いている茎みたいなもの……」


「な、何じゃとぉおお!」


 意外な事実であった。意外すぎてゼンカイさえも口を大きく開け、少し戦いている。

 正直リアクションがオーバー過ぎな感もあるが、とは言えゼンカイの相手したムカイが一番の格下とは確かに驚きである。


 痩せた方は骨と皮だけで今にも倒れそうだし、もう一人はハゲだ。

 とても強そうには思えないが何と言ってもここは異世界。


 目の前で不敵な笑みを浮かべる二人も、ムカイの魔法に負けない何か特別な力を持っているのかもしれない。


 ゼンカイと残りの二人の間に緊張感が漂う……。


 その時であった。


「てかお爺ちゃん凄いね。まさか本当に勝てるとは思わなかったよ」


 猫耳少女の褒め言葉がゼンカイの背中を撫でた。

 そのせいか緊張が一瞬にして解け、ゼンカイがまたもや髪を掻き上げる仕草を見せながら口を開く。


「ふっ。お嬢ちゃんさてはわしにほれ……何!」


 そこでゼンカイ、突如首が捻きれんほどの勢いで顔を回し少女を見た。血走った瞳が正直怖い。


「じょ、嬢ちゃん今なんと言ったかのぉ?」


「え? だから凄いわね。まさか勝てるとは思わなかったって……」


「そうではないわい! その前じゃ!」


 完全に身体を少女へと向けたゼンカイは、残りの二人などそっちのけで問い詰める。


「え? あぁお爺ちゃん?」


 その言葉を聞いた瞬間、ゼンカイはピシッっとまるで石化したかのようにその動きを止めた。


「お~い、大丈夫?」

 猫耳少女はゼンカイの前で両手を振り生死を確認する。こんな所で死なれでもしたら厄介だからである。


「わ、し」

「あ、生きてた」

「わしお爺ちゃんかのぉ?」


 少女は一旦顎に手を添え、何かを考える仕草を示したあと。


【アイテム:手鏡】と独り事のように口にすると、突如少女の手の中に文字通り手鏡が出現した。


 これはかなり驚くべき現象だ。

 まさにファンタジーと言った具合である。が、今のゼンカイはそれどころでは無いのだろう。

 ただぼーっとした顔で草原に佇んでいる。


「はい、これ」

 少女は出現させた手鏡をゼンカイに手渡した。すると爺さんはまじまじと鏡の中に映るその姿を見つめる。


 楕円形で面長の顔に、髪というアイデンティティーを自ら取り払った見事なまでのハゲ頭。そして細めの眉に唯一愛嬌の感じられるつぶらな瞳。


 そう、それは紛れも無く天寿をまっとうするまで目にしてきた己が顔だった。


「……お爺ちゃん?」


 鏡を覗き込んだまま再び動作を止める爺さんが心配になり、少女がその肩に触れると、どすんという音を耳に残しゼンカイは草原に傾倒するのだった――。

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