第一五二話 甲板の戦い
「ケッ。なんだこいつら。俺たちを見てビビリもしねぇとは生意気だな」
「ビビる? 馬鹿な事言ってるわね。悪いけどこっちはあんたらみたいのは既に一度相手してるのよ」
「今更喋るアンデッドなんて珍しくもなんともないわい」
「数も前のほうが」「多かったしね」
前に出て平気な顔して相対する四人に、ムカイ達三人は目を丸くさせる。
「おいおい、相手してるって一体どこでこんなのとやり合ったんだよ?」
「あんた達は、あの時オダムドまでこなかったもんね。あの後色々会ったのよ」
「い、色々って……まぁ大変だったのはなんとなく判ったけど」
ハゲールはミャウの話を聞いて戸惑いの表情を見せる。
「おい! 俺たち無視して話進めてんじゃねぇよ! 大体何を相談したとこでテメェらがここで死ぬのは変わんねぇんだからな!」
扇形に隊列を組んだ海賊のアンデッドが、一行を睨めつけ怒鳴りつけてくる。
「あっそ。やれるものやってみるのね」
ミャウが右手の小剣を、胸の前で構えて言い放つ。
「よく判んねぇけど、喋ろうがなんだろうが、アンデッドはアンデッドだろ? だったらハイモンクのこのムカイ様ので――」
「あっはっは~~! 一体何を言ってるんだい君たちは?「
ふと背後からなんとも場違いな感じの声が響き、更に彼が何故か自信ありげに前に躍り出てくる。
「全く喋るアンデッドなんて馬鹿らしい。アンデッドは知能が無いから喋らないんだよ?
そんな事も知らないなんて、やっぱり君たちはまだまだ未熟うぃいいねぇえ!」
「いや、だからそれは」
「ノンノンノン、子猫ちゃん。大丈夫大丈夫。ここはこんな頼りない連中よりも僕に任せてよ。レベル15二次職の実力を見せてあげるから」
立てた人差し指を左右に振りながら得意がるチャラ。
その姿を見ながら全員がほぼ一斉に、おいおい、と眉を顰めたり乾いた笑いを浮かべたりしていた。
「ちょっとあんた。ほんと連れてきておいてなんだけど、無理しなくてもいいよ?」
「フッ。子猫ちゃんはなんだかんだ言って僕の事を心配してくれているぅううういいいぃんだねぇええ! でも大丈夫こんな奴らは僕のスキルで一網打尽さ!」
こんなところで死なれでもしたら迷惑というだけの話だとは思うが、もはや言っても無駄かと、一行はため息を付き、彼の動向を見守る。
「さぁ行くよ! スキル! 【シルバーホース】!」
チャラは声を張り上げ右手を振り上げた。その瞬間彼の目の前の空間が光輝き、そしてその光が段々とある形を帯びていく。
「こ、これは! なんと!」
「う、うん、これは――」
ゼンカイが驚いて見せ、ミャウが目を疑う。
そう、それは。
「これこそが僕のスキル! 華麗な銀色の馬を生み出す正しく高貴で美しい僕にこそ相応しいスキルさ!」
「いや、それ馬ってよりロバだろ」
冷静なムカイなツッコミにミャウが顔を背け、プッと笑う。
「う、うるせぇ! 所詮顔のお粗末な人間には高貴なスキルが理解できねぇんだよ! このおたんこなす!」
そんな毒を吐きつつもチャラは創りだしたロバ……もとい銀色の馬に跨った。
正直かなり小柄で四肢も短い気がするが、彼がそこまで言う以上これは馬なのだろう。
そして当然だがムカイの血管は波打っている。彼の最後の発言に腹を立てているのだろう。この調子では帰りは本当に海に投げ込みかねない。
「はいよ~~! シルバー!」
傷ひとつ無い銀色の鎧に身を包まれ、その手に一本の槍を現出させチャラが握りしめた。
その槍も銀一色の槍であり、穂先が長く両刃を持つ作りのため、突くだけでなく斬るという行為も可能であろう。
そしてこの槍を手にした事で、すっかり彼の身体は銀尽くめとなっている。
「あれ、レア武器の【アナディウス】じゃない」
ミャウが目を見張って言う。ただ感心しているというよりは、なぜ彼の実力でそんなものを? と言った思いであろう。
チャラは後ろを振り返り、ウィンクを見せた後、馬を走らせる。
その気持ち悪さに思わずミャウが顔を眇めた。
とは言え、馬に乗っての攻撃だ。その速度を活かして、一気にアンデッドパイレーツ達を蹴散らして――。
パカラッ、パカラッ、パカラッ――。
「……遅いのう」
「遅いわね」
「あれって?」「走ってるつもりなの?」
「アクビが出そうだぜ」
「あれなら俺の髪の抜け方の方が早いぜ」
「……そ……い」
全員の意見が見事に一致した。そう遅い。彼のロ、いや馬はあまりに遅い。これなら普通に走ったほうが速いのでは? と思えるノロさである。
「さあ! 覚悟しうぃいいいねぇええ!」
叫びあげ槍を構え突撃……というにはあまりにショボい走りで突っ込むチャラ。そして目の前のアンデッド目掛け槍を突くが、その動きも大振りであっさりと躱されてしまった。
オマケに脚を引っ掛けられてロもとい馬がバランスを崩し激しく転倒する。当然チャラも一緒になって甲板に倒れる形となった。
「なんだこいつ?」
「よくわかんねぇけど……なんかムカつくから殺っちまうか?」
「おお、そうだな」
チャラを取り囲んだアンデッド達は腰からシミターを抜き、一斉に振り上げた。
顔を上げたチャラの表情に焦りの色が浮かび、ひぃいい、等と情けない声を上げる。
「全くもう!」
今まさにアンデッドの刃が彼の身に振り下ろされようとしたその時、ミャウが飛び込み、その手に握りしめたヴァルーンソードで敵の首を次々に跳ねた。
「な!?」
何人かのアンデッドから驚愕の声が上がる。勿論彼らは一度死んでる身の為、首を跳ねられた程度では死にはしない。
それをよく理解していたミャウは、剣に炎の付与を重ねがけし、より強力な炎を生み出し、残った胴体に刃を突き立てていった。
そしてチャラの腕を取り、付与の一つを風に変え、その場から距離を取る。
すると、アンデッドの内側から炎の帯が溢れだし、終いには轟音と共に一斉に弾け飛んだ。
炎が燻った状態の焦げた肉片が船上に降り注ぐ。いくらアンデッドといえど、バラバラになってしまえば立ち上がることは不可能である。
「ちょいな!」
ゼンカイはミャウの切り離した首にしっかりトドメを差して回った。後処理のためにプラチナソードでバラバラに斬り刻んだのである。
「やるじゃねぇか。だったら次は俺がひと暴れすっかな」
ムカイが前に出てアンデッド達を睨めつける。その所為に敵達は少しだけたじろいで見せた。
ミャウの攻めであっさり仲間がやられてしまった事に、多少なりとも動揺を抱いてるのかも知れない。
「念のため言っておくけど、こいつらアンデッドといっても、光属性や聖なる属性に弱いってわけじゃないからね。だから倒すには今みたいに二度と立ち上がれないぐらいバラバラにするしかないわ」
二人分ぐらいの間を開けて、自分の左に立ったムカイに顔を向けミャウが忠告する。
「あん? そうなのか? ふ~ん、でもまぁ問題はねぇよ」
「お、おい! き、気をつけろ、こ、こいつら、つ、強いぞ! 何せこ、この僕が――」
震える声で、誰にともなくそんな事を言うチャラであったが。
「あんたいいからちょっと引っ込んでて」
「え?」
「邪魔だっつってんの――」
完全に戦闘モードに頭を切り替えたミャウは、冷淡な目つきでチャラを見下ろし鞭を振るうように言いのける。
その気迫に気圧されたのか、ご、ごめんなさい! と何故か謝りながらチャラが後方に引っ込んだ。
とはいえこれは正解であろう。いちいち役に立たない者を助けながら戦ってたのでは疲れるだけである。
「バラバラにするなら俺の弓の出番だな」
「――魔法……」
ハゲールとガリガは前衛に立つ戦士の少し後ろに並び、其々戦闘態勢を取り身構える。
「戦神の舞!」「活力の舞!」
双子の兄弟がそう叫びルーンの効果を発動させる。
その効果で全員の顔つきが変わり、肉体的にも強化されていく。
「うむ! 相変わらずウンジュとウンシルの踊りの効果は絶大なのじゃ!」
ゼンカイが興奮したように述べ、剣を正面に構えた。
「こいつら調子に乗りやがって! おい! こうなったら全員で一気に掛かるぞ! こっちのほうが数は上なんだ! 負けるはずがねぇ!」
アンデッドの一人が叫びあげると、凡そ四十人はいると思われるアンデッドが一斉に鬨の声を上げた。
そして、宣言通り、シミターやハンドアックスを手に全員が一気に突撃してくる。
「おもしれぇ! 見せてやるぜ! 【怒張拳】!」
ムカイが声を上げスキルを発動させる。すると両腕が先に見たスキルのように真っ赤に染まる。と同時に一気に膨張し、まるで丸太のような大きさまで変化した。
以前見た魔法による強化よりも更に逞しく感じられる。
「いくぜ! 【内破掌】!」
更にスキルを重ね、ムカイは迫り来るアンデッドの集団に高速で掌底を繰り出していく。
それを喰らったアンデッドの身体は、まるで内側から爆発したように爆ぜていき、粉微塵の肉片へと成り果てていった。
「やるね」「僕達も負けてられないね」
「いくよ!」「刃乱の舞!」
ムカイの活躍に触発されるように、双子の兄弟もスキルを発動し、華麗なステップで敵の集団に突っかかり、二人同時に踊るようにアンデッドの身体を次々と斬り刻んだ。
それは一瞬の出来事で、周りにいたアンデッド達は仲間がその場から消え失せてしまった事が理解出来ないようであった。
だが呆けてるアンデッドに続けざまに双子の狂刃が迫り、そしてまた一人また一人とその場から消え失せていく。
勿論それはあまりの刃の連撃で、アンデッドが消えたかのごとく細切れにされただけであるのだが――。
「フレイムインパクト……」
「エクスプロージュンアロー!」
後方から援護する二人も負けてはいない。ガリガの唱えた魔法により、巨大な炎の弾丸が敵の集団を飲み込み消し炭へと変え、ハゲールの放った矢は当たった側から爆発し、それが連鎖し更に巨大な爆破を生み出し大量のアンデッド達を粉々に吹き飛ばしていく。
「わしも負けてられんぞ!」
声を張り上げ、ゼンカイもアンデッド達をその剣で斬り刻んでいく。
ジョブの特性上、入れ歯を持たないゼンカイは現状使えるスキルそのものがないが、それでも彼の太刀筋は中々の物である。
その斬撃にやられ、アンデッド達の四肢や頭は離れ離れになり甲板を転がっていく。
とはいえ、アンデッドはこの程度で死ぬことはなく、バラバラになった状態でもしつこく甲板の上を蠢いており。
「トドメは任せて!」
言ってミャウが、ゼンカイの手によって転がったアンデッドの身体を、その炎の付与で燃やし尽くしていく。
「すまんのうミャウちゃん」
ゼンカイが申し訳無さそうに頭を擦った。
「何言ってるの。スキルもなしにこれだけ出来るなら大したものよ」
ミャウがゼンカイを労うと、彼の表情も少し和む。
「てかもう終わりか? 思ったより大したことなかったな」
ムカイの言葉にミャウが甲板を見回した。確かにあれだけいたアンデッドも、蓋を開けてしまえば10分足らずで全滅である。
「油断しないで。それにまだ魔法の使い主が――」
「随分と派手に殺ってくれてたみたいだなぁおい」
ミャウがムカイを振り返りながら話していると、そこに何者かの声が割って入ったのだった――。




