第一九五話 長老はあっちも元気らしいです
エルフの兄妹ふたりの後を追い、歩くこと数時間と少し――。
一行はエルフ達が暮らすというシルフィー村にやってきた。
村があったのは、この広漠とした森の中心部に当たる場所。
木々の密度が比較的低く、地面にも所々赤茶色の土が顕になっているその空間には、木材と藁の壁で作り上げられた家屋が点在していた。
数にしたら二十棟ほどか、村としてみたらけっして多くはない。
だがエルフは基本長生きだが女性が生涯で生む子供の数はそれほど多くはない。
その為そこまで村の規模が大きくなることもないようだ。
エリンの話だとこの島には他にも何箇所か村があるようだが、その中で一番大きいのがここシルフィー村らしい。
さてそんなわけで村の中へと足を踏み入れた一行、表では数人のエルフが何かしらの作業をしていたが、大陸の人間がきたとあってか少し離れた所から好奇の目も向けている。
その事が恥ずかしいのかミャウは少し顔を伏せて兄妹の後に続き、ゼンカイに関してはなぜかピースをしながら、双子はふたりで口笛を吹きながら、ヒカルはウンジュとウンシルから分けてもらったカマボコをぱくつきながら後に続く。
「ここが長老の家です」
エリンが一軒の家屋の前でそう教えてくれる。
広い敷地でもないので長老の家まではすぐであった。
長老の家は村の一番北側に位置し、他の家屋に比べれば広い作りのようである。
そしてエリンの兄が扉をノックした。コンコンという打楽器のような響きが其々の耳を擽る。
「どなたかな?」
木製の扉を隔てて向こう側から若干嗄れたような声が返された。
それに反応してエリンの兄が頭を下げ、
「エロフでございます――」
と名を告げる。
「エロフという名じゃったのか……プッ」
「何がおかしい!」
頭を下げたままゼンカイを覗き見て声を強める。
それに、ご、ごめんなさい、とミャウが代わりに謝りを入れ。
「お爺ちゃん失礼よ」
軽く睨めつけゼンカイを叱咤した。
それとほぼ同時に扉が開き。
「おおエロフか。確かエリンとハーブの採取に言ったと聞いていたが戻ったかい」
姿を見せたのは、すっかり色が抜けおち綺麗な銀髪を整えた老齢の男であった。
立派な髭を蓄え、身長と同じぐらいの樫の木で出来た杖を握っている。
格好はエルフ族は男も女も変わりなくチュニックに近い服装だ。丈が長く腰の辺りを紐で結び締めている。
長老は見た感じは第一印象が最悪であったエロフと違い、人当たりの良さそうな老人である。
「おや?」
すると長老の黒目が動き、後ろで控えている一向を捉えた。
そして、ふむっ、と顎鬚をさすり。
「この方々は?」
とふたりの兄妹に尋ねる。
「はい、実は――」
「いやいや我が村の民が随分とお世話になったようで」
兄妹の説明を聞いた長老はあっさりと納得を示し、一行を部屋に招き入れてくれた。
部屋と言っても調度品などは殆どない。椅子もなく板敷に直接腰を落とす形だ。
ただゼンカイにとってはかつての世界では割りと馴染みのあるスタイルであるため、懐かしくも思ってるようである。
因みに敷板の真ん中は囲炉裏のようにもなっていた。それを囲むように一行は今座っている。
「お茶入りました~」
エレンが鈴のような声を発しながら其々の前にお茶入りの茶碗を置いていく。
この茶碗は森のなかの土を利用して作っているらしい。
そしてお茶はこの島でしか採れない葉を煎じて入れてるようだ。
「旨い! これはいいお茶だ!」
ゼンカイが感嘆の声を漏らすと長老が顔を綻ばす。
「お茶よりも食べ物が欲しいなぁ」
「ちょいヒカル失礼でしょう」
不満顔を見せるヒカルにミャウが注意の言葉を放った。
全くこれだから大陸の人間は――とエロスもブツブツと呟いている。
「でも意外だったね」「人間菌がとかいわれると思ったのに」
ちょっと貴方達まで、とミャウが叫ぶ。
すると、人間菌? と長老が首を傾げ、そこでエリンが説明する。
「お兄ちゃんがせっかく助けてくれたのにそんな事をいうのですよ。酷いですよね」
「……ふむなるほど。いやいや人間菌など今となっては一族のものでも気にするものは少ないというのに」
「そ、そうですよね。いや、私達も変だなと思ってたんですが……でも長老様がお優しそうな方で良かったです」
そういって茶碗に口をつけると。
「はっは。全くこいつはまだまだ若いからなぁ。わしぐらいになれば人間菌程度は2、3時間ぐらい一緒にいても伝染ることはないから大丈夫」
「すみません前言撤回で」
ミャウは笑顔で今まで抱いていた印象を塗り替えるのだった。
「冗談冗談。ちょっと小粋なエルフジョークだよ」
「長老、その冗談くそつまんないです」
エリンがいった。天使のような笑顔で意外と毒舌なのだ。
「それにしてもエルフでも年を取るのじゃのう」
茶を啜った後ゼンカイがズケズケと思ったことを述べる。
「だからお爺ちゃん失礼よ」
「いやいやいいのだよ。確かに我々エルフ族は大陸の人間たちより遥かに長生きだが、男はそれでも徐々に老けていく。女に関しては殆ど20才から変わらんというのにな」
若干寂しそうに話す長老に、そうなんですね、とミャウも声を細めた。
人よりは遥かに長生きできるとはいえ、やはり老いからくる悩みは何かしら抱えているものなのだろう。
「あ、でもわしあっちのほうはバリバリだから安心しておくれよ」
ミャウにウィンクしサムズアップしながらいい笑顔を見せてきた。やはり悩みなんて無さそうであり、少しでも気を使った自分が馬鹿だったとミャウが乾いた表情で色呆け老人をみやる。
「長老、もういいお年なのですから少しはお控えください」
エロフが苦言を呈すようにいうが、長老は顔を眇めながら彼に目を向け。
「ふん! 何をいう。年は取ってもまだまだお前にも負けん! 買い出しの時に色々楽しんでるようだが、わしだって機会があれば――」
「な、なななん! 何を言ってるのですか長老!」
エロフが大慌てて長老に駆け寄りその口を手で塞ぐ。
「ふたりとも最低ですね」
するとエリンが糞虫をみるような視線でふたりをみやった。
「エリン! だからこれは違う――」
「うむ、エリンはまだ産まれてから11年と少し。そういう事に嫌悪するのはわかるが、お兄ちゃんだって男の子なのだよ」
エロスの言葉を待たずして、長老が一応は養護するようにエリンに告げるも、寧ろ逆効果のようで、表情は更に冷たい。
「まぁ兎に角、村の大事な民を助けて頂いたことは我が村を代表して感謝いたそうぞ。今宵は細やかながらも宴を開き饗させて頂ければと思う。小さな村ではありますが、よろしければゆっくりしていかれると良いでしょう」
長老は両目を閉じ眦に歓迎の皺を刻みながら髭を揺らす。
だが一行は、其々顔を見合わせた後、ミャウが口を開き。
「あの、そういって頂けるのは大変有難いのですが、実は私達どうしても行かねばならないところがありまして――」
申し訳無さそうに語るミャウに、視線を走らせエロフが顔を歪めた。
「長老が折角こういって下さっているというのに失礼な奴らだ」
ちょっとお兄ちゃん! とエリンが睨めつけ叱咤する。
それを見たミャウが苦笑いを見せてると。
「ふむ、して行かねばならぬとは一体?」
長老の質問にはエリンが代わりに応えた。
「長老様、皆様はどうやら精霊神様の神殿に向かいたいそうなのです」
説明を聞いた長老は髭を撫でながら、ほう、と呟き。
「神殿ですか。しかし何故? あそこには皆様がいって楽しめる場所などありませぬが」
「それは僕達が」「精霊神のルーンを」「どうしても」「習得したいからさ」
ウンジュとウンシルが小気味よく言を紡げると、長老がふたりを探るようにじっと見据える。
「……ふむ、なるほど確かに中々の実力をお持ちのようだ。しかしルーンを扱えるとは――大陸から来たものでは随分と久しぶりですな」
真剣な眼つきを瞬時に緩ませ、笑顔をみせる。
「それではあなた方も神殿が目的で?」
「あ、いえ私達はどちらかというと――」
「マスタードラゴンの鱗がわしらの目的なのじゃ~神殿はそのついでなのじゃ~」
「僕たちは」「ついでだったんだね」
双子の兄弟が肩をすくめ、ヒカルはボソリと、僕は巻き込まれただけだけど、と呟く。
「……マスタードラゴン――そうですか」
と、黙って一行の会話に耳を傾けていた長老が顔を伏せ、その声が重々しい物に変わる
そして顔を上げ直したその表情は険しく。
「悪いですがそういう事なら今すぐこの村から出て行ってもらいましょうか」
長老のこれまでのどこか軽くてそれでいて人の良さそうな雰囲気は一変し、非常に刺々しい様相を滲ませながら、命じるように言いのけた。
そしてエロフも即座に立ち上がり、一向に弓を向け。
「そんな! 長老もお兄ちゃんもやめてよ! 皆さんは私を助けて!」
「エリンは黙ってなさい」
「そうだ。第一私は最初から怪しいと思っていたが、やはりだ」
ふたりから発せられし気迫にエリンの身が竦む。
「ちょ、ちょっと待って下さいこれって――」
その様子に一行が戸惑いながらも立ち上がり、ミャウが代表して問いかけようとしたその時、入り口のドアが開き他のエルフ達が押し寄せ一行を囲んだ。
其々の手にはやはり弓矢。しっかり引き絞り彼らに狙いをつけてくる。
「どうやら――」「否応なしって感じ?」
「ちょ、ちょっとどういう事さこれ~~!」
「意味が判らないのじゃ! なんなのじゃこれは!」
仲間の声を聞き、ミャウは耳をピクリと震わせた後周囲を見回す。
エルフ達の表情には明らかな敵意。
それを認め大きくため息をつく。
「どうやら私達はもう歓迎されていないみたいね」




