表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老後転生~異世界でわしが最強なのじゃ!~  作者: 空地 大乃
第五章 ゼンカイの入れ歯編
156/258

第一五六話 猫耳女 VS 魔障の女

 船の舳先近くではミャウとマリンが戦いを演じていた。

 ミャウは手持ちのヴァルーンソードを上下左右から斜めまで、風の付与を加えた連撃で挑みかかるが、それらの攻撃は一撃足りとも彼女を捉える事はなかった。


 理由はその障壁にある。マリンの前に立ちふさがる、不吉な黒みを帯びたソレは、ミャウがなんど攻撃を加えても消える様子がない。


 一撃一撃にしっかり殺意が込められてはいるが、当たる側から衝撃が水面に立った波紋のように広がるだけで、まるで手応えを感じていないようにも思える。


「本当に厄介な魔法ね!」


 思わず愚痴のような言葉が出てしまうミャウ。

 その様子にマリンがほくそ笑むと、明らかな苛立ちがミャウの顔を伝った。


「あらあら随分とイライラしてるみたいね」


「誰のせいよ!」

 叫びつつミャウが再び刃を振るった。その瞬間障壁を激しい爆発が襲う。

 風から炎へと付与を切り替えたことによる効果だ。


 速さよりも威力に重点を置くことにしたのだろう。

 だが爆発によってモクモクと上がった煙が消え去った先には、平然とした表情で立ち続ける彼女の姿があった。


 口端を緩め薄い笑みを零しており、痛くも痒くもないといった雰囲気を醸し出している。


「私の守りはそう簡単には崩せないわよ」


「……成る程ね。それでこの船たちも守ってるってわけだ」


 ご名答――と、マリンは全く隠す様子も見せず返した。

 知られたところで何の問題もないといったところなのであろう。


「さてっと。それじゃあそろそろ私からも行くとしようかしら」


 そう言った直後、障壁が勢い良く膨張し、ミャウの細身を跳ね飛ばした。


「くっ!」


 片目を瞑り、悔しそうな声を漏らす。それほどのダメージは受けてないように思えるが、しかしその身体は宙にあった。

 このままでは舳先を超えて海面に落下してしまう。

 

 実際多くのアンデッド達はこれをくらい、ふたりの近くにいた群れは全て海の藻屑へと消えてきた。


 だがミャウは重力感がなくなり、海面に落下するかといったその瞬間には付与を風に変えた。

 そして剣を力強く海面方向に向かって振りぬくことで己の身を跳ね上げ、船体へと戻っていく。


「中々便利なスキルねそれ」


 正しく猫のような軽やかな身のこなしで、甲板に舞い戻ってきたミャウへ、マリンが感心したように告げた。


「あんたに褒められても嬉しくないけどね」

「あら冷たいわね」


 マリンはくすりと悪女の笑みを浮かべた。


「私を海に落として済まそうって考えなら諦めるのね。そんなのにやられるほど私は柔くない。それにその技、威力も大した事ないわね。そんなのをいくら喰らっても私は倒れはしないわ」


「あらそう。だったら趣向を変えようかしら」


 言ってマリンがミャウとの距離を詰める。思ったよりも動きが早い。


「フフッ」


 不敵な笑みを浮かべミャウの目の前にその肉感的な肢体が押し迫ったその時、ミャウとマリンの間に立つ障壁が蠢きだす。


 暗黒色に煌めくそれが、その形状を変えたことはミャウも気づくことが出来た。


 ゾワリと猫耳の毛が逆立つ。障壁はまるで粘体状の魔物のようにぐにゃりと左右に展開すると、ミャウの体躯より一回りほど大きい掌の形に変わり、その両の手を合わせようとしてきた。


 ミャウの身体を押しつぶすつもりなのだろう。それぐらいのパワーはあるように感じられる。


 だがミャウは天性の感で相手の狙いを察し、両足で地面を蹴り、大きく跳躍した。

 そのまま空中で側転のように身体を横に傾け、不気味な掌の外側へと着地する。


 手と手の合わさる音は、パンッ! というよりは、ゴスンッ! という重苦しい響きであった。


 衝撃でミャウの赤髪も激しく揺れた。かなりの威力だと感じられる。

 まともに喰らっていたなら、彼女も只では済まなかった事であろう。


「あら残念」


細長い指をぷっくらとした厚い唇にあて、楽しそうに呟く。

 言葉とは裏腹に、新しいおもちゃを手に入れた子供のような顔で彼女をみやる。


「でも、これはどうかしら?」

 

 ミャウへ向き直り数歩近づいた直後、拳に変えた障壁をその身体に打ち込んだ。


 しかしそれを上半身を素早く振り、避ける。風切り音が耳殻を打つ。横を抜けた拳を尻目に、身体はしっかりマリンに向けたまま、軽やかなリズムを甲板に刻み、距離を離す。


「ならこれでどう!」


 攻防一体の攻撃を厄介と思った上での所為か。己が上背の倍程度離れた位置から、ミャウは手早く剣を数度振るった。

 縦と横に振られた斬撃だ。そして振った先から刀身程度ある風の刃が射出され目標目掛け突き進む。


 しかしそれらは全てマリンの身体に到達する前に障壁によって遮断された。

 勿論ミャウもそうなることは想定していた事であろう。

 

 それでもミャウは再度同じ方法で相手に刃を飛ばす。全く同じ動きではなく今度は少し散らすような軌道で。


 そうすることで、何か攻めに転じるきっかけを掴もうとしているのだろう。


「甘いわね」

 マリンが零した不敵な笑み。何かを企む魔女の瞳。


 そして、やはり刃はその身を切り裂く前に障壁に阻止されるが、今度はただ阻止するだけではなかった。


 風の刃は壁に当たると同時にミャウに向かって反射されたのである。

 自らの放った攻撃が今度は逆に自分を狙う。

 

 顔を眇めながら咄嗟にその刃を躱した。が、そこへマリンの放った拳が伸び迫りまともに被弾してしまう。


「ガハッ!」


 ミャウの身体は勢い良く甲板に叩きつけられ、同時に呻き声が漏れる。


 すると更にそこへ迫り来る影。彼女の靭やかな足首をガッチリと握りしめる。


「し、しまった!?」


「フフッ。油断したわね。私のコレがそこまで伸びてくると思わなかった? 馬鹿ね、手の内を最初から全て見せるわけないじゃない」


 ミャウは上半身を起こし、苦痛を浮かべながら彼女をみやる。

 表情には悔しさが滲み出ていた。

 なぜこんな事にも気づけなかったんだと、自分を攻める思いさえ感じさせる。


「さてっと。本当はもっと遊んであげたいところなんだけど……仕方ないわね」


 マリンの力によって現出したもう一方の拳が、握る手に力を込めた。

 ミャウは左手で脇腹を抑えながらその拳を見据えている。

 表情には苦悶の色が滲んでいた。先の一撃で受けたダメージが大きいのだろう。助骨の何本かはイってしまっているのかもしれない。

 

 それでもミャウは何か手立てがないか考えているようだが、その表情は固い。


「さぁ、逝きなさい!」


 闇色の拳が、ミャウを完全にロックオンし発射された。完全に動きを封じられたこの状況でソレを喰らえば、只では済まないのは自明の事であろう。


 そしてその拳がミャウを捉える直前、彼女の表情に微かな諦めの色が滲んだ。


 死さえも覚悟していたのかもしれない。


 だが、その時である。


「う、うわぁああぁあぁああ!」


 その迫り来る叫声にマリンの顔色が初めて変化をみせた。

 ミャウの眼前で止まる拳。

 

 そしてマリンに迫る槍の穂先。

 

 声の主はチャラであった。隠れるように身を潜めていた彼が飛び出し、槍を両手に構えマリンの背後から突撃を喰らわそうとしたのだ。


 だがマリンは既のところでソレを躱した。

 そう、躱したのだ。


 その事に気づいたミャウの表情が僅かに緩む。

 そう、思えば船を守る壁も背後までは覆っていなかったのだ――。


「くっ! この雑魚が!」


 まさかの奇襲に彼女は表情を歪めながらチャラを振り返る。その瞬間にはミャウを掴んでいた手も瞬時に消え去った。

 それがミャウの考えを確信に変えさせた。


「さっさと、去ね!」


 その拳はターゲットをチャラに変え振るわれた。

 勿論喰らえばチャラ程度のレベルでは一撃で致命傷になりえるだろう。が、そこへ、ヒヒ~ン! とロバ……もとい彼が創造したシルバーが飛び込み、間に入ってその拳を受ける身代わりとなった。


 それでもシルバーの身体ごとチャラの身も重なるように吹き飛んだが、その身を挺して庇った愛馬のおかげで、ダメージは大した事なさそうだ。

 勿論シルバー自体はそのまま消え去ってしまったが。


「シ、シルバーーーーーー!」


 どうやらその事が彼の琴線に触れたのか、滝のような涙を溢れさす。


 だがマリンは煩わしいものを見るような瞳で彼を眺め、そして再び拳を目標目掛けセットする。


 だが――。


「良くやったわチャラ! 褒めてあげる!」


 その声にマリンは表情をハッ! とさせ、振り返ろうとした。が、時既に遅し。

 その視線は完全に自分の首から下を見下ろしていた。


 そして空中漂う己の浮遊感で彼女は自分の首が跳ねられたんだという事を知り、悔しそうに歯噛みした。


 彼女の敗因は一瞬でもミャウから眼を離したことにあるだろう。

 己が技の弱点を知っておきながら、その弱点を敵に晒したのだ。

 こうなることは必然だったといえる事だろう。


 ミャウの手に握られた刃には炎が纏わりついていた。付与を変化させていたのだろう。

 そして宙を舞うその頭も地上に残された胴体も、あっという間に灼熱の炎に包まれ、そして物言わぬ煤へと姿を変えたのだった――。



 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ