第一九一話 嵐の中の襲撃者
航路を辿る一行の船は嵐のまっただ中にいた。暴れ狂う海風と獰猛な海獣の如く襲い来る高波に船は何度となく飲み込まれそうになる。
横波も激しく既に船長以外は、今の向きが正しいのかさえも理解できていない。
しかし山の如き盛り上がりを見せる波高にも一切怯まず沈没の一歩手前ともいえる波頭の中。巧みな梶さばきと持ち前の度胸で手厚い歓迎を乗り越えていく。
このあたりは流石ヴァイキングロードというマスタークラスのジョブを持つ船長というだけある。
ポセイドンの船乗り全員分を合わせても足りないほどの心胆の強さだ。
「がっはっは! 風よ吹け! 波よ打て! てめぇらの力はこんなもんじゃねぇだろ! もっとこの俺を楽しませろ!」
叩きつけるように斜脚する雨にも瞼を閉じることなく、ガリマーはしっかり前を見据え、心躍るような笑みを讃えながら梶を握り続ける。
まるでこの状況を楽しんでるように。いや楽しんでいるのだ。
彼にとってはこの荒々しい波も恐怖の対象ではない。
寧ろ宴だ。彼にとってはこの嵐は宴。踊る海に手を差し出し、激しい輪舞を興じ合う。
「やっぱり凄いわね、マスタークラスだけあるわ。正直この嵐は試練の天候操作が霞むほど激しいけど、全く危うさを感じない」
「全くだね」「これだけの船乗りは他にそういないよ」
「うむ、それだけはわしも認めなければいけんようじゃのう」
甲板に立ち三人が感嘆の声を上げる中、一人だけ浮かない顔をしている男がいる。
「何を呑気な! 全く冗談じゃないよこんなの! 折角あの試練だかってのを抜けて、服も乾いてたと思ったのに!」
ヒカルのうんざりだといわんばかりの叫び。
しかしこんな事はしょっちゅうなのでもう皆も気にしてない。
「おい! てめぇら!」
ふと、一行の頭上から船長の激声が飛ぶ。
何かと皆が船橋を見上げると、忙しなく梶を切りながら更に言葉を続けてきた。
「こっちはこのじゃじゃ馬の相手で忙しい! だからそいつらはてめぇらで何とかしやがれ!」
一行の立つ甲板には見向きもせず、波や風と向かい合いながら命じるように述べる。
それに先ずミャウが、そいつ? と疑問の声を上げると、バシャン! という水の弾ける音と共に甲板に多くの魔物が乗り込んできた。
「こいつらは」「サハギンだね」
双子の兄弟が現れた魔物を眺め回しながらいう。
突如の魔物の襲撃に皆の顔が引き締まる。
一行を取り囲むような動きを展開するサハギン。二本足でペタペタと移動し、顔の横側に付いてるようなギョロギョロした青目で一行の動きを観察してくる。
サハギンは半魚半人とも呼称される魔物だが、見た目で言うと人間らしい部分はほぼ皆無で、上背が人と同じ程度なのと二本足で立ち歩くという点を除けば、見た目にはグロテスクな魚のバケモノである。
手足と背中には鰭があり、体中には海のように青い魚鱗をびっしり生やしている。
この魚鱗は強度が高く、鎧を使う材料として使われることもあるようだ。
顔は少し丸みを帯びて入るがやはり魚鱗に包まれており、口はアヒル口のように前に突きだしている。
そして時折、ギャギョッ! という不気味な鳴き声を発しては、口内に隙間なくつまった鋭利な歯を覗かせてくる。
サハギンはこの歯で相手に喰らいつき瞬時い肉と骨を引きちぎる。
性格は凶暴で人の肉を好んで食す為、普段海を渡る航海士達にとってもサハギンは恐るべき魔物でもある――のだが。
ギャギュギョギョォオォオオ! 一匹が鬨の声を上げ、一斉に十匹以上はいるサハギンが一向に遅いかかる。
サハギンは揺れる波の上でもさして気にする様子もなく、俊敏な動きを保つことが出来る。
その為海の上での戦いに慣れてなければ熟練の冒険者でも手こずるとされている。
しかし、それでも今の彼らはサハギンにとって相手が悪かったという他ない。
厳しい修行を終え、ガリマーとの試練でも合格を言い渡された五人とは基本能力に差がありすぎる。
何せサハギンのレベルは海の上での戦いというのを考慮しても精々レベル30後半といったところだ。
数だけが強みだが、それもレベル50を超える彼ら相手では意味を成さない。
「ブリザードエッジ!」
ミャウは水属性の強い海面であることと、この嵐による風を利用し、強力な氷属性を剣に付与し、スキルを発動させる。
サハギンは水には強い魔物だが、普段から海の中で暮らしてるため、その鱗には常に水分を含んでいる。
その為、ミャウの氷の技は絶大な効果を及ぼす。
振り下ろされた刃から発せられた氷嵐は一瞬にして五匹のサハギンを巻き込み、氷漬けにしてしまう。
そして続けて発せられた風の弾丸によって、サハギンの氷像は失敗作を叩き壊す陶芸家のごとき勢いで、あっさりとバラバラに砕かれた。
因みにこの時ミャウは二重付与は使用していない。純粋な切り替えのみで氷と風を使い分けた。
これまでは属性の切り替えにどうしてもある程度の間が開いてしまったが、今は瞬時に切り替えることが出来る。
これも修業の成果であろう。
「さぁやっちゃって!」「ルーンスナイパー!」
双子の兄弟が試練でも見せた新たな舞いで、光の狩人が顕現し、次々とサハギンに光の矢を打ち込んでいく。
その矢は決して外れることなく、動きまわるサハギンの内の四匹の眉間を貫き絶命させた。
「魚鱗はあとでしっかり」「回収しないとね」
ソレを聞いていたミャウがしまったという顔を見せた。バラバラに砕いてしまっては材料の回収が出来ないからであろう。
この兄弟は意外とそういうところはしっかりしている。
「アクトループ! からの、チェインサンダー!」
ヒカルは例の空間移動で瞬時にサハギンの後ろにまわり、そして雷の魔法で追撃する。
ヒカルの杖から発せられた雷槌は先ず一匹のサハギンを捉え、そこからまるで連鎖するように次々と他のサハギンに雷槌が移動していく。
その威力も凄まじく、電撃を帯びたサハギンは漏れ無く全身をブルブルと震わせ、プスプスと黒煙を上げながら、黒焦げと化していく。
「うぇ……不味そう――」
ヒカルは累々と横たわるサハギンの成れの果てを見下ろしながら、そんなことをいいつつ、ぐぅ~腹の音を鳴らした。
「ちょんわ! ちょんわ! ちょんわ!」
ゼンカイは迫るサハギンに怯むことなく、むしろ逆に自ら接近し、その手の剣戟を浴びせていく。
その動きは既に年寄りのソレではない。すっかり撃剣の腕も上がり、その動きたるや達人の域である。
「ギャギョッ!」
次々と倒される仲間の骸を目にしたサハギンの一部が、叫び声を上げバックステップで距離を離し、そして一斉にゼンカイに向けその舌を伸ばした。
接近戦ではとても勝てないと悟ったのだろう。サハギンの舌は最大で5メートルは伸びる上、一度絡まればそのベトベトした唾液と相まって中々解くことが出来なくなる。
が、ちょこざいな! とゼンカイは全ての舌を掻い潜り、更に一閃――サハギンの伸ばした舌を全て斬り捨ててしまう。
「――――ッ!」
声にならない声とともにサハギン達の身体が強張る。
どうやら舌にもしっかり神経が通っていたようだ。
「さぁ見事捌いてくれようぞ!」
ゼンカイが見得を切るように声を上げ、そしてサハギンの間を駆け抜けながら剣を振るい、宣言通り次々と捌き更に三枚に下し、なんならこのまま刺し身にして皿に並べそうな勢いである。
そしてゼンカイは他の皆に身体を向け、
「へい! 一丁上がり!」
と活気良く言い放った。
そしてその頃には他の皆も片が付いており、甲板には魔物の残滓のみが散らばっていた。
「てめぇら! そのサハギンは食えるから後で船倉に突っ込んでおけよ!」
未だ荒ぶる海と情熱的なダンシングを繰り広げながら、発せられたその言葉に、マジで! とミャウは目を丸くさせるのだった――




