第一八八話 嵐の中の対決
ゼンカイが駆ける。より激しくなる嵐に、船の甲板が振り子のように左右に揺れ動き、その度に右舷や左舷がほぼ垂直と言っていいぐらいまで傾く。
降り注ぐ雨は強く更に重い。ゼンカイの身にも容赦なく叩きつけられ、本来なら目も開けていられない程であろう。
船の上での戦いを想定して動きやすい軽装で望んでいるゼンカイであるが、染みる雨ですっかりビチョビチョである。
当然甲板も滑りやすく、油断すると確実にバランスを崩すとこだが、その中をゼンカイはまるで何事もないような俊敏な動きでガリマーに詰め寄る。
その姿にガリマーの目も真剣なものに変わった。
以前であれば立っているのもやっとであったゼンカイ。
いやゼンカイだけではなく、その戦いの様子を目を逸らさず、しっかり脚に根を張り直立を続けるミャウや双子も以前とは明らかに違う。
確実にレベルアップしているのは、その姿だけでも容易に想像が付くであろう。
「ゆくぞい!」
野生の声を腹の底から絞り上げ、ゼンカイが飛び上がり両手に握りしめた剣を左に向けて振る。
雨壁を斬り裂く鋭い剣戟。それをガリマーはしっかり見切り上半身を後ろに反らし躱した――その瞬間刃の起動が瞬時に変化し、三角を描くようにして天頂から一気に斬り下ろされる。
これはあたる! とゼンカイも確信をもった事だろう。
だが彼を捉える直前、ガリマーが左右から両手で剣身を挟み、見事にその斬撃を受け止めた。
「なんと! 真剣白刃取り!」
「ふん! 惜しかったな!」
ニヤリと笑みを浮かべ、ガリマーが剣ごとゼンカイを左舷に向けて放り投げた。
ゼンカイは空中で一回転を決め甲板に着地する。右舷が丁度持ち上がった時だった為、濡れた床に勢い良く脚が滑り、立った姿勢のまま後方へと身体が流れていく。
その動きがとまり、跳ねた一拳分の水が舷にぶち当たる。
後数歩もゼンカイが後ずされば舷に背があたる。
と、そこへ鬼の追撃。今度は俺の番だ! とでもいわんばかりの形相。ヒカルに見せたような錨の攻撃はする気配がない。
あくまでゼンカイの制空圏内で見極めるつもりらしい。
左舷が上がった。ガリマーからすれば、下り坂から突然上り――いや崖にかわったようなものだ。
しかし踏みしめる脚は確かに。迫る勢いも変わらず己がリーチにゼンカイを捉え、低く飛ぶような跳躍に蹴り足を乗せる。
ほぼ垂直の断崖絶壁と称せしこの状況で、その勢いたるやまるで大砲の如し。
だがゼンカイとて負けてはいられない。上背の高いガリマーの飛び蹴りの、更に上を行く大跳躍。
と、同時に再び船は逆に傾き。そして眼下を通り過ぎるガリマーへと反転し同時に勢いを載せた回転斬りを放ち、左舷へ蹴り足を浴びせ三角飛びで迫るガリマーを狙った。
だが再び剣に伸し掛かる圧力。肘と膝による挟み込みで刃が止まる。
「あぁ、また惜しいね」「本当もう少しなのにね」
ふたりの対決をみていたウンジュとウンシルが悔しそうに口にする。
「うん。でもお爺ちゃんも相当実力上げたわね。……というかあの剣捌き……彼に似てるかも――」
何かを思い出すように顎に靭やかな指を添え、飛び出たその言葉に、双子が振り向き、
「似てる?」「誰に?」
と問いかける。
「わからない? 何となくだけど変身した時のお爺ちゃんが使ってたナイフ捌きに似てるのよ」
あ!? と驚いたようにふたりが目を見開き、そして改めてゼンカイに着目する。
「千切りなのじゃ!」
言うが早いか、ゼンカイによる目にも留まらぬ速さの斬撃が、ガリマーを襲う。
一本しか無いはずの剣の攻撃が、まさしく何千という刃が迫っていくような感覚。
「おもしれぇ!」
心の底から楽しそうに笑い、そして左右の目を別々に忙しなく動かしながら、素手で全ての剣の起動を変えていく。
それにより、ゼンカイの流星の如き剣閃は、精々彼の皮一枚を数箇所刈り取るに終った。
「くぅ! これでも駄目なのかい!」
「残念だったな。だがかなり楽しめたぞ!」
技終わりの僅かな隙を狙って、ガリマーが捻じりを加えた前蹴りをゼンカイの腹に叩きこむ。
「ぐふぅうえ!」
呻き声を上げゼンカイは叫び、そのまま右舷に激突。目を回したまま起き上がろうとしない。
「あちゃ~お爺ちゃんも」「倒せなかったかぁ」「だったら次は」「僕達だね!」
「あ、ちょっと~~!」
抗議の声を上げるミャウに構わず双子の兄弟が飛び出した。
「しっかしお前ら。こっちは別に纏めてかかってきてもいいんだぜ」
「嫌よ。それじゃあひとりひとりちゃんと見てもらえないでしょう? 折角修行したのにそれじゃあ勿体無い」
「ふん! 一丁前な口聞きやがって」
「いくよウンジュ!」「いくよウンシル!」
ガリマーの正面に立ったふたりは、この揺れる甲板の上でも危なげなく、華麗なステップを魅せる。
「ほう。今度はちゃんと踊れてるじゃねぇか」
「当然!」「あんな特訓受けれれば嫌でもね!」
「ふん。あいつはあぁみえても、そういうところはしっかりしてやがるからな」
ガリマーは顔を眇め、誰かを思い出すようにしながら言った。
そしてそうこうしてる間にも、ふたりは別々のルーンを重ねるようにそれでいて完璧なステップで舞い踊る。
「これが僕達の新しいダンススキル!」「騎士のルーンと」「傀儡のルーンを組み合わせた!」「人形使いの舞!」
そうふたりが叫び上げた直後、ウンジュとウンシルの指から光り輝く糸が現出し、更にその糸の先端に同じく光り輝く2m程の人型の戦士が現れた。
「さぁ! 魅せるよ!」「いけ! ルーンナイト!」
掛け声を発し、兄弟が忙しく指を動かし糸を操ると、船上に突如現れた光の騎士がガリマーに迫りそして右手に握られた大剣を振るう。
「ほう! これはまた面白い技を使うじゃねぇか!」
ガリマーはその攻撃を避けながら、どこか嬉しそうに言いのける。
「だがな――」
しかしそこで表情を引き締め、今度は大剣を躱すと同時に懐に入り、掌底を叩き込み屈強な光の騎士を弾き飛ばした。
「どうやらダメージはしっかり受ける見てぇだな。だったら倒す奴が一人増えただけだ。問題ねぇな」
「そのひとりをなめてもらっちゃ困るよ!」「いくよ! 狩人のルーン!」
ふたりが更にステップを刻み、そして糸を操ると、騎士の姿が変化し、弓をもった光の狩人に成り代わった。
「ルーンの切り替えて姿を変える!」「さぁそんなところでボーっとしてたら危ないよ!」
狩人が弓を引き絞り、そして光の矢をガリマーに向け撃ち放つ。
するとこれだけの雨と風の中、その矢はまるでガリマーに吸い込まれるように突き進み、そして彼の右肩に突き刺さった。
「よっし!」「あたった!」
思わず嬉々とした表情を覗かせるふたり。
「馬鹿! まだ勝負は決まってないんだから油断しちゃ!」
ミャウが厳しい目つきでふたりを叱咤する。
だが、そこへ飛び出たひとつの影。
その影はまず狩人を振るった豪腕で安々と空中に打ち上げ、そして続く二の足で一気に双子の兄弟に迫りそして左右に両腕を広げた。
「見事だったが狩人は防御力に難ありだな!」
語気を強め、まるで鳥のように滑翔しながらウンジュとウンシルの首にそれぞれラリアットを決める。
するとふたり揃って、ぐぇ! と首を折られた鶏の如き鳴き声を上げ、そのまま白目をむいて甲板に倒れた。
そして当然光の狩人も、ウンジュとウンシルの意識が切れた事で霧散しその場から消え失せる。
「こっちも勝負は決まったし、残りは嬢ちゃんだけかな」
「そうみたいね。だったら私がしっかり決めて! 認めさせる!」
ミャウは己を奮い立たせるように声を張り上げ、そしてガリマーに向けその剣を抜いた――。




