第一五三話 三人の強襲
声は甲板の奥。艫側に見える船橋下の扉側から響き渡った。
木製の扉は既に開け放たれている。
そこからゾロゾロと姿を現したのは、増援として現れた水夫の格好をしたアンデッド達と、ソレとは別の格好をした海賊達である。
一行はその姿を其々観察するように首を巡らし見やる。明らかに他のアンデッドと雰囲気の違う者は三人。格好もそうだが、非常に血色が良いのである
その内の一人は恰幅が良く、フサフサの白髭を顎に蓄えた男で、右目に眼帯、そして右手は手首から先が無く、代わりに拳ほどもある鋼鉄の鈎が義手のように腕に取り付けられていた。
服装としては正面にドクロのデザインが施された鍔の大きな黒ハットを被り、厚手で丈の長い黒コートを羽織っている。ボタンなどは止めておらず、前は開け広げられ六つに割れた分厚い腹筋を露わにしている。
雰囲気的には船長なような風格を滲ませている。
もう一人は楕円形に近い顔形をしており、丸く大きな瞳と、やたらに細長い鼻が特徴的な男であった。一行をじろじろと見回しながらニヤニヤと歯を覗かせてる辺りに、悪知恵の効きそうな嫌らしさを感じる。
その服装は一見ほかのアンデッドと変わらないが、バンダナからシャツ、ズボンに至るまで血のような赤一色に染まりきっている。
そして最後の一人は、この中で唯一の女であった。
切れ長の瞳を持ち、目鼻立ちが整っていて端的に言えば、美人の部類に入る顔立ちだ。ただ目付きにはかなりのキツさがある。
服装は露出の多いドレスに近いもので、色はアメジストのような紫。ミルクに負けないほどの果実を実らせ、着衣に収まりきらない上乳がはみ出てしまっている。
丈の長い腰から下は横にスリットが入っていて、細長いスラッとした脚が見え隠れしている。
「なんと素晴らしい巨乳かぁああぁああぁあ!」
と、なんとここで随分久しぶりの暴走モード突入! ちょっとお爺ちゃん! というミャウの制止も聞かず、そのやんごとなき二つの果実目掛けてダイビング! そのあまりの素早さに、アンデッドも全く反応できず!
「ぬっふぉおおおおお!」
錐揉み状態に近い回転を見せながら、ゼンカイの頭が今まさに巨乳美女に接しようとしたその時!
重く鈍い音がゼンカイの頭に響き、その動きが空中で完全に止まってしまった。
彼女の正面には黒色の光を放つ魔法の障壁が展開され、それがゼンカイの進撃を阻止したのだ。
「ふふっ。貴方みたいなのがあたしに触れようだなんて、身の程知らずも良いところ」
人差し指を口に添え、妖艶な微笑を浮かべながら、女がもう片方の手を前に突き出した。
その瞬間、壁が勢い良く膨張し、ゼンカイの身を弾き飛ばす。
「お爺ちゃん!」
だが、ミャウが叫び上げながら、飛んでくるゼンカイの軌道上に立ち、その身を見事にキャッチした。
「ちょ、お爺ちゃん! 大丈夫?」
心配そうに声を掛けるミャウ。すると、う~ん、と呻きながらゼンカイの手がミャウの胸元に伸びた。
「な、なんと! 胸が! あの大きな胸が一気に萎んでしもうたのじゃ!」
「何バカな事を言ってるのよ!」
ミャウは抱き止めたゼンカイの身体を思いっきリ甲板に叩きつける。
どうやらどっちにしてもダメージを負う運命だったようだ。
「痛いのじゃ! 酷いのじゃ!」
「お爺ちゃんがバカな事をしてるからでしょ!」
ゼンカイの抗議の訴えに、ミャウがツーン、っとそっぽを向いて瞼を閉じる。
「ふん! こんな道化みてぇな連中にやられるたぁ、アンデッドも大したことないぜ!」
声を荒らげたのは右手にフックを装着した船長風の男であった。
その声音から察するに、最初、乱暴な口調で叫び上げたのもこの男だろ。
「むぅ! 人のことを捕まえて道化みたいとは何たる言い草じゃ!」
「いや、多分そう思われてるのは爺さんのせいだと思うけどな」
後ろからムカイが呆れ声で言い放つ。
「へっへ。いいじゃねぇかフック。こっちも随分と退屈してたところだしよぉ」
「あらあら。ジャックは随分と血の気が多いわね」
「当然だぜマリン。俺の二本のダガーが早く血をくれって騒ぎ立てるのさぁ」
言ってジャックと呼ばれた男が腰からダガーを抜き、両手で構えた。
其々形が異なる得物である。
右手に持ちしは、全長50cm程度あるククリタイプの物で、肉厚な刃はくの字型に湾曲しており、鋒側の幅が広く曲がりを中心に柄側に行くにつれ狭くなっている。柄元の刃には小さな窪みが付いており、その周りには魔法の印が刻まれてもいる。
左手に持っているのは、マンゴーシュタイプの物で右手のダガーよりは短い。
刃は真っ直ぐに伸びており、比較的細身だが、峰側には溝が複数個備わっている。
そして鍔とは別に、シールドガードと呼ばれる、握る手を覆うほどの鋼鉄製の護拳が備わっており、これが相手の攻撃を受け止める盾の代わりを担っている。
「ふん。だったら俺はこのフックで肉を引き裂きまくってアンデッドに喰いやすい形に加工してやるかな」
ニヤリと口角を吊り上げ、フックは自分の手の鈎を上に掲げた。
「二人共、使えそうなのはあまり派手にバラしたらダメよ」
どこか妖艶な笑みを浮かべながら、マリンが注意を促す。
「ふん。わ~ってるよ」
「ケケッ。でもこんな奴ら使えやしねぇだろうよ」
その言い草にムッときたのか、先ずはミャウが口を開き。
「随分と勝手な事言ってくれてるけど、あまりなめてると痛い目みるわよ」
その言葉に続き、更に一行も次々に口を開いた。
「その通りじゃ。お主らなどにやられるほどヤワではないからのう」
「まったくだぜ。テメェらなんぜ俺の豪腕で捻り潰してやる」
「おネェさんは僕達のステップの」「虜にしちゃおっかな」
「ハゲ舐めんなよ!」
「……魔法」
六人が身構え、お返しとばかりに自信の言葉を投げかけると、三人が其々不敵な笑みを浮かべた。
「だったらその実力ってのを見せてもらおうか! やれ! テメェら!」
フックが鈎を振り上げ、アンデッドに命じた。すると一斉に海賊のアンデッド達が冒険者達に襲い掛かる。
「こんな奴らは何度きたって一緒よ!」
声とその身を弾かせ、ミャウは自らアンデッドの群れに飛び込んでいき、その剣で次々と敵を斬り伏せていく。
そして他の面々も彼女の後に続き、アンデッドを迎え撃った。甲板上はアンデッドと冒険者が交わり、乱戦状態となる。
戦いはアンデッドの方が数では勝っているため、一人の冒険者に多数の敵が群がる形だ。
だが、実力ではアンデッドは冒険者達に遠く及ばず、その数を次々と減らしていく。
「ふん! やっぱアンデッドなんていっても雑魚だな。話にならねぇぜ!」
「だな。じゃあちょっくら先に、俺がいかせてもらうぜ!」
語気を強め、赤バンダナのジャックが、先手とばかりに飛び出した。小柄な身体が弾んだボールのように跳躍し、両手をクロスさせるように構えながら、左舷中程でアンデッド相手に剣の舞を魅せ続ける兄弟に、着地と同時に斬りかかる。
「ウンジュ!」「くっ!」
ウンシルの声で強襲に気づき、半身を後方に逸らしたウンジュだったが、ギリギリで避けきれず、肩口から出血し赤い線を残す。
「ケケッ。先ずは一撃!」
湾曲した刃に残った血の滴を舌で拭いながら、ジャックは獲物を見つけた爬虫類のような笑みを滲ました。
「フフッ、あの娘可愛いわね。私がもらっちゃおっと」
唇の端をぺろりと舐め上げ、ジャックに続いてマリンが飛び出した。低い軌道の跳躍で、ドレスのスリットをはためかせながら、甲板中央でアンデッドを相手するミャウの目の前に降り立った。
「あ、あんた!」
「貴方の相手は私がしてあげる」
射抜くような瞳でミャウを睨めつけ、マリンが、はっ! と声を弾かせると同時に、ミャウの立っていた方向に障壁を勢い良く広げる。
するとミャウの猫耳がピンッと立ち、同時に何かに叩きつけられたようにその細身が吹き飛んだ。
その衝撃で一緒にアンデッドも何体か飛んでいくが、マリンは全く気にする様子も見せず、ミャウを追いかけるように脚を進めていく。
「クッ!」
歯噛みしつつも、ミャウは空中で何とか体勢を整え、背中から回転し舳先近くの甲板に着地を決める。
その姿に、少しは楽しめそうね、と口にし、ゆっくりと近づきながらマリンが微笑を浮かべた。
「やれやれ。だったら俺は残った奴らをやるか」
顎鬚をさすりながらそう呟くと、フックは大股で歩き、自分から一番近い左舷付近で戦うムカイとゼンカイの側に近づいていった。
そしてその姿に先ずムカイが気づき、おっと、船長さんのお出ましってか! と拳を震わせる。
「ふん。おい! てめぇら! 腑抜けた戦いばかりしやがって! いい加減にしねぇとこの俺がぶっ飛ばすぞ!」
甲板を震わすようなフックの激に、アンデッド達の肩が震えた。
「し、しかしフック様! こいつら強すぎて――」
アンデッドの一体がそう言った直後、鈎が飛び出しその頭が砕け、更に胴体に鎖が巻きつきフックの力で一気に引き千切られる。
「腑抜けはいらねぇって言ったはずだぜ」
ギュルギュルと鈍い音を奏でながら、右手に戻ってきた鈎を眺め、フックが非情に言い放った――。




