第一九二話 一難去ってまた……一難?
この嵐の中にも関わらず、船長の人使いは変わらない。
サハギンもそのまま放っておいたら身が駄目になると、船倉へ運びついでにしっかり解体しとけとも命じられた。
この激しく揺れる船の中での解体作業など、手慣れの漁師でも難しそうなものである。
更に相手は魚ではない魔物だ。
だが少なくとも四人にとっては楽な作業であった。これまでの航海で船員としてのノウハウは徹底的に叩き込まれている。
但しヒカルだけはもとの怠け癖もあってか、あまり手は動いていないが。
「ヒカル少しは急ぎなさいよ」
「これでも急いでるんだよ」
「まったく」「人一倍食うくせにね」
「でもこれ見た目こんなんだけど旨いんだ~ぐふぅ~どんな味なのかな~」
急かす言葉に動じることなく、ただただサハギンの味だけを夢想し涎を垂らす。
「全く仕方のないやつじゃ」
その姿に思わずゼンカイも眉根を落とし呆れ顔を見せた。
そしてその後は手早く作業を終わらせ船倉から甲板まで急いで移動する。
船倉の中にいれば雨に当たる心配もないが、それでもやはり、船の様子と航程が上手く行っているかが気がかりなのである。
いくら船長から指導を受けたとはいえ、これだけの嵐になると今進んでる道が正しいかも一行には判別がつかない。
ガリマーの腕だけが頼りであり、信頼もしているのだろうが――。
「船長! サハギンの処理終わりました!」
甲板に出るドアを勢い良く開け、ミャウが叫ぶ。同時に雨と風が飛び込んでくるがお構いなしに全員で表へ出た。
「おう。意外と早かったじゃねぇか」
「あれだけ扱かれれば早くもなるのじゃ」
ゼンカイが皮肉めいた口調で返すと、ミャウがその肘を注意するように突っつく。
そして吐息し、ガリマーを見上げた。
「船長、航海の方はどうですか?」
すると、ん、と短く返しつつ顎をしゃくって舳先を示す。
その仕草に一行は前にと進み嵐の更にその先をみやる。
「あれ? あそこで嵐が」「途切れてるね」
「なんか不思議な感じ……」
「むむっ! しかしこれはつまりあれかのう!」
「やっと! やっと嵐から抜けれるんだ!」
思い思いの言葉を吐きながら、皆がその光景に目を奪われる。
確かにその視線の先で嵐がピタリと止んでいるのだ。まるでこの嵐そのものが幻想なのではと思えるほど、見事なまでに少し上に目を向ければ青いキャンバスが広がってる始末。
そこまで距離にしたらもう一海里にも満たないだろう。船長の腕ならすぐに抜けることも可能であり目的地が近いことに皆の心も踊る――。
「う~ん、青い空心地よい風。いやぁ~やっぱり晴れって素敵だね。太陽の恵みを感じるよ~」
嵐を抜け、ヒカルが伸びをして、わざとらしい程に明るく言う。
そして舷から周囲を見回し、張り付いた笑顔で更に一言。
「この魔物がいなきゃね!」
嵐から抜けてしまえば目的の島は其々の視界に収まる位置にあった。
どうやら島を中心に、真ん中部分だけは台風の目のように嵐の影響を受けない仕組みとなってるらしい。
現にちょっと視線を外側に向ければ、そこには相変わらずの嵐渦巻く荒海が鎮座し続けている。
しかし一度嵐の壁を乗り切ってしまえば、一転して穏やかな海原が目の前に広がっていた。
このまま何もなければ島に上陸するのに苦はないだろう。
そう、何もなければ。だが海が穏やかという事は海面に潜む魔物にとっても活動しやすいということだ。
前に街で聞いていた情報。この時期は魔物も活発化し脅威となる。
嵐の中では精々サハギンにしか襲われなかった一行だが、ここにきてその意味を深く理解する。
穏やかな海面には島までの航路を塞ぐ魔物魔物魔物……巨大ダコから巨大イカ。
獰猛なサメ型のタイプから顔が骸骨の人魚まで。
総勢千体以上の魔物がそこにひしめき合っていた。
「かっかっか! いいね! これだから海はやめられねぇ!」
ガリマーは船橋から甲板に飛び降り、気色を浮かべ喚声を上げる。
そして船体の中ほどで甲板の一部を引き上げた。
「なんじゃそれは?」
ゼンカイが疑問の声を上げる。ガリマーが引き上げたそれは台座のようになっていて、その上にライフルのような形の器具が取り付けられていた。
ただ銃口にあたる位置には大きな銛が差し込まれ、持ち手の部分にはトリガーが設けられている。
どうやらこれで魔物相手に戦おうという算段のようだ。
「それひとつでやる気?」「勇ましいね」
「あたりめぇだ! こんな楽しそうなのをてめぇらだけに任せて置けるか!」
ガリマーが叫びあげると、それに呼応するように、魔物の群れも喊声を上げ船に向かって突撃してくる。
「早速来たわね!」
「こうなったらやるしかないのう!」
「舞うよ! ウンジュ!」「踊るよ! ウンシル!」
四人は気概豊かに臨戦態勢に移った。ヒカルは相変わらずしぶしぶといった形だが、魔法を唱える準備に入る。
「このガリマー様の船に突撃たぁいい度胸だてめぇらぁああ!」
雷声と共に船長の放つ銛が魔物の群れを貫く。手慣れた動きでアイテムボックスから次々銛を現出させ、マシンガンの如き勢いで次々と銛を打ち込んでいく。
その勢いたるや凄まじく、瞬きしてる間に数十体程が海の藻屑に消えていた。
だがその力をもっってもこの大量の魔物による進撃は止めきれないだろう。
だが船長の表情には微塵の不安も感じられない。
今甲板には彼が命を預けた腕利きの船員が控えているからだ。
「さぁ島は目の前よ! さっさと終わらせてしまいましょう!」
「了解じゃミャウちゃん!」
気合の入った声を返し、ゼンカイが早速船に侵入してきた触手男を斬り殺す。
更に縦横無尽に動き回り、無粋な侵入者たちを一人残らず片付けていく。
そしてその間にも双子の兄弟がステップを踏み、皆の魔力を高め、攻撃力を高め、そしてルーンの力で生まれた狩人でガリマーのサポートを行った。
これにより遠距離攻撃の火力が上がり、一瞬にして五〇、六〇と魔物の数が目減りしていく。
「セブンズヴァルキュリエ!」
ミャウも新スキルを発動。するとなんと、猫耳の数もといその身が一瞬にして七体に増え、風の付与を纏った美しき戦女神が海原を舞った。
「おお! ミャウちゃんが七つ子に! なんたることじゃ! はち切れんばかりの生足が一杯じゃ~~~~!」
ゼンカイもその姿にテンションマックス! 興奮した調子に海にダイブし、三十体ほどを刺し身に変えた。
海原を風の力で踊り狂うミャウも負けてはいない。どうやら彼女の出したソレはただの分身というわけではなく、其々が意思を持った戦士のようだ。
個々の戦女が別の付与をその刃に纏わせ、あるものはイカの魔物を炎の力で焼きイカに、あるものはサメの魔物を氷の力でルイベに、あるものはタコの魔物を風の力でブツ切りに変えた。
「あぁあああ! もうめんどい! 一気に決めてやる!」
船の縁に立ち、右舷から迫る魔物たちに向かってヒカルが叫ぶ。
そして両腕を天に掲げ、瞼を閉じぶつぶつと詠唱を行い魔法を構築。
「顕現せよ! 滅炎の翼!」
魔法を完成させたその瞬間、掲げた両手の上に巨大な火の鳥が出現した。
火の鳥は天に向かって一声し、完全に身がすくんでいる海上の魔物たちの間を飛翔する。
そして神々しいとさえ思える炎の羽が通りすぎた後には、骨の一欠片も残ることなく魔物たちは燃やし尽くされていた。
その力の差は歴然であった。海上を埋め尽くすほどにいた魔物達は、ガリマーの銛と冒険者の一行の手によって、結局船体に1mmの傷も残すことなく殲滅させられた――。




