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老後転生~異世界でわしが最強なのじゃ!~  作者: 空地 大乃
第五章 ゼンカイの入れ歯編
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第一八二話 バッカスセットと祭りとそして――別れ

「いい加減起きろっての」


 ミルクはタンショウを蹴り飛ばし、泉の中に落としてしまった。


 それから暫くなんの反応もなかったが、段々と水面にあぶくがぼこぼこと浮かび上がり、遂にはタンショウが顔を覗かせバシャバシャと慌て出す。


 いくたタンショウといえど溺れてしまっては能力も効果が無いのだ。


「てかあんた泳げないのかよ」


 呆れ顔でミルクが手を伸ばすと、タンショウがしがみつき、ゼーゼーと涙目で荒息を吐き出した。


「お前も結構無茶をするな」


「だって起きようとしねぇんだから仕方ないだろ?」

 

 そういいながら、ミルクが更に追い打ちを掛けるようにタンショウの頭を小突く。

  

 その後、タンショウは息を落ち着かせ申し訳ない顔を浮かべて頭を擦る。


「まぁいいや。ところでさ、そのバレットセットというのはどこにあるんだい?」

 

 ミルクがキョロキョロと辺りを見回しながらバッカスに尋ねる。

 確かにこの空間には、大理石の足場と酒の泉以外にはこれといった物が見当たらない。


 精々戦う前に振る舞ってもらった酒を注ぐジョッキが転がってるぐらいである。


「がはは探したところでみつかりはしないさ。何せバッカスセットという装備品そのものは存在せんからな」


 どっしりと腕を組み、高らかに笑いあげるバッカスへ、ミルクが顔を向ける。


 意味がわからないと、不平な表情をのぞかせていた。


「そんな顔をするな。正直言ってお前は相当に幸運なのだぞ。その手持ちの武器や着ている鎧なんかはスクナビの作った装備であろう?」


 バッカスの言葉に、硬くなった眉間を緩めじっとその顔をみる。

 言葉にこそ出さないがミルクは、よく知っているね、と瞳で問いかけていた。


「スクナビはな、まぁわしの弟分みたいなやつだったのさ。あいつも酒が好きだったが同時に鍛冶も得意だったからな。その武器をみてすぐわかったのさ」


 ミルクの心情を理解したように、バッカスが言葉を返す。

 なるほどね、とミルクは得心がいったように頷いた。


「でもどうしてそれが幸運なんだい?」


「それはわしの力と相性がよいからさ。バッカスセットというのはつまり、わしの力を込めてやった装備の事をいう。わしが装備品に力を注ぐことでその効果が付与されるというわけだ。だから元の装備と相性が良ければ当然効果もでかい」


 ミルクは一旦目を丸くさせた後、口元を緩め、そういう事かい、と納得をしめした。


「でもその方があたしにはありがたいね。やっぱり使い慣れた装備のほうがしっくりくるし」


 そこまでいって、それでどうしたらいいんだい? とバッカスに尋ねる。


「うむ。その装備にわしが力を込める必要があるからな。だからとりあえず――脱いでくれ」


 はぁ!? とミルクが素っ頓狂な声を上げた。


「脱ぐって――いまここでかい?」


「当然であろう。装備品に力を込めるのに脱いでもらわんと話にならん」


 ほれ、はよはよ、と急かすバッカス。

 だがミルクは少し顔を斜めに傾け、怪訝な表情で酒神をみた。


 因みに近くで様子を見てるタンショウの頬も妙に紅い。


「本当に脱ぐ必要があるのかい? てかどうして脱ぐ必要があるんだい?」


 目を細めバッカスに尋ね返す。その視線の先に見えるバッカスの鼻は、明らかに伸びきっていた。


「そ、それは勿論理由があるぞ。先ず力を込める前に装備品は一度ここの酒に浸す必要がある。その為には脱いでもらわんとな」

「あたしさっき泉に何度も潜ってるから、浸すのは十分だと思うんだけど」


 きっぱりと言い放つ。確かにミルクは何度も泉の中に落ちているため、既にかなりビショビショのヌレヌレである。


「う、うむ。しかしだな。それ以外も色々と決まりというのが」


「これがこのタンショウだとしても脱いでもらったのかい?」

「…………」


 バッカス黙りこむ。


「脱・い・で、もらったのかい?」


 眉間に皺を寄せ仁王立ちで問いを繰り返す。


 するとバッカスが一旦そっぽを向き、し、しかたないのう、特別だぞ? と残念そうに口にした。


「たく、油断も隙もあったもんじゃないね」


 嘆息混じりにミルクが言い放つ。因みにそれを見ていたタンショウもどことなくガッカリした様子を見せていた。


 兎にも角にもこうしてミルクはバッカスの手によってその効果を付与してもらうことが出来た。


 そのやり方も手をかざして念じること十数分というものであり、そこまで手間でもなかった。


「どうだ?」


「すげぇよコレ! めちゃめちゃパワーアップしてるのがよく分かる!」


 ミルクの言葉に、うんうん、と力強く頷くバッカス。


「わしも弟分の装備が見れて満足だ。と、おおそうだこれも持って行くがいい」


 言ってバッカスが樽をひとつ地面に置く。


「この中には泉の酒がたっぷりはいっとる。見た目にはそうでもなくみえるが、魔法の樽だからな。それだけでも相当な量が入っておるぞ」


 それはありがたいねぇ! とミルクが歓喜の声を上げた。


「ここの酒は本当に美味かったからね。まぁ鍛えてくれたあいつにもいい土産が出来たよ」


「それは良かった。だが全てを飲むんじゃないぞ。その酒はバッカスの効果を引き出すのに最適だからな」


 え? とミルクがバッカスを見上げ眉を広げる。


「恐らくスクナビの装備もそうであったと思うが、バッカスの効果も酒を浴びるとより強力なものになる。ただしソレには普通の酒じゃダメだ。ここの酒でないとな」


「そういうことね」


 ミルクが頷いて改めてバッカスの戦斧とバッカスの大槌に変わったふたつを交互にみやる。


「今でも十分すぎるほど強いけど更にパワーアップするなんてね。今から楽しみだよ」


「うむ。あぁしかし樽にはたっぷりはいっとるから多少飲んでも問題無いとはおもうがな。酒はやはり飲むもんだからのう」


「違いないね。ありがとうな」


 ミルクは改めてバッカスにお礼を述べた。神に対しても態度はそれほど変わらないのがミルクらしい。


 そしてタンショウも倣うように深々と頭を下げる。


「そこの魔法陣を改めて機能させておいた。乗ればそのまま迷宮入口前に転移するはずだぞ」


「何から何まで済まないね。まぁでもこれで終わりとは思わないでいてね。実力つけたらまた再戦にくるからさ。そして今度は酒でも戦いでも負けないよ」


 ミルクの宣言に、がはははっ、とひとしきり笑った後、バッカスがミルクを見下ろし。


「だったら次は本気で相手せねばいかんな」


 ニヤリとした笑みを浮かべ告げる。


 そしてミルクとタンショウのふたりは魔法陣の上に乗り――そして迷宮の入口近くまで無事転移するのだった。





「あのふたりが戻ってきたぞおぉお! 最下層までいって! バッカスの装備を手に入れきやがった!」


 迷宮からふたりが戻ってきた知らせは瞬く前に町中に伝わり、結果ふたりは町の住人のほぼ全員から手厚い歓迎を受ける形となった。


 何せかなり久しぶりの迷宮制覇である。ふたりがもどったと知った町長から敬意を表され、さらに祭りまで開かれる運びとなった。


 そして――町中が祭り一色ではしゃぎまくってる中、件の酒場に入ったふたりはようやくロックやアーマードと再会し迷宮での出来事を報告した。


「そうかバッカスのおっさんは元気だったかい」


「がっはっは! 流石酒神といわれるだけあるな! あいかわらず酒浸りってか! がっはっは!」


 バッカスの事を良く知ってるような口ぶりのふたりにミルクとタンショウが目を丸くさせる。


「まるであったことあるような言い方だね」


「あぁあるぜ。お前たちの前に最深部まで辿り着いたのは俺たちふたりだからな」


「がっはっは! もう随分前だがな! いや俺達も若かったよな! がっはっは!」


 なるほどね、とミルクが肩を竦めた。そしてなぜ酒の強さにそこまでこだわっていたかも理解したようだ。


「いやぁしかしミルクちゃ~~ん! こんなにいっぱいお宝を貰えるなんてね! いや信じてたよお前さんなら絶対戻ってくるってね!」


 酒場のマスターが猫なで声でミルクに話しかけてきた。

 そんな彼の顔はかなりホクホクしてる。


 何せ金になる装備だけでなく珍しい酒なんかも含めてミルクから受け取ったのだ。

 その価値はツケの分など霞んでしまう程だという。


「たく調子いいぜマスターも」

「全くだ。死んでしまった後のお金はいつ入ってくるんだろうな? なんて薄情な事をいってたくせに」


「そ、それはいいっこなしだぜぇ」


 困り顔で口にするマスターを見て、全員が笑い声を上げた。


「あぁそうだ珍しいっていえばこれもあったんだよ」


 そう言ってミルクがバッカスから貰った樽をテーブルに置いた。


「この中にはあのバッカスの泉の酒が入ってんだよ。全部は無理だけど折角だから皆に一杯ずつ飲ませてやるよ」


 その言葉に客達が一斉に色めきだつ。


「これがあの伝説の酒神の酒かよ!」

「こりゃ楽しみだぜ!」

「一生の思い出になるな!」


 はしゃぐ全員にミルクが一杯ずつ酒を注いでいく。店には入りきらないぐらいに客が押し寄せているために一杯ずつでも結構な量ではあるが。


「あぁなるほどこれかい」

「がっはっは! 俺達は大丈夫だがな。まぁいいかガッハッハ!」

 

 ロックとアーマードは酒を手にし意味深な事をいうが、ミルクは構うことなく全員に酒を注ぎ。


「それじゃあ、かんぱ~~~~い!」


 そしてミルクの音頭に合わせてその場の全員が酒を一気に煽った――が、その瞬間……。


 ミルク、ロック、アーマードそして酒を断ったタンショウを除いた全員がその場に倒れこみ失神するのであった。


「なんだい全く皆して情けないねぇ」





「それじゃあ世話になったね」


「あぁ。達者でな」

「がっはっは! まぁまたいつでも遊びに来るといいぞ! がっはっは!」


 目的も果たし、祭りも終った頃を見計らい、ミルクとタンショウはネンキン王国へ戻ることとなった。


 そんなふたりをロックやアーマードだけでなく、多くの町の住人が見送りに来てくれている。

 彼らが過ごした期間は決して長いものではなかったが、それでも一度でも酒を酌み交わせば皆家族みたいなものなんだと彼らは言う。


 その暖かさに思わずもう少しだけ、という思いもみせるミルクであったが、やはり脳裏に過るはゼンカイの見姿。そして他の仲間達の顔である。


「ミルク! 今度来た時は俺は負けないからな!」


 ガイルがそういって手を差し出してくる。ミルクはそれに応じ握手を返し、そして、楽しみにしてるよ、と言葉を返した。


 そしてふたりは歩き出す。皆の別れの言葉をその背に受けながら、仲間も待つ懐かしき王国へ向けて――。





「……随分と珍しいこともあるものだ。あれから僅か一週間足らずでここまでまたやってくるのがいるとはのう」


 魔法陣の中から現れた屈強な男に向け、バッカスが言い放った。


「ふむ。我の前にも先客がいたのか。だがそれも当然か。この程度の迷宮むしろ突破できない事のほうがおかしいのだ。全く簡単すぎて欠伸が出るほどであったぞ」


 バッカスは男を見下ろしていた。彼はそこに何者かが現れたその瞬間には立ち上がり、険しい顔付きでその存在を睨めつけていた。


「全く酒には似合わぬ嫌な匂いだ」


 バッカスは男から漂う臭気に顔を顰めた。それも当然であろう。男からは咽るような血の匂いが溢れていたからだ。


「そうか? 折角我が酒のつまみにピッタリのものを持ってきたというのに」


 言って男がふたつの球体を投げつけ足元に転がした。

 それはひどく歪な動き方をしていたが、バッカスがソレが何かに気づいた瞬間、彼の目が驚嘆に見開かれた。


「ロック――アーマード……」


「ほう、やはり知っていたか。お前が付与するという装備をしていたから恐らくとは思っていたがな。ふむ、しかしガッカリさせてくれる。バッカスの装備とやらがどれほどのものかと思えば全く手応えがなかったのだからな」


「……貴様、町をどうした?」


「あの程度の町。挨拶代わりに軽く殲滅しておいてくれたわ。まぁ安心しろチリひとつ残らないぐらいまで徹底的に破壊したからな。余計なゴミは残っておらぬぞ」


 そういって男は泉の側に寄り、黄金の酒を救って口に含む。


「……ふん、不味い酒だ。泥水の方がまだ幾分マシだぞ」


「わしの酒に勝手に触れるなぁあぁあ!」


 憤慨に顔を歪め、怒りの咆哮と共にバッカスがその手に握りし戦斧を振り下ろす。


 鈍く硬い音が辺りに鳴り響いた。だが――男の巨大な腕は斬撃をいとも簡単に受け止め、怯む様子すらみせようとしない。


「……貴様、何者だ」


「我は武王ガッツ。四大勇者と呼ばれていた中のひとりだ」


「武王――ガッツだと!」


 バッカスの瞳が驚愕に見開かれる。


「我の事を知っているのか?」


「噂だけならな。しかし、なぜ貴様が」


「貴様が知る必要などないであろう」


 言ってガッツは右の巨大な拳をバッカスの腹に叩きこんだ。


「ぐふぉお!」


 するとうめき声を上げ、身体をくの字に曲げた状態でバッカスの身体が安々と宙に舞い上がり、そして大理石のうえに落下した。


「この程度か……」


「な、なめるな小僧!」


 バッカスが勢い良く立ち上がり、魔獣でも裸足で逃げ出しそうな程の咆哮をガッツにぶつける。


(……悪いのうミルク。お前との再戦まで本気を出すことはないと思っていたが――)


「わしを愛してくれたこの町と人々を蹂躙した貴様を絶対に許してはおけん! 生きてここから出られると思うなよ!」


 その手に戦斧と巨槌を持ち、鬼の形相を覗かせるバッカス。

 その顔にガッツはニヤリと口角を吊り上げた。


 そして――。





「なるほど、確かにあのふたりよりは楽しめたが――それでも所詮はこの程度か」


 黄金の泉にプカプカと浮かぶ巨大な四肢を眺めながら、ガッツは少し残念そうにつぶやいた。


「まぁいい。暇つぶし程度にはなったからな――しかし我の前にここまで来たのがいるという事は他にもバッカスセットを手にした者がいるということか――」


 誰にともなく呟きながらガッツが魔法陣の上に脚を進める。


「追うか……いやあのふたりのを見る限り、そこまで脅威になるとはいえぬであろう。さして構う程でもないか――」


 そう言い残し、武王ガッツはその場から迷宮の入り口まで戻り、そして徐ろに振り返り身を屈め、力を溜めた後勢い良く跳躍した。


「ブレイクインパクトォオォオオオ!」


 気勢を上げ、着地寸前にその拳を大地に叩き込んだ。既にその辺り一面は只の荒れ地に成り果てていたが、そこへ更に追い打ちをかけるようにトドメを指す。


 その瞬間――町だけでなくバッカスの迷宮すらも粉々に吹き飛び、その場は再起不能なまでの荒れ果てた大地と化したのだった――。

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