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第十七話 初報酬

 ミャウは時折妙な声を上げるゼンカイに辟易しながらも、なんとか縄を解く事に成功した。


「全く。なんでよりにもよってこんなわけの判らない縛り方……」


「何をいいおるか! これは亀甲縛りといって伝統的な――」

「知らないわよ!」


 顔を真っ赤にさせて言葉を遮るミャウ。

 解いてる時に、爺さんのあらぬ所まで触らねばいかなかったせいか、若干の恥ずかしさを感じさせる表情だ。


「しかしさっきまでと違って随分暗くなったものだのう。大体さっきのほうきみたいのと可愛らしい娘は誰じゃったんじゃ? 可愛らしい娘は誰だったんじゃ?」

 

 重要な事は二度聞くのが基本である。

 ちなみに現状二人を照らすのはミャウが出したランタンの光のみである。


 それでも周囲がわかるぐらいは明るいが、やはりゴールデンバットの光には適わない。


「さぁ。判らないわね。でも冗談じゃないわよ本当に」

 ミャウは朗々とした調子で返した。

 眉をぎゅーっと顰め不快感を露わにしている。


 確かに折角の魔物の群れはほぼ彼等に倒され、ユニークすら持ち去られてしまった。

 何とも後味の悪い結果である。


「本当あのヘッドとかいう奴むかつく――」

 思い出したように親指の爪を噛むミャウ。しかし腹ただしさからか、その名前はしっかり脳裏に記憶されたようだ。


「しかしのう。あの女の子可愛らしかったのう。本当にめんこかったのう。とにかく抱きしめたいのう」


 一方で意識が完全に幼女に向かっているゼンカイは、相変わらずの変態発言を口走っていた。

 ちなみに彼にとっては、もはやほうき頭はどうでもよい存在である。


「そういえば、多分あのヨイって女の子はお爺ちゃんと一緒よ」


「何じゃと! あの子はヨイちゃんと言うのか!」

 ゼンカイは結局幼女に名前を聞けずじまいであった。

 

 途中何度かヘッドに名前は呼ばれていたが、その時はまだ戦闘に夢中で気付いていなかったのだろう。


 常にそれぐらい一生懸命であれば、かなり頼りがいのある存在とも言えるかもしれないのに残念な話である。


「全くどこに喰いついてるのよ。まぁとにかくそのヨイって子はお爺ちゃんと同じトリッパーである可能性が高いわね」


「なんとそうじゃったのか! どうりで気が合うと思ったわい」

 一体どこをどう捉えたら、そういった結論に達するのか不思議である。


「……理由とか聞かないのねお爺ちゃん」

「考えるな感じるんじゃ、じゃよ」


 その答えにミャウは額を抑えた。

 流石知力がゴブリン以下である。基本的に彼を突き動かしているのは直感と本能とエロでしかない。


「まぁとりあえずここの戦利品回収して街に戻りましょう。何か本当にお零れに与かったみたいで悔しいけど、お爺ちゃんの事考えたらそんな事行ってられないしね」


 ミャウは胸当ての前で腕組みし、不愉快そうに述べた。


「ミャウちゃんや、大人は大耳じゃよ。過ぎたことを気にしても仕方が無いじゃろう。わしらは出来ることをやろうじゃないかのう」


 ゼンカイの発言にミャウが両目を見広げ黒目を萎ませた。

 どうやら呆気にとられているようだ。


 だがそれも当然だろう。よもやこの爺さんからそんな言葉が出てくるとは、真夏に雪が降るぐらいの衝撃である。


 とは言えその言葉に間違いは無い。

 呆けていたミャウも気を取り直し、ゼンカイと共に残った戦利品を集め爺さんのアイテムボックスに収めていく。


 そうして全ての品を集めきったゼンカイは【アイテムボックス】を唱え中身を確認する。


アイテムボックス[246/255]

スダイムの斧×36

バッドコミュニケーション×58


「大量じゃの!」

 ゼンカイが弾んだ声でミャウに告げる。


「そうね。冒険者初日の稼ぎとしては十分なんだろうけど……まぁしょうがないわね」


 両手を左右に広げ、ミャウは頭を振る。

 やはりまだ悔しいという気持ちが残っているのだろう。


「それじゃあ戻ろうか。暗くなる前には帰りたいし」


 了解じゃ! と元気よくゼンカイが返したところで、二人は来た道を引き返した。


 一応依頼の事もあったので逃した魔物がいないか確認しつつ戻っていくが、帰りの道では一匹の魔物にも出会うことなく二人は洞窟を抜けたのだった。





「外の空気はやはり心地よいのう」

 大きく伸びをしゼンカイが肺一杯に空気を吸い込んだ。


 洞窟を向けた二人はそのまま街道に出て、ネンキンへと脚を進める。


 来るときはまだ太陽が高い位置にいたものだが、今はすっかり西に傾き外は夕闇に包まれていた。


 ミャウが帰路を急ぐのは、昼間は平和なこの街道も夜の帳が張られると別の顔を覗かせる為との事であった。


 曰くそれは凶暴な野獣。

 曰くそれは闇を徘徊する魔獣。


 だが何よりも恐ろしいのは闇夜に乗じて犯罪を犯す――人間である。


「それはあれかのう? 獣耳が好きな輩の事かのう?」

 ミャウの説明に反して緊張感の欠片も感じさせない受け答えをするゼンカイ。

 まぁ彼は、そう言う爺さんであるが。


「違うわよ。てかあんなの怖くも何ともないし」


「まぁどちらにしてもそんな不届きな輩が現れたらわしが追っ払ってやるぞい! 女の……女性を守るのは紳士の務めじゃからのう」


 何かを言い直したゼンカイ。自信ありげに述べているが、レベルで考えたら守るというよりは守られる方であろう。


 だが後ろを歩くミャウは少し嬉しそうに口元を緩ませていた。

 街を出た時と違い、いつのまにかミャウの前を歩くその背中は老人のソレである筈なのに随分と逞しく感じる。


 それはダンジョンに挑み初めての依頼を無事こなした事により得られた自信からか、それとも出会えた仲間を守りたいという心力の強さか……。


「ま。不届きなのはどっちかと言うとお爺ちゃんの方かも知れないけどね」


 後手を握りちょっとした刺を放つミャウ。

 だが声はどこか弾んでいた。


「何じゃい。わしみたいな善良な人間を捕まえて――」

 

 そんな会話を交わしながら歩く二人はまるで、そう……二人の姿は――普通に仲の良い爺さんと孫と言う風にしか見えないのであった。





 ゼンカイとミャウが王都に到着した頃、街中は既に魔灯の明かりに照らされ始めていた。

 勿論その明かりも魔道具によるものである。


 これらはゼンカイのいた世界の街灯と同じ役目を担っている。

 その為、日が完全に落ちた後もある程度の明かりは保証されているし、夜に特に賑わう酒場等では店の看板にも魔灯を組み込み煌々と輝き続けているとの事であった。


 因みに一般の店、特にゼンカイも今後お世話になるであろう武器屋、防具屋、鍛冶屋等は大体が日が暮れると同時ぐらいに閉まってしまうとの事だ。

 

 その為、戦利品の売却は余裕を持って後日にしようという事となり、二人はギルドへと向かう。


「お疲れさん」

 

 ギルドに到着すると、アネゴが二人に労いの言葉を掛けてきた。

 だが相変わらずどこか面倒くさげではある。

 愛想笑いの一つでも浮かべてくれれば映えるというものなのだが、そういった性格では無いのだろう。


「依頼をこなしてきて、精算したいんだけど大丈夫かな?」

 ミャウが問うと、アネゴが髪の毛をくしゃくしゃと擦りながら、

「あぁ今日来ると思わなくてね。全部もう上に持っていってもらったんだ。悪いけどテンラクにお願いして貰える?」


「そ、そう。じゃあえ~と二階?」


「あぁ。今日の仕事はだいぶ片付いたから、上で一人のんびりしてるんじゃないかな」


 答えてくれたアネゴにミャウは礼を述べ、ゼンカイを連れて階段を上がった。


 アネゴの言った通り、二階にはテンラクしかいなかった。

 頭の位置から察するに椅子に腰を掛けているのだろうか、カウンター内で悠々と何かを広げている。

 

 それは、どうやら紙面のようだ。裏面にびっしりと印刷された文字が見える。


「おや。ミャウちゃんにゼンカイさんじゃないか。依頼終わったのかい?」

 二人に気付いたのか読んでいた紙面から視線をずらし、テンラクが問いかけた。

 

 目元に皺を寄せ、にこにことした顔で二人の応えを待っている。


「えぇまぁ確かに仕事は終えたんだけどね……」


 口篭もる彼女を一瞥するテンラクだが、まぁとりあえずは、と言って二人が受けた依頼書を探しカウンターに置いた。


「今回の請負者はミャウ。条件も指定も特になし。だから依頼が遂行されたかどうかだけが判断基準だが……問題ないね?」


「えぇ。洞窟内で目に見える魔物は全部退治されたわ。一応わね――」

 その声音は自信に溢れた物では無かった。


 そして言葉の一つ一つに含まれた異音に、テンラクは気付いているようだった。

 敢えて口にはしていないようだが、常に笑みが漂う双眸とは裏腹に唇が一文字に結ばれている。


「じゃあ依頼書に手を乗せて」


 テンラクに言われたとおりミャウが紙の上に右手を重ねる。


「なんじゃ? 何が始まるんじゃ?」

 目をパチクリさせゼンカイが首を擡げる。

 背が低いためかミャウの斜め後ろから様子を見てる形である。


「お爺ちゃんも後々必要になる事だから、よく見ててね」

 そうゼンカイに告げ、ミャウが瞼を閉じ意識を集中させるようにしながら、【アチーブ】、と唱えた。


 すると依頼書が発光し、クイズに正解した時のような快音が鳴り響く。


「はい大丈夫だね。依頼達成おめでとう」

 引き締めていた唇を緩めテンラクが祝の言葉を発してくる。

 あくまで形式的な口調であったが、愛想が良いので悪い気はしないだろう。


「今回は二人でパーティーを組んだって形で良かったんだよね?」


「えぇそれでお願い。報酬は全額お爺ちゃんに支払う形でいいから」


「了解。それじゃあゼンカイさん。ギルドカードを貸して貰えるかな?」


 テンラクの言葉にゼンカイが首をひねって返した。

 やはり知力は低そうである。


「ほら今日登録してもらったときに……」

 そう示唆され、おお! と思い出したように両手を打ちならす。


「これじゃな!」

 得意気にゼンカイが嬉しそうにカードを見せびらかす。

 

「はい。ちょっとお借りしますね」

 テンラクはカードを受け取り、表裏と確認した上で、

「ではこちらお返ししますね」

とゼンカイにカードを戻したあと立ち上がり、奥の扉の向こうへ消えた。


「これでお爺ちゃん、初報酬が貰えるわね」


「おお! いよいよ冒険者って感じじゃのう」

 そう言ってはしゃぎ回るゼンカイはどうにも落ち着きが足りない。


「お待たせぇ。それじゃあこれが今回の報酬、10,000エンね」

 テンラクは茶色い封筒をゼンカイに手渡す。

 その中に報酬金が入っているのだろう。


「中身しっかり確認してね」

 ミャウが促すと、ゼンカイが封筒の中身を取り出す。


 そこには1,0000エン紙幣が1枚入っていた。




「おお! これで漸くわしの懐も暖かくなるってもんじゃ!」

 

「落としちゃ駄目よ、お爺ちゃん」

 心配そうに口にするミャウへ、そんなドジは踏まんわい! と返すゼンカイ。

 しかしこの自信が逆に怖い。


「ところでミャウ。ひょっとしてダンジョンで何かあったかい?」

 にこやかに問いかけてくるテンラクの顔を見ながら、

「流石ね。やっぱりわかる?」

とミャウが反問する。


「まぁ伊達に長いこと冒険者の皆を見てきてないからね」

 言ってテンラクは身体を揺する。


 ミャウは頬に薄い笑みを残しながら、実はね、と事の顛末を話し始めた――。



 

 



 

 


 


 


 





 

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