第一九八話 レベル制御
エロフを先頭に、ミャウ達一行は森を駆け抜ける。エロフの表情が固い。先ほど村にいくまでも着いた後も、一向に悪態を付き続けてはいたが、それでもこのような顔はしていなかった。
やはり他の仲間に危険が及んでいるとなると話が違うといったところか。ヒシヒシと怒りが空気を伝い一向に注ぎ込まれてくる。
シルフィー村にボロボロの状態でやってきたエルフは、東の村からやってきたものであった。
東の村はルピスといい、彼らが崇める精霊神の神殿から最も近いところにあり、精霊神に会おうとするものはまずそこに立ち入る事になるらしい。
そして村のエルフは、その者が神殿に立ち入る資格があるかどうかを見極める役目も担っていて、これは相手がエルフであろうと関係なく審査されるらしいのだが――。
「ルピス村が、突如やってきた連中に――あいつらは精霊神を滅する為にきた等と――我々は必死に抗いましたが、つよ、すぎて、このままでは、精霊神様のお命が、あぶ――」
ルピス村から来たというエルフの男は、そこまでいって意識を失った。
命はギリギリで保っていたようで、その後ウンジュとウンシルの舞いで怪我の回復もさせたが、それでも完治までには随分と時間がかかりそうであった。再び目を覚ますのもまだまだ先であろう。
話を聞き終えるなり村の、特に男達は激昂し、今すぐにでも全員で乗り込むぐらいの勢いであったが、それは長老が制した。
無闇に数だけいても意味がないと思ったのであろう。そしてその後はエロフが当初の予定通り神殿にいって様子をみてくるという話になり、それに一行もついていく形となった。
神殿に行くという事自体は一向にとっても予定通りではあったのだが、心持ちは全く違う。
事と次第によっては戦闘になるかもしれぬし、寧ろそうなる可能性が高いことを、皆はどこかで感じていた――。
「なんだこれは――」
シルフィー村を出たあと、全力で森を駆け抜け、日が暮れ始めた頃ルピス村に辿り着いた一行であったが、その有り様にエロフは愕然として立ち尽くした。
「酷い……」
ミャウも、己の細い両肩を抱きしめるようにしながら、その悲惨な光景に哀咽する。
その表情も暗く、猫耳もペタンと倒れこんだ。
ルピス村は、既に人の住む体をなしていなかった。家屋は全て破壊され、建物によっては今もまだ焔が燻り煙を上げている。晩霞の赤が更にその火を色濃く際立たせていた。
そして村に住んでいたであろうエルフ達もあたりに散らばり、その生命を失っていた。
この状況を見るに、あのエルフは生き残れただけでも幸運だったのかもしれない。
「なんとも酷いのう……なんの罪もないエルフ達にここまでするとは、わしはこれまで感じたことのない怒りがこみ上げてきて仕方ないのじゃ」
屈みこみ、エルフの亡骸にそっと手をおきゼンカイが瞼を閉じてあげた。そして拳を震わせ怒りを露わにさせる。
「本当に」「酷いねこれは」
「……」
双子の兄弟も眉間に皺を寄せ苦々しそうに言葉を連ねる。
ヒカルは言葉も出ない様子であったが、沈痛な面持ちでその光景に目を向けていた。
それにしても、とゼンカイが顎に指を添え、少し考えこむようにしながら更に口を開く。
「この村の者はかなり腕が立ったのじゃろ? それがここまでやられるとは、相手は相当な奴らと思うべきか、褌しめてかからんとのう……」
ゼンカイの言葉に皆も表情を引き締める。確かに直前の長老の話では、神殿を守るという役目を担ったルピス村のエルフは、知識と実力を兼ね添えた優秀な戦士だったようだ。
しかし、そのエルフ達がこうもあっさりやられてしまっているのだ。
その事実だけでも相手の力が相当なものであることが予想される。
「関係あるか! 相手が誰でもこんな真似をしてくれた連中を俺は許さない!」
怒りに声音を強め、そしてエロフは瞼を閉じ、何かを探るように首を巡らせ始める。
その長い耳がぴくぴくと揺れ、そして――。
「いた!? ちっ! やはり神殿のほうか! 俺はもういくぞ!」
そういうなり移動を始めようとするエロフだが、待って! とミャウが叫び。
「私達もいくわ。一人じゃ危ない」
その言葉にエロフはふんっ! と鼻を鳴らし。
「構わんが足手まといにはなるなよ」
「随分な」「言い草だね」
「わしらだって、ここに来る前に随分鍛えてきてるのじゃ。そう簡単にやられはせんよ」
そんな一行を訝しげな目で見てくるエロフだが。
「だったらせめてレベルを抑えるぐらいやっておけ。相手がそれを察する連中だったら即効でばれるぞ」
エロフが、さも当然のようにいってくるが、ミャウ達は理解が出来ず目を瞬かせる。
「レベルを抑えるって隠蔽って事? でも私達そんなスキルもってないわよ」
「僕も指輪はもう返しちゃったしね」
すると、はぁ? と怪訝そうに眉を顰め。
「隠蔽だとかそんな小手先の話をしてるんじゃない。こうだ! 私が今やってるみたいにレベルを抑えて気配を消すんだ。出来ないのか?」
どこか馬鹿にされたような言い方に、ミャウがムッとした様子を見せるが。
「うん? なんだその爺さんは出来てるじゃないか」
エロフが爺さんに指を突きつけそう述べると、え!? と驚嘆し四人の視線がゼンカイに注がれる。
「なんでお爺ちゃん出来てるのよ!」
「うむ。なんとなくこんな感じかのう、と思ってやってみたら出来たのじゃ」
これも年の功というべきか。だが、その後ゼンカイが皆にこんな感じでイメージするんじゃ、と説明すると。
「ふん! どうやら出来たみたいだな」
「……できてるんだ」
「でもなんとなく」「抑えてるって気がするね」
「俗にいう気を消すって奴か~」
無事うまくいったことで喜ぶ双子とヒカル。
しかしミャウはなんとも釈然としない面持ちだが。
「きっとあの爺さんに鍛えられた成果があらわれてるのじゃよ」
ゼンカイの言葉に、まぁそうかもね、と無理やり納得させたミャウである。
「それじゃあいくぞ! 逃げられる前に追いつく!」
言うが早いか、エロフが足音も立てずに神殿へと続く藪の中に入っていく。
一行は黙ってそれに付き従った。
「あれが神殿なのね」
前で様子を見ていたエロフの肩越しに、ミャウがその佇まいを覗きこむ。
森に囲まれた一画にその神殿はあった。正面入口らしき場所は扉が開け放たれている。
入り口までは十段ほどの白塗りの階段がみえた。階段を下りたあたりには、大木ほどの円柱が左右に二本ずつ立っている。
三角屋根の中々厳かな雰囲気を感じさせる神殿だ。屋根の中心には青い輝石が埋め込まれている。
「くそ! 封印が解かれて扉が開いてやがる! それに――」
エロフは苦々しそうに顔を歪め、神殿の前のそれをみた。
そこには倒れているふたりのエルフ。見たところ既にもう息はない。
恐らくはこの神殿を任されていた門番であろう。だが今はその代わりに別の魔物が三体、見張るようにしながら周囲を歩きまわっている。
「あいつらがエルフの村をやったのじゃな」
ゼンカイが声を抑えて呟くも、蟀谷には怒りからか、青筋が浮かびピクピクと脈打つ。
魔物の三体の内、一体はワニのように長い顎門をもった魔物で、体全体は緑色の鱗に覆われている。
身長はエルフより一回り高く、かなりガッチリとした体躯な為、見た目にはかなりゴツイ。
もう一体は、背中に丸みを帯びた甲羅を背負った魔物で、顔が爬虫類のように細長い。
こっちはアルマジロを人間並みに大きくさせたような形だ。
ただし腕と脚はしっかい分かれていて、二本の脚で辺りをウロウロとしている。
最後の一体はどうやらコウモリ型の魔物のようだ。今は折り畳んでいるが、腕を広げると皮膜が広がり、空を飛ぶことも可能なのだろう。
赤紫色の毛に覆われていて、口からは長めの牙が二本外に飛び出している。
「あの魔物が仲間を……くそ! 即効でやってやる!」
「ちょ! ちょっと待って! もう少し様子を見てから――」
「馬鹿いえ! あいつらはこっちに気づいていない。やるなら今だ! 速攻飛び出して」
「お帰りなさいませラムゥール様!」
ミャウとエロフがそんな押し問答を繰り返していると、ふと神殿の入り口から出てきたソレに、魔物たちが恭しく頭を下げ声を張り上げる。
その正体に、ミャウの眼が驚愕に見開かれた。
「そんな――あいつ、雷帝……ラムゥール……」




