第一六六話 ギルの紹介と砂浜の小屋
「チッ。アラミンってのも意気地がねぇな。あんだけの船団抱えておきながら、島に手配する船のひとつも用意できねぇんだからよ」
素戻り状態でギルの店に再来した一行から話を聞くと、彼はただでさえ厳つい顔を更に険しくさせて文句を述べた。
「でも確かに海洋魔獣は手強いのが多いからね。更に船の上での戦いだと手立ても限られてくるし、商人ギルドの方が畏怖するのも判るかな」
ミャウは苦笑交じりにギルに述べる。あのギルド長の頭を下げる姿が瞼に焼き付いているのか、ついフォローしてしまうようだ。
「だからって、船が出せなきゃ目的が達成できないだろうが」
腕を組みギルが鼻息を漏らした。
「えぇ、だから戻ってきたのよ。ギルなら何か宛があるんじゃないかと思ってね」
ミャウは後ろ腰に両手を回し足を少し崩しながら、媚びるような眼でギルを見た。
するとギルが顔を眇め、ふん! とひとつ鼻を鳴らす。
「確かに俺にも宛がある」
ギルの回答にミャウは、やっぱり、と両手を肩のあたりで握りしめ直し、軽く飛び跳ねる。
「なんじゃ知っとるなら先に教えておいてくれればよいのに意地悪じゃのう」
ゼンカイが眉を顰めて不平を述べた。
それに続けて双子の兄弟も、
「確かに最初に聞いておけば」「二度手間にならないですんだよねぇ」
と愚痴を零した。
その様子に、やれやれ、と嘆息を付くとギルは白い髭を揺さぶり始める。
「別に隠す気だったわけじゃねぇよ。お前らが特に宛もないっていってたらさっきの時点で教えもしたさ。ただ、ちょっと変わった奴だからな、正規に手配出来るならそっちの方がいいと思ったんだよ」
「変わった人、ですか?」
「あぁ。こういっちゃなんだがそうとうに偏屈な奴でもあるしな」
ギルの言葉に皆の口元が緩んだ。それをいってる本人がそもそも偏屈な性格であり、彼を紹介したゴンもやはり似たようなものである。
類は類を呼ぶとは良くいったものだろう。
「まぁ俺から聞いたっていえば少しは話を聞いてくれるだろうよ」
「ありがとうギル。それでその方はどこに?」
「あぁガリマーって奴でな、この街を出て海沿いに北へ2、3キロ進んだ先で暮らしてる変わりもんがそれだ」
「え? この街を離れたところにいるんですか?」
ミャウは思わず眼を丸くさせて聞き返す。
「そうだ。だから変わりもんなんだよ。街に属さないで、ひとりで普段は適当に漁やって暮らしてんだ。まぁそんな奴はこのへんにはひとりしかいねぇからな。だから行きゃすぐ判るよ」
一行はギルに改めてお礼を述べると、再び店を後にしようとした。
すると、お前ら準備は万端にしていけよ、と去り際に声をかけてくる。
四人はギルを振り返り軽く会釈し、改めてその場を後にした。
彼らが店を出る直前ギルがボソリと呟く。
「まぁあいつも命までは奪わねぇだろうよ」
ミャウは鍛冶屋を出た後、ふと思い出したようにゼンカイにレベルを聞いた。
そういえばと聞かれるがままステータスを開く。レベルは31に上がっていた。これで三次職になることが出来る。
ギルの一言がなければ忘れていたかもしれない。
幸いこの街にも転職の神殿は敷設されているため、一行は一旦神殿に立ち寄りゼンカイの転職を行った。
「お爺ちゃん何のジョブになれたの?」
「うむ! {ファンガスター《歯牙を極めし者》となっているのじゃ~」
なるほどね、とミャウがひとつ頷いた。ちなみにスキルはやはり入れ歯に関係したものであった。
未だ一つ前のジョブにあたるファンガラルのスキルも謎のままであったが、更に歯は友達! という名の謎スキルも追加されていたのだ。
とはいえ肝心の入れ歯がない以上、折角のスキルの恩恵を受けることが出来ない。
やはり新しい入れ歯の作成は必須ともいえる。
ゼンカイの転職も無事済ませ、兎にも角にもとガリマーという船乗りの元に向かうため、一行は一旦街を出た。
そしてギルのいうように海沿いの街道を進んでいくと、街道からみて地盤の低くなってる沿岸に黄金色の砂浜が広がっていく。
汚れ一つ無い海岸は黄金色の砂浜に海の蒼、晴れ渡る空に水平線が重なり中々の眺めといえた。
ミャウも街道の縁まで駆け寄って、わぁ~綺麗、と感嘆の声を漏らした。
その姿からは普段は冒険者をやってるとは思えない、少――もとい、自然を愛でる普通のレディに感じられる。
「でもこんなところにひとりで住んでるのかい?」「ギルの話だとこのあたりの筈と思うけどね」
双子の兄弟も海と砂浜を眺めながら、不思議そうに述べた。
その疑問にミャウも顎に指を添え、確かにねぇ、と空を仰ぐ。
「お~い、皆こっちじゃ。こっちになんかそれっぽいのがあるぞ~い!」
いつの間にか先に進んでいたゼンカイが、手を降って皆を呼んだ。
その言葉に三人は景色を見るのを中断し、ゼンカイの元へ足早に駆け寄る。
「あれじゃよあれ」
ゼンカイの指さした方向に三人を顔を向ける。すると砂浜の中に木造の家が一軒だけ佇んでいた。
三角屋根の平屋で割りと年期の入った作りである。
一行は一応他にも何かないかと周囲を見回してみるが、見る限りこの辺りで誰かが住んでそうなのはその建物しかない。
四人は街道から分岐していた坂を下り海岸へと足を踏み入れた。
日差しがそれほど強くないためまだマシだが、もしガンガンに日光が照りつける日であったなら、砂が相当に暑くなるに違いない。
砂浜に其々が形の異なった足跡を残しながら、四人は件の建物の前にたどり着く。
「本当にこんなところに人が住んでるのかしら?」
「でもギルが嘘をついてるとも」「思えないしね」
「まぁ呼んでみればわかるじゃろ。お~い誰がおらんか~」
木製の扉に向かってゼンカイが呼びかけるも反応はない。
「あの~どなたかいらっしゃいますか~?」
ゼンカイの後にミャウも声を掛けてみるが、やはり帰ってくる声はない。
また誰かがいる様子もない。
「誰かがいる気配も」「特に感じられないね」
ウンジュとウンシルも首だけめぐらしお互いの顔を見合わせながら残念そうにいう。
「なんじゃここまで来てからぶりかい」
ゼンカイが眉根を寄せ、そう口にしたその時だった、海側から何かが弾ける音が各人の耳朶を打ち、同時に上空から何かが放物線を描きながら一行の近くの砂浜目掛け飛んでくる。
「な! なんじゃ~~!」
思わずゼンカイが声を張り上げた。一行がその軌道を振り返ると、巨大な魚が、ズドォオン! と砂の上に落下し、重たい砂が宙を舞った。
そしてその落下は魚一匹では収まらず、丸々としたトゲ付きの魚、巨大なイカ、そして妙な触手をうねうねと生やした奇怪な生物まで次々と砂浜に打ち上げられ落下していく。
勿論この打ち上げは文字通り高く上がるという意味だが。
こうして砂浜の一点に海洋生物の山が築かれたところで、大漁大漁~! という蛮声が海の中から聞こえてきた。
一行が海へと身体を向けると、海面から見事な海坊主が姿を現した。
そしてふんどし一丁という出で立ちで、一行の方に向かって歩みを進めてくる。
それは中々の筋肉を誇る老齢の男であった。見事なまでに第二の太陽となった頭とは対照的に、鼻から下は埋め尽くさんばかりの銀色の髭で埋め尽くされている。
「うん? 誰だお前らは?」
老齢の男は、恐らくは彼が獲ったのであろう海洋生物たちを前にした後、一行を振り返り問いかけてきた。
それにミャウが対応しようと一歩前に出るが、どうやらふんどし一丁という姿に戸惑ってるようで、あ、ああ、あの! とうまく言葉が出てこない様子である。
「お主がこの小屋に住んどるのかのう?」
ミャウが戸惑ってる姿を一瞥した後、代わりにゼンカイが問いかける。
「質問に質問で返すとは礼儀のなってねぇ奴らだ。俺はお前らが何者かと聞いてるんだよ!」
ギロリと一行を睨みつけ、男が再度質問を繰り返した。
これ以上怒らすのはマズイと考えたのか、ミャウがなんとか気持ちを落ち着かせるようにして、自己紹介をしゼンカイの事も伝える。
最後は双子の兄弟が其々挨拶をすましたところで、ふん! と男が鼻をならした。
「冒険者ねぇ。そんな連中が俺に何のようだ?」
「あ、はい。あ、あのところでガリマー様で間違いなかったですよね?」
「質問を質問で返すなと!」
「あ! ごめんなさいごめんなさい!」
どうやら相当に気難しい性格のようである。
「実は私達はガリマーさんにお願いあってここまでお邪魔させて頂いたのですが」
ミャウは笑顔を貼り付けたまま彼に話す。他に該当者もいないので、男をガリマーと信じての発言であった。
「俺にお願いだと? 一体なんだ?」
「どうやら彼が」「ガリマーで間違いなさそうだね」
「人が話を聞いてる時にごちゃごちゃうるせぇぞコラ!」
双子の兄弟が、えぇ~!? と顔を強張らせた。兄弟はかなり声を押さえてたはずなのだが相当に神経質な性格でもあるのかもしれない。
「あの、気を悪くされたならごめんなさい」
ミャウはあまり機嫌を損ねないようにと、丁重に頭を下げ謝罪する。
「だれがそんな事を聞いた! 何のようかといってるだろぉおお! 応える気がないならとっとと帰れ!」
そういってガリマーは荒々しく木製の扉を上げ、小屋の中へと入っていってしまった。
えぇええぇえぇ! とミャウも思わず眼を丸くさせあんぐりと口を広げる。
「これは中々大変そうじゃのう」
その様子に思わずゼンカイも眉を広げ呟くのだった――




