第十六話 ほうきと幼女
二人が魔物と戦いを繰り広げていた中、突如降り注いだのは巨大な岩石であった。
そして岩石が落下した事で真下に集まっていた魔物達は全て、当然のようにその息の根を止めた。
数は二十か三十か……どちらにしてもかなりの数がその一撃で始末された事になる。
そしてミャウが目を向けた先には、その様子を満足そうに俯瞰する一人の男とその横にちょこんと立つ白ローブの女の子。
「いやぁほんま上手くいったわぁ。さすがやなぁ。ヨイちゃんの力はやっぱ本物やわぁ」
「あ、あの、で、でも、ヘッドさん、わ、私、あ、あまり、こ、こういう、や、やり方は……」
妙に辿々しい喋り方で、ヨイと呼ばれた少女が意見した。
フードを頭から被せてる女の子で目が大きく頭身が低い。年の功は10歳位だろうか。
一方のヘッドと呼ばれた男は、まるで天を突くかのように真上に向かって伸び上がらせた黄色の髪が特徴的な男で、その色も相まってほうきを連想させる。
「な~に言うとんねん。こういう時に遠慮なんかしてたらあかんでぇ。それに約束したやろ? わいと組むって?」
ほうき頭は言って聞かせるような口調で少女に返した。
するとヨイは少し俯いた感じになり、
「そ、それは、た、確かに――」
とか細い声で述べる。
「だったら今更つべこべ言うのはなしや。ほなそういう事で」
言ってヘッドがズボンのポケットから何個かの岩の破片を取り出し、掌でぽんぽんと弄んだ。
「ほな行くでぇ!」
一声上げヘッドは握った破片を前方に放り投げた。
するとヨイがその軌道を目で追いながら右の人差し指を前に突き出し、
「【ビッグ】!」
と何かを唱えるように叫ぶ。
直後の事だ。精々小石程度の大きさでしか無かった破片が、光を発し、まるで内から空気を注ぎ込まれた風船が如く膨張した。
先ほど突如落下して多くの魔物を圧殺した大岩と同じ位の大きさまで変貌したソレが今度は多数、隕石のように戦いの場に降りそそぐ。
再び洞窟内に轟音が木霊する。
しかも今度は一つではない。バラバラに落下した巨岩により、巨人が足踏みしてるが如く断続的に鳴り響く。
「お爺ちゃん!」
思わずミャウが喚声をあげる。
無造作に放たれた砲撃は、ゼンカイのいた辺りにも容赦なく着弾していた。
地面に根を張っていた魔物はその所為よりほぼ……いや壊滅していた。
もはやゴブリンの欠片すら見当たらない。
宙を舞っていたバットだけは無事なようだが、ゼンカイに関しては言わずもがなであろう。
哀れ爺さん最初の洞窟で短い生涯を終え……。
「な、なんじゃ! 一体なんなんじゃこれは!」
てはいなかった! 流石ゼンカイ爺さんだ。 大岩の間から腕と足を使って這い出る様はまるでゴキブリのようでもあり、そのしぶとさは称賛に値する。
「お爺ちゃん……良かった」
ミャウが安堵の表情を浮かべた。
そのミャウの上空ではゴールデンバットが飛膜をしきりに動かし動きを留めている。
突然の事態に警戒しているのかもしれない。
「ちょっと! あんた突然現れて一体何なのよ!」
ミャウは身体の向きを岩場の上に立つ二人に向け、声を尖らせた。
距離がかなり離れているが、声量豊かでよく通る響きであった。
二人の耳にも間違いなく届いているだろう。
だが、にも関わらずヘッドはへらへらとした笑みを浮かべながら次の行動に移る。
「【アイテム:ホーミングブーメラン】」
彼がそれを述べると、右手に金属製の文字通りブーメランが現出する。
「ほな、また頼むで」
ヨイに向かってそう述べると、ほうき頭の上半身が大きく捻られる。
右手にはブーメランが握りしめられ、顔は天井に向けられていた。
「行くでぇ!」
語尾を強くさせ、ヘッドがブーメランを放り投げる。
「び、【ビッグ】」
少し戸惑いの表情を窺わせながらもヨイは再び魔法のような物を唱えた。
すると、件の岩と同じようにブーメランも巨大化し、宙を飛び回るバット達に突き進む。
迫り来る恐怖に逃げ惑う黒い大群。
だがどんなに避けようとしても放たれた狩人は獲物を追いかけるように軌道を変え、逃がすこと無く次々とその大刃用いて切り裂いていく。
「よっしゃ! これで雑魚は片付いたわ。ほな、ヨイちゃん解除頼むわ」
指をパチンと鳴らし機嫌よさげに口を開く。
すると、は、はい! とヨイがローブで覆われた両腕を顔の前で合わせる。
「【レリーズ】!」
両目を瞑り、祈るような姿勢でそう唱えると、仕事を終え、舞い戻ってきたブーメランが元の大きさに戻り、ヘッドはソレを軽やかにキャッチした。
更に良く見ると、魔物を押し潰した多数の岩も元の破片に戻っている。
後に残ったのは数多くの魔物の遺骸だけであった。
「な、何じゃ! み、みんな倒されとるぞ!」
ゼンカイが左右を見回しながら慌てた口調で叫ぶ。その表情には戸惑いの色が見え隠れしていた。
「くっ。一体なんなのよあいつ!」
ミャウが奥歯を噛み締め悔しげに語気を強める。
怪訝な気持ちが表情に現れていた。
「ちょ!」
そこまで言いかけてミャウは口を閉じた。
ほうき頭の視線が彼女の方、いや性格には残ったユニークに向けられていたからだ。
長い舌で唇を舐め、向けられた瞳はまるで獣のソレであった。
明らかに獲物に狙いを付けたその様相をみやり、ミャウは反射的に宙高く舞いゴールデンバット目掛け刃を振り上げていた。
ゼンカイを呼ぶ時間は無いと判断したのだろう。
相手に取られるぐらいなら自分でとどめを刺してしまおうという考えが見て取れる。
だが、ミャウの振り下ろした剣が、今まさにその頭を捉えようとした瞬間、金色の体躯が彼女の視界から消え去り、ドスン! と言う壁を貫く打音のみを耳に残した。
虚しく空を切った得物を右手に余し、ミャウは静かに地面に着地する。
ゆっくりと腰を持ち上げ、虚しさ漂う表情で、壁に突き刺さる成れの果てを見た。
獲物を奪い去った得物はまるで巨大な槍であった。
ゴールデンバットは頭だけでもミャウの体躯近くある魔物である。
だがその側頭部は見事に穿かれ、反対側まで貫通した上で壁に突き刺さったのだ。
ここまで見事に脳天を貫かれ、生きていられる生物などいないだろう。
ユニークも自分の頭を貫いたソレを支えに力なく揺れ動くばかりだ。
当然生きている気配はない。
「【ハンティングネット】」
「【レリーズ】」
ほうき頭と幼女の声が上がったのは、ほぼ同時であった。
その瞬間には魔物の頭を支えていた物が元の姿に戻り、ポトンと情けない音を地面に響かせた。
ゴールデンバットを仕留めた武器の正体がこんな小さな矢一本だったなんてとミャウが愕然とした顔で足下をみやる。
だが直後影が動いた。支えをなくした事で黄金の骸が落下しはじめたのだ。
一瞬の間、呆けていたミャウだが、それを見上げた途端瞳を見広げ後ろに飛びずさろうとする。
だがそれは杞憂に終わった。ゴールデンバットの亡骸は落下途中で口を広げた網に捕獲され、そのまま勢いよく引っ張られたのだ。
ミャウが眼を瞬かせながら、遠ざかるユニークの向こう側をみやる。
それはやはり、あのほうき頭の手によるものだった。
彼の手から放たれた網は、その腕とロープのようなもので繋がれていた。
只のロープでは無く、伸縮性に優れたゴムのような素材で出来てるようである。
網の部分も同じなのだろう。しかもあれだけの巨躯を捉え引き戻すぐらいである、何らかの魔法の力も加わってると考えるべきだろう。
「ふざけるんじゃないわよ!」
作戦を台無しにされ、折角の獲物まで奪われミャウの怒りは頂点に達してるようであった。
怒気を込めた言が口を継ぐと同時に、跳ねるように地面を蹴り飛ばし高速で距離を縮めていく。
「くわばらくわばらやなぁ。そんな怖い顔せんといてやぁ。そこに転がってる残り物はくれてやるさかい」
言ってニカッと覗かせるは白い門歯と二本の八重歯。
笑顔の後に口を継ぐは、【ストレージ】の声と消えるユニーク。
その瞬間訪れる闇。
ゴールデンバットがヘッドのアイテムボックスへと収納された事で、光源がなくなってしまったのである。
だが、ミャウの脚は止まらない。
辺りが闇に包まれた瞬間その黒目は大きく広がっていた。
彼女の特性はその耳だけでなく、瞳までも猫と一緒なのかもしれない。
明らかに彼女の視線は踵を返し立ち去ろうとする二人に向けられている。
ミャウはギアを更に一つ上げ脚を早めるが、間に合いそうに無い。
「おじいちゃ――」
恐らく位置的に近いゼンカイに二人を引き止めさせようとしたのだろう。が、言い淀んでいた。
咄嗟に無茶だと直感したからであろう。
あれだけの数の魔物を瞬時に片付け剰えユニークまで一撃のもとに葬り去ったのだ。
それをゼンカイ一人に任せるのはいくらなんでも酷であろう。
「嬢ちゃんや! 名前はなんと言うのかのう!」
瞬時に色々な思いが巡っていたであろうミャウの配慮を一瞬にしてゼンカイが叩き壊した。
ほうき頭と幼女の――と言うよりは幼女の目の前にゼンカイが瞬時に移動してみせたのだ。
ミャウは思わず前のめりにすっ転びそうになるのを何とか堪え、
「な、何考えてるのよお爺ちゃん!」
と喚き散らした。
「目の前に可愛らしい幼女がいたら、兎にも角にも声を掛けるのが紳士の嗜みという奴じゃ」
そんな嗜み聞いたことが無い。というか爺さんこの暗闇の中しっかり幼女は見えているのか。いや違う、幼女だから見えているのだ。
現に横で訝しげな表情を見せるほうき頭には目もくれていない。
明らかに目立っている方なのは、その頭なはずなのにだ。
「え、えっと、えとっ、えとっ……」
突如目の前に現れた爺さんに幼女はすっかりパニック状態である。
黒目をやたらとぐるぐるさせて、言葉を吃らせている。相当な焦りぶりだろう。
「可愛いのう。めんこいのう。愛らしいのう。愛でたいのう。抱きしめたいのう」
あらゆる言葉でヨイの事を褒めるゼンカイ。ただ最後の言葉には色々問題がありそうだ。
「なんやこのちんちくりん。けったいなじじぃやのう。ヨイちゃんこんなん相手にする事ないでぇ。言葉交わしただけで汚れそうやわこんなん」
確かにゼンカイは紛れも無く変態と言える爺さんだが、初対面の男にそこまで言われる筋合いでもないだろう。
「なんじゃと! 貴様目上に対して敬うという気持ちが――」
「【アイテム:ロープ】」
声から判断したのか、ヘッドの方を向き怒鳴り散らすゼンカイを他所に、ミャウを一瞥したほうき頭が新たなアイテムを出現させる。
「年寄りは年寄りらしくおとなしゅうしときや」
言って瞬時にゼンカイを縛り上げるヘッド。そして何故かは不明だが亀甲縛りである。
「な、何じゃこれは! 貴様! ほどか――い、いやこれはこれで何かが……そうじゃ! お嬢ちゃん! わしのこの辺をちょっとキツく縛って――」
幼女に何をお願いしてるんだこの爺さんと思えなくもないが、彼の願いむなしく二人は既にその場を後にしていた。
ほぼ入れ違いで足場に付いたミャウだったが、入口と出口を兼ねた穴をくぐり彼等の姿を目で追うも既に消えた後である。
「何なのよあいつら――」
苦々しく親指の爪を噛むミャウ。
しかし、それ以上追いかけるような真似はしなかった。
素性も判らぬ相手を深追いしても逆に手痛い反撃を貰う可能性だってある。
それにゼンカイをこのまま放っておくわけにもいかないだろう。
仕方なく再び穴を抜けたミャウだったが――やっぱり放っておけば良かったかと嘆息をつく。
「はうん。はうん。こ、この締め付けは、中々、た、堪らん! ふぉぉぉおぉぉお! 新たな! 新たな扉がぁあぁあ!」
ゼンカイはレベル3に成長した。
亀甲縛りの快感に目覚めた。
より変態度が上昇した。
「もう捨てていこうかな……」
そうですね。




