第一八七話 試練への再チャレンジ
「なるほどな。なんとなく感じてはいたが、大分マシになったみてぇだな」
一行は船の上で、ガリマーと対峙していた。
食事を摂った後、以前と同じようにガリマーが船を海に浮かべ、全員で乗り込み沖へと出たのである。
勿論理由は以前の試練の続きだ。岸を離れ、見えなくなった頃にガリマーがスキルを発動し、やはり同じようにとてつもない嵐が船を襲う。
しかし、一行はあの修行によって相当に実力をつけている。
最初の時は揺れる甲板の上で体勢を維持するのも一苦労であったが、今はまるで脚と床が完全にひっついたようにしっかりバランスがとれており、乱れる様子を全く感じさせない。
激しく揺れる甲板に気分を悪くさせ青ざめていたことなど遠い昔の事のようだ。
四人の目はしっかりガリマーを捉えて離さない。
まぁ一人だけ例外もいるが――。
「おい、そこの太ってる方は締りのない顔してる割に、バランスは取れてるな」
その例外にガリマーが声を掛ける。以前の戦いにはいなかった乱入者。
ミャウ達と違い、ひとりだけどこか上の空のような腑抜けた顔。
だが、確かに脚はしっかり甲板に張り付いている。
「誰が太ってるだ! 僕はぽっちゃりって言うんだよ! 全く失礼な人だね!」
と、そこでヒカルが怒り出す。太ってると言われるのを好ましく思っていないようだ。
「あぁそれとこれは僕の強大な魔法の力だよ。甲板と脚を、魔力で粘着上にした膜で固定させてるのさ」
そして更に、解答を示すように説明する。瞼を閉じすました様子で随分と得意になってる感じだ。
「ふん! そういう小細工が俺はでぇっきれいなんだよ!」
「小細工って……あのね僕は魔法使いなんだからね。肉体的な部分に趣を置いてないの。どっちかというとインテリ系。頭で戦うタイプなんだから。全くそんな事もわからないのかな? これだから脳筋は――」
「よし! お前を先にぶっ潰す!」
蟀谷に青筋を立て、怒声を発するガリマーに、なんで! とヒカルが慄く。
その姿に、ば~か、とミャウが半目で呟いた。
そして一人焦るヒカルに向け、宣言通り荒れ狂う波の如く勢いでガリマーがその距離を詰めた。
その身体は既に膨張し倍以上の体躯と成り変わっている。振り上げた豪腕はまるで船を支える竜骨のようだ。
その動きに驚きを隠せない様子のヒカル。
このまま一撃でも喰らえば魔法重視の彼はひとたまりもない。
だが、しかしガリマーの拳が今まさにその身体に振り下ろされた瞬間。
ヒカルの身体が消失した。まるで端からその場にいなかったかのように。
「むぅ!」
強く呻き、ガリマーが顔だけを背後に向ける。そこには、へへ~ん、と得意気に鼻をこするヒカルの姿。
「ヒカルそれ、転移魔法?」
思わずミャウが目を丸め尋ねる。
すると、チッチ、とヒカルが人差し指を振ってみせ。
「なんかいらいらするのう」
ゼンカイが額に波のような横皺を数本刻み呟く。
その気持ちは恐らく全員が理解できた。
「これは僕が新たに覚えた空間魔法さ! 入り口と出口を決めることで瞬時にその間を移動する! 転移魔法は発動までに時間がいるけど、これなら一瞬なんだよね! どうだい!」
えっへんと胸を張る肉団子。
ヒカルは基本的にやる気なしで強い敵にはすぐにビビってしまう性格だが、自分の思い通りに事が進んだ時にはつい調子に乗ってしまう性格でもあり。
「戦闘中にべらべら喋ってんじゃねぇよ」
当然それが仇となり、得々と話してる間に後ろに回り込まれてしまう。
そして放たれる回し蹴り。
ブォン! という嵐を駆ける重低音。
「ひっ!」
だがヒカルは短く悲鳴を上げながらも、手持ちの杖を振り上げ全方位の障壁を展開した。
ガリマーの放った蹴りは魔法で作られた壁にぶち当たり、勢いが若干殺されるが構うことなくそのまま振りぬかれ、障壁が砕けヒカルの詰まった脂肪にめり込んでいく。
「ぐふぇ!」
呻き声を上げ嵐の中ゴムボールのように飛んで行く肉玉。甲板に落ちバウンドしながら転がっていく。
「なんじゃ情けないやつじゃのう」
それを見ていたゼンカイがヤレヤレと眉を顰めた。
確かにヒカルは最初の魔法以外はあまりいいとこがない。
「ば、馬鹿にするなよ!」
と、ヒカルがガバリと起き上がった。ミャウと双子の兄弟が意外そうに眼を広げる。
「ふ、ふん! 壊れたといえ障壁の効果は十分あったもんねぇ~~!」
なるほど。どうやら障壁によって威力はだいぶ抑えられたようだ。
「さぁ今度は僕の番だよ!」
いったその瞬間ヒカルの身が消え失せる。
「また空間魔法って奴か!」
ガリマーが目を向いて言を吐く。
確かにその考えは間違ってはいない。ヒカルが使ったのは空間魔法。
ただ、更にそこにおまけもついているのだが――。
「ぬぐぉおぉ!」
ガリマーは身体を少し反らせながら、悲鳴に近い声を上げ、背中に両手を這わせた。
理由は明白。ヒカルが空間魔法で彼の後方中空に出現したその瞬間、雷槌がガリマーの背中を撃ったのだ。
「ぐ、むぅ――」
唸るように口にし、そしてヒカルの方へ身体を向けようとする。
だが、まだまだぁ! と更にヒカルが嬉々とした様子で空間移動を繰り返し、そしてその度に魔法を発動させる。
ヒカルの攻撃は留まることを知らない。瞬時に四方八方へと魔法による瞬間移動を繰り返し、現ると同時に魔法を放つを繰り返す。
雷槌から炎弾、風の刃に氷の矢、更に魔力を圧縮して放つレーザーまで、まさに雨霰のごとく数多の魔法がガリマーの身に降り注いでゆく。
「これもしかして――」「勝負決まっちゃう?」
ウンジュとウンシルもついそんな事を思ってしまうほど、ヒカルの攻撃は激しくそして強力だ。
ふたりが舌を巻いてしまうのもよくわかる。
だが、そんな中でもミャウの表情は緩まない。真剣な顔で戦いを観察し。
「マスタークラスを持つ船長がこれで終わるわけないわね」
「ふむ確かにのう。それに確かにヒカルの魔法を受けてはいるが、それほど参ってる様子は感じないのじゃ」
ふたりの言葉に、ウンジュとウンシルも矢面に立たされているガリマーの顔を見た。
確かに要所要所で短く呻いたりこそあったが、顔色自体は涼しいものだ。
そしてどれだけ魔法を浴びてもヒカルの動きを見据える狩人の瞳は変わらない。
「同じことばかり繰り返して俺をやれると思ったか? 見くびられたものだな! キャプテンスキル【チェーンアンカー】!」
その身に多くの魔法を受けながら、ついにガリマーが反撃に移る。
スキルを発動しガリマーが右手を明後日の方へと突きだした。
同時に広げた手から銀色の鎖に繋がれた、同じく銀色の錨が打ち放たれ、上空へと突き進む。
「うわっ!」
そこでヒカルの悲鳴。何もないと思われた空間にはヒカルの姿。
どうやら完全に読まれていたようだ。
だがヒカルは一瞬焦ったような表情を見せながらも直様その場から消え失せる。
咄嗟に空間魔法で逃げたからだ。
その光景に、思惑が外れたか? と皆の視線が注がれる中、ガリマーの口端が僅かに緩む。
すると、へへぇん、と、してやったりといった表情でヒカルが別の場所に顔を出す。
が、その瞬間ジャラジャラという音を奏でながら、銀の鎖が急加速しヒカルの身体に巻き付いた。
「え? え? 嘘! 何これ!」
「残念だったな。そのアンカーは絶対に狙った獲物を逃さない」
え~~~~! と叫ぶヒカル。現れた瞬間を狙われた為、次の移動をする間さえなく、為す術もなく鎖に縛られたまま空中にダイブ。
勿論それは船長の手によるものであり、そのまま錨ごと甲板に叩きつけられたからた。
「きゅ~~~~」
流石に縛られた状態では魔法の発動は不可だったのか、まともにダメージを受けたヒカルは、そのまま目をグルグルとさせて気絶してしまった。
「あぁやっぱり」「簡単にはいかないね」
ウンジュとウンシルがそっくりな動きで頭を擦り、やれやれと口にする。
「よっしゃああぁあ! 次はわしがいくのじゃああ!」
と、ここで気合の声と共にゼンカイが飛び出し、剣を片手にガリマーに切り込んでいく。
「頑張ってお爺ちゃん!」
ミャウの声援を背中に受けたことで、その脚は更に加速し、気合の一閃をガリマーに向けて放つ!
そしてゼンカイはガリマーのすぐ横を突き抜けるように滑走し、暫く進んだ先で足を止め振り返った。
するとガリマーもゆっくりとゼンカイを振り返り。
そして自分の脇腹に視線をおとし――ニヤリと笑った。
「年寄りのくせに随分と成長したじゃねぇか」
「ふん! 年寄りだけよけいなのじゃ!」
ゼンカイが真剣な眼を向けたその位置。ガリマーの脇には僅かにではあるがゼンカイの斬撃による切り傷が刻まれていた――。




