一九六話 エルフの民とマスドラと勇者様
村の入口前、そこに一行は追い出されるような形で移動し、エルフ達と向かい合っていた。
ゼンカイを含め皆得心がいっていない様子ではあったが、あのまま長老の家にいてはエルフ達から攻撃を喰らいかねないと判断しての事である。
ミャウ達は別にこの島にエルフと争いをする為に来てるのではない。
その為、ここでトラブルになるような真似は避けたいと思っての所為であった。
「長老! やっぱり私納得がいきません! こんなの――」
眉のあたりに悲しみを忍ばせ、エリンが叫ぶ。
だが長老は彼女を一瞥したあと頭を振り。
「エリン。お前はまだ幼いから判らないとは思うけどね。だがマスタードラゴン様の鱗を狙ってやってきたとあっては我々も黙ってはいられないのだよ」
長老がそう述べたあと、エロフがキッと全員を睨みつけ。
「いっておくが村を出てからもマスタードラゴン様のもとへ行くのは許さんぞ。他の村にすぐにでも伝達する手段はある! 貴様ら我々エルフ族を敵に回したくなければ、とっととこの島から出て行くのだな!」
それに続いて他のエルフたちも眦を尖らせ、重圧を掛けてくる。彼らは間違いなく本気であろう。
「……なぜそこまで鱗の事を? 私達はマスタードラゴンに敵意はありません。ただ生え変わりの鱗を分けて頂ければと思っているだけで――」
「ふん! 相変わらず大陸の人間どもは身の程知らずだ! 第一マスタードラゴン様の御姿など我々エルフ族でも殆どお目にかかれる機会はないというのに!」
苦々しく述べるエロフに、そんなものなのかのう? とゼンカイが呟く。
「エロフの言うとおり。この島ではマスタードラゴン様は精霊神様よりも崇高なる存在。しかし時折あなた方のように、欲望の赴くまま鱗を求めてやってくるものもいる」
長老は大きく溜め息を吐きだし、頭を振って更に続ける。
「愚かなことです。大陸では金というものが全てらしいですが、それを得たいが為に鱗を求めこの島に上陸し、そして何度となく我々エルフ族にも危害を加えてきた」
そこまで聞いてミャウが眉を落とし、若干の哀しみをその顔に滲ませた。
どうやら先人達は彼らの信頼を失うようなことを散々してきたようだ。
「とはいえあれから随分と時間もたつ。鱗の生え変わるまでの期間が長いのもありますが、ある一件から私達も人間への考えを改め、友好に接する事も出来ればと思っていた――ですがやはりいざその時期が来れば、あなた方のような者が現れるのですね残念です」
「ちょっと待ってよ」「確かに鱗の事もあるけど」「だからって」「僕たちは島を荒らしたりしないよ」
「……確かにエリンの事を助けてくれた事もあります。出来れば信じてあげたいところですが、それでもやはり軽々しくマスタードラゴン様の鱗を取りに等と口にするものは――」
「なんじゃいなんじゃい! ケチくさいのう!」
長老の口を遮るようにゼンカイが怒鳴りだす。眼を不機嫌そうに細め、ぷりぷりと怒りを露わにさせた。
「ちょっ、お爺ちゃん!」
隣のミャウが窘めるように口を開き、
「こ、この爺ィ! これだから大陸の人間は! マスタードラゴン様の有り難みも知らず――」
「うるさいわい! 何を偉そうに! 第一マスタードラゴンなんて勇者ヒロシでさえ会えたのじゃろうが? それなのになんでわしらは駄目なのじゃ! わしだってあやつに負けないほどの勇者なのじゃ!」
エロフが青筋を立てて怒声を上げるが、構うことなくゼンカイが言葉を重ねる。
隣のミャウが思わず右手で顔を覆った。これでもう間違いなくエルフからは嫌われたと思ったのかもしれない。
だが――。
「勇者――ヒロシ様、ですと?」
長老が驚いたように目を丸くさせ、確認するようにいってくる。
「ま、まさかお前たち! 勇者ヒロシ様を知っているのか!?」
更に驚きの声で紡ぐは、直前まで不機嫌を露わにしていたエロフ。
そしてその声に周りのエルフたちもざわつき始める。
その様子に一行が其々顔を見合わせ――
「私達ひろ、勇者ヒロシの事はよく知ってますし、それにパーティーを組んだことがあります」
「彼と一緒に」「マスタードラゴンの」「背中にのったことも」「あるしね」
「うんうん! プリキアちゃんとマスドラの背にのっての空中デート! 思い出すなぁ」
「そう思ってるのはお前だけじゃろう」
全員の言葉を聞き終えると長老は腕を組み何かを考え始める。
そしてひとつ唸り声を上げた後、一行を真剣な目でみやり。
「もしかしてマスタードラゴンの鱗の件は、勇者ヒロシ様と何か関係がお有りで?」
「うむぅ、なるほど。しかしよもや勇者ヒロシ様がそのような事に……なんということか――」
ミャウ達から事の顛末を聞き終えた長老は、軽く唸り、そして顎鬚を擦りながらどこか遠くを見るような目で呟く。
「ところであの、ヒロ、勇者ヒロシはこの村で何か助けになるような事をされたのですか? 随分と慕われてるようですが――」
説明を終えたミャウは、今度は自分の方から気になっていたことを尋ねた。
確かに彼らはヒロシを様づけで呼んだりと勇者をかなり尊敬している節がある。
王国内では知名度もあるためそれもわかるが、このような島でなぜそこまで、と気になってのことだろう。
「勿論! 勇者ヒロシ様にはこの島のピンチを救って頂きましたからな」
そうなんですか、とミャウ。すると長老が身を乗り出すようにしながら、更に口を開き。
「そう! あれは今から数えて――」
「のう」
長老がノリノリで勇者の武勇伝を語ろうとしたとこにゼンカイが口を挟む。
「その話長いのかのう? 出来れば三行程度で済ませてくれると有難いのじゃが」
こちらから質問してるのに失礼な話だ。
しかし年寄りの話が長いのも確かであるが。
「ちょっとお爺ちゃん失礼よ! 三行だなんて! 手短にぐらいにしておかないと!」
それも失礼な話である。
「まぁでも」「さくっと終わって欲しいね」
「あんまり長いとお腹へっちゃうよ!」
其々の勝手な言い分に、長老の隣で聞いていたエロフが蟀谷を波打たせ拳を震わせるが。
「……数年ほど前、混竜病にマスドラ様が侵され暴走しかけましたが、偶々島を訪れていた勇者様が病に効く伝説の花を見事探し出してくれて、マスドラ様を病から助け島の危機を救ってくれたのです」
「長老~~~~~~!」
長老は見事に手短に纏めてくれたのだった。
「しかし、つまりはその敵の手に囚われた勇者様を助けるためにも、マスタードラゴンの鱗が必須というわけなのですが」
「うん? 別にあんな勇者どうでもいいが、わしの入れ歯の……」
「あぁああああぁ! そうですそうです! そうなんです! えぇもう勇者ヒロシを助けるためにも精霊神の力や鱗で作る武器が必須なんですよ~~!」
ミャウはゼンカイの口を両手で塞ぎ、声を大にして訴えた。
勿論ミャウとてこの件に関しては、別にヒロシの為などこれっぽっちも思っていなかったが、ここはそういう事にしておいた方が良いのは火を見るより明らかである。
「なるほど、それでしたら流石に我々も無下には出来ませぬな。マスタードラゴン様もヒロシ様のピンチとあれば協力を惜しまないでしょう。そういう事であれば――」
長老のその言葉に皆の顔に喜色が滲む。だがその時、異を唱えるものがひとり。
「待ってください長老! この者達の言葉を鵜呑みにしていいものでしょうか? もしかしたらこれは鱗を欲するばかりの体の良い嘘かもしれない!」
エロフであった。その声に周りのエルフ達も再びざわめき始める。
「ちょっとお兄ちゃん失礼よ! 皆さんが嘘をいうわけがないじゃない!」
「エリン。お前は素直すぎる。その甘さにこいつらが漬け込んでるのかもしれぬのだぞ」
腕を組み諭すように妹に述べる。
再び怪しくなった雲行きに、一行の顔にも困惑の色が宿った。
「ふむ、確かにエロフのいうことも一理あるな」
「そんな長老まで!」
「落ち着きなさいエリン。さて、皆様の事をエロフはこう言っておりますが、勇者ヒロシ様との事に嘘偽りはありませんな?」
「勿論です!」
ミャウはきっぱりと言い切った。鱗の件には若干の齟齬はあるが、いずれ助ける事態が起こった時のため、ゼンカイの入れ歯が重要なのは確かなのである。
「ふむ判りました。ならば! ここは全員が納得できるよう一つ試練を受けて貰いたいと思いますが宜しいですかな?」
その問いかけに、え? という顔をミャウが見せ。
「し、試練ですか?」
「また試練?」「なに皆と戦ったりするの?」
「え~面倒だな~お腹減っちゃうよ~」
「お前さっきから食うことばかりじゃのう」
皆の言葉に長老は、ほっほ、と髭を上下に撫で。
「戦いなどそんな無粋な真似はせんよ。元々我々エルフ族は戦いは好まぬ。勿論我々の平和を脅かそうという連中には別だが」
瞳を細め、軽く肩を揺らしながら長老が口にする。
するとミャウが、それなら、と言葉を返し。
「試練とは一体何を?」
右手を差し上げながら問うミャウに、長老は真剣な眼つきで応える。
「ふむ、それはな――お主達の知識を試す試練だ! その知恵を振り絞って挑むがよい!」




