第一六三話 海賊たちの鎮魂曲、冒険者の英雄譚
腰が抜けていたチャラは、ミャウに肩を貸してもらうのを望んだが、世の中そううまくは行かない。
結局、しょうがねぇな、とムカイが背負い運ぶこととなった。
「これがきっかけで二人の愛に禁断の愛が――」
「生まれねぇよ!」
「き、気持ち悪いこというなよ!」
ゼンカイの予想は言下に否定されたのだ。
何はともあれ見事ジャロックを打ち倒した一行は、ミャウの出した小舟に乗り込み、海賊船を後にした。
幽霊船の海賊たちを全員倒したことで、すでに外の霧は完全に晴れきっていた。
当然行きに比べれば帰りの道のりは楽なものであった。
双子の兄弟もこれぐらいは大丈夫と言ってリズミカルに櫂を漕ぎ、疲れているミャウの代わりに、ガリガが魔法で航行を手助けした。
そして船に戻り、魔導砲を搭載した海賊船に移動し、ガーロックに件の出来事を説明した。
「な!? ジャロックだって! ち、畜生一目お会いしたかったぜ――」
ガーロックはそういって一人項垂れた。海賊たちにとってはジャロックの存在は憧れであり、目標でもあるのだ。
勿論そんな真似を冒険者である一行が見逃せるわけがないのだが、せめて供養ぐらいはさせてやろうとガーロックに船を打ち沈めてあげると良いと提案した。
それにガーロックは二つ返事で承諾し、頼むから彼の子分たちを立ち会わせて欲しいとも懇願してきた。
一行は迷ったが、船長に許可をとり、責任をとって冒険者達が見張るということで話を進めた。
こうしてガーロックの海賊船に集められた海賊たちとそれを見張る冒険者たち。
死闘を演じたミャウ達一行も当然その場に立った。
休んだほうがいいのでは? という気遣いの声もあったが、せめてそれぐらいは立ち会いたかったのだ。
「海の男ジャロック。貴方は俺達にとって――」
弔辞は海賊を代表してガーロックが行った。
そしてしめやかに最後の言葉が述べられ――そして誰が申し合わせ下でもなく海賊の一人が歌い出した。
そしてそれを皮切りにガーロックも含め海賊船に向けて鎮魂歌を奏で出す。
もし俺達が死んだなら体は海に沈めてくれ
勝手気ままに生きてきた俺達だけど
死ぬ時ぐらいは母なる海に食われたいから~
もし俺達が死んだなら骨は海に沈めてくれ
散々悪事を働いた俺達だけど
死ぬ時ぐらいは母なる海に抱かれて眠りたいから~
もし俺達が死んだなら頭は海に沈めてくれ
人から奪い続けてきた俺達だけど
死後ぐらいはこの母なる海でこの歌をとどけつづけたいから~
しばしの間、歌は響き続けた。それを誰も文句をいうこともなく。静かに聞き入っていた。
ゼンカイに関してはなぜか拳を付けて参戦していたが――
そして曲が終わり、自然と皆が黙祷を捧げ。
「角度よ~し。打ち方始め!」
ガーロックの号令で砲身が今も浮かび続ける海賊船に向けられた。
そして再度のガーロックの叫びで魔導の弾丸が轟音と共に発射された。
これまでで一番の強烈な光の帯が、まるで海賊船同士を繋ぐ橋のように伸び掛けられた。
煌めく光が美しくも感じた。そして激しく水柱が立ち上がり、ジャロックと共に伝説の海賊船を母なる海へと誘った。
それは残骸など一欠片も残らない見事な弔砲であった。
港に戻ったあと、彼らをまつ運命はきっと軽いものではないだろう。
そんな事は彼らだってわかってる筈だ。
だがせめてこの時ばかりは、一人の海賊王の死を共に弔いたい。そう思えた一時であった――。
海賊の弔いも終わり。一行は元の船に戻ってきていた。
勿論ガーロックとその子分たちは、戻った早々船倉に閉じ込められた。
彼らは港に戻り次第街の法で裁かれる。一応は幽霊船退治に協力してくれた事もあって、多少は刑も軽くなることだろうが、それでも十年以上の強制労働はほぼ間違いないといえるらしい。
ただそれでも、まだ死刑にならないだけマシといえるか。
そして船に戻った後。一行は先ずはホワイトシスターズに回復魔法を掛けてもらい、それぞれの怪我を治療してもらった。
そしてその後は、冒険者たちに囲まれもみくちゃにされる事となった。
できれば目立ちたくないと思っていた一行であったが、流石にこの状況じゃそれも無駄である。
一行はもはや観念を決めたとばかりに一旦食堂に移り、彼らの質問攻めに合うことになった。
勿論内容は幽霊船での出来事であり――。
尤もムカイに関してはこのことでより鼻が伸びまくり、身振り手振りを交えてハゲールと共に吟遊詩人の歌う英雄譚の如く勢いで話して聞かせていた。
そしてそれを聞く冒険者達も、少年のように目を輝かせ耳を傾けている。
これに乗っかるように、どうだ! と言わんばかりにチャラも自らの勇姿を周りのものに話しているが、どうやらあまり信用されてないらしく、そこまで真剣に聞いているものもいない様子だった。
ミャウはそれが哀れに思えたのか、自分がチャラのお陰で助かった事実だけは本当であると助け舟を出した。
結果チャラの周りにも話を聞こうとした人物が集まりだした。
ミャウたちからしてみれば、少しでも囲んでくる相手が減るのは嬉しい事でもある。
だがそれでも相当な数の冒険者を相手にしなければいけないのも事実であり――
結局港に辿り着くまで、この質問攻めが終わることはなかった――
「やっと開放された~~~~!」
船から降りるなりミャウが歓喜の声を上げた。よほど参っていたのだろう。
心の底から安心したという思いが表情に現れている。
「全くさすがのわしも、あれだけ続くとまいってしまうのう」
やれやれと嘆息を付くゼンカイ。だが自分の活躍ぶりを話しているときは、彼も随分と生き生きしていたものである。
「さて。それじゃあまたここで一旦お別れだな」
港でムカイ、ハゲール、ガリガが別れの挨拶を交わしてきた。
正確にはギルドでの報酬の受け取りが残っているのだが、これは一緒に乗っていた商人が査定し、商人ギルドを通して冒険者ギルドに連絡がいくため多少の時間を要す。
そのためミャウとゼンカイ、そして成り行きで双子の兄弟とチャラも一緒に先ずは鍛冶屋へ向かう話となった。
そしてムカイ達に関しては他によるところもあるというので、ここで一旦のお別れとなる。
「まぁお互い冒険者をやっていれば、またどこかで会うこともあるだろう。そんときゃお互いまた強くなってるといいな」
そうね、とミャウが微笑し返した。
「でもよぉ。今回みたいな危険なのはもう御免だぜ」
光る頭を撫でながら、ハゲールが苦笑いを見せる。
「……れが……者の宿命」
「うむ確かにそうじゃな。冒険者たるもの常に危険と隣り合わせじゃしのう」
「てか爺さんこいつのぼそぼそ声がわかるのかよ?」
ハゲールの問いにバッチリじゃ! と親指を立てて返すゼンカイ。ガリガの表情に僅かな喜びの感情が芽生えた。
「さて、それじゃあな」
言って三人は踵を返すと軽く手を上げながらその場を後にした。
その背中は最初にあった時と比べて随分と広く感じられた。
そして彼らを見送った後、ミャウが皆を振り返り口を開くが。
「さて、それじゃあ私達もいきます――」
「あ、あの!」
突然横から届いた声に出はなをくじかれたミャウが、顔を眇め振り向いた。
するとそこには――。
「あら? ホワイトシスターズじゃない? 何かあった?」
そう、そこには白いローブの三人組。そんな彼女達にミャウが尋ねるが、どこかもじもじしながら、ミャウの顔を伺う。
「むぅ! これは! きっとわしの魅力に気がついて惚れたというパターンじゃな!」
「あは~ん! 爺さんも何を言っているんだか! この娘達はこの僕に惚れたにちがうぃいいいぃいねぇえ!」
何故かゼンカイとチャラが髪を掻き上げながらミャウの横に並んだ。しかしゼンカイの頭にはそんなオシャレなものは存在しない。
変身はとっくに解けてるからだ。
「あ、いや、あの――」
「わ、私達」
「双子の――その」
その言葉にミャウの猫耳がピーンと立ち上がった。
「ちょっとウンジュ、ウンシル、あんた達に話だって」
すると双子が振り返り。
「僕達に話があるんだって」「なんだろうね?」「こんな美人三姉妹に呼ばれたら」「緊張しちゃね」
そんなことを言いつつも、三姉妹と話すふたりは軽快でそれでいて楽しげに会話を繰り広げていた。
その姿に肩を落とすふたり。
「ま、あの三姉妹はウンジュとウンシルに助けられたしね」
「吊り橋効果というものかのう」
物欲しそうに指を咥えてつぶやくゼンカイは、やはり行儀が悪いのだった。
双子の兄弟が笑顔で三姉妹と別れたことで、ようやく一行もギルの下を訪れることが出来た。
ちなみにゼンカイは兄弟が一体何を話していたのかと興味津々であった。
そんなゼンカイに応えたふたりの話によると、どうやら連絡先を交換したらしい。
「あんな美人たちをゲット出来るなんてね」「セフレとか興奮するね」
そんな危ない会話も聞こえてきたものだがミャウは触れなかった。むしろその部分は聞かないようにもしていた。
そして店へと訪れた一行を、おお! 無事だったか! とギルが親しげに迎えてくれた。
だがすぐにチャラの顔に気づき、その顔を険しくさせた。やはりしっかり客の顔は覚えているのだろう。
「ほらチャラ。いうことがあるでしょう」
「そうじゃぞ。しっかり謝るんじゃ」
ふたりに促され、チャラはギルの前に立ち、そして頭を軽く掻いた後――。
「そ、その節は本当に申し訳ありませんでしたぁあああぁあ!」
そう深々と頭を下げたのだった。




