第一九九話 冒険者達の本気
「あいつがラムゥールだと?」
エロフは険しい目と声でミャウに問い質すようにいう。
「え、えぇ。間違いないわ。私達一度あいつと戦ってるし」
「あの顔は」「忘れないね」
「あの時は手も足もでなかったもんなぁ~」
其々が思い出したように述べる中、エロフは伸び生える草と木の陰からラムゥールを睨めつけ。
「だったら躊躇してる暇はないな。あいつをぶっ倒して、ついでに勇者ヒロシ様の場所も聞き出すとしよう」
「ちょっと待って! いくらなんでも無茶だわ。正直いって……今の私達でもあいつに勝てる気はしない、悔しいけど――とにかく様子をみて……」
「ふざけるな!」
外には漏れないよう抑えた声ではあったが、ミャウ達の耳にはよく響き渡る。
エロフの拳はプルプルと震えていた。抑えきれない怒りが全身に形となって表れている。
「エルフ族は仲間をやられて黙っていられるような臆病者ではない! お前達が嫌だというならそこでおとなしくみていろ! 臆病者の助けなどいらん!」
「あっ! ちょっと!」
ミャウの制止も聞かず、エロフは単身敵の中に飛び出していった。ラムゥールの姿に気が高ぶってしまったのかもしれないが、これでは作戦も何もない。
「くっ、長老のいったとおりね――」
ミャウがそういいギリリと悔しそうに歯噛みする。
確かに一行がシルフィー村を出る際、長老は彼らにいっていた。
「エロフはこの村では間違いなく一番の戦士だ。だがそれ故に己の力を過信しすぎてるところもある。それも若さゆえといえるところもあるが、その為ひとりで無茶もしがちだ。だから頼む、皆様はエロフの奴が暴走せぬようしっかり見ていてもらえぬだろうか?」
だが、結局彼の行為を一行は止める事が出来なかった。
ミャウはそれが申し訳なく思ってるのかもしれない。だが――。
「ミャウちゃんどうするかのう?」
「……様子を見るわ。ここで全員が出ていって纏めてやられたら元も子もないもの。でもエロフが危なくなったら――兎に角助けることだけに集中しましょう」
飛び出したエロフを心配そうに見つめるミャウの発言に、皆がゆっくりと頷くのだった――
「ルピス村の仲間たちをやったのは貴様らだな!」
ひとり敵達の前に姿を曝したエロフは、厳しい口調で眼前の相手に問い詰める。
辺りには穏やかな風のみが時折草花を揺らしていた。
だが、彼の発した声を乗せた風だけは、荒ぶる豪風と化し、数メートル先で神殿の前に立ち並ぶ魔物とラムゥールとの間を一気に駆け抜けた。
その突如現れたエルフの姿に、三体の魔物たちは眼を丸くさせるが。
「ふん。まだあの村に生き残りがいたのか? それとも別の仲間か? どちらにしても愚かな奴だ」
冷たい眼の色で蔑むように眺め、ラムゥールが馬鹿にしたような台詞を吐く。
その態度に、ギリリとエロフが拳を強く握りしめた。
「貴様が雷帝ラムゥールなのは知っている。我が同胞の村を襲っただけではなく、我が村を救ってくれた英雄ヒロシ様も攫ったらしいな!」
その言葉にラムゥールの眼力が強まる。だがすぐに髪を撫で上げ。
「随分と俺は有名なようだな。まさかこんな辺境の島にまで知れ渡ってるとは、で、それを知ってわざわざここまでやってきたというわけか?」
「そうだ! 殺された――仲間の敵も取るためにな! そこの魔物どもをぶっ殺し! そして貴様を倒しヒロシ様の居場所を白状してもらう!」
エロフは正面の相手に向かって指を突きつけ、声高々に宣戦布告を行う。
すると、ラムゥールを守るように並んでいた魔物たちが大声を上げて笑い出した。
「ぎゃははははは! おいおいこいつ、俺たちを殺して更にいうに事欠いてラムゥール様を倒すだとよ!」
「全く身の程知らずとはこういう事をいうのだな。エルフ族は賢いと聞いていたが、所詮噂に過ぎなかったって事か! 全く揃って馬鹿ばっかりだぜ!」
「全くだ! あの村の連中も『お前達みたいな邪悪な連中は絶対神殿に近づけさせん!』なんて偉そうにいっていたくせに、ラムゥール様の手にかかれば1分ともたず全滅しやがったからなぁ!」
嘲るように言い立てる魔物たちへ、エロフが鬼の形相を浮かべ睨みつけた。
「ふん。だが少しは楽しめそうかもしれないな。何せここの門番も弱すぎて話にならなかったからな」
既に事切れているエルフの門番を、ゴミクズでも見るかのような瞳で一瞥ずつくれた後、薄ら笑いを浮かべエロフに視線を戻す。
だがそこへワニの姿をした魔物が声を上げた。
「ラムゥール様。こんなやつ、わざわざ貴方様の手を煩わせる必要もありません」
「そうですよ。こいつこんな偉そうな事をいってますが、レベルは高々15程度でしかないんですぜ」
続けていったアルマジロのような魔物の言葉に、15だと? とラムゥールが顔を眇める。
「ケケッ、そうですぜ。ですからここは我々に任せておいて下せぇ。ラムゥール様は精霊神様を打ち倒しお疲れでしょう。どうぞ先にお戻りになり英気を養って下せぇませ」
コウモリの姿をした魔物の発言に、何!? とエロフがその眼を見開いた。
だが、ラムゥールは魔物たちに進言され、ふっ、と軽く瞼を閉じた後、まぁそうだな、と口を開き。
「判った。後はお前達で好きにしろ。私はアレを片付けられて気分がいい」
そう言うが早いか、ラムゥールが何かを呟き、己が右手を空に向かって大きく突き上げた。
「ま、待て!」
エロフが叫び、ラムゥールに向かって駆け出すが、おっとお前の相手は俺達だぜ、と他の魔物達によって行く手を遮られる。
その瞬間――激しい轟音と共にラムゥールの頭上から落雷が起き、眩いばかりの稲光が辺りを包み込んだ。
そして一瞬にして駆け抜けた光が収まった頃には、ラムゥールの姿は完全に消え失せていた。
「ははっ。全く相変わらず派手だなあの人は」
「本当にな。しかしあの雷はマジで恐ろしいぜ」
「何せ精霊神とやらも打ち倒しちまうぐらいだからな」
魔物たちが代わる代わるに口を開いていると、おい貴様ら、とエロフが口を挟み。
「精霊神様が倒されたとは何の事だ? 答えろ!」
その質問に、何いってんだこいつ? みたいな目で其々が顔を見合わせた後。
「そんなの言葉通りの意味に決まってるだろ。ラムゥール様は精霊神ってのを滅ぼすために、わざわざこんなとこまで来たんだからな」
「馬鹿な! 精霊神様が倒されるなど! そんな事はありえん!」
「ふん、てめぇが何を思おうがそれが真実なんだよ」
「てか、てめぇはその前に自分の心配をしたらどうだ?」
「全くだ。高々レベル15の分際で我らに楯突こうとは笑わせてくれる」
だがエロフは残った魔物たちに侮蔑の表情を向け、ふんっ、と鼻を鳴らした後。
「精霊神様が倒されたなど信じられるものか。まぁいい自分で確かめる! あぁそれとあのラムゥールはどこへ消えたんだ? 貴様らみたいな雑魚片付けるのは造作ないが、あの雷帝という糞野郎がどこに逃げたかぐらいはしっておきたい」
雑魚だと? とワニ顔の魔物の口元が怒りに歪む。
「おいおいムキになるなって。こんな奴俺達にかかればあっさり倒せんだろ? まぁ簡単には殺さねぇけどな。何せあの村も門番も殆どラムゥール様がやっちまったからな」
「ケケッ、その通りだ。俺達も少しは楽しまねぇとな。たく、こんな雑魚ひとり暇つぶしになるかもわからねぇが――」
「ひとりじゃないわよ!」
メス猫の鳴き声のような響きが魔物たちの耳に届き、声のする方に全員が顔を向けると、藪の中から四人の冒険者が姿をみせた。
「俺は臆病者の手はいらんといったはずだが」
助けに出てきた一行を振り返ることなく、エロフが静かに言い放つ。
「そう。でも勇気と無謀は違うのよエロフ」
「その通りじゃ。お主のおかげでわしらも相手の実力が何となくわかるようになった。わしらでもそうなのじゃ、お主があのラムゥールという男の力を測れぬわけなかろう」
「…………」
「全くそこの雑魚が」「相手の実力も」「わからない」「馬鹿で助かったよね」
「ま、僕がいれば雷帝がいたとしても余裕だったけどね」
そんなヒカルは直前まで、みつかったらどうしよう……どうしよう……と震えていたわけだが。
「なんだ仲間がいやがったのか」
「でもなぁこいつら揃いも揃ってレベル10とか12とかだぜ」
「全く逆によくここまでこれたもんだぜ」
魔物たちが揃って呆れたような馬鹿にしたような視線を一向に向けてくる。
「ねぇ? ひとつ聞きたいんだけど、なんであんたら私達のレベルがわかるわけ?」
ミャウが右手を差し上げそう問いかけると、ワニ顔の魔物が、カカッ、と声を漏らし得意げな顔で応える。
「俺達はな、ある御方の力でステータスを見ることの出来る目を埋め込んでもらってるんだ。だからてめぇらのステータスは俺達には筒抜けってわけさ」
「なるほどね」「納得できたよ」
「でものう。どうやらその眼というものでも、わしらの本気を見ることまでは出来んようじゃな?」
本気だと? とアルマジロ型の魔物が口にし。
「ケケッ、アルマージそんなのはったりに決まってるぜ。なぁアリゲール?」
コウモリ型の魔物がアルマージというアルマジロ型の魔物にそうのべ、そしてワニ顔のアリゲールに確認の声を掛ける。
「当然だバットメンズ。あの方のくれた眼に間違いはねぇよ。……まぁ例え多少は誤差があったとしてもレベル40超えの俺達に勝てるはずがないがな」
バッドメンズにそう応え、ニヤリとワニ口を吊り上げるアリゲールだが。その顔を見やりながら、エロフが、くくっ、と忍び笑いをみせ。
「貴様! 何がおかしい!」
「ふん! これが笑わずにいられるか。やはり貴様らはただの雑魚だな!」
「なんだと貴様! 高々レベル15の分際で! ふざけたことを!」
「ケケッ! これだから相手の力も測れぬ愚か者は!」
「い~え愚か者はあんた方の方よ!」
そういったミャウは、いつの間にか魔物たちのすぐ近くまで肉薄していた。
「な!? 馬鹿な!」
三体の魔物たちは驚愕の色をその身に宿し、彼らから飛び退いた。
ミャウだけではない他のメンバーもすぐそこまで迫ってきていたのだ。
「そんな、我らがこんな低レベルの奴らに――」
「ふん! だったらその低レベルな奴らが今どの程度の強さなのか、その眼でしっかり確認するんじゃのう」
ゼンカイがいつの間にか現出させていた剣を構えながら言い放つ。
「強さだと? ふんそんなものは既に――馬鹿な!」
「れ、レベル52、53、53、54、55、58、だと――」
「ケケッ!? こいつら全員レベル50超えだっていうのか! そんな!」
するとエロフが、ニヤリと口角を吊り上げ、
「どうした? さっきまでの余裕がなくなってきてるぞ?」
そう言い放ち、背中の矢筒から弓を取り出し構え出した――。




