第一七一話 扉を抜けて
スガモンの魔法によって転移したそこは、円形状の石畳の床と、何もない空間にぽつんとドアが四つあるだけという場所であった。
それだけみるぶんにはとても殺風景なようにも思える。しかし彼らの立つ足場は、まるで宇宙の中に取り残された空間の如くフワフワと宙に浮いていた。
勿論辺りの景色も青黒く滲んだスクリーンの中に、何万何億という星々が散らばっており、とても幻想的な様相を醸し出している。
「……ここって一体?」
「おおお! ミャウちゃんみるのじゃ! 凄いのじゃ! 床が宙に浮いてるのじゃ!」
「周りじゅう星だらけ……」「一体どういう仕組なんだろうね?」
「あ! 流れ星! 食べ物腹いっぱい食べ物腹いっぱい食べ物腹いっぱいプリキアちゃんと再会プリキアちゃんと再会プリキアちゃんと再会――」
「ここは星刻の間じゃよ」
其々が思い思いの言葉を吐くなか、スガモンが皆を振り返り語る。
「星刻の間ですか?」
ミャウが疑問符の浮かび上がった表情で問い返す。
するとスガモンは顎鬚を擦りながら、杖でコンコンと床を叩きミャウの疑問に答える。
「うむ。名前の由来はまぁこの星に囲まれている事と、時の刻みがわしらのいた世界と異なることで付けられたようじゃな。ただ詳しい事は判ってないようじゃがな」
「師匠ともあろうかたが、そんなわけの判らない場所に連れてきたんですか~! 床とか落ちたりしないだろうか? うぅ」
「全く我が弟子なら情けないやつじゃ。安心せい過去に先人も鍛錬を摘むために利用した場じゃ。何の問題もない」
「ほう。ということはここでわしらが修行することで、レベルも千倍ぐらいにパワーアップできるわけじゃな!」
「いや、流石に千倍は無理じゃろう。常識的に考えて」
スガモンが半目で呆れたように呟く。
「それにどのくらい強くなれるかはお前たち次第じゃしな。ただここはさっきも言ったとおり非常に時に流れがゆっくりじゃ。二週間あればそうとうな期間鍛えることが出来る」
「それは凄いね」「一番の心配点は時間だったしね」
「てか、そんな便利なのがあるならもっと早く使えばよかったのに――」
「無茶をいうでない。この空間にくるには相当な魔力を消費する上、一度でも使えば使用者は数ヶ月はかなり魔力が落ちる。さらにこの魔法自体一度でも使ったものは二十年以上はこの地に訪れることは出来んのじゃ」
え!? とミャウが耳を立たせ、眼を見開いた。
「そんな貴重な魔法を……良かったのですか?」
「構わんさ。これも占いの結果じゃ。お主らはここで鍛えたほうが、いや鍛えるべきじゃからな」
スガモンの言葉に、ありがとうございます、とミャウが頭を下げ、ヒカル以外がそれに倣う。
「まぁ礼をいうにはまだはやいがのう。なにせこれはかなり過酷な鍛錬じゃ。場合によっては命を落とす可能性だってあるのじゃからのう」
その発言に、皆がゴクリと喉を鳴らす。
「それで、こんなところでどうやって修行するのかのう?」
ゼンカイの質問に皆も軽く周りを見回した。確かに全員で鍛錬を摘むにはここは正直手狭であろう。
「そこに扉があるじゃろう? そこをくぐった先にまた別の空間が広がっとる。そこにゆけばわしのいってる意味が判るじゃろう。扉はミャウ、ゼンカイ、ウンジュとウンシルの兄弟、そしてわしとヒカルがそれぞれ入る事になる」
「だから扉が四つあったのですね」
「そういう事じゃのう。さてではそれぞれ好きな扉に入るがよい。わしらは最後に入るからのう」
スガモンがそう四人に伝え、扉に入るよう促した。それに従い、ミャウ、ゼンカイ、ウンジュとウンシルが其々扉の前に立つ。
「決まったようじゃのう。とりあえず鍛錬が終わったらここで集合じゃ。それまでじっくりと自分を鍛えるが良い」
スガモンの言葉に其々が強く頷き、そして扉のドアを開けた。そして全員が中へと足を踏み入れ静かに扉を閉めた。
「みんないっちゃいましたね」
「そうじゃな。それじゃあわしらもゆくぞ」
「でも師匠はそれだけ強いのにまだ修行を積むんですか?」
ヒカルのその言葉に、はぁ~、と深い溜息を付き。
「わしは鍛えるほうじゃよ。この中でこれまでとは比べ物にならないぐらい鍛えてその性根を叩きなおしてくれるわ!」
「……え? また師匠が? しかもこれまで――あ、僕、ちょっとお腹が……イタタ――すいませんこれはちょっと無」
「ほれ、行くぞ」
「そ、そんなご無体な~~~~!」
床に蹲り、いやいやと抵抗するヒカルだったが。スガモンに襟首掴まれ無理やり扉の中へと連れ込まれていくのであった――。
「ここで……鍛錬?」
ミャウは扉を抜けた先で思わず眼を丸くさせ辺りを見回した。
そこは先程までの光景と一変し、あたりは数多くの木々に囲まれた森であった。
だが、ただの森という雰囲気ではない。なにせその森を囲むように灼熱の溶岩を垂れ流す巨大な火山が聳え立っているのだ。
しかも、にもかかわらず、その場にはハラハラと白い塊がゆっくりと降り落ちてきている。
ミャウが腕を差し出し、その塊を掌に乗せた。 冷たい――と一言呟く。
それは雪であった。しかし周りを火山に囲まれた状況で降る雪に怪訝に眉を顰めた。
「変わった場所でしょ?」
語りかけられたその声に驚き、みゃっ! と思わずミャウが鳴き、正面に顔を向けた。
するとそこにはひとり、銀髪碧眼の美しい女性が立っていた。
ミャウと同じように銀色のクイラスを装備し、丈の短いスカート。この雪のように白い細脚がスラリと地面にむかって伸びている。
「あ、あの」
「あらごめんなさい挨拶が遅れて。私はジャスティンよ。あなたミャウさんよね? スガモンから聞いてるわ」
「ふにゃ!?」
彼女の自己紹介を受け、ミャウが心底驚いたように背筋と膝を同時に伸ばした。勢い余って爪先部分は軽く浮いてしまっている。
「にゃ! にゃみゃ! にゃんで! 神撃の戦乙女と名高いジャスティン様がここに! いや、あ、あの! お会いできて光栄です!」
どうやらミャウにとって憧れの存在であったようだ。その為かジャスティンに近づきつつ、ミャウは恭しく頭を下げた。
「あら。そこまで喜んでもらえるなんてね。でもね、私はスガモンに貴方を鍛えるように頼まれてるのよ」
え!? とミャウが再び驚き。
「ま、マスタークラスのジャスティン様がわざわざあたし――」
「あなた、そんな事じゃ死ぬわよ」
恐れ多いといわんばかりに腰を低くさせるミャウに、ジャスティンは笑顔で一言告げ、そしてその腰に帯びた剣を抜いた――。
「はいはい。ダンシングダンシング~~」
巨大なアフロヘアーをした男が、双子の兄弟に向けて手を叩き、そして彼らの舞を眺めていた。
彼らはスガモンに促され扉を抜けた――までは良かったのだが、そこで待ち構えていたこのアフロにつかまり踊りをみせてと問答無用でステップを踏まされているのである。
ちなみに彼はその名前もアフローであり、聞くところではダンス系のマスタークラスらしい。
「なんでいきなりこんな――」「それにここ一体なに? 変な玉が浮かんでるし――」
確かに彼らのいうように、床こそ石畳の平坦なものだが、辺りは星一つ無い闇で、その中に両手で抱えれるぐらいのキラキラ光る銀色の玉が浮かび、彼らを照らし続けている。
「はい、ワン・ツー、ワン・ツー、いいわよぉ。いいわすごくいい――」
褒め続けるアフローだが、双子の兄弟はあまり嬉しそうではない。突然訳の分からないアフロに踊れと言われては、不機嫌になるのも判る気がするが――。
「けどね――」
一言そう呟いた瞬間、彼もまたステップを踏み、回転しながら瞬時に双子の兄弟の背後に回る。
「え?」「そんなはや!」
「足元が――あまいわね!」
アフローはそのまま屈み込みスピンしながらの足払いで兄弟を転倒させる。かと思えばそのまま彼らの下に潜り込み、ブレイクダンスのような動きで左右の蹴りを何十発と彼らに叩き込んだ。
「がはっ!」「ぐうぅう!」
回転しながらの蹴りの乱打をくらい、飛ばされたふたりの背中が、石畳の上に落下する。
そして呻き声を上げるふたりを見下ろしながら、アフロのアフローが冷たく言い放った。
「てめぇらあんま舐めたダンスしてると、この場で俺がぶっ殺すぞ!」




