第一六〇話 再びの覚醒
「てめぇ! その剣を爺さんから抜きやがれ!」
ムカイが怒りの声を上げ、ジャロックに飛びかかった。
だが、彼はヒョイッとそれを避け、左手の砲身を向け至近距離から撃ち込んだ。
魔法の砲弾は、先程に比べればちいさなものだ。光線というよりは光球が飛び出し、ムカイの身にあたった形である。
どうやらジャロックの持つ魔導砲は、込める力で威力が変わるのかもしれない。
とはいえ、彼の身体はその砲弾を受け、ミシミシと骨の軋む音を残しながら浮いた身体を甲板に打ち付けた。
「ムカイ! く、くそ――」
片目を瞑り、顔を歪めながらもミャウは立ち上がろうとする。だが膝が振るえており、思ったように脚が動いていない。
「ふん。だまってこいつがくたばるのを眺めてるんだな」
あれだけの動きをしておきながら、その刃はゼンカイを捕らえて放していなかった。
そしてゼンカイの顔は、元々老けこんでいたものが、さらにしわしわに変化していっている。
腕も枯れ枝のように細くなり、身体も明らかに痩せこけていき、見た目にはほぼ虫の息である。顔からは血色さえ薄れていっていた。
「そんな――お爺ちゃん……私の、私のせいだ! お爺ちゃんは船に残しておけば……」
泣きそうな顔で、ミャウが呟く。その声は掠れていた。
表情も絶望に満ちている。このままではゼンカイは助からない――。
(ミャ、ウ、ちゃん、泣いておる? 何故、じゃ……そうじゃ、わしが、わしが、不甲斐ないから、このままじゃ、皆も、皆も救えず――そんなの――嫌じゃ!)
「そんなの! 嫌なのじゃああぁああ!」
その時、正しく風前の灯といったゼンカイが、最後の力を振り絞るように叫び上げた。
空を割るような轟だ。
そして、同時にゼンカイの身体が黄金の光に包まれる。
「な、なんだこれは?」
ジャロックの表情も驚きに満ちていた。
だが、ミャウの顔には希望が浮かび上がっていた。そう、この光景は彼女も一度経験している。
そして――光が収まると同時に若々しい身体が宙を舞った。軽やかにバク転しながら甲板へと華麗に着地する。
その身に傷は見当たらなかった。刃も外れており、先程までのダメージがまるで無かったことのようである。
そんな――突如復活した彼はジャロックに身体を向け、声を立てる。
「イケメーーーーーーン! 女の子を泣かすのは僕が許さない! ジョウリキ ゼンカイ再び登場だよ!」
フサフサになった髪の毛を掻き揚げ、親指を立てながら白い歯を光らせる。
そう、チートによって若返ったイケメンイタリアンシェフの静力 善海。アルカトライズで覚醒したその力が再び発動し、見事変貌を成し遂げたのである。
しかしその妙なテンションとは裏腹に、ジャロックの眼は真剣そのものであった。
今の今まで刺し貫いてた刃から瞬時に抜け出し、間合いも離された。
その恐るべし呪いの魔剣には確かに鮮血がこびりついていた。その殆どがゼンカイから吸い取りかけていたものであることは間違いないであろう。
呪いの魔剣は血液とて水分として吸い尽くすのだ。
だが、変貌したゼンカイには傷痕が全く見あたらない。
回復魔法とはまた違う。驚異的な自然治癒能力――そして圧倒的な闘気は、見た目だけで判断していては痛い目をみることを暗に示している。
「なるほど。どうやら少しは楽しめそうだな」
ジャロックが口元を僅かに吊り上げた。それはどことなく楽しげでもあった。
海賊王であり海の戦士でもある彼にとって、強者との戦いは、旨いものを食べ、良い女を抱く、それらに変わらぬ、いやそれ以上の至福を得られる行為と言えるのかもしれない。
「い、いっておくけど今までのお爺ちゃんと思ってかかったら、後悔、するわよ――」
ミャウが力を振り絞って声を上げた。その表情にはどこか安心の色が滲んでいた。
そして、頼んだわよお爺ちゃん、とも小さく呟く。
「面白い――ならばその力、早速見せてもらおう!」
先ず仕掛けたのはジャロックであった。右手に魔剣リヴィアタン。
それを横に寝かすように構え、一度離れた距離を一気に詰める。
「どんな相手でも僕は退かないよ! だってイケメーーーーン! だからね! さぁ! イケメンナイフ!」
ゼンカイの手にナイフという名の直刀が現出された。そこへジャロックの唸るような斬撃。刃を落とした状態からの脇から左肩までを狙う袈裟切りである。
それをゼンカイは手首をを撚るようにしてナイフを重ね、上方へとかち上げた。
これによりジャロックに大きな隙が出来る。
イケメンはそれを見逃さない。振り上げたナイフを再び手首を返し軌道を変え、流れるように斬りかかる。
「面白い!」
右の足をゼンカイの左側に向け踏み出し、軽やかな足捌きでジャロックはその一撃を躱した。
それは並の相手なら反応など出来用もない一撃であった。
にも関わらず完全に胴体がガラ空きになった状態からの、瞬時の切り替え。避けへの転換。そして熟練の身のこなし。
淀みない動きでジャロックはピンチをチャンスに変えた。
ゼンカイの後方側面に瞬時に移動したことで、ジャロックがその背中側をとったのだ。
「はぁあぁああ!」
片手を脇に構えた状態から、鋭く気合のこもった突きを繰り放つ。
「くっ! イケメンプレート!」
ゼンカイは振り向きざまにスキルを発動させ、その左手に皿形の盾を現出させた。
それを前で構えギリギリのところでジャロックの恐るべき突きを防ぐ。
傍からみれば一瞬足りとも目を離せない切り結び。
それが今一旦の終わりを見せた。
ゼンカイは突きを受けたと同時に後ろに飛び退き、ジャロックは力を抜くように刀身を垂れ下げる。
そして静かにゼンカイを見据えた。
互いに引けをとらない、一見そう思える戦いである。
だが、ミャウの顔には不安の色が微かに滲んでいた。
「すげぇ。でもあいつなにもんなんだ?」
「……お爺ちゃんよ」
脇腹を抑えながら誰にともなく呟いたムカイへ、ミャウが応えた。
「爺さん? いや、でも全然違うだろ?」
「チートよ。トリッパーのお爺ちゃんのチート能力が、あの変身だったの」
ミャウの言葉でようやくムカイも理解できたように、数度頷く。
「なるほどな。だが、まさかあそこまで強くなるとはな。これなら楽勝だろう!」
期待を込めた瞳でムカイがゼンカイを見やる。
ミャウはそれ以上余計な事はいわなかった。
無駄に不安を煽っても仕方ないと思ったのだろう。
現状まともに戦えるのは今のゼンカイしかいないといってよいのだ。
ムカイとて、蓄積されたダメージは大きく、ミャウもなんとか気力で意識は保っているが立ち上がるのも一苦労な程である。
遠目に見える双子にしても同じようなものだろう。彼らもゼンカイの変身を見たのは初めてであるため、かなり驚いていたようだ。
だが、表情には出ても声などは出していない。
ふたりともそれだけダメージが深いのだろう。
ハゲールとガリガに関しては言わずもがな。ただふたりとも息はあるようで、ムカイもそれを確認している為、なんとか落ち着きを取り戻したといえる。
だが、気を失ってるのでこれ以上は戦えない。チャラに関しては……ほぼ戦意喪失状態である。
この状況では事実上ゼンカイに全てを託すしかない。
だが――この場でミャウだけが感じているであろう、そこはかとない不安。
直前の攻防において、互いに引けをとらないというのは間違いがある。
少なくともあの切り結びにおいては、ジャロックに軍配が上がっていたといえるだろう。
一度は不利な状況に陥ったにも関わらず、慌てることなく次の手に移り、瞬時に有利な状態に持って行き一閃をくわえたジャロックと、チャンスを物にできず、更に最後の攻撃を盾で受け止め、後ろに引いてしまったゼンカイでは、その戦いの価値が全く異なってくる。
その証拠に例え盾で受け止められたとはいえ、余裕の表情を浮かべるジャロックに対し、ゼンカイは一旦距離を取り、どこか狼狽めいた眼で彼を見据えていた。
恐らくゼンカイ自身が一番その不甲斐なさを理解しているのだ。
この戦い、変身を遂げ遥かに実力が上がったゼンカイとはいえ、ジャロック相手に楽な戦いなど微塵も期待できない事であろう。
「いい肩慣らしだった。やはりお前は他の奴らとはどこか違うな。さぁ、それで、次はどうする? 攻守交代だ。好きに仕掛けてくるが良い」
思わずミャウが歯噛みする。小憎たらしいぐらいの余裕に腹が立つ思いなのだろう。
「――僕もどうやら全力でいかないとダメみたいだね!」
真面目な顔で言い放つゼンカイに、ほう、とジャロックが一つ呟く。
「イケメンフォーク!」
ナイフと盾を一旦消し、その両手でフォークを構える。
「今度は槍か。色々と楽しませてくれる」
言って今度は鋒を正面に向け、惑わすように揺らし始める。
すると、いくよ! とゼンカイが距離を詰め始めた。
「なんだ? 正面からだと? 全くそんな素直な攻撃が――」
ジャロックが少し呆れたように述べるが、そこへ、はぁ! とゼンカイが甲板に穂先を突き刺し、棒高跳びの要領で大きく跳躍した。
「上だと!?」
見開いた双眸で顎を上げる。そこには空中で槍を構えるゼンカイの姿。
そして真下に見えるジャロック目掛け、雨のような連続突きを繰り出した。
「完全に意表を付いてる! これは躱せない!」
ミャウが思わず、してやったりといった声で叫んだ。
そして確かにジャロックも一歩も動かない。いや動けないのか。目にも留まらぬ速さというに相応しい突きの連射は、今まさに彼に無数の風穴を空けようとしている。
だが――その攻撃が彼の身を貫くことはなかった。忘れてはいけない、彼はその魔剣の力で水を操り、それは時として所有者を守る防壁とかす。
ゼンカイのフォークは、ジャロックにあたる直前、膜状の盾に遮られ一発たりとも掠ることすらなかった。後に残るは精々細かな波紋だけである。
「くっ!」
口惜しそうに小さく呻くゼンカイ。そして、残念だったね、と薄い笑みを浮かべ、ジャロックが左手の砲身をゼンカイに向けた――。




