第一八三話 修業を終えて――
「ふぅ。どうやら私達が最初みたいね」
ミャウとジャスティンのふたりが扉から出ると、ミルクが短く息を吐き出し述べた。
先に入っていたジャスティンには、ミャウとあった時からそれほど変化はない。
だがミャウに関しては精々うなじに少し掛かるぐらいまでしか伸びていなかった太陽のような赤髪が、肩を超すほどまでに伸びていた。
それほどここで過ごした時間が長いという事なのであろう。
「そうね、でもそろそろ時間だから皆も出てくるんじゃないかしら」
ミャウを振り返り、海のように蒼い碧眼をのぞかせながら、ジャスティンがいう。
「そっか。まぁとりあえずマスターには出てきてもらわないと帰れないもんね」
すっかり伸びた朱い髪を軽くいじくりながら、ジャスティンに返事する。
最初にあった時に比べると、だいぶくだけた口調で話せるようにはなったようだ。
そして、キョロキョロとミャウが残った扉を交互に見ていく。
と、その時、ガチャリと一つ扉が開いた。
「あれ?」「ミャウちゃん」「出てきてたんだね」「お疲れ様」
「ウンジュにウンシル!」
扉から顔を見せた顔なじみのふたりに、思わず歓喜の声を上げる。
「久し振りだね」「髪伸びた?」
双子の質問に、まぁ結構時間経ってるしねぇ、と返し改めてミャウがまじまじとウンジュとウンシルのふたりを眺め回し。
「確かにだいぶ久しぶりな気もするわね。私もさっき出たとこだけど、中ではかなり過ごした気もするしね。でも、やっぱりふたりも逞しくなった感じがするわね」
「まぁ――」「それはねぇ」
どこかため息混じりに、双子が互いに顔を見合す。
するとヌッと巨大な何かの影がミャウを覆った。
「あら~可愛らしい猫耳~~いやだすごい似合ってるわ~あなた~」
影の正体は巨大なアフロであった。仲間との再会でミャウは気づいていなかったが、扉からはもうひとり出てきてたのである。
「え? あ、ありがとうございます」
おねぇ口調で語りかけてきたのは、アフロヘアーに針金のような細髭。筋肉質の浅黒い身体に、袖と脚の裾あたりにヒラヒラした物を付けたラメ入りのスーツ。
そんな奇抜な格好をした男であった。
そんな彼の登場にミャウは戸惑いを隠せない。
「て、え~とこの方は?」
ミャウは助けを乞うような目で、双子の兄弟に問いかけた。
するとふたりは全く同じ動きで後頭部を擦りながら困ったような顔で口を開く。
「一応は」「僕達を鍛えてくれた」「師匠に」「なるのかな」
師匠……、と呟きつつ、再びミャウはアフロヘアーの男に顔を向ける。
「アフローよ。よろしくね~」
そう名乗り、アフローはミャウの手を両手で包むように握りしめ、ブンブンと上下に振った。
よろしくお願いします、とミャウも苦笑いで返す。
「相変わらずねアフロー」
ジャスティンがその美しい銀髪を軽くかきあげながら、アフローに語りかける。
「あらジャスティン貴方も来てたのね~うふっ、相変わらず、き・れ・い」
アフローも彼女に身体を向け、口元に指を添えながらクネクネとした所作で返事する。
そして更に言葉を交わしていった。
「もしかしてミャウちゃん」「この綺麗な人は」
話の弾んでるらしいふたりの姿を見やった後、ウンジュとウンシルがミャウに語りかける。
「ふふん。私に色々と教えてくれたジャスティン様よ。ふたりだって名前ぐらい聞いたことあるでしょう?」
ミャウは得意気に胸を張って答えた。
だが双子の兄弟は、う~ん、と悩みながら首をひねる。
「……あるような」「――ないような」
ふたりはジャスティンが自分についたアフローのように、ミャウについた師匠なのだろうという予想はついたようなのだが、誰かまでは承知してなかったようだ。
「はぁ! 何よソレ! こんな有名な方を知らないなんてちょっと情報に疎すぎるんじゃないの?」
ミャウが信じられないといった感じに、瞳を多きく見広げて言い放つ。
やはり彼女がミャウにとって憧れの存在であることは変わらないようだ。
「それはミャウちゃんちょっと持ち上げ過ぎよ」
ウフフ、と笑みを浮かべながら、ジャスティンがミャウを振り返り謙遜する。
そんな彼女の姿を眺めながら、少し見惚れたような視線をふたりがジャスティンに向け、
「でも凄い綺麗なのは判るよ」「本当こんな美人に鍛えられるなんて」「羨ましいよね」「それに比べてこっちは――」
アフローを双子がチラリとみやり、軽くため息を吐き出す。
「あら~? 何か不満があったのかしら~? あなた達ふたりの甘々なダンスにしっかり振り付けしてあげたのに~」
「そ、それは」「確かに感謝してるけど」
「うふっ。あまり生意気な口聞いてると~また地獄のランバダコースはじめんぞコラ!」
アフローの急な口調の変化にミャウの耳がビクリと跳ねた。
声もドスの効いたものに変わっており、ウンジュとウンシルも軽く肩を震わせる。
「あ、あれは!」「もう勘弁して下さい!」
慌て懇願するように述べるふたりを、憐れむような目でミャウが見る。
「なんかそっちはそっちで大変だったみたいね……」
「ミャウちゃんの方はどうだったの?」「優しそうに見えるけどね~」
「……ジャスティン様は本当に素晴らしい方よ。私なんかに付き合ってくれて。うん。で、でもその修業は……」
「あら? もしかして不満が? 何か不手際があったかしら?」
ニコニコした笑顔でミャウに語りかけるジャスティン。
だが逆にそれが怖い。
「いえいえいえいえいえいえ! そんなことはないです! 全然ないです! 寧ろ私の方が迷惑掛けてなかったかな~な、なんて……」
首と右手を同時に左右に振り、不満がない旨を必死に訴える。そして直後上目遣いで自信なく問かけるが。
「うふふ、そんな事はないわよ。私も一緒に過ごせて楽しかったし。それに筋もいいわよ。最終的には火口からマグマの中に突き落としても平気なぐらいにはなれたんだし」
ジャスティンは指を口に持って行き、微笑混じりに応える。
しかし言ってることはかなりとんでもなく、ミャウも魚のように目を丸め、タラリと汗をこぼした。
「……火口って」「そっちはそっちで大変だったんだね……」
何かを思い出したように固まっているミャウに、双子が同情の瞳を向ける。
「でもここでやったように属性変化をしっかり見極めて付与できれば、ドラゴエレメンタスでも問題なくやっていけると思うわ」
師匠の言葉にミャウがハッと気づいたように目を広げ、顔を綻ばせお礼を述べた。
「あ、ありがとうございます!」
「あなた達も。このブレイクキングのあたしが教えて上げたステップとダンシングとハートを忘れなければ大丈夫よ~うふ~ん」
アフローもクネクネと半身を傾け、ウィンク混じりにお褒めの言葉を投げかける。
「あ、ありがとう」「ご、ございます」
しかしお礼を述べつつも、双子の顔はどこか引きつっていた。
「なんじゃもう出ておったか」
そんな会話のやりとりを皆がしていると、扉がまた一つ開き、中から二人姿をみせる。
「スガモン様!」
ミャウが声を張り上げ、双子が身体をふたりに向ける。
「僕達も」「今さっき出てきたとこだよ」
その言葉にスガモンが、うむ、と頷くが。
「ふぁああぁあ! やっと終ったぁああぁ! もう嫌だぁああぁ! 美味しいご飯食べたい! 喉乾いた! 本物のプリキアちゃんに会いたい~~~~!」
一緒に出てきたヒカルが大理石の床に突如倒れこみ、ごろりと転がって仰向けになったかと思えば、外側に広がる星々に目を向け、ジタバタと手足を動かしギャーギャーと喚きだした。
「え~とスガモンその人は?」
そんなヒカルに目を向け、ジャスティンが苦笑交じりに尋ねる。
「……そういえば初めてじゃったの。わしの弟子のヒカルじゃ……」
スガモンはため息のように言葉を吐き出し情けない弟子の姿に頭を抱えた。
「あら~スガモンちゃんも色々と大変そうね~~」
「全く恥ずかしい限りじゃ。ほれ! さっさと立たんか鬱陶しい!」
アフローの言葉に額の皺を広げ、そしてヒカルを怒鳴り散らし杖で殴りつける。
「痛い! 酷い師匠! 修行も終ったばかりなのに! もっと弟子を労る心を!」
「うるさいわい! さっさとたたんか!」
抗議の言葉を吐き出すヒカルに、師匠は杖を振り上げ更に怒鳴った。
その言葉にヒカルも渋々と立ち上がる。
「あはは、ヒカルは何か相変わらずね。でもマスターありがとうございます。私達の為にこんな素晴らしい師匠まで――」
ミャウはお礼の言葉を述べ、感謝の眼差しをスガモンに向ける。
「うむ。まぁ一人での修行には限界もあるからのう。しかし――どうやらかなりレベルも上げたようじゃな」
マジマジとミャウ、ウンジュ、ウンシルを眺めながらそう述べ、そして彼らの師匠を努めてくれたふたりに顔を向ける。
「本当にありがとうなジャスティン、アフロー、改めてお礼をいわせてもらおう」
「うふ。スガモン様の頼みとあってはね」
「スガモンちゃんには前に色々お世話になってるし~~」
ジャスティンとアフローふたりの様子を見る限り、どうやらスガモンにかなり信頼を抱いているようである。
「……あ、そういえば――」
ふとミャウが思い出したように言を発した。
「うん?」
「お爺ちゃんがまだ……やっぱりお爺ちゃんにも誰か師匠が付いてるんですか?」
ミャウは改めてゼンカイの姿がないことを確認すると、スガモンに尋ねる。
「……いや。そもそも入れ歯を使えるものなど奴以外おらんしのう。じゃからあのゼンカイには少々違った趣向で鍛錬に励んでもらっとるのだが――」
「違った趣向ですか?」
ミャウはスガモンの言葉を繰り返し、不思議そうに眉を広げた。
「うむ……」
するとスガモンは一言発し軽く頷くとゼンカイの入っていった扉に目を向けた――。




