第一六九話 再挑戦に向けて
「う、う~~~~ん――」
ゼンカイは頭を振り上半身を起こした。その手には砂が纏わりつき、着衣は大分湿っている。
そしてその両目は焦点が飛び飛びで、未だ夢の中にいるようなそんな雰囲気を醸し出しているが。
「たく。やっと起きやがったか」
その聞き覚えのある声に、漸く正気を取り戻したのか、グイッ! と首を捻じきれんばかりに回し、声の主を確認する。
呆れたような顔でゼンカイを見やっていたのは、意識を失う直前まで船の上で戦いを演じていたガリマーであった。
そしてよく見ると、ゼンカイと同じく船の上で波に飲まれたミャウやウンジュにウンシルの姿もある。
三人ともやはり砂浜の上に腰を付け、気がついたゼンカイを眺めていた。
特に口にはしないが、向けている瞳には大丈夫? という確認の念が感じられる。
ただその表情は酷く疲れたものであった。あの戦いでの消耗が相当に高かった事の表れであろう。
「たく、揃いも揃ってなさけねぇ。あの程度の波にさらわれちまうとはな。面倒だから放っておこうかとも思ったが、それでギルドに恨まれるのも厄介だからな。しょうがねぇから海から引きずり上げてやったよ」
その言葉にゼンカイは顔を上げ、不満を露わにさせた。
何せもとはといえばガリマーの行ったスキルが原因である。
そう考えれば責任はガリマーにもあるだろうと言いたくもなるものなのだろうが――
「なんだ? なんか文句があるならいってみろ」
「……別にないのじゃ」
流石のゼンカイもそこで何かをいうことはなかった。あるいは昨日ほどの元気が残っていれば悪態のひとつも付いたかもしれないが、皆と同じようにゼンカイも疲弊している。
そして何よりも後から伸し掛かってきた自分に対する不甲斐なさの方が大きかった。
ゼンカイ以外の面々もそれに関しては何も口にしないが気持ちは一緒なのだろう。
どんな形であれ戦いをうけ、そして何も出来ずに負けた事は事実である。
これほど悔しいことはないだろう。
「まぁでもこれではっきりしたな。てめぇらは俺の求める条件にはあわねぇ。あの程度の嵐で足元すくわれてるようじゃ話にならねぇからな」
砂浜がしーんと静まり返る。誰も返す言葉がみつからないといった感じか。
「わかったらとっとと帰るんだな。俺はてめぇらの相手でくたびれたから少し休むぜ」
そうはいってるが勿論皮肉である。なにせとうの本人は全く体力を消耗してる様子がないのだ。
「あ、あの! あのあんなにあっさり負けておいてこんな事を頼める義理じゃないのはわかってますが、なんとか考えなおしてもらうことは出来ませんか?」
ミャウが背中を見せた彼に懇願するように頭を下げ頼み入る。その姿をガリマーは一顧しそして両目を瞑り応えた。
「駄目だ。今のてめぇらじゃ俺が信用出来ねぇからな」
「信用……」「できない――?」
双子の兄弟が軽く顔を上げ、ガリマーの姿を視認しながら呟くようにいう。
「そうだ。俺は例え頼まれた相手でも一緒に船にのる奴を客扱いしたりはしねぇ。ともに旅する船乗りとしてみる。だから海の上にいる間は当然仕事も分担させるし、何かアレば共に戦いもする。つまりお前らともし一緒に海に出るなら、俺はテメェらに命を預けるし、テメェらも俺に命を預ける。それが俺の海での掟だ。だがその命を預ける連中が腑抜けじゃ話にもならねぇ」
四人を振り返り、逞しい腕を胸の前で組みながら、彼は話を続けた。
「しかも今回てめぇらが行きてぇと願ってるのはあのドラゴエレメンタス。おまけにマスタードラゴンの鱗の生え変わる時期とくれば魔物も相当に凶暴化してる。なのにその程度の腕で挑もうなんてはなっからナメてかかってるとしか思えねぇ無謀さだ。別にてめぇらが勝手に死ぬのはかまやしねぇが俺はそんな自殺行為に付き合うつもりはねぇ」
そこまでいわれて更に一行の表情が暗いものに変わった。しかし彼のいってることは間違いではないだろう。
「……まぁそういう事だ。わかったら今度こそあきら――」
「嫌なのじゃ!」
締めの言葉を繰りだそうとしたその時、ゼンカイの言葉が割り込んだ。
その所為に、何? と一言述べ、ギロリとその顔を睨めつける。
「嫌だといったのじゃ! こんなの冗談じゃないのじゃ! こんな負けっぱなしで更に諦めろなどと冗談じゃないのじゃ!」
ゼンカイのいってることは只の駄々にも思える。だが、その眼は真剣そのものだ。やはり相当悔しい思いでいたのだろう。
「お、お爺ちゃんのいうとおりです! 私も嫌です! こんな形で諦めるなんて!」
「……そのとおりだよ」「負けておめおめと引き下がるなんて格好悪いしね!」
四人の暗い顔が一変し、まるで炎のように闘志を燃え上がらせた表情をガリマーに向ける。
「……もう一度チャンスを下さい! そうしたら今度こそ――貴方を認めさせてあげます!」
真剣な目付きで訴えるミャウ。いやミャウだけじゃなく、ゼンカイにウンジュとウンシルも、決意を新たにさせた様子で彼の返事を待つ。
「……ふん口だけは減らねぇ連中だ。だがなマスタードラゴンの鱗が手に入る期間には限度があるぞ」
その言葉に、あっ、とミャウが表情を曇らせた。これは前もって彼女も確認していたことだが、マスタードラゴンは鱗が完全に生え変わりある程度の期間を置くと古い鱗を食してしまうのだ。
そして当然だが、一度胃の中に収められてしまうともう手に入れる事はかなわない。
ミャウは肩を落とし項垂れた。はっきりとした期間はわからなかったが、もしすぐにでも出なければいけないというならどうしようもならない。
「……ま、二週間だな」
ガリマーの言葉に、え? とミャウが顔をあげる。
「最悪でも二週間後にはここをたたねぇとてめぇらの欲しいものは手に入らねぇ。だが二週間で何がかわるってもんでもねぇだろうけどな。どうしても諦めきれねぇなら死ぬ気でやってみることだ」
ガリマーは嘆息混じりにそう言い残すと、再び大きな背中を一向に見せつけ、そして小屋へと戻っていた。
四人は彼がいなくなってからも暫くは呆けていた。
が、それぞれがハッとした表情になり見やりあう。
「ミャウちゃん! 二週間でなんとかすれば!」
「うんそうだね!」「それで彼を納得させれば」
「船を出してもらってドラゴエレメンタルに行けるわ!」
一行はどこか生き生きとした表情を取り戻し、まるでこれで目的が達成できたかのように喜び合った。
そしてこうなったらとりあえずこれからどうするかを真剣に考える為に、一旦はポセイドンの街に戻ることにしたのだが――
「はぁああああ~~」
ポセイドンの街に戻った時には、先ほどの喜びようは嘘だったかのようにミャウの肩が沈んでいた。まるで巨大な石を運ばされる奴隷の如く格好で細身を前に倒し、歩き方もどこか頼りない。
「なんじゃいなんじゃい。そんな顔してたらせっかくの美少じ、可愛らしい顔が台無しじゃぞい!」
だが、そんなゼンカイの失礼な間違いにも、全く反応を示さず、ふぅ、というため息が続くばかりである。
「まぁ気持ちは」「わからなくもないけどね」「冷静に考えれば」本当に二週間たらずで」「何が出来るのかって」「感じだし」
両手を振り上げながらヤレヤレと肩をすくめる兄弟にミャウが振り返る。
「そうなのよねぇ……認めさせるなんていったけど、ガリマーの強さは半端じゃないし。正直ジャロックよりも更に上って感じじゃない……」
そこまでいって更にため息を吐き。
「それを二週間でどうにかしろなんて、よく考えたらそうとう無茶な条件よね……」
「え~~い! 何を弱気な事をいうとるのじゃ! 為せば成る! 成さねばならぬ何事もじゃよ!」
どこかネガティブな三人に対して、ゼンカイは寧ろかなり張り切った姿勢をみせている。
「う~んこういうところはお爺ちゃんを見習ったほうがいいんだろうね」
「確かにね」「ポジティブって素敵だね」
まぁ確かにゼンカイはそこまで物事をくよくよ考えるたちでもない。勿論何も考えてないだけという可能性もあるが。
「ま、とりあえずは冒険者ギルドに行くとしますか。例の報酬も受け取らないといけないし、もしかしたらそこに何かしらヒントがあるかもしれないしね」
ミャウの提案に皆が同意し、その脚でギルドのある施設に向かう。
そして、ギルドの前に付き、中へと足を踏み入れると、その時――。
「おお、やっと来おったか。随分待ちくたびれたぞい」
カウンターの前からどこか懐かしい声が彼らの耳朶を打った。
え、とその方向に目を向けた先にいたのは――ギルドマスターであるスガモンとゼンカイと同じトリッパーであるヒカルの師弟コンビであった。




